携帯魔獣叛乱戦争   作:戦竜

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第三十三話-戦士たちの誓い-

防衛庁本部に鳴り響く赤色灯の回転音と、世界中から飛び込む悲鳴のような通信。

その喧騒から逃れるように、戦士たちは束の間の「個」の時間へと散っていった。

これから始まるのは、かつての伝説三鳥との戦いとは比較にならない、

地球全土を巻き込む総力戦だ。誰もが口には出さないが、

その瞳には「死」の二文字が現実的な色を帯びて焼き付いていた。

 

水君は、冷たい空気の流れる廊下の隅で、震える手で携帯電話を握りしめていた。

液晶に浮かぶ「お母さん」の文字が、戦場の緊張で強張った彼女の心を、

一瞬だけ故郷の温もりへと引き戻す。

 

「もしもし、お母さん? 私……」

『あ、水君?ちょっと久しぶりね。元気してる?ご飯はちゃんと食べてるの?』

 

受話器越しに聞こえる母の穏やかな声。

それは、今まさに崩壊しようとしている世界の惨状とは無縁の、

どこまでも日常的な響きだった。水君は溢れそうになる涙を堪え、

わざと明るい声を絞り出した。

 

「うん!全然平気。今日もピザに、ステーキに、ホットケーキ。

それから、デザートにパフェまで食べたんだから!」

『ウフフ、相変わらずの食べっぷりね。安心しちゃった。

女の子なんだから、少しは体型も気にしなさいよ?』

「もうっ、大丈夫だってば!お母さんこそ、お父さんと上手くやってる?」

 

水君の問いに、母の声が一層弾む。

 

『そうなのよ!お父さん、やっと就職が決まってね。

トラックの運転手なんだけど、毎日張り切ってるわよ』

「へぇ……良かった。またお酒を飲んで暴れてないか、ずっと心配だったんだよ……」

 

かつての荒んだ家庭環境。

それが今、ようやく形を取り戻そうとしている。

水君にとって、その「小さな幸福」こそが、

この地獄のような戦場に踏み止まる唯一の理由だった。

 

『水君、いつ帰ってこれそう?』

「えっ……そ、そのうち帰るよ。今はまだ旅の途中だし……

もっと色んな場所を見てみたいから。でも……『絶対』に帰るよ。約束する」

『そうね。体にだけは気をつけて。

帰ってきたら、お母さん美味しいものいっぱい作ってお父さんと待ってるから。約束よ♪』

「……うん!ありがとう、お母さん!」

 

通話を終え、真っ暗になった画面を見つめながら、水君は袖で涙を拭った。

 

「絶対に……守るから。あの家も、お母さんの笑顔も」

 

彼女の小さな肩には、世界を救うという大義名分よりも重い、

「家族への愛」という使命が乗っていた。

 

同じ頃、基地の一角にある公衆電話。

進藤哲二等陸佐は、官給品の受話器を耳に当て、

家庭という名の「聖域」に繋がるのを待っていた。

 

『は〜い、進藤ですけど』

「あ、ほのかか? パパだよ」

『パパ! 勇司〜!パパから電話だよ!あ、ちょっと勇司、やめなさいってば――!』

『パパ!パパいつ帰ってくるの!?』

 

受話器の向こうから聞こえる、愛娘と幼い息子の騒がしい声。

哲の険しい軍人の顔が、その瞬間だけは一人の父親の柔和なものへと崩れた。

 

「ハハハ、もうすぐ帰るよ。それまで勇司、

お母さんの言うことを聞いて良い子にしてるんだぞ? お土産、山ほど買っていくからな」

『パパ、お仕事頑張ってね!ほのか、ずっと応援してるから!』

 

子供たちの無邪気な声が、哲の胸を締め付ける。

彼らが信じている「パパの仕事」の先には、

今この瞬間も街を焼き尽くす魔獣たちの姿がある。

 

「ありがとう、ほのか……。パパ頑張って、早く家に帰るよ。

……お母さんに替わってくれるか?」

受話器を握る手に力がこもる。

妻、美紀の声に変わった瞬間、哲の声音には隠しきれない緊張が混じった。

 

「もしもし、美紀か。……ああ、事態は深刻だ。

おそらく、俺も近いうちに戦場へ出ることになる」

『……分かっているわ。あなたが決めた道だもの。

もし貴方に何かあっても、私がこの子たちをしっかり守り抜くから』

 

妻の凛とした声。だが、その語尾は僅かに震えていた。

 

『でも……絶対に死なないで。生きて、私たちの元に帰ってきて。約束よ……』

「ああ、約束する。『必ず』生きて、お前たちの元へ帰るよ……!」

 

受話器を置く音が、静かな執務室に虚しく響いた。

哲は自分の拳を見つめる。この手は、家族を抱きしめるための手か、

それとも魔獣を屠るための武器か。

その答えは、生き残った者だけが手にできるのだ。

 

宿舎の最深部。電気も付けず、ただ窓から差し込む月光だけが頼りの個室で、

陣内正人一等陸佐は一枚の古ぼけた写真を見つめていた。

そこには、かつて彼が指揮していた若き隊員たちの、

屈託のない笑顔が並んでいた。

 

「………」

 

正人の脳裏に、あの日、通信機越しに聞こえた断末魔が蘇る。

 

『指揮官!もう持ち堪えられません!すでに15人失いました!』

『早く……早く援軍を!死にたくない、指揮官……!』

「分かっている!絶対にお前たちを見捨てはしない! 今すぐ――」

『指揮官――!!もうダメで……ピガガガッ!ああああッ!ガガガ……ピー……』

 

砂嵐の音。そして、永遠の沈黙。

その時、自分が下した判断の遅れが、部下たちの未来を奪った。

その罪悪感は、数年が経過した今も正人の心臓に鋭い棘となって突き刺さっている。

 

彼は写真をそっと机に伏せた。

暗闇の中、彼の眼光だけが獣のように鋭く光る。

 

「……もう、誰一人として死なせはしない」

 

雷光、炎帝、水君。そして哲。

かつての過ちを繰り返さない。

たとえこの命が尽き果てようとも、若き戦士たちの未来を繋ぐ盾となる。それが、亡霊に憑りつかれた指揮官が自分自身に課した、

最後にして最大の軍令であった。

 

それぞれの大切な人へ、家族へ。

誰もが『絶対』『必ず』生きて帰ると、心の中で、

あるいは言葉で、血の滲むような約束を交わした。

覚悟を決めた戦士たちにとって、「生き抜くこと」は単なる願望ではない。

それは、この狂った世界で唯一果たさなければならない、絶対の使命なのである。

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