演習場の空気は、数千万ボルトの放電によってイオン化し、
異常な熱量とオゾンの臭いに満たされていた。
絶望の淵から「雷の石」によって転生を遂げたライチュウ。
その体躯は一回り大きく、オレンジ色の皮膚からは、
進化した直後の爆発的なエネルギーが迸っている。
対する伝説の雷神鳥サンダーは、度重なる相打ちとライチュウの執念に削られ、
その翼は重く、黄金の羽毛は煤けていた。
しかし、極限状態にある神鳥の眼光は衰えるどころか、
種族の矜持を懸けた殺意によってさらに鋭さを増している。
「気をつけろ、ライチュウ……。奴は次で全てを終わらせにくるぞ」
雷光は、相棒の背中越しにサンダーを凝視した。
互いに残された体力はわずか。この状況で放たれる技は、牽制などではない。
文字通り、相手の存在を消滅させるための「必殺」となる。
サンダーが動いた。
低く、地鳴りのような咆哮を上げると、再びその姿が視界から消失する。
「高速移動」。
さらに移動の軌跡に沿って、大気中の静電気を吸い込み、自身の出力を限界まで引き上げる。
「充電」。
狙いは明白だ。先ほどピカチュウを沈めた最強の突進、「ボルテッカー」。
「逃げるな、ライチュウ! 『高速移動』から『電光石火』だ!!」
ライチュウの脚力が爆発した。
進化したことで劇的に向上した身体能力が、サンダーの神速に追従する。
夜の演習場に、二筋の黄金の閃光が走り、複雑な幾何学模様を描きながら激突の瞬間を待つ。
サンダーの全身が、6000万ボルトという天文学的な電圧に包まれた。
対するライチュウは、白銀のオーラを纏い、質量を伴った光弾となって突っ込む。
正面衝突。
凄まじい衝撃波が円形に広がり、周囲のコンクリートの壁に亀裂が走る。
互いに弾き飛ばされ、地面を削りながら後退するが、サンダーの追撃は止まらない。
ボルテッカーの反動を意志の力でねじ伏せ、奴は即座に空中から超高圧の雷撃を放った。
「耐えろ、ライチュウ!お前の力を見せてやれ!」
直撃する6000万ボルト。
ライチュウは苦痛に顔を歪めながらも、太い尻尾をアース代わりにして電流を逃がし、
そのエネルギーの一部を自身の発電器官へと強引に還流させた。
ライチュウの頬から放たれた、パワーアップした1000万ボルトがサンダーを直撃する。
まさに一進一退。互いの肉体が悲鳴を上げ、視界が火花で明滅する泥沼の死闘。
サンダーは、戦術を切り替えた。
再び「高速移動」で撹乱しながら、今度はその鋭い嘴を回転させ、
物理的な破壊力でライチュウを仕留めにかかる。
「ドリルくちばし」。
回避の余裕はない。超高速の回転がライチュウの胴体を捉え、
その衝撃でライチュウは後方の壁へと叩きつけられた。
「ライチュウッ!!」
壁にめり込み、意識が遠のきかけるライチュウ。サンダーは逃がさない。
トドメを刺すべく、再びドリル嘴を構えて直線的に突っ込んでくる。
「……引きつけろ。限界まで、引きつけるんだ!」
雷光の冷静な、だが熱を帯びた指示が飛ぶ。
壁を背にしたライチュウは、迫り来る黄金の死神を、血走った眼で見据えた。
嘴が喉元を貫く、その数センチ手前。
「今だ!!『雷』!!」
至近距離。避けるスペースなど存在しない。
天から引きずり下ろされた、極太の稲妻がサンダーの脳頂を真っ向から貫いた。
サンダーの巨体が激しくよろめき、その動きに致命的な隙が生じる。
「チャンスだ!『高速移動』から至近距離で『1000まんボルト』だ!!」
ライチュウは壁を蹴り、弾丸となってサンダーの懐へ潜り込んだ。
全神経、全細胞のエネルギーを一点に凝縮し、
サンダーの胸元へ拳を叩きつけるようにして最大出力を解放した。
閃光。
ライチュウの1000万ボルトと、
サンダーが最後の足掻きで放った6000万ボルトが零距離で混ざり合い、
演習場を昼間のような白光が支配した。
爆発音が止んだ後。
二体は互いに力尽きたように、地面に倒れ伏していた。
沈黙。
雷光は固唾を呑んで見守る。引き分けか、それとも――。
先に動いたのは、サンダーだった。
煤けた翼を震わせ、苦悶の表情を浮かべながらも、
奴はゆっくりと、執念だけで立ち上がった。
殺意に満ちた恐ろしい形相で雷光を睨みつけ、最後の一撃を放とうと喉を鳴らす。
だが。
「……あ」
サンダーの全身から、細かな火花が漏れ出した。
オーバーロードに耐えかねた神の肉体が、内部から崩壊を始めたのだ。
神鳥は、自身の戦いの痛みが全身を駆け巡った瞬間、
糸が切れた人形のようにその場に頽れ、二度と動かなくなった。
その様子を見届けるように、ライチュウがふらりと立ち上がった。
全身傷だらけで、立っているのが不思議なほどの状態だったが、
その瞳には確かな勝利の光が宿っていた。
「……よく頑張ったな。本当に、ありがとう」
雷光は駆け寄り、相棒の温かくなった頭を優しく撫でた。
ライチュウは小さく、満足げに鳴くと、
雷光の手の中で深い眠りにつくようにモンスターボールへと戻った。
嵐は去った。
自衛隊の演習場に、再び静寂が戻る。
しかし、雷光の心は晴れなかった。
伝説の一角を崩したという達成感よりも、
さらなる巨大な災厄がすぐそこまで迫っているという、確信に近い予感があった。
これで終わった……そう思いたかった。
だが、人間と魔獣との、血で血を洗う戦争の幕は、まだ上がったばかりなのだ。
暗雲の向こう側、さらに巨大な影が世界を飲み込もうとしているのを、雷光はまだ知らない。