携帯魔獣叛乱戦争   作:EXTERMINATION

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第五十四話-砕け散る母の願い-

海上艦隊の象徴であり、人類の叡智の結晶でもあった「武龍」が、

轟音と共に海中深くへと沈んでいった。

渦巻く海水が巨大な鉄塊を飲み込み、後に残されたのは、

荒れ狂う波濤と、叩きつけるような豪雨、そして絶望的な静寂だけだった。

 

だが、海面に浮上したギャラドスの背の上で、晴香はまだ死んでいなかった。

全身ずぶ濡れになり、愛する部下たちと「家」を失った彼女の瞳には、

絶望ではなく、刺し違えてでもこの神を屠るという、

狂気にも似た凄まじい執念が宿っていた。

 

「……行くわよ!奴に、私とギャラドスの力を見せつけてやるんだから!!」

 

晴香の声が、嵐を切り裂いて響き渡る。

武龍という「盾」を失った今、彼女に残されたのはこの一匹の魔獣と、己の魂のみ。

晴香は震える手でギャラドスの硬い鱗を掴み、腰を据えた。

その背中は、主導者としての誇りに満ち、沈みゆく艦隊の最期を背負う覚悟に溢れていた。

 

カイオーガは、武龍を沈めただけでは飽き足らず、海面に漂う生存者や救命ボートを、

まるで虫を潰すかのような冷酷さで襲い続けていた。

 

「こっちよ、化け物!!アンタの相手は、まだ終わってないわ!!」

 

晴香はカイオーガの意識を逸らすため、ギャラドスに命じて「水鉄砲」を放たせた。

神の皮膚には痒みすら与えない軟弱な一撃。

しかし、それは何よりも雄弁な「挑発」としてカイオーガに届いた。

 

蒼き神が、その巨大な鰭を翻し、波を割って晴香へと向かってくる。真正面からの激突。

「今よ、ギャラドス!!『竜の怒り』!!」

至近距離から放たれた青白い衝撃波が、カイオーガの顔面を真っ向から捉えた。

爆発的なエネルギーが神の頭部を揺らし、その進撃を僅かに鈍らせる。

 

「私たちも行くよ、カイリュー!!」

 

上空から、水君が援護に回る。

 

「『破壊光線』!!晴香さんを援護するのよ!!」

 

カイリューの口から放たれた黄金の熱線が、カイオーガの側頭部を直撃。

衝撃波で海面が大きく凹み、カイオーガは痛痛しげな声を上げてのけぞった。

連携は完璧だった。だが、カイオーガの体力は底知れない。

これほどの大技を連続で受けてなお、その瞳に宿る殺意は翳るどころか、

より一層激しく燃え上がっていた。

 

カイオーガの反撃が始まった。

奴の口から放たれた『ハイドロポンプ』が、レーザー光線のような鋭さで海面を走る。

 

「避けなさい!!」

 

晴香の指示でギャラドスが横へ跳躍。直後、彼らがいた場所の海面が文字通り「両断」され、

巨大な水の道が数キロにわたって出現した。

もし一瞬でも遅れていれば、肉体ごと霧散していただろう。

 

「負けるもんですか!『剣の舞』!!」

ギャラドスが激しい水飛沫を上げながら円を描き、

己の攻撃力と素早さを極限まで高めていく。

その隙を狙い、カイオーガが再びハイドロポンプを構えるが、

水君のカイリューが放った『竜巻』がその視界を遮り、発射を妨害した。

 

「決めて、ギャラドス!!最大出力の『破壊光線』!!」

 

舞いによって威力を増した破壊の光が、カイオーガの胸元を直撃した。凄まじい爆発。

しかし、世界は残酷だった。

カイオーガが再び天を仰ぐ。特性『雨降らし』による豪雨が、

戦場を「必中の牢獄」へと変えていた。

 

暗雲から引きずり出された巨大な稲妻――『雷』。

それが、逃げ場のない海上のギャラドスを直撃した。

水・飛行属性を持つギャラドスにとって、雷は四倍のダメージを与える致命的な一撃。

全身を凄まじい高電圧が駆け抜け、ギャラドスは悲鳴を上げて海面へと沈み込んだ。

 

「ギャラドス!!しっかりして!!」

 

晴香が叫ぶが、ギャラドスの巨体は激しく痙攣し、

全身麻痺によって指一本動かすことができない。

水君が咄嗟に護衛に入ろうとするが、カイオーガはそれを許さなかった。

狂ったように放たれるハイドロポンプの連射がカイリューを阻み、

水君を晴香から引き離していく。

いつの間にか、荒れ狂う海の上で、

動けないギャラドスとカイオーガが一対一で対峙する形となってしまった。

 

「……負けるな、ギャラドス。あなたが止まったら、私は裕太に会えなくなる……!!」

 

晴香は麻痺に苦しむギャラドスの首筋を強く抱きしめた。

その執念が届いたのか、ギャラドスは血走った眼を見開き、最後の力を振り絞って咆哮した。

 

「行けぇッ!!『捨て身タックル』!!!」

 

死を覚悟した特攻。ギャラドスは全身から血を噴き出しながら、

猛スピードでカイオーガの腹部へとその巨体を叩きつけた。

反動による激痛が両者を襲う。

渾身の一撃を喰らったカイオーガが大きくのけぞり、海へと沈む。

だが、神はしぶとかった。

海中から再び浮上したカイオーガの瞳には、もはや慈悲のかけらも残っていなかった。

対するギャラドスは、反動と麻痺でもはや浮いているのが精一杯の状態。

 

水君は、カイオーガの喉の奥に、

これまでとは比較にならないほど巨大な水の球体が収束されていくのを見た。

「……やめて。やめてえええええッ!!」

 

カイオーガの究極技――『潮吹き』。

 

それは、弱った敵に引導を渡す、絶対的な終焉の噴水。

 

「はっ……晴香さ――――――――ん!!」

 

水君の悲鳴が届くよりも早く、無数の巨大な水の弾丸が、

ギャラドスと晴香を全方位から貫いた。

 

「あ、ああああああああああああああああ!!!」

 

晴香の絶叫が、雨音にかき消される。

超高圧の水流は、ギャラドスの鱗を、肉を、

そしてその背に乗っていた晴香の細い体を、容赦なく貫通し、破壊し、引き裂いた。

晴香の手から、裕太の写真が入ったロケットペンダントが零れ落ち、泡の中に消えていく。

 

次の瞬間、海面に大きな水柱が立ち、激しい爆発音が響いた。

爆炎が晴れた後、そこにはもう、ギャラドスの姿も、

凛として戦場を駆けた女性指揮官の姿もなかった。

ただ、彼女が最期まで握りしめていた軍帽だけが、

冷たい波に揉まれて虚しく浮いていた。

 

「あ……ああ……あぁぁぁぁぁぁぁッ!!」

 

水君は、雨に打たれながら絶叫した。

子供のように、声を上げて泣いた。

自分を支え、導いてくれた「姉」のような存在が、

これほどまでにあっけなく、無惨に奪われたという現実。

海の神王は、勝利を確信したように深く、冷たく鳴いた。

 

海を赤く染めるのは、沈んだ戦艦の油と、そして一人の母親が最後に流した鮮血だった。




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