戦場を支配するのは、生物の生存本能を根本から
否定するような、圧倒的な「熱」だった。
雷光の相棒であったフシギバナは神の光に呑まれ、
疾風の如きピジョットもまた原始の岩塊に翼を折られた。
手元に残る戦える魔獣が底を突き、雷光は断腸の思いで、
動かなくなったピジョットを赤い光と共にボールへと収容した。
だが、嘆いている暇はない。大地の神、グラードンの進撃は止まらない。
「クソッ、俺が繋ぐ!ウインディ、『神速』だ!!」
茂の声が響く。オレンジ色の閃光と化したウインディが、
文字通り神速の踏み込みでグラードンの強固な脚部へと突進した。
爆音と共に衝撃が走るが、グラードンの巨躯は微動だにしない。
40メートルを超える大地の権現にとって、
その一撃は飛んで火にいる夏の虫がぶつかった程度の刺激に過ぎなかった。
「……やはり物理打撃じゃ拉致があかねぇ。オーダイル、『ハイドロポンプ』!!」
哲が間髪入れずに指示を飛ばす。
オーダイルの口内から高圧の激流が放たれた。
しかし、グラードンが天を仰ぐと、『日照り』によって
極限まで増幅された太陽光が口腔に収束される。
放たれた『ソーラービーム』が、オーダイルの激流を真っ向から蒸発させ、
爆発的な蒸気を撒き散らしながらハイドロポンプを無効化した。
「地面タイプなら水は弱点のはずだ……
だが、あの火力がすべてを打ち消してやがる……」
哲が歯噛みする。
「……見たところ、あいつは動きが鈍そうだ」
雷光が、熱風に煽られながら鋭い眼光で神を見つめた。
「ああ、巨体ゆえか、避ける素振りすら見せないな。
だが、あの防御力を突破するには、意識を逸らす必要がある」
「哲さん、茂さん。俺が囮になります!
奴が俺に気を取られてる隙に、最大火力を叩き込んでください!」
「……!よし、分かった。だが雷光、相手は仮にも神だ。深追いはするなよ!」
雷光は最後の一球を握りしめ、天高く放り投げた。
「出番だ!!ボーマンダ!!」
紅蓮の空を切り裂き、蒼い翼を持つ飛竜・ボーマンダが咆哮と共に現れた。
「いけ、ボーマンダ!スピードで奴を撹乱するぞ!!」
雷光はボーマンダの背に飛び乗ると、そのまま垂直に加速した。
グラードンの周囲を、まるで蚊が巨象を弄ぶかのように超高速で旋回する。
グラードンの黄金の瞳が、煩わしそうに空を舞う蒼い影を追う。
しかし、ボーマンダの機動力は神の視神経を上回っていた。
背後、死角、真上。雷光はグラードンが反応しきれない角度から、次々と指示を飛ばす。
「今だ、『竜の息吹』!!」
ボーマンダの口から放たれた青白い衝撃波が、グラードンの無防備なうなじに直撃した。
地響きのような唸り声を上げ、グラードンが初めて大きくよろめいた。
効いている。神といえど、肉体を持つ以上、痛覚は存在するのだ。
「今です!! 攻撃頼みます!!」
「よし、オーダイル!! 『ハイドロポンプ』最大出力だ!!」
「ウインディ!! 『高速移動』から『火炎放射』で追い込め!!」
地上の二匹が同時に牙を剥いた。
至近距離から放たれたハイドロポンプがグラードンの脇腹を抉り、
同時にウインディの猛火が日照りの恩恵を受けて爆発的な熱量を帯び、
グラードンの視界を奪う。
連携攻撃は見事に決まった。グラードンは苦しげな声を上げ、
その巨大な腕を振り回して虚空を打つ。
「いける……このまま押し切れるぞ!」
誰もがそう確信した。連携は完璧であり、神の牙城は崩れ始めているように見えた。
だが、その直後だった。
グラードンの動きが、ピタリと止まった。
苦しげな呻きは消え、代わりに地底のマグマが沸騰するような、
不気味な振動が戦場全体を支配した。
グラードンの全身に刻まれた黒い紋様が、
まるで血管のようにドクドクと拍動し、眩い赤に染まっていく。
「……? 様子がおかしいぞ」
茂が顔を歪める。
「パワーを……溜めているのか? まさか……」
突如、世界を両断するかのような地鳴りが響き、哲たちの足元を巨大な『地割れ』が襲った。
「退けッ!!」
哲の叫びと共に、全員が死に物狂いで左右に飛び退く。
間一髪、地面が深淵へと消え去る中、難を逃れた哲たちは安堵の息を漏らした。
だが、それは神が仕掛けた「慈悲」ですらなかった。
グラードンの眼が、見たこともない血のような紅に染まった。
空気が、一瞬で「無」になった。
酸素すらも燃え尽きるほどの超高熱がグラードンを中心に渦を巻き、
世界を揺るがすほどの、いや、世界そのものを呪うような大咆哮が轟いた。
「逃げ……ろ……全軍、離脱しろォォォォォッ!!!」
雷光の直感が、細胞レベルで死を予感して叫んだ。
グラードンがその身を大地に沈めたかと思った瞬間、奴の背中から、
そして全身の隙間から、地核に溜まっていたすべてのエネルギーが噴出した。
最強にして最悪の固有奥義――『噴火』。
それは技と呼べるものではなかった。
核爆発に匹敵する衝撃波と、数千度のマグマが四方八方に「放射」されたのだ。
最前線にいた隊員たちが、悲鳴を上げる暇もなく一瞬で蒸発し、灰へと化した。
十数台の90式戦車が、鋼鉄の巨躯を飴細工のように溶かされ、爆炎の中に消えていく。
上空を飛んでいたヘリ部隊も、噴き上がる火柱に飲み込まれ、
墜落する暇もなく空中で分解された。
味方であるはずの野生魔獣も、そこに命あるものはすべて等しく、神の怒りの火に焼かれた。
雷光、哲、茂……彼らもまた、ボーマンダの翼を盾にし、
オーダイルの水の壁に守られながらも、
爆風によって木の葉のように遥か後方へと吹き飛ばされた。
爆煙が空を覆い、太陽の光さえも赤黒い噴煙の中に隠れた。
かつて緑があった場所、かつて軍隊が整列していた場所。
そこには今、ただ赤く光る溶岩の海と、主を失った鉄の破片、
そして音もなく降り積もる「命だった灰」があるだけだった。
この一撃により、人類が築き上げてきた防衛線の八割が消失した。
戦争開始以来、最も多くの命が、たった一つの呼吸の間に奪われた瞬間であった。
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