白く無機質な廊下の最奥、厳重にロックされた鋼鉄の扉が開くと、
そこには「医療」という言葉からは程遠い異様な光景が広がっていた。
広大な室内を埋め尽くすのは、脈動する巨大なサーバー、
液体を満たした無数のカプセル、そして解体された兵器のパーツ。
中央に鎮座する特型カプセルの中では、炎帝の半身であるリザードンが、
泥のような緑色の薬液に浸され、管に繋がれている。
カプセルの傍らには、一人の男が立っていた。
白衣は汚れ、乱れた髪の間から覗く瞳は、獲物を前にした爬虫類のように湿っている。
男はニヤニヤと薄気味悪い笑みを浮かべ、紫煙をリザードンに向けて吹きかけた。
「んふっ!初めまして、炎帝さん。僕が貴方のリザードンを……
いえ、『それ』を復活させてご覧に入れましょうぅ……」
「……あ、ああ……」
炎帝は本能的な嫌悪感に身を震わせた。
医師団長がこの男の耳元で何かを囁くと、研究員はさらに口角を吊り上げた。
「うふっ!ただぁ、条件がありますぅ……」
「条件……?金ならいくらでも払う、国にだって掛け合ってやる!」
「んっふ!お金じゃないんですぅ……。今後一切、貴方のリザードンは公式戦……
いや、魔獣使い同士のバトルは行えませんんっ! 永久追放、ですぅ」
「な、なんでだよ!?治るんだろ? だったら――」
「んふ、それはですねぇ……」
数十分後。
炎帝はその条件を飲み、震える手で承諾書にサインをして部屋を出た。
リザードンの再起動までは数時間。驚くほどの短期間で、
相棒は再び戦場へ立てるようになるという。
しかし、廊下を歩く炎帝の顔は土色に引きつっていた。
「(本当にこれで……これで良かったのか……。
俺はあいつを、ただのバケモノに変えてしまったんじゃないのか……)」
自問自答しながら歩く炎帝の足が、ふと止まった。
「関係者以外立ち入り禁止」と書かれた、ひときわ重厚な扉。
そこから漏れ出る、背筋が凍りつくような冷気に誘われるように、
彼は息を呑んで隙間から中を覗き込んだ。
部屋の中は静まり返っていたが、
そこには「リザードンの改造」など児戯に思えるほどの絶望が鎮座していた。
無数の太いコードが血管のように絡みつき、天井から吊り下げられた謎の魔獣。
それは全身を機械装甲で覆われ、沈黙の中で時を待つ死神のようだった。
その魔獣が放つ圧倒的な「無」の威圧感に釘付けになっていると、
背後から冷たい気配が忍び寄った。
「見てしまったんだね……」
炎帝の肩を叩いたのは、医師団長だった。
その瞳は、先ほどまでの冷静な医師のそれではない。
深淵のような狂気を孕み、獲物を定める冷徹な光を湛えていた。
「は……あ……あ……」
声が出ない。炎帝は悟った。
この場所で行われているのは救済ではなく、
終わりなき戦争のための「地獄の創造」なのだと。
「……ッ!!」
激しい耳鳴りと共に、雷光は意識の深淵から浮上した。
視界が激しく揺れ、自分が今どこにいるのか、何が起きたのかが理解できない。
肺に吸い込む空気は砂と焦熱の臭いに満ちている。
朦朧とする意識の中で、彼は懸命に記憶の断片を繋ぎ合わせた。
「(自分は……戦っていた。大悟さんと合流して……
バンギラスを止めて。炎帝を見送って……それから……?)」
そうだ。グラードン。大地の神。
奴が放った最強の奥義――『噴火』。
あの核爆発にも似た衝撃波と熱風に巻き込まれ、
自分は吹き飛ばされたのだ。
「う、あ……」
雷光は震える腕で地面を突き、辺りを見回した。
そして、その光景に絶句した。
そこは、かつての戦場ではない。「墓場」だった。
哲も、茂も、誇り高き陸上部隊の兵士たちも、
全員が糸の切れた人形のように倒れ伏している。
90式戦車は鉄屑のようにひしゃげ、ヘリの残骸が黒煙を上げて転がっている。
立ち上がっている者は、自分以外に一人もいない。
そして、その惨状の中央に、災厄の権現がいた。
グラードン。
神獣は、生き残った羽虫など興味もないと言わんばかりに、
巨躯を揺らしながら歩き出していた。
その進撃の先には、まだ避難が完了していない民家が立ち並ぶ街がある。
地響きが起きるたび、大地が悲鳴を上げ、街の建物がドミノのように崩れていく。
このままでは、さらに数え切れない命が失われる。
「……ふざけるな……」
雷光は全身の細胞が上げる悲鳴を無視し、折れかけた膝に力を込めた。
傷口が開き、鮮血が滴る。
「……ここで終わらせてたまるかよ……!!」
彼は泥にまみれたモンスターボールを拾い上げ、
地平線の向こうへと消えゆく紅い背中を見据えた。
独り。死地の中で、少年は再び立ち上がった。
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