厚く垂れ込めた雲を切り裂き、
航空自衛隊が誇る最新鋭攻撃ヘリ部隊が、戦域の最前線上空へと到達した。
尾崎大悟二等空佐が操縦桿を握る『翼竜(よくりゅう)』を筆頭に、
十数機のヘリが編隊を組み、エンジンの爆音を轟かせて滞空する。
眼下の地上では、炎帝や哲たちの陸上部隊が、
噴煙を上げる荒野で魔獣の群れと泥沼の白兵戦を繰り広げていた。
だが、その戦場に新たな影が差す。
北の空から、太陽を覆い隠さんばかりの勢いで飛来する百を超す飛行型魔獣の軍勢。
オオスバメ、オニドリル、そして猛毒の針を持つクロバットたちが、
急降下爆撃の構えで陸上部隊の頭上へ迫りつつあった。
「地上の味方が危ない。全機、対空戦闘用意!」
大悟の鋭い声が無線を走る。
雷光は後部座席で、自身のモンスターボールを三つ、固く握りしめた。
その時、陸上部隊の哲から大悟へ通信が入る。
『こちら陸自。大群を相手にする際は、逸るな。引き付けろ。
……カウントは一分前から、十五秒経過した時点が最適だ。
それより早くても当たらんし、遅ければ食い破られるぞ!』
先陣を切って死線を潜った哲の助言は重い。
空中戦において、広範囲に散開した敵を殲滅するには、
敵の密度が最大になる「キルゾーン」へ誘い込む必要がある。
「よし、いけ!ライチュウ!プリン!ピジョット!」
雷光が放った三つの光が、高度二千メートルの虚空で実体化した。
巨躯を誇るピジョットが気流を捉えて安定すると、その広い背中に
雷光、ライチュウ、そしてピンク色の愛らしい姿をしたプリンが飛び乗った。
雷光は無線機を取り出し、先行する大悟のヘリへと連絡を入れる。
「大悟さん、ヘリからの先制攻撃は一先ず待ってください!」
「何だって?何か作戦があるのか、雷光君!」
「あります。まずは、僕が敵の機動力を削ぎます。
多くの魔獣を、一気に無効化してみせます!」
「……。分かった。君を信じよう。合図を待つ!」
雷光はピジョットの首筋に掴まり、前方から迫り来る黒い波を凝視した。
風が咆哮し、敵の羽ばたきが空気を震わせる。
一分前……。
五十秒……四十秒……。
敵の先鋒、クロバットたちの赤い瞳が視認できる距離まで接近する。
恐怖が背筋を走るが、雷光は動じない。
三十秒……二十五秒……二十秒。
「今だ、プリン!『歌う』!!」
ピジョットの背中で、プリンが大きく息を吸い込み、その喉を震わせた。
放たれたのは、この世のものとは思えないほど清らかで、甘美な旋律。
通常、プリンの歌声は周囲を無差別に眠らせるが、雷光はこれまでの旅の中で、
プリンの歌に「指向性」を持たせる特訓を重ねていた。歌声は気流に乗り、
ピジョットの翼が起こす風に乗って、
前方から突っ込んでくる敵の大群へと集中的に届けられる。
空に響き渡る鎮魂歌。
先頭を飛んでいたオニドリルたちが、羽ばたきを忘れ、ガクンと首を垂らした。
「……効いた!」
次々と意識を失った飛行魔獣たちが、空中に投げ出された石礫のように、
重力に引かれてバタバタと地上へ墜落していく。
広い空路がプリンの歌声によって清められ、敵の陣形に巨大な穴が空いた。
しかし、歌声の届かない後方にいた第二波、第三波の群れは、
仲間の墜落を見てさらに殺意を昂らせた。
雷光はすぐさま無線機を叫ぶように起動した。
「今です!攻撃してください!」
「……全機、撃てぇぇッ!!」
大悟の号令と共に、待機していたヘリ部隊の武装が一斉に火を噴いた。
ヘリの側面に備え付けられたガトリング砲が火線を走らせ、
空対空ミサイルが尾を引いて雲を貫く。
歌声によって動きが鈍った魔獣たちに、鋼鉄の雨が容赦なく降り注ぐ。
「仕上げだ!ライチュウ、『雷』!!」
ライチュウが尻尾を天に掲げ、全身の放電器官を最大出力で駆動させた。
進化したことでピカチュウ時代を遥かに凌ぐ電圧。
空中という絶縁体の少ないフィールドで、雷光の指示した「一点」へ、
極太の稲妻が垂直に落ちた。
標的は大群。命中率を気にする必要などない。
一度放たれた雷光は、密集する飛行魔獣たちの間を連鎖(チェイン)し、
数十体のクロバットを一瞬で炭化させた。
大悟はコクピットで、その鮮やかな連携に胸を躍らせた。
「素晴らしい……! 魔獣の特性を知り尽くした、最高の戦術だ!」
爆風と煙が空を覆い、地上には眠った魔獣と、
撃墜された魔獣たちが折り重なって落ちていく。
雷光はピジョットの背を叩き、荒い息を整えた。
ライチュウも、プリンも、その瞳には戦士の鋭さが宿っている。
だが、地平線の向こう側。
より巨大な、そしてより禍々しい黒雲が、
第一波を飲み込むような勢いで接近してくるのが見えた。
レーダーが異常な熱源をキャッチし、機体が不気味に振動を始める。
「……ふぅ。まだ始まったばかりか」
雷光は無線機のスイッチを切り、眼下の荒野、そして遠くの街を見つめた。
そこには、自分たちが守らなければならない、平凡でかけがえのない日常がある。
「いくら伝説が来ようが、何百何千の魔獣が来ようが……。
この地球(ここ)で生き続けるのは、俺たち人間だ」
雷光のその言葉は、エンジンの轟音にかき消されることなく、
共に戦う魔獣たちの心に深く刻み込まれた。
人類と魔獣の存亡を懸けた戦い。
その第二波が、今まさに空を赤く染めようとしていた。