海域の温度が、急速に低下していく。
空は墨を流したような暗雲に覆われ、叩きつけるような豪雨が海面を白く泡立てていた。
伝説の神獣、カイオーガがもたらす特性『雨降らし』。
それは単なる気象変化ではなく、
世界を深海へと引きずり込もうとする星の意志そのものだった。
沈没した「軍龍」の残骸から漏れ出した重油が、雨に打たれて虹色の斑紋を描く。
その絶望的な色彩を切り裂き、海の神王が咆哮を上げた。
40メートルを超える巨躯が波を割り、艦隊へと一直線に突き進んでくる。
その紅い紋様は、怒りに呼応するように禍々しく発光していた。
「全艦、距離を保て!逃げるんじゃない、射線を確保するのよ!!」
旗艦「武龍」の艦橋で、晴香の鋭い怒号が飛ぶ。
彼女の瞳には、亡き戦友・浪花艦長への弔いと、
生存への執念が綯い交ぜになった凄まじい光が宿っていた。
「先制攻撃が鍵よ!六連装魚雷、全門発射!!」
晴香の狙いは、あえて海上の戦艦を餌にすることだった。
視線が上に向いている隙に、水中から死神の鎌を突き立てる。
「お願い……効いて……!!」
晴香は祈るように拳を握りしめた。
軍龍の散弾ミサイルを無効化したあの強靭な皮膚に、武龍の特注魚雷は通用するのか。
海面下に白い航跡が幾条も走り、無防備なカイオーガの腹部へと吸い込まれていく。
海底から突き上げるような衝撃と共に、巨大な水柱が上がった。
しかし、水煙が晴れた先にいたのは、かすり傷一つ負わずに悠然と泳ぐ蒼き神だった。
魚雷の爆発など、奴にとっては心地よい水圧の刺激に過ぎないと言わんばかりに、
カイオーガは嘲笑的な咆哮を返す。
「嘘でしょ……直撃したはずよ!?」
「晴香さん、物理兵器の衝撃だけでは、
あの神の鱗を突破できません! 艦隊の総火力を一点に集中させて!!」
水君の叫びに、晴香は覚悟を決めた。
「全艦隊へ!ミサイル、対艦ロケット、火砲、
持てる全てを奴の頭部に叩き込みなさい! 弾切れなんて気にするな!!」
空を埋め尽くす噴煙。
ミサイルの雨がカイオーガを包囲し、絶え間ない爆散が海をオレンジ色に染め上げる。
だが、カイオーガは止まらない。それどころか、奴はその巨大な顎をゆっくりと開いた。
次の瞬間、カイオーガの口から超高圧の激流――『ハイドロポンプ』が放たれた。
それはもはや水の塊ではない。分子レベルで圧縮されたウォーターカッターの刃だ。
「回避ィ!!」
晴香の叫びも虚しく、武龍の右舷を並走していた護衛艦が、その一撃に触れた。
凄まじい金属破壊音と共に、数千トンの鋼鉄が豆腐のように真っ二つに両断される。
切断面から誘爆が起き、護衛艦は断末魔を上げる間もなく、
黒煙を上げて海中へと引きずり込まれていった。
「このままじゃ全滅する……。行くよ、私の切り札!!」
水君が手にしたハイパーボールが、眩い閃光を放った。
現れたのは、かつてフリーザーとの死闘を繰り広げたハクリューが、
極限の経験を経て進化を遂げた姿――カイリュー。
その背中から放たれる威圧感は、かつての相棒カメックスを凌駕し、
戦場全体を震わせるほどの「竜」の格を備えていた。
「カイリュー、『高速移動』!! 奴の視線を釘付けにして!」
水君を背に乗せたカイリューが、雨を切り裂いて爆進した。
目にも留まらぬジグザグ走行。カイオーガが巨大な鰭を振り回して迎撃しようとするが、
カイリューはその巨躯を軽々と飛び越え、翻弄する。
「今だ!『破壊光線』!!」
カイリューの口内に収束した黄金のエネルギーが、
至近距離からカイオーガの側頭部を直撃した。
初めて、神が苦悶の声を上げた。衝撃でカイオーガの巨体が大きく傾く。
「晴香さん!今です、奴の意識が逸れた!!」
「水ちゃん、ナイスよ!!全艦、今度こそ殺るわよ!
ミサイル発射!! 絶対に沈ませるんじゃないわよ!!」
武龍の主砲が再び火を噴く。
カイリューの破壊光線が奴の動きを止め、そこへ艦隊の総攻撃が降り注ぐ。
連携攻撃。人間と魔獣、そして鋼鉄の兵器が一つになり、海の神王を焦土へと追い詰めていく。
だが、カイオーガという存在は、それほどまでに脆くはなかった。
幾千の弾丸を浴び、黄金の光線に焼かれながらも、奴の瞳から闘志は消えていない。
それどころか、傷を負うことでその「神性」はより残酷に研ぎ澄まされていた。
カイオーガの全身が、青白く発光する。
『冷凍光線』。
奴が周囲を薙ぎ払うように冷気を放つと、
荒れ狂う波が一瞬で氷の彫刻と化し、逃げ遅れた小型艦の船底を凍りつかせた。
動きを止めた獲物へ、カイオーガは容赦なく『水の波動』を叩き込む。
凍りつき、脆くなった鋼鉄が粉々に砕け散り、海面にはただ氷の破片と油だけが残される。
刺す。刺す。刺す。
カイオーガは、自分を傷つけた人間たちへの復讐を完遂すべく、
冷徹に、そして確実に艦隊を削り取っていく。
晴香は、激しく揺れる艦橋で、首から下げたロケットペンダントを握りしめた。
中にある息子の写真が、激動の中で微かに微笑んでいるように見えた。
「アンタがどれだけ神様だろうと関係ないわ……。
私たちは、まだ生きてる。生き残って、明日を見るのよ……!」
海の上では人間が、空では龍が、そして海の下では神が。
互いの『生』を懸けた執念が、荒れ狂う嵐の中で真っ赤に衝突し合う。
この海戦は、もはや単なる戦争ではない。
どちらの種が、地球に存在することを許されるかを決める、
血塗られたオーディションだった。
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