火山帯の荒野は、もはや静寂を忘れた地獄の底と化していた。
炎帝は泥に塗れ、仲間の死骸が転がる大地を強く踏みしめて立ち上がった。
その手にあるのは、幾多の戦場を共に駆け抜け、最も厚い信頼で結ばれた相棒の宿る球体。
「……おい、化け物。食事の時間は終わりだ。
ここからは、俺様の命を懸けた、最高で最悪のショーの始まりだぜ!!」
渾身の力で投げられたモンスターボールが弾け、眩い閃光とともに、
空気を一瞬で沸騰させるほどの熱気が渦巻いた。
紅蓮の鱗を夕闇に輝かせ、最強の炎竜・リザードンが降臨する。
かつて山脈の戦いにおいて、このバンギラスという圧倒的な暴力の前に、
完膚なきまでに叩き伏せられた屈辱。
その記憶が、リザードンの尾の炎をかつてないほど巨大に、
そして青白く燃え上がらせていた。
対するバンギラスは、手にしていた自衛隊の戦車――数トンの鋼鉄塊を、
まるでお手玉でもするように片手でジャイアントスイングし、
逃げ惑う隊員たち目がけて放り投げた。
大破炎上する戦車の爆音。それが、この死闘の開始を告げるゴングとなった。
雷光はピジョットの背から、哲と茂は岩陰から、息を呑んでこの頂上決戦を見守る。
彼らには分かっていた。これは単なる戦闘ではない。炎帝という少年の魂が、
絶望を克服できるか否かの審判なのだと。
「いけぇ、リザードン!!俺様たちの赤く熱い鼓動をヤツに見せてやるんだ!!」
先攻はバンギラスだった。
巨躯を震わせ、口腔内に収束させた黄金のエネルギーを解き放つ。
「破壊光線」。
リザードンは逃げなかった。真っ向からその顎を開き、最大出力の「大文字」で迎え撃つ。
両者の中心で「大」の字の炎と黄金の熱線が激突し、大気を歪めるほどの爆発が起こった。
衝撃波が周囲の岩石を粉砕し、爆風が荒野を薙ぎ払う。
「飛べッ!翻弄しろ!!」
炎帝の指示に合わせ、リザードンは爆煙を突き抜けて上空へと舞い上がった。
旋回しながら、地上で構えるバンギラスへ向けて「火炎放射」を浴びせる。
バンギラスは動かない。岩の鎧を持つ己にとって、
炎など生温い風に過ぎないと侮っているのだ。
紅蓮の劫火がバンギラスを包み込み、視界を赤く染め上げる。
だが、炎が晴れた瞬間、バンギラスの表情に異変が生じた。
奴は咄嗟に己の腕に触れた。硬質な鎧が、赤く熱を持っている。
以前の戦いとは比較にならないほど、リザードンの火力は高まっていた。
炎帝との絆が生み出す、骨まで焼き尽くさんとする超高温。
炎帝は畳み掛ける。
「『炎の渦』だ!逃がすな!!」
再び渦巻く炎がバンギラスを閉じ込める。バンギラスは呻き声を上げ、
先ほどまでの傲慢な攻めが嘘のように消極的な動きを見せた。
「……勝てる!いけるぞリザードン!!」
炎帝が勝利を確信しかけた、その時だった。
バンギラスの瞳に、狡猾な光が宿った。
奴は炎の渦の中で、あえて動かずに力を蓄えていたのだ。
リザードンの背後の空間が歪み、巨大な岩塊が次々と実体化する。
「岩雪崩」。
しかも、その岩は周囲の熱を吸収し、燃え盛る火の玉と化していた。
「リザードン、後ろだッ!!」
炎帝の叫びは間に合わなかった。
油断していたリザードンの背中に、燃える岩が次々と直撃する。
飛行高度を奪われ、地上へと撃墜されるリザードン。
バンギラスは間髪入れず、落下地点の四方に巨大な岩柱を突き立てた。「岩石封じ」。
身動きを封じられ、うつ伏せのまま大地に縫い留められるリザードン。
バンギラスが、ゆっくりと歩み寄る。
その口内には、先ほどを遥かに凌ぐ密度の光が溜まっていく。
「……リザードン、立ち上がれ!!全てを焼き尽くせ!!『ブラストバーン』だ!!」
極限状態での究極奥義。
リザードンは己の生命力を炎へと転換し、全身から爆発的な熱量を放出した。
自分を封じていた岩石を内側から粉砕し、
噴き上がる火柱がバンギラスの至近距離からの「破壊光線」を強引に逸らした。
リザードンは即座に体勢を立て直し、至近距離から「火炎放射」を叩き込む。
確実に、バンギラスの体力を削り取っている。
だが、暴君はここで最後にして最悪の切り札を切った。
天を突くような咆哮。それと同時に、火山帯全体を巻き込む巨大な「砂嵐」が発動した。
竜巻のような砂の壁がフィールドを覆い尽くし、リザードンの視界を完全に遮断する。
飛び交う砂礫がリザードンの皮膚を削り、体力を奪っていく。
「クソッ、何も見えねぇ!リザードン、どこだ!!」
炎帝もまた、砂のカーテンに遮られ、相棒の姿を見失った。
雷光がピジョットに「風起こし」を命じて砂を吹き飛ばそうとするが、
バンギラスの魔力による砂嵐はあまりに重く、晴れる気配がない。
視界ゼロの闇。リザードンは周囲を警戒するが、砂礫の音にかき消され、
バンギラスの足音が聞こえない。突如、背後から巨大な剛腕が伸びた。
バンギラスが、リザードンの首根っこを掴み上げ、逃げ場を奪う。
咄嗟に放ったリザードンの火炎放射は、虚しく空を焼くだけだった。
バンギラスは、抗うリザードンの体を力任せに地面へ組み伏せた。
そして、その太い指が、リザードンの左翼の付け根に深く食い込む。
嫌な予感が、炎帝の背筋を駆け抜けた。
「やめろ……。やめろぉぉぉぉぉッ!!」
砂嵐の向こうから、凄まじい肉の裂ける音と、骨が砕ける音が響き渡った。
リザードンの、この世のものとは思えない絶叫が荒野にこだまする。
バンギラスは、リザードンの誇りであり、空を飛ぶための象徴であったその大きな翼を、
根元から強引にもぎ取ってしまったのだ。
鮮血が噴水のように吹き出し、砂地を赤く染め上げる。
バンギラスは、千切り取ったばかりの翼を手に取ると、
事も無げにそれをバリバリと噛み砕き、咀嚼し始めた。
仲間の翼を喰われる音を聞きながら、リザードンは激痛とショックで痙攣する。
さらにバンギラスは、止めと言わんばかりに、
リザードンの無防備な腹部へ「メガトンパンチ」を深々と叩き込んだ。
大量の血を吐き出し、リザードンの瞳から光が消える。
砂嵐がゆっくりと晴れていく中、そこに横たわっていたのは、
片翼を失い、血の海に沈んだリザードンの無惨な姿だった。
「リザ……ードン……」
炎帝の膝が折れた。
最強と信じた相棒の敗北。いや、敗北以上の、完膚なきまでの破壊。
意識を失い、ピクリとも動かなくなったリザードンの傍らで、
バンギラスは血に濡れた牙を剥き出しにして、勝利の咆哮を上げた。