海域の戦闘は、地上の「一方的な蹂躙」とは異なり、
人類の意地と神獣の権威が真っ向から衝突する、
壮絶なシーソーゲームの様相を呈していた。
旗艦「武龍」を中心とした残存艦隊は、晴香の冷徹な指揮と、
水君が操るカイリューの機動力によって、伝説の神獣・カイオーガを包囲。
荒れ狂う波濤の中で、奇跡的とも言える連携を見せていた。
「休ませるな!カイリュー、『破壊光線』!!」
「武龍、主砲斉射!!」
水君の叫びに合わせ、カイリューの口から放たれた黄金の熱線がカイオーガの背を焼き、
同時に武龍の巨砲が火を噴く。
至近距離での爆破が海面を割り、カイオーガの巨躯に衝撃が走り続ける。
着実にダメージは蓄積していた。
神といえど無敵ではない。だが、人類側のリソースも無限ではなかった。
「物理兵器じゃ埒が明かないわ……!水ちゃん、属性攻撃を畳み掛けて!!」
晴香の指示を受け、水君はカイリューの瞳に宿る真の力を引き出した。
「いけ、カイリュー! 『雷のパンチ』!!」
蒼き龍が雨を切り裂き、カイオーガの懐へと飛び込む。
その拳に超高圧の電流が凝縮され、パチパチと青白い火花を散らす。
カイオーガの脇腹に拳が沈み込む。
水を通じ、数千万ボルトの電撃が神獣の巨体を駆け抜けた。
カイオーガが、これまでにない苦悶の咆哮を上げる。
雷の衝撃に巨体が痙攣し、その猛攻の手が微かに止まった。
「いける……! 電気技が通るわ!全艦、この隙に集中砲火!!」
晴香の瞳に希望の光が宿る。
今のうちに攻めきれば、神を討つという前人未到の偉業すら成し遂げられるかもしれない。
だが、カイオーガは「海を司る神」だった。
奴は己の傷を顧みず、その巨大な鰭を大きく広げ、空を仰いだ。
特性『雨降らし』の真の覚醒。
それまで降り続いていた雨が、突如として視界を奪うほどの豪雨へと変わり、
海面には立ち上がるほどの荒波が逆巻き始めた。
「(……まずい。この雨、ただの強化じゃない。まさか、電気を……逆手に取る気!?)」
水君の直感が警鐘を鳴らす。
そう、カイオーガの狙いは、
この豪雨を利用して「ある技」を絶対命中させることにあった。
カイオーガが海を揺るがす咆哮を上げると同時に、
墨色の暗雲から巨大な稲妻が引きずり出された。
『雷』。
雨天においては必中となる天の裁き。それはカイリューに向けられたのではなく、
海面に浮かぶ「鉄の島」たちへと降り注いだ。
海水を媒介に、凄まじい電撃が艦隊を襲う。
耐えきれなくなった護衛艦が次々と内部から爆発し、海上に炎の花を咲かせていく。
「武龍、耐えて!!」
晴香が叫ぶ。武龍は特殊装甲によって何とか致命傷を免れたが、
計器類は火花を吹き、システムは断末魔のようなアラートを鳴らし続けた。
晴香が反撃の指示を出そうと口を開きかけた、その刹那。
カイオーガの全身が、深淵のような青に発光した。
奴は海中から莫大な量の水分を吸い上げ、その背の噴孔から、
一滴一滴が砲弾にも匹敵する巨大な水の粒を、全方位に向けて一斉に掃射した。
最大威力の究極技――『潮吹き』。
「なっ……!?」
それはもはや技ではなく、全方位への「処刑」だった。
空を飛ぶ水君とカイリューに、そして海上に残された全戦艦に、
超高圧の水の弾丸が降り注ぐ。
「最強」を誇った武龍の厚い装甲が、まるで紙屑のように撃ち抜かれていく。
艦橋のガラスが砕け散り、甲板は八の巣となって爆炎が噴き出した。
「艦長!!隔壁が突破されました!水が……水が流れ込んできます!!」
操舵士の悲鳴も、爆発音にかき消された。
武龍が、ゆっくりと、しかし確実に傾いていく。
人類の海戦における最後の牙城が、等々、耐えの限界に達した。
「……ここまでなの……? いいえ、絶対に……!!」
晴香は、激しく揺れ、浸水し始めた艦橋で、首から下げた写真を強く握りしめた。
「裕太……裕太!!母さんはまだ、あなたの元へ帰らなきゃいけないのよ!!」
裕太。写真に写る、あどけない笑顔の息子。
その名を叫びながら、晴香は崩れゆく甲板から荒れ狂う海へと身を投げた。
同時に、最後の一球を海面へと叩きつける
。
「出てきなさい、ギャラドス!!」
海面に巨大な水飛沫が上がり、凶悪な面構えのギャラドスが姿を現した。
晴香は冷たい海に揉まれながらも、必死にギャラドスの背中にしがみつく。
直後、彼女の背後で、凄まじい爆発音が轟いた。
武龍が、巨大な炎の華を咲かせながら、
重厚な鋼鉄の身体を折って海中深くへと沈んでいく。
かつて海上の希望であった戦艦は、渦を巻く深淵へと吸い込まれ、
二度と浮上することのない墓標となった。
「晴香さん!!」
カイリューに乗って急降下してきた水君が、ギャラドスと共に波間に漂う
彼女の無事を確認し、震える声で安堵の溜息を漏らした。
だが、その視線の先には、武龍と共に海に沈んだ数百、数千の命がある。
グラードンの「噴火」に続き、この「潮吹き」の一撃によって
、人類はまたしても、かけがえのない多くの同胞を失った。
雨は止まない。
沈みゆく武龍から立ち上る爆炎が、冷たい雨に打たれて虚しく消えていく。
ギャラドスの背で、ずぶ濡れになった晴香は、ただ一点を睨みつけていた。
カイオーガは、勝利を確信したように悠然と潜行を始めている。
「……殺してやる。この手で必ず……!」
晴香の呟きは、激しい風雨にかき消された。
だが、その瞳に宿る執念の炎だけは、どれほどの荒波に打たれても消えることはなかった。
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