携帯魔獣叛乱戦争   作:EXTERMINATION

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第五十七話-命の灯火-

海を統べる神、カイオーガとの死闘は、

もはや生物としての限界を超えた領域に達していた。

武龍が沈み、晴香が散り、無数の兵士たちが冷たい海へと消えていった。

その幾億もの命の重みを、水君は己の五臓六腑で受け止めていた。

喉の奥にせり上がる血の味と、止まらない涙。

それでも彼女は、カイリューの首を強く抱きしめ、前を見据える。

 

カイリューはこれまで、神の猛攻を紙一重でかわし続け、

決定的なダメージを負わずにこの最終局面まで戦い抜いてきた。

対するカイオーガも、度重なる雷のパンチと破壊光線により、

その強固な皮膚は至る所で弾け、青い鮮血が海を汚している。

残された力は、互いにわずか。

 

だが、神は最後まで神であった。

カイオーガが海面で静かに目を閉じ、精神を集中させる。『瞑想』。

大気が震え、奴の周囲に渦巻く魔力が高まっていく。

攻撃の威力と特殊な防御力が底上げされ、奴の傷口が不気味な光に包まれた。

 

「……させない!『高速移動』から『竜の怒り』!!」

 

水君の叫びに応え、カイリューが蒼い閃光となって肉薄する。

定数ダメージを叩き込む「竜の怒り」の衝撃波が、防御を固めたカイオーガの横腹を抉った。

体力が削り取られ、消耗しきった終盤だからこそ、この「削り」の一撃は致命的な重荷となる。

 

苦悶に目を剥いたカイオーガが、即座に反撃に転じた。

至近距離から放たれた極低温の『冷凍光線』。

カイリューは間一髪でこれを回避するが、奴の狙いはそこではなかった。

回避の着地を狙い澄まし、逃げ場のない超高圧の『ハイドロポンプ』が放たれる。

 

「カイリュー!!」

 

回避不能。カイリューの腹部に鋭い水の刃が突き刺さった。

凄まじい衝撃音が響き、カイリューの巨躯が大きくのけぞる。

致命傷こそ避けたものの、腹部から流れる鮮血が雨に打たれて飛び散った。

スピードが落ち、呼吸が荒くなる。

 

だが、水君の闘志は消えない。

 

「まだ……まだ終わらせない!!『雷のパンチ』!!」

 

カイリューが痛みを堪え、渾身の電撃をカイオーガの頭部に叩き込む。

雷鳴が轟き、神の巨体が痙攣した。しかし、カイオーガもまた死力を尽くしていた。

奴は麻痺を振り払うように咆哮し、天から巨大な『雷』を引きずり出した。

 

必中の電撃。逃げ場のない海上で、水君とカイリューを白光が飲み込む。

 

「あ、あああああああああああッ!!」

 

全身を貫く激痛。水君の皮膚は焼け、深い傷口から力が失われていく。

カイリューと共に海面へと墜落しかけたその瞬間、

追い打ちをかけるようにカイオーガの『冷凍光線』が、

カイリューの顔面――その顎を捉えた。

 

凍結音が響き、カイリューが水上に叩きつけられる。

絶体絶命。カイオーガが、止めを刺さんとその巨躯を揺らし、目前まで迫ってくる。

 

「カイリュー……諦めないで……!!」

 

水君は、意識を失いかけたカイリューの耳元で、血を吐きながら叫んだ。

 

「『逆鱗』よ!!奴を……奴を撃ち抜いて!!」

 

その言葉がトリガーとなった。

カイオーガの冷凍光線が直撃したのは、カイリューの顎。

そこには「逆鱗」と呼ばれる、龍にとって最も神聖で、触れてはならない鱗があった。

カイリューの瞳が紅く発光し、全身の血管が浮き出る。理性を焼き切り、

ただ破壊のみを希求する原始の力が覚醒した。

 

海を割るような咆哮。

一方、カイオーガもまた、全エネルギーをその巨体に込め、海面から高く跳躍した。

『伸し掛かり』。

数百トンの質量をもって、標的を完全に圧殺せんとする最後の一撃。

これが直撃すれば、水君の体は粉々に砕け散り、二度と両親の元へ帰ることは叶わなくなる。

 

だが、水君の眼には、その神の姿がスローモーションのように映っていた。

絶望の淵で、超越した信念が見せた奇跡。

跳躍した瞬間のカイオーガ。その腹部は、最大の弱点としてがら空きになっていた。

 

「いけえええええええええええッ!!『怒りの破壊光線』!!」

 

逆鱗によって増幅された、漆黒の混じった黄金の奔流。

カイリューの口から放たれた怒りの破壊光線が、

空中で回避不能となったカイオーガの真下から直撃した。

 

臨界点を超えたエネルギーが、神の肉体内部で大爆発を起こした。

断末魔の叫びと共に、蒼き神の肉体が四散する。

 

海 王 撃 沈

 

降り注ぐのは雨ではない。

カイオーガのバラバラになった肉片と、蒸発した海水の霧。

その凄まじい光景の中で、水君はついに力尽きた。

 

「……お父さん……お母さん……」

 

意識が遠のき、彼女の体はカイリューの背中から、冷たい海へと真っ逆さまに落下していく。

 

ボチャン、と小さな水音がした。

だが、その刹那。

逆鱗の嵐を抜けたカイリューが、意識を失った相棒を、その逞しい腕で力強く抱き上げた。

 

嵐が、止もうとしていた。

海を赤く染めた戦いは終わり、水君の命の灯火は、

どれほど冷たい水に浸かろうとも、その胸の奥で、確かに、力強く燃え続けていた。




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