防衛庁の一室。冷房の低い動作音だけが響く静寂の中で、陣内正人一等陸佐が口を開いた。
その声は、岩を削るような重みを湛えている。
正人はまず、サンダーという個体の「異常性」について説いた。
通常のサンダーの記録を遥かに凌駕する好戦的な性格、
放電現象に伴う局地的な気象改変能力。そして、最も残酷な「真実」を突きつけた。
「……君たちはニュースで、ヘリが落雷に巻き込まれて墜落したという報せを聞いただろう。
だが、真実はそれだけではない。その直後、我が国の誇る空軍のエース、
F-15戦闘機三機がサンダーの迎撃に向かった」
正人は一度言葉を切り、組んだ指に力を込める。
「結果は、全機撃墜。パイロット三名は……全員、死亡が確認された」
「ちょっと待ってください!」
雷光が椅子を鳴らして身を乗り出した。その瞳には驚愕と憤りが混じっている。
「そんな大事、民間人の耳に届いていませんよ!
空軍が、あの最新鋭の戦闘機が三機も全滅したなんて、ニュースのどこにも……!」
「聞いているわけがないだろう。そんな報道、我々は一文字も流していないのだから」
正人の冷徹な回答に、三人は言葉を失い、狼狽の波に飲み込まれた。
平和だと思っていた日常の裏側で、国家の盾が粉々に砕け散っていたという事実。
「我が国の政府は、何としてでも五日前の『敗北』を隠し通すつもりだ。
主力兵器が通用せず、神鳥一羽に蹂躙された。
この事実が公になれば、自衛隊不要論どころか、国民のパニックは収拾がつかなくなる。
だが、隠したいのは我々現場も同じだ。あまりにも無残な負け方だったからな」
主力兵器も効かず、友軍を喪い、嘲笑うかのように雲の彼方へ消えたサンダー。
絶望という言葉が、殺伐とした空気となって部屋に充満した。
重苦しい沈黙を破るように、先ほどの茂が一等陸曹が入室してきた。
彼は哲に数枚の機密資料を渡すと、一言も発さずに再び部屋を去る。
その背中には、友を失った男の深い孤独が張り付いていた。
哲は、受け取った資料を会議用テーブルの上に広げた。
「これが、撃墜された機体の記録映像と、
過去の文献から統合したサンダーの能力データだ。全員、集まってくれ」
資料には、見るも無惨に引き裂かれた戦闘機の残骸と、
サンダーの攻撃パターンが克明に記されていた。
1000万ボルト: 広範囲を無差別に焼き尽くす高圧電流。
電撃波: 磁場を操作し、標的に必中させる精密雷撃。
雷: 天候そのものを操作し、天から巨大なエネルギーを招く一撃。
ドリルくちばし: 高速回転による物理貫通攻撃。
「さらに防御技として『ひかりのかべ』を展開し、特殊なエネルギー干渉を半減させる。
驚異的な素早さと、攻守ともに死角のないこのバランス……
まさに伝説の神鳥の名に恥じぬ化身だ」
正人はサンダーの生息地――
標高数千メートルの峻険な霊峰についても説明を終えると、ついに本題を切り出した。
「以上だ。……わざわざ君たちをここに連れてきて、
国家機密まで明かした理由は、もう分かっているね?
我々は、君たちに『サンダー掃討作戦』への協力を要請したい。君たちは、
他の二体……ファイヤーとフリーザーとも戦い、生き延びているからだ」
「んえ?ちょっと待ってくれよ」
炎帝が眉をひそめて正人を指さす。
「どうして俺様たちがその二体と戦ったこと、
あんたらが知ってんだよ? 誰にも喋っちゃいねーぜ」
「ファイヤーやフリーザーが街を襲撃すれば、
24時間監視している軍事衛星が自動的にカメラを固定するんだよ。
その映像を解析した結果、中心にいた君たちを割り出した。
魔獣センターにいた所を発見できたのも、その追跡データがあったからだ」
哲が深く頭を下げた。
「私からもお願いだ。自衛隊の兵器では太刀打ちできない領域がある。
君たちの、魔獣使いとしての実力を買ってのお願いだ。
是非、力を貸してほしい」
三人は顔を見合わせ、視線を交錯させた。
雷光と炎帝の胸に去来した感情は、同じものだった。
自分たちの相棒がボロボロにされたことへの雪辱。
そして、これ以上あの「暴力」を野放しにはできないという、魔獣使いとしての矜持。
「「ハイ! やらせてください!!」」
二人の声が重なった。
しかし、その熱気に水を差すように、水君が静かに、だが峻烈な拒絶の意を示した。
「……私は、賛成できない。こんな裏事情を聞かされて、
逆に自衛隊という組織が信用できなくなったわ。
都合の悪い死を隠して、今度は子供の私たちを利用するつもり?」
「水君、そんなつもりじゃ……」
「いいえ。協力なんていらない。私たちは、あくまで私たち三人の力で、サンダーを倒したい」
水君の瞳には、組織という巨大な機械に対する不信感が宿っていた。
「だが水君、事情の裏側を彼らは正直に説明してくれたんだ。
国家のメンツより、現状の打破を選んだ。自衛隊のバックアップがあれば、
情報や物資の面で戦力になることもある」
雷光が諭すように言うと、炎帝も続いた。
「雷光の言う通りだぜ。特に俺様たちを束縛するつもりもねーみたいだしな。
もしやってみてリスクがデカすぎると思ったら、その時抜けりゃいいだけだ」
「そうかもしれないけど……それでも……」
水君は釈然としない様子で視線を逸らした。
組織の論理に組み込まれることへの、生理的な嫌悪感が消えない。
そんな水君の様子を見て、正人は強張っていた表情をわずかに緩めた。
「……結論をすぐに、とは言わない。
君たちの意思を尊重するし、参加できなければ無理強いはしないよ。
三人が納得して決めるまでの間、この基地に滞在してくれて構わない。
シャワーも食事も、最高のものを用意させよう」
「……。そういうことなら、とりあえず……」
水君は渋々ながらも妥協した。
こうして、異色の三人組は、国家防衛の中枢へとどまることになった。
隠蔽された敗北、友を失った兵士たちの怨念、そして伝説の神鳥。
いくつもの思惑が交錯する中、人類の反撃の刻が、静かに、だが確実に近づいていた。