携帯魔獣叛乱戦争   作:戦竜

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第二十一話-蒼き救世主の奔流-

絶望とは、音もなく背後から忍び寄る冷気のようなものだ。

一撃。たった一撃で、丹精込めて育て上げた最終進化系の魔獣たちが、

ゴミ屑のように打ち捨てられていく。

ピジョットの翼は折れ、フシギバナの巨躯は物言わぬ肉塊と化して瓦礫に埋もれた。

 

雷光の指先が、小刻みに震える。

 

「……逃げるぞ、炎帝!こいつは、俺たちが戦っていい相手じゃない!」

「分かってる!だが……クソッ、道がねぇ!」

 

炎帝の叫びに、雷光は周囲を見渡した。

バンギラスが放った『破壊光線』の余波と、地割れによる地形の変動。

本来通ってきたはずの退路は、崩落した巨大な岩石によって完全に封鎖されていた。

その中央で、バンギラスがゆっくりと、だが確実に距離を詰めてくる。

ズシン、ズシンと大地を鳴らす足音は、死神の秒読みそのものだった。

 

「リザードン、時間を稼げ!『火炎放射』だ!!」

 

炎帝の必死の号令。リザードンが喉を裂かんばかりに吠え、

紅蓮の火柱を至近距離から浴びせる。激しい熱風が渦巻き、岩肌が赤く焼ける。

だが、炎の中から現れたバンギラスの鎧は、煤一つ付いていない。

一体、どのような過酷な環境を生き抜けば、これほどまでに強固な肉体を得られるのか。

それはもはや生物の域を超え、動く鉱山のようであった。

 

その時、雷光の腕の中で意識を失いかけていたピカチュウが、震える足で立ち上がった。

仲間たちの惨状を目の当たりにし、その小さな体に宿る誇りが、恐怖を上回ったのだ。

全身の頬袋から、青白い電光が迸る。

 

『100まんボルト』!!

 

渾身の雷撃がバンギラスの胸元を直撃した。

しかし、岩石を主成分とするその皮膚には、

数万ボルトの電流すら表面を撫でる刺激に過ぎない。

バンギラスは鬱陶しそうに鼻を鳴らし、巨大な腕を振り上げた。

 

「くっ……いくぞ炎帝!これに賭けるしかない!!」

「おうっ!!地獄の底まで焼き尽くしてやるぜ!!」

 

二人の魔獣使いの意志が共鳴する。

 

「ピカチュウ、最大出力の『100まんボルト』だ!!」

「リザードン、全てを溶かす『火炎放射』!!」

 

稲妻と火炎。相反するエネルギーが空中で螺旋を描き、

巨大な光の渦となってバンギラスを飲み込んだ。『ライトニング・ファイヤー』。

凄まじい爆発音が山脈を揺るがし、もうもうと立ち込める砂煙が視界を遮る。

 

「……やったか!?」

 

炎帝が期待を込めて叫んだが、雷光の表情は晴れない。

 

砂煙が風に流され、そのシルエットが浮かび上がる。

そこにいたのは、わずかに小指の先を火傷し、

不機嫌そうに唸り声を上げるだけの「暴君」だった。

バンギラスの眼光が赤く光る。

彼にとって、今の合体技は「遊び」の時間を終わらせるに十分な不快感だったらしい。

 

口腔に凝縮される、これまでにない密度の暗黒光。

 

『破壊光線』!!

 

光線は扇状に広がり、リザードンとピカチュウを同時に飲み込んだ。

 

「リザードン!!」

「ピカチュウ!!」

 

二匹の叫びは爆音にかき消され、そのまま地面へと叩きつけられた。

全身から煙を上げ、ピクリとも動かない。

エースたちを全て失った二人。

残されたのは、丸腰の少年二人と、眼前に迫る絶望のみ。

バンギラスが、巨大な足を振り上げる。

踏み潰され、その命が散るまで、あと数秒。

 

「――シャワーズ! 『水鉄砲』!!」

 

その澄んだ声は、死の静寂を切り裂く福音だった。

激しい水の噴流が、雷光たちの退路を塞いでいた巨大な岩石を粉砕した。

砕け散る石礫の向こうから、一匹の美しい水棲魔獣が飛び出してくる。

そして、その勢いのまま放たれた二撃目の水流が、バンギラスの顔面を直撃した。

 

岩石と地面の属性を持つバンギラスにとって、水は最大の弱点だ。

これまでの火炎や電撃には無反応だった暴君が、初めて痛みに顔を歪め、後退した。

崩れた岩壁の向こうに、一人の少女が立っていた。

 

「二人とも!早く、こっちよ!」

 

「水君……!? どうしてここに!」

「驚くのは後だ!行くぞ、雷光!!」

 

炎帝に腕を引かれ、雷光は正気を取り戻した。

急いで傷ついた魔獣たちをボールに回収し、水君が切り開いた脱出口へと全速力で駆け出す。

しかし、顔面を濡らされ、誇りを傷つけられたバンギラスの怒りは頂点に達していた。

 

暴君は巨体に似合わぬ猛スピードで追撃を開始した。

一歩ごとに大地が震え、バンギラスが放った『地震』が三人の足元をすくい上げる。

 

「きゃあっ!」

 

よろめき、膝を突く水君。そこへバンギラスの破壊光線が牙を剥く。

光線は僅かに逸れたものの、三人の真横の岩棚を消し飛ばした。

熱風と衝撃波が肌を焼き、鼓膜が震える。

 

「シャワーズ、また『水鉄砲』!目を狙って!!」

 

水君は倒れながらも、冷静に指示を飛ばした。

シャワーズの放つ鋭い水流が、再びバンギラスの視界を奪う。

弱点を突かれた衝撃に、バンギラスの動きが一瞬だけ鈍る。

 

「今のうちよ、走って!!」

 

三人は無我夢中で、岩場を駆け抜けた。

バンギラスの咆哮が背後で遠ざかっていく。

水君のシャワーズがヒット&アウェイを繰り返し、

執拗な追撃を牽制し続けたおかげで、

彼らはかろうじて「暴君」の縄張りから抜け出すことに成功した。

生還の静寂

 

どれほど走り続けただろうか。

呼吸が火を噴くほど激しく、足の感覚がなくなる頃、

ようやくバンギラスの地響きは聞こえなくなった。

三人は、岩陰の安全な窪地に倒れ込むようにして腰を下ろした。

 

「はぁ……はぁ……死ぬかと、思ったぜ……」

 

炎帝が荒い息をつきながら、仰向けに転がる。

 

「水君……助かった。君がいなけりゃ、今頃俺たちは、あいつに踏み潰されてた」

 

雷光が、泥に汚れた顔を上げて、隣に座る少女を見つめた。

 

水君は、自身のシャワーズを労わりながら、静かに微笑んだ。

 

「お母さんがね、旅に出なさいって言ってくれたの。

貴方たちの後を追ってきて、正解だったみたいね」

 

平和だった山脈に突如現れた、異常な力を持つバンギラス。

九死に一生を得た三人の前には、依然として険しい山道が続いている。

だが、その隣には、新たな「仲間」という希望が加わっていた。

 

傷ついた魔獣たちの治療を急ぎながら、

雷光は静かに、先ほどのバンギラスの異様さを思い返していた。

あの黒いオーラは一体何だったのか。

彼らの旅は、さらなる混迷と激動の渦へと飲み込まれようとしていた。




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