携帯魔獣叛乱戦争   作:戦竜

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第三十二話-崩壊する世界秩序-

演習場に立ち込めていたオゾンの臭いと、焦げ付いた土煙がゆっくりと夜風に流されていく。

静寂が戻った戦場に、けたたましい足音と共に自衛官たちが雪崩れ込んできた。

その先頭には、事態を察知して飛び出してきた炎帝、水君、そして哲、茂、正人の姿があった。

 

彼らが目にしたのは、真っ二つに割れた崖と、

力尽きて物言わぬ骸と化した伝説の雷神鳥サンダー。

そして、その傍らで力なく椅子に腰掛け、深い溜息を吐きながら天を仰ぐ雷光の姿だった。

 

「お、おめぇ……マジかよ!あの化け物を、たった一人で仕留めやがったのか!?」

 

炎帝が目を剥き、信じられないといった様子で叫ぶ。

 

「雷光、怪我はない!?信じられないわ……一人で伝説を倒しちゃうなんて。

でも、これで本当に……全部終わったのよね」

 

水君が安堵の表情を浮かべ、雷光の肩に手を置く。

 

「ああ、そうだな……。ライチュウが、あいつが繋いでくれたんだ」

 

雷光の声は枯れ、極限の集中から解き放たれた疲労が、

泥のように全身にまとわりついていた。

 

正人や哲ら自衛官たちも、言葉を失っていた。

国家の最新鋭兵器が束になっても敵わなかった神の鳥を、一人の少年が討ち取った。

その事実は、彼らにとって希望であると同時に、軍人としての無力さを突きつけるものでもあった。

だが、今はその勝利を享受すべき時だ。

サンダーの後始末と検体回収の指示を部下に出すと、

哲たちは疲れ切った三人を宿舎へと促した。

 

部屋に戻った雷光は、泥のようにベッドへ沈み込んだ。

ボロボロになったライチュウを含む全てのモンスターボールを、

自衛隊が提供した最新の休養マシーン――高濃度エネルギー充填装置――

にセットすると、彼自身の意識もまた、深い闇へと落ちていった。

 

「これで、やっと元の旅に戻れるのかな」

「そうね。明日にはきっと、釈放……じゃなくて、帰れるわよ」

 

隣の部屋で、炎帝と水君はそんな会話を交わしていた。

哲たちもまた、執務室で「サンダー討伐成功」の公式報告書の作成と、

今後の戦後処理に追われていた。

三鳥という脅威が去った今、世界には再び平穏な日常が戻る。

誰もがそう確信していた。

 

だが、それはあまりにも残酷な、嵐の前の静けさに過ぎなかった。

 

翌朝、防衛庁内に設置された全ての非常用ブザーが、一斉に鳴り響いた。

鼓膜を劈くような警報音は、

これまでの魔獣襲来とは明らかに次元の違う「異常事態」を告げていた。

 

「何事だ!? 報告しろ!」

 

正人が情報管理部へと駆け込む。

モニターには、世界中から送られてくる緊急衛星通信のノイズと、

血の気が引くような映像が次々と映し出されていた。

 

「国外から緊急入電!ニューヨーク、ロンドン、パリ、香港……世界主要都市が

同時に『伝説級魔獣』の襲撃を受けています! 被害状況、計測不能!」

 

画面が切り替わる。

国外の大都市。超高層ビルが立ち並ぶ摩天楼の合間を、緑色の流星が切り裂いていた。

天空の覇者、レックウザである。

その龍体から放たれる「破壊光線」は、一撃で数十階建てのビルを粉砕し、

逃げ惑う人々を、その阿鼻叫喚ごと地上から消し去っていく。

龍は慈悲なき咆哮を上げ、文明の象徴を瓦礫の山へと変えていった。

 

また別の画面では、広大な大陸が映し出される。

大地を司る巨獣グラードンが、地中から這い出していた。

奴がひとたび雄叫びを上げれば、大陸プレートそのものが悲鳴を上げ、

巨大な地震と底の見えない地割れが街を丸ごと飲み込んでいく。

民家は紙細工のように地面に吸い込まれ、灼熱のマグマが住宅街を焼き尽くした。

 

さらに、大国が誇る最新鋭の原子力潜水艦が、

未知の海域を偵察中に消息を絶つ直前の映像が流れる。

暗い海底から、巨大な光の眼が浮かび上がった。海神獣カイオーガ。

奴が放った「潮吹き」と「水の波動」の奔流は、

鋼鉄の巨艦を一瞬で圧壊させ、深海へと葬り去った。

 

暴走しているのは、伝説の個体だけではなかった。

 

「……伝説だけじゃない、各地の野生魔獣たちが、一斉に人間に牙を剥いています!」

 

映像には、荒れ狂うバンギラスの姿があった。

駆けつけた警官隊のパトカーや装甲車を、

至近距離からの「破壊光線」で紙屑のように吹き飛ばしている。

その隣では、災厄の獣アブソルが、目にも止まらぬ速さで「カマイタチ」

を繰り出し、コンクリートのビルや鉄塔を真っ二つに切断していた。

 

これまで人間と共存していた、あるいは距離を保っていたはずの魔獣たちが、

あたかも「人類という種の排除」をプログラミングされたかのように、

組織的かつ徹底的な破壊活動を開始したのだ。

 

防衛庁の本部は、鳴り止まない電話と情報の奔流でパニック状態に陥っていた。

哲は、愕然とモニターを見つめていた炎帝と水君に現状を伝えた。

 

「……信じられない。サンダーを倒せば終わるなんて、

俺たちの甘い幻想だったんだ。これはもはや『災害』じゃない。人類に対する『戦争』だ」

 

二人はあまりの事態の大きさに立ち尽くした。

 

「雷光には……まだ言わないでおこう」

 

水君が、青ざめた顔で呟く。

 

「彼は、昨夜あんなにボロボロになってまで世界を護ろうとしたのよ。

せめて、もう少しだけ休ませてあげたい……」

 

哲もその言葉に頷き、今は二人と共に、

刻一刻と崩壊していく世界地図を眺めることしかできなかった。

 

だが、運命は彼らを待ってはくれない。

庁舎の窓の外、昨夜ライチュウが命を懸けて護り抜いたはずの空が、

再び不気味な赤紫色に染まり始めていた。

 

ついに、人類と魔獣。

数千年の時を経て積み上げられた仮初めの平和が崩れ去り、

生存圏を賭けた真の「叛乱戦争」の火蓋が、全世界で同時に切って落とされたのである。

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