海上自衛隊旗艦『武龍』の甲板を、荒れ狂う海水が洗い流していく。
シャワーズという片翼を失い、フィールドに独り取り残されたカメックス。
その巨躯には、ミロカロスの「のしかかり」によって生じた麻痺の火花が断続的に走り、
重厚な皮膚を苛んでいた。
対峙するのは、深海から響く重低音のような咆哮を上げる北海の王・トドゼルガと、
虹色の鱗を不気味に輝かせ、獲物を追い詰める悦びに瞳を細める美しき処刑者・ミロカロス。
一対二。それも相手は再生能力と一撃必殺の牙を持つ、魔獣界でも屈指の強豪たちだ。
水君は、荒れる海面を見据え、自身の高鳴る鼓動を静めるように深く息を吐いた。
カメックスの残された体力、麻痺による筋肉の硬直、そして敵の残存エネルギー。
それらすべてを計算し、彼女は一つの結論に達する。
「短期決戦……一瞬で、全てを叩き潰す」
カメックスが最も真価を発揮するのは、
その圧倒的な質量と砲撃力を活かした「速攻戦法」にある。
守勢に回れば、ミロカロスの自己再生に泥沼の消耗戦を強いられ、
トドゼルガの致命的な一撃を許すことになる。
「カメックス!『波乗り』!!」
水君の号令に応じ、カメックスが再び海水を支配しようと咆哮を上げる。
しかし、麻痺の呪縛は残酷だった。本来なら50mを超えるはずの巨浪は、
発生の途中でカメックスの体が痙攣したことにより、
20m足らずの不完全な津波へと形を変えてしまう。
だが、その程度の「弱体化」で止まるほど、彼らの絆は脆くない。
「止まらないで! そのまま『冷凍光線』!!」
波に飲まれ、体勢を崩した二体を目がけ、
カメックスの両肩の砲身から絶対零度の閃光が放たれた。
ミロカロスは咄嗟に「水の波動」を放って相殺を試みるが、
荒れ狂う波が照準を狂わせ、冷気はミロカロスの細い胴体を捉えた。
波が引き、二体が再び姿を現したその刹那。
「畳み掛けて!『ハイドロポンプ』!!」
間髪入れぬ追撃。
狙いは、かつて自分たちを敗北の淵まで追い込んだ、
あの恐ろしい『一撃必殺』を秘めたトドゼルガだ。
圧縮された激流がトドゼルガの厚い脂肪にめり込み、その巨体を後方へと弾き飛ばす。
水型同士、あるいは氷を纏うトドゼルガにとって、水や氷の技の通りは決して良くない。
それでも、カメックスの放つ一撃一撃には、
重戦車が衝突するような物理的な破壊力が宿っていた。
焦りを見せたのは、敵の方だった。
ミロカロスとトドゼルガは、距離を保つ戦術を捨て、肉弾戦による圧殺へと切り替えてきた。
ミロカロスが水面を滑るように接近し、カメックスの胴体にその長い体を幾重にも巻き付ける。「しめつける」。
さらに、その背後からトドゼルガが躍りかかり、カメックスの太い首筋へと鋭い牙を突き立てた。
苦悶の声を上げるカメックス。締め付けられる肺、首筋を食い破らんとする牙。
麻痺による痺れが意識を遠のかせる。
「負けないで!目の前の敵を、信じて撃ち抜いて!!」
水君の叫びが、カメックスの闘志に火をつけた。
カメックスは目の前のミロカロスの顔面に、零距離から「ハイドロポンプ」をブチ撒けた。
至近距離での激流に耐えかね、ミロカロスが弾き飛ばされる。
それと同時に、背後のトドゼルガに対し、カメックスはその豪腕を後ろ手に回した。
巨漢のトドゼルガを、柔道家のように背負い、力任せに掴み上げる。
そのまま驚異的な脚力で海面上空へとジャンプ。
「いけっ、『ちきゅうなげ』!!」
空中で激しく旋回し、遠心力を極限まで高めた状態で、
落下地点にいるミロカロスめがけてトドゼルガの巨体を叩きつけた。
二体の怪物が重なり合い、海面に巨大な水柱が立つ。
衝突の衝撃で朦朧とする二体。
だが、トドゼルガの瞳に宿る不気味な白光を、水君は見逃さなかった。
トドゼルガは最期の力を振り絞り、触れるもの全てを即死させる最凶の禁忌――
「絶対零度」を発動しようとしていた。
「させる……もんか!!」
水君の声が、武龍の艦橋にまで響き渡る。
カメックスは麻痺に震える脚を海面に踏ん張り、
両肩の巨大な大砲を、重なり合った二体へと向けた。
全エネルギーが、二門の砲身へと収束していく。
空気が、水面が、あまりの高出力に震動を始める。
「いけぇッ!!『ハイドロカノン』!!!」
カメックスの咆哮と共に、想像を絶する質量と破壊力を伴った蒼き水撃が放たれた。
それはもはや「水」ではない。超高圧によって物質の限界を超えた「破壊の奔流」だ。
直撃。
「絶対零度」を放つ間もなく、ミロカロスとトドゼルガは空高くへと吹き飛ばされた。
物理法則を無視したような凄まじい衝撃に、
流石のミロカロスも自己再生を行う余力など一分も残されていなかった。
空中に放り出された二体は、なす術もなく海面へと落下し、そのまま力なく浮き上がった。
戦闘不能。
荒れ狂っていた波が、嘘のように静まっていく。
敗れたミロカロスとトドゼルガは、青白い月光に照らされながら、
自分たちの命を握る勝者を見上げ、命乞いをするように小さく弱々しく鳴いた。
水君は、その悲しげな瞳をじっと見つめ、ゆっくりと手元のモンスターボールを掲げた。
だが、その赤い光が二体を捉えることはなかった。
彼女は無言のまま、満身創痍のカメックスをボールの中へと戻した。
「……もう、いいわ」
彼女が戦うのは、誰かを支配するためではない。誰かの命を奪うためでもない。
ただ、大切な故郷と、待っていてくれる家族を護るため。
護るための戦いに、無抵抗な相手への追撃や、憎しみの連鎖は必要なかった。
水君は、海面に浮かぶ二体から背を向け、武龍の甲板へと歩き出した。
その背中には、一人の少女から「護るべき者のために戦う戦士」へと成長した、
確固たる覚悟が宿っていた。
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