雷光は、その場で息をすることを忘れていた。
眼前に展開される、生物の域を超えた「決戦」。
夜空を朱に染め上げる熱波が、遠く離れた彼の肌をチリチリと焼く。
伝説の神鳥・ファイヤーが、その巨大な翼を刃のように鋭くしならせ、
空気を切り裂いて突進する。
迎撃するリザードンもまた、口腔から漏れる火種を撒き散らしながら、
真っ向からその衝突を受け止めた。
ドォォォォォン!!
肉体と肉体がぶつかり合う鈍い衝撃音が、爆発音となって周囲に轟く。
ファイヤーは反転し、優雅ですらあるUターンの軌道から火炎放射を放った。
リザードンは翼を畳んで急降下し、間一髪でその熱線を回避する。
だが、ファイヤーの狙いは、もはやこの「闘争」そのものではなかった。
神鳥はリザードンの隙を突くと、一気に加速し、
背後の人間たちが築き上げた文明の象徴――「街」へとその切っ先を向けたのだ。
「追え!!リザードン!!逃がすんじゃねぇ!!」
炎帝の怒号が響く。
リザードンが猛然と後を追い、雷光もまた、突き動かされるようにその光景を追いかけた。
平和の象徴であるはずの街が、今、戦場に変わろうとしていた。
ファイヤーが街の上空に到達した瞬間、夜の闇は終わりを告げた。
神鳥の視線の先にあるのは、街の中心にそびえ立つ巨大な電波塔。
それは人類が情報を操り、世界を繋ぐために築き上げた「智」の結晶だ。
ファイヤーの咆哮と共に、極大の火炎放射が放たれた。
紅蓮の奔流が電波塔の鉄骨を瞬時に赤熱させ、飴細工のように歪めていく。
凄まじい爆炎が夜空を焦がし、数トンの鋼鉄が自重に耐えきれず、
断末魔の軋みを上げて地上へと崩れ落ちた。
「……ッ!?下に人がいるぞ!!」
雷光が叫ぶ。塔の真下では、逃げ惑う群衆がパニックに陥っていた。
炎帝は冷徹な戦士の瞳を一瞬だけ揺らし、即座に指示を飛ばした。
「炎竜(リザードン)!!奴との戦いは後だ、あの人間どもを助けろ!!」
リザードンは超低空飛行へ移行し、巨大な爪で崩れゆく瓦礫を受け止め、
あるいは恐怖に立ちすくむ人々をその太い腕で抱え上げた。
直後、凄まじい轟音と共に電波塔が完全に粉砕される。
かつての街の誇りは、見るも無惨な鉄の残骸へと姿を変えた。
炎帝は、煤けた顔でファイヤーを睨みつけた。
「……伝説か何だか知らねぇが、やりすぎだ。炎竜、奴に炎のパンチをぶち込め!!」
リザードンが再び飛翔し、燃え盛る拳をファイヤーの顔面へと叩きつける。
しかし、神鳥は紙一重でそれをかわす。
「続けて大文字だ!!」
リザードンの口から、巨大な「大」の字を象った火炎の塊が解き放たれ、
ファイヤーの胴体を直撃した。
しかし、同じ炎の属性を持つ神鳥にとって、その攻撃は致命傷には至らない。
ファイヤーは意に介さず、再びリザードンとの交戦を避け、
街の住宅街へと火炎放射を撒き散らし始めた。
それは「戦い」ではない。「破壊」であり、「断罪」だった。
なぜ、山奥で静かに暮らしていたはずの神鳥が、これほどの憎悪を人間に向けるのか。
その燃える瞳の奥には、人間に住処を焼かれ、
同胞を実験体にされた記憶が焼き付いているようにも見えた。
興奮し、狂乱の咆哮を上げるファイヤー。
その姿は、もはや神ではなく「復讐の魔獣」そのものだった。
「今だ、やれッ!!」
炎帝が次の一手を打とうとしたその時、上空から青白い閃光が突き刺さった。
バリバリバリィィィッ!!
ファイヤーの背中に強烈な電撃が走り、神鳥の翼が硬直する。
飛行の均衡を失ったファイヤーは、そのまま地上へと急降下し、
アスファルトを砕きながら叩きつけられた。
炎帝が驚愕して振り返ると、そこには黄金の火花を散らす相棒を連れた雷光が立っていた。
「……フッ。伝説の鳥型だろうが、電気に弱いのは道理だろ?」
雷光の言葉には、確かな実戦の重みがあった。
ピカチュウの頬からは、まだ残留思念のような電撃がバチバチと音を立てている。
しかし、これほどの電撃を浴びてもなお、ファイヤーは死んでいなかった。
地に伏しながらも、その瞳は依然として「滅ぼすべき敵」である人間を、
そして立ち向かう魔獣たちを、憎悪の炎で射抜いている。
周囲を見渡せば、かつての平和な街並みは見る影もない。
燃え上がる家々、泣き叫ぶ子供たち、そして武器を手に取り始めた兵士たち。
普段は人里を避け、神秘のベールに包まれていたファイヤーが起こしたこの反乱は、
もはや一過性のパニックでは済まない。
それは、全魔獣が人類に突きつけた「最後通牒」であり、文明の終わりを告げる狼煙であった。
街を包む炎は消えることなく、むしろ夜を飲み込むほどに高く、赤く、激しさを増していく。
「始まったんだな……。これが、俺たちの生きる時代の『正体』か」
雷光の呟きは、遠くで響くサイレンと、ファイヤーの再度の咆哮の中に消えた。
最初で最後の、そして最も凄惨な「叛乱戦争」。
その開戦の合図は、今、焦土となった街の空に深く刻まれたのである。
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