洞窟の闇から這い出したその姿は、生物というよりは「歩く殺戮兵器」そのものだった。
全身を覆う鎧のような外殻は、いかなる刃も通さぬほどに硬質で、鈍い岩の色を湛えている。
リザードンを優に凌駕する巨躯、大樹のように太い腕、
そして何よりも恐ろしいのは、その眼光に宿る純粋な「殺意」だ。
「……バンギラス」
雷光が震える声でその名を呼んだ。
地獄の使者、あるいは山を崩す者。
伝説に謳われるその魔獣が上げる咆哮は、空気を物理的に震わせ、
雷光の鼓膜を破らんばかりの衝撃波となって押し寄せた。
バンギラスの視線が雷光と、その腕の中で怯えるピカチュウを射抜く。
それは対等な戦士を見る目ではない。
ただ、踏み潰すべき羽虫を定める冷酷な捕食者の目だった。
「くっ……ピジョット! 『風起こし』で距離を――!」
雷光の指示が途中で凍りついた。
瓦礫の中に横たわるピジョットは、ピクリとも動かない。
「(馬鹿な……嘘だろ?)」
雷光の脳裏に戦慄が走る。ピジョットは数々の修羅場を潜り抜け、
最終進化まで辿り着いた精鋭だ。それが、たった一撃の『破壊光線』で沈黙した。
育成が足りないのではない。目の前の『個体』が、
既存の知識を遥かに超越した力を持っているのだ。
雷光は唇を噛み締め、ピジョットをボールに回収した。
次なる手を打とうと指をかけた瞬間、バンギラスの口腔に再び黄金の閃光が凝縮される。
『破壊光線』!!
「――っ!?」
避ける間もなかった。
爆風が至近距離で炸裂し、雷光はピカチュウを抱いたまま後方へと吹き飛ばされた。
背中が硬い岩に叩きつけられ、肺から空気が搾り出される。
視界が真っ赤に染まる中、バンギラスは容赦なく第二の破壊光線を充填し始めた。
死の予感が、冷たく雷光の脊髄を駆け上がる。
だが、その処刑の光が放たれる直前、横合いから猛烈な火柱がバンギラスの横顔を焼き払った。
「雷光!大事ないか!!」
岩壁を蹴って現れたのは、炎帝と彼のリザードンだった。
「あ、ああ……助かった……」
雷光が声を絞り出す。
リザードンとバンギラス、二体の怪物が互いを睨みつけ、大気が火花を散らす。
先手を打ったのはリザードンだった。
炎帝の叫びに呼応し、喉の奥から凝縮された『火炎放射』を解き放つ。
紅蓮の炎がバンギラスを飲み込み、その巨体を真っ赤に染め上げた。
しかし。
「……効いてねぇのかよ!?」
炎帝が絶句する。炎の中から現れたバンギラスは、
煤一つ付いていないかのような平然とした顔で歩みを進めてきた。
バンギラスの反撃――無造作に放たれた破壊光線が空を裂く。
リザードンは翼を羽ばたかせ、間一髪でその軌道を上方へ回避した。
「リザードン!『鋼の翼』だ!硬さで対抗しろ!!」
リザードンの翼が銀色の金属光沢を帯びる。
急降下の勢いを乗せ、弾丸となってバンギラスの首元へ突っ込んだ。
だが、バンギラスはその超重量の突撃を、事も無げに左腕一本で受け止めた。
リザードンの驚愕の表情。バンギラスはそのままリザードンの翼を掴むと、
至近距離から丸太のような右拳を叩き込んだ。
『メガトンパンチ』!!
重戦車が激突したような衝撃音が響き、リザードンは地面へと叩きつけられた。
砂埃が舞い、リザードンは膝を突き、荒い息を吐く。立ち上がろうとするが、ダメージは深刻だ。
バンギラスは勝ち誇るような雄叫びを上げ、トドメを刺すべく重い足取りで歩み寄る。
「リザードンを助けろ!!フシギバナ!!」
雷光が叫び、三体目の最終進化系を繰り出した。
大地を割って現れたフシギバナは、出現と同時に背中の花から二本の『つるのムチ』を伸ばし、
倒れ伏すリザードンの胴体に巻き付けた。
そのまま力業でリザードンを引き寄せ、バンギラスの踏み付けから救い出す。
標的を失ったバンギラスの視線が、フシギバナへと転じた。
太い足が地面を叩くと、局地的な地震が発生し、
巨大な『地割れ』がフシギバナの足元に迫る。
「フシギバナ!蔓を地面に叩きつけてジャンプだ!!」
フシギバナは蔓をバネのように使い、巨体を空中へと跳ね上げた。
地割れがその下を通り過ぎる。
だが、バンギラスは空中に逃げた獲物を、冷酷な計算で見上げていた。
再び放たれた『破壊光線』。空中で回避手段を失ったフシギバナの腹部に、光の奔流が直撃した。
フシギバナの巨躯は岩壁まで吹き飛ばされ、轟音と共に瓦礫の山に埋もれた。
沈黙。
ピジョットに続き、フシギバナまでもが、たった一撃で戦闘不能へと追い込まれた。
雷光の育て方が足りないのではない。彼がこれまで積み上げてきた努力や、
魔獣との絆をあざ笑うかのように、目の前の『暴君』が異常すぎるのだ。
「嘘だろ……。俺たちのエースが、こうも簡単に……」
炎帝の拳が震えていた。
圧倒的な力の差。抗いようのない暴力。
砂塵が舞う荒野で、雷光と炎帝は、
自分たちが今「死」の喉元に立たされていることを嫌というほど理解させられていた。
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