山脈の荒々しい岩肌を背にし、雷光、炎帝、水君の三人が辿り着いたのは、
近代的なビルが立ち並ぶ地方都市だった。街の喧騒は一見、平和そのものに見える。
しかし、一歩「魔獣センター」の中に足を踏み入れると、そこには異様な緊張感が漂っていた。
ロビーの大型モニターには、赤い帯で「緊急速報」の文字が流れ、
先日発表された「サンダー警戒指針」が繰り返し放送されている。
三人は、そのモニターの光に照らされながら、
吸い寄せられるように画面を見つめていた。
今、この広い世界で、伝説の鳥たちの「実力」を身をもって知っているのは、
おそらくここにいる三人だけだろう。
「……おい」
炎帝が声を潜め、周囲を警戒しながら二人を呼び寄せた。
三人は自然と影を作るように輪になり、額を寄せ合う。
「ありゃあ、間違いねぇ……。あのバカげた雷。ファイヤーと同じ『神』の類だぜ」
「ああ」
雷光が苦い表情で頷く。
「俺と炎帝は、火口付近の街でそのファイヤーと死闘を演じた。
あの時はリザードンが命懸けで食い止めてくれたが、
一歩間違えば今頃灰になってたはずだ」
その言葉に、水君の瞳が大きく揺れた。
「えっ……まさか、貴方たちもなの?私も……この間、自分の街を護るためにフリーザーと戦ったわ。
ハクリューがボロボロになって、やっとの思いで……」
「「なんだと!?」」
雷光と炎帝の声が重なり、センター内に響き渡った。
「ちょっと、二人とも!声が大きすぎるよ!」
水君が慌てて二人の口を塞がんばかりに制止する。
周りの魔獣使いたちが「なんだあいつら?」と不審な目を向けていた。
「あ、ごめんごめん……。って!
炎帝、俺とシンクロするな、気持ち悪い」
「んだとコラ!息が合っちまったもんはしょうがねーだろ!」
「もうっ! 静かにしてってばぁ!」
水君が頬を膨らませて怒ると、二人はようやく口を噤んだ。
だが、その胸中は複雑だった。自分たちが出会ったのは偶然ではなく、
何かに導かれているのではないか。そんな予感が三人の間を駆け巡る。
そんな「怪しい三人組」を、少し離れた位置からじっと観察している一人の男がいた。
年の頃は30代半ば。整えられた短髪に、彫りの深い顔立ち。着慣れたスーツ姿だが、
その立ち居振る舞いからは隠しきれない「軍人」の鋭い規律が滲み出ている。
男はゆっくりと歩み寄り、低いがよく通る声で三人に声をかけた。
「……失礼。君たちが、黄崎雷光君と赤谷炎帝君、そして青川水君さんだね?」
三人は弾かれたように男を振り返った。
「そ、そうですけど……。貴方はどちら様ですか?」
雷光が警戒の色を露わにしながら問い返す。
「俺の名前は進藤哲(しんどう さとし)。陸上自衛隊に所属している二等陸佐だ」
哲は懐から身分証を提示し、三人の顔を一人ずつ見据えた。
「少し君たちに話があって来た。……ここでは目立ちすぎる。
俺の車に乗ってくれないか?大事な話があるんだ」
「「「……?」」」
三人は顔を見合わせた。
自衛隊の幹部が、なぜ自分たちの名前を、そして居場所を知っているのか。
だが、その瞳に敵意は感じられない。
それどころか、どこか切実な色さえ混じっているように見えた。
目的地すら明かされないまま、
三人はセンターの駐車場に停められていた黒塗りの公用車に乗り込んだ。
車が発進し、街を抜けて郊外へと向かう。
「自衛隊の基地に行くのかしら……」
「あるいは、サンダーに関する特別対策本部か。
俺たちの実戦経験を必要としているのかもしれないな」
雷光と水君は、これから待ち受けているであろう「国を挙げた作戦」の重圧について、
ひそひそと予想を立てていた。
だが、雷光はある異変に気づいた。
道中、誰よりも威勢がいいはずの炎帝が、先ほどから一言も発していないのだ。
「(珍しいな、緊張してるのか?)」
雷光が不審に思い、隣のシートを覗き込むと、そこには驚愕の光景があった。
炎帝は、幽霊のように真っ白な顔をして、震える手で窓枠を掴んでいた。額からは大粒の汗が滝のように流れ、口元は固く引き結ばれている。
「ど、どうしたんだ炎帝? 具合でも悪いのか?」
「……わりぃ……」
炎帝が、絞り出すような消え入りそうな声で答える。
「俺様……車、ダメなんだ……。乗り物酔い……最強レベルなんだよ……」
「ま、まさか酔ったのか!?今さら!?」
「頼む……雷光……哲のオッサンに言ってくれ……車を止めて……リバース、秒読みだ……」
雷光は慌てて運転席の哲に声をかけようとしたが、時すでに遅し。
「炎帝君、悪いが急ぎなんだ。
ちょうど今、高速道路に入ったばかりでね。次のパーキングまで15分は止まれないよ」
哲はバックミラー越しに冷静、かつ無慈悲な事実を告げた。
「15分……!?15秒の間違いじゃねーのか……うぐっ!!」
炎帝の顔が今度は青を通り越して土気色に変わる。
「あああああ!炎帝、しっかりしろ!窓を開けるな、風圧で大変なことになるぞ!」
「あ、熱い……胃袋が、マグマのように煮えくり返ってやがる……うおぉぉっ!」
パニックに陥った炎帝は、窓ガラスをドンドンと叩き、のたうち回り始めた。
「哲さん!エチケット袋はありませんか!?誰か、袋を!!」
水君が叫ぶが、整然とした自衛官の車内に、
吐瀉物を受け止めるような軟弱な備えなどあろうはずもなかった。
「……すまん。用意していない」
哲の冷徹な一言が、炎帝の最後の一線を断ち切った。
「出る……出るぞ……俺様の、破壊光線(リバース)がぁぁぁ!!」
「出すな!堪えろ!男だろ!!」
雷光が炎帝の体を羽交い締めにして抑え込むが、
その努力も虚しく、車内に(以下、あまりの惨状につき検閲・自主規制)……。
車内を包み込んだ地獄絵図のような騒ぎとは対照的に、外は不気味なほど晴れ渡っていた。
澄み切った青空の彼方から、一筋の不自然な閃光が走る。
それは、これから三人が巻き込まれるであろう、人類と魔獣の全面戦争の序曲。
この晴々とした明るさは、間違いなく「嵐の前の静けさ」そのものだった。
汚れた車内と、意識を失いかけた炎帝。そして、それを冷徹に見つめる哲の横顔。
三人を乗せた黒い影は、さらなる深淵へと向かって、高速道路を突き進んでいく。