天地を揺るがす神獣たちの咆哮が、
遠く離れた後方の救護本部まで微かに地鳴りとなって届いていた。
雷光が大地の神と対峙し、水君が海の神王を討ち果たそうと死線を潜っているその時。
戦場を紅蓮に染めた炎帝は、喧騒から切り離された静寂の中にいた。
清潔すぎるほどに白い廊下。消毒液の鼻を突く臭い。
炎帝は、集中治療室の前に置かれた硬い椅子に深く腰を下ろし、両手を組んで俯いていた。
その拳は白くなるほどに握りしめられ、微かに震えている。
強化ガラスの向こう側では、巨大なカプセルの中で特殊な薬液に浸されたリザードンが、
無数の管に繋がれ、眠りについていた。
「……」
かつての威厳に満ちた橙色の翼は無惨にももぎ取られ、甲殻はひび割れ、
内臓破裂という致命的な損傷を負った。命の灯火だけは何とか繋ぎ止めたものの、
その姿はあまりにも痛々しい。
沈黙を破ったのは、自動ドアが開く乾いた音だった。
リザードンの主治医を務める医師団長が、疲れ切った面持ちで部屋から出てくる。
「お、おい!団長!!」
炎帝は椅子を蹴るようにして立ち上がり、医師の肩を掴んだ。
「リザードンはどうなんだ!?治るのか!?
以前のように、また空を飛んで……戦えるようになるのか!?」
「……落ち着いてください、炎帝さん」
医師団長は苦渋に満ちた表情で、視線を落とした。
「全力は尽くしています。一命は取り留めました。
ですが……失われた翼の再生は現代医学の範疇を超えています。内臓の損傷も深く、
呼吸機能を維持するのが精一杯だ。……戦場への復帰は、論理的に不可能です」
「そんな……嘘だろ……。どうにかしてくれよ!あんた、世界でも指折りの医師なんだろ!?
奇跡の一つくらい起こしてみせろよ!!」
炎帝の叫びが廊下に響き渡る。
その執念は、もはや相棒を案じる飼い主の域を超え、呪詛に近い熱を帯びていた。
医師団長は、眼鏡の奥の鋭い眼光で炎帝を射抜いた。
「……私には理解できません。なぜ貴方はそこまで、
この傷ついたリザードンを再び地獄へ戻そうとするのですか?
飼い主ならば、戦いから解放してやり、
余生を安らかに過ごさせてやりたいと願うのが普通ではないのか」
「普通、だと……?」
炎帝は力なく笑い、その場に崩れるように再び座り込んだ。
「……俺たちには……戦いしかねぇんだよ」
炎帝は、今日初めて会ったばかりの医師に、
自らの過去のすべてを吐き出すように語り始めた。
それは、彼が「炎帝」と呼ばれるようになる前、
ただの少年だった頃の記憶。
15歳の夏。彼の故郷は、突如として現れた暴徒化した野生魔獣の群れと、
それに乗じた冷酷な武装集団によって地獄と化した。
幼い頃から家族として育ったヒトカゲは、炎帝の成長と共にリザード、
そしてリザードンへと進化し、常に彼を背に乗せて空を飛んでいた。
平和な日常は、ある夜、炎帝の両親の悲鳴と共に断ち切られた。
「逃げろ、炎帝!!」
父の最期の言葉を背に、炎帝はリザードンと共に戦った。
だが、圧倒的な物量と暴力の前に、少年一人の力はあまりに無力だった。
目の前で両親が惨殺され、家が燃えるのを見ることしかできなかった。
生き残ったのは、炎帝とリザードンだけだった。
「あの日、俺たちは決めたんだ。両親を守りきれなかった弱い自分たちを殺すために。
より強く、より冷酷な化け物になるって。死ぬまで戦い続けて、戦いの中でしか
自分たちの存在を証明できねぇ身体になっちまったんだよ」
炎帝は顔を上げ、潤んだ瞳で医師を見つめた。
「だから……俺たちにとって、戦えないことはイコール死を意味すんだよ。
戦場を奪われることは、あの日死んだ両親への裏切りなんだ」
医師団長は黙ってその話を聞いていた。
炎帝の執着は、愛情ではなく、共通の十字架を背負った共依存の果てにあるのだ。
「なぁ、お願いだ……。炎竜が戦えるようになるなら、俺の命を削ったって構わねぇ。
だからどうにかしてくれ!このまま戦えねぇまま生きるなんて、
俺たちには死ぬより辛いんだよ!」
沈黙が流れる。
医師団長は、炎帝の覚悟という名の狂気をじっと見定めていた。
やがて、彼は重い溜息をつくと、懐から一枚のIDカードを取り出した。
「……分かりました。貴方のリザードンが、再び戦場に立ち、
かつて以上の破壊をもたらす方法が、一つだけあります」
「!?マジか……?そりゃ一体なんだよ、教えてくれ!!」
「これは禁忌の領域だ。だが、貴方たちの『死を厭わぬ執念』だけが、
その適合条件を満たしているかもしれない。……私について来てください」
医師団長は踵を返し、リザードンが眠る治療室の、
さらに奥にある地下へと続く秘密の区画へと炎帝を案内した。
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