夜が明けても、救急病院に漂う死の影が消えることはなかった。
朝日が病室の窓から差し込んでいるが、それは希望の光というよりも、
残酷なまでに露わになった破壊の跡を照らし出すスポットライトのようだった。
廊下には、夜を徹して運ばれてきた負傷者が溢れ、
消毒液の匂いと焼けた皮膚の生臭い沈殿物が混ざり合っている。
雷光は壁に背を預け、炎帝から語られる「世界の真実」を咀嚼していた。
発電所を沈黙させた雷鳥の進撃、海を沸騰させた氷の翼の咆哮、火山を呼び覚ます大地のうねり。
各地で起きているのは、もはや「事故」ではなく、明確な意図を持った「掃討作戦」である。
だが、これほどの惨状を目の当たりにしてもなお、
この戦争はまだ産声を上げたばかりの「序章」に過ぎない。
「火は小さいうちに消さなきゃならねぇ……煙のうちにな」
雷光は低く呟いた。
放置すれば、火種はやがて惑星規模の業火となり、
人類という種を焼き尽くすだろう。
必須なのは、敵の機先を制する『先手必勝』の決断。
彼らは病院の自動ドアを抜け、朝の冷気に包まれた路上へと踏み出した。
街の中心部は、地獄の名残を留めていた。
昨日まで誇らしげにそびえ立っていた電波塔は、
根元からへし折れ、無残な鉄の骸をさらしている。
周囲を黄色い規制テープが囲み、防護服に身を包んだ警察や消防の調査員が、
放射線測定器のような端末を片手に瓦礫の山を這いずり回っていた。
ファイヤーが放った、たった一撃の「火炎放射」。
それが一都市の機能を麻痺させ、数千人の日常を粉砕したのだ。
「……次が来たら、この街は跡形もなく消えるな」
雷光の言葉に、炎帝は鼻で笑った。
だがその瞳は笑っていない。
「ああ。だが、次はさせねぇよ」
恐怖による冷や汗か、あるいは未知の強敵に対する武者震いか。
二人の背筋を、熱い衝動が駆け抜けていった。
「なぁ雷光、お前これからどうするんだ?」
立ち止まった炎帝が、不意に問いかけた。
雷光は視線を崩れた塔の先端から、隣に立つ赤髪の男へと移した。
「……お前に付いていこうと思う。どうだ?」
「俺様は構わねーが……いいのか?
これから先は、死線の上を歩くことになる。運が悪けりゃ、明日の朝日は拝めねぇぞ」
炎帝の警告は重かったが、雷光は微動だにしなかった。
「ふん、そんなに見くびるなよ。自分の命の責任くらい、自分で持てる」
炎帝はフッと、少しだけ幼さの残る顔で苦笑いを見せると、迷いのない足取りで歩き始めた。
雷光もまた、相棒のピカチュウを肩に乗せ、その隣に並ぶ。
「次はどこへ向かう?」
「この辺りには、もうこれ以上の波乱を起こすような大物は残ってねぇ。
次はもっと『危険』が濃い街を目指す。……仮にここがまた襲われても、
俺たちが居座り続けるわけにはいかねぇからな。
自分たちの身は、自分で守ってもらうしかねぇ」
炎帝の言葉は突き放しているようでいて、
それがこの戦時下における唯一の誠実な回答であることを雷光は理解していた。
二人は街を抜け、深い原生林へと足を踏み入れた。
そこには、まだ「戦争」の色に染まっていない静謐な自然が残っていた。
木々の間をキャタピーやビードルといった虫型魔獣が這い、
美しい緑を湛えた草型魔獣たちが陽光を浴びている。
ここではまだ、魔獣と人間が殺し合う理由は見当たらなかった。
それから二日。
森を抜けた丘の上から、賑やかな色彩を放つ新たな街が見えた。
目的地ではないが、今後の長期戦に備えた食糧調達は急務だ。
「おーい!早く来いよ、雷光!」
炎帝が子供のような無邪気さで丘を駆け下りていく。
「……ちょっ、なんで走るんだよ。ゆっくり行こうぜ」
雷光は呆れ顔で後を追ったが、その足取りはどこか軽かった。
街に一歩足を踏み入れると、そこは異様な熱気に包まれていた。
毎日が祭りのような活気。通りには無数の屋台が立ち並び、香ばしい肉の焼ける匂いや、
甘い菓子の香りが風に乗って鼻をくすぐる。
色鮮やかなアクセサリー、山積みの米や野菜。
そこには「滅亡」の予感など微塵も感じさせない、人間の図太い生命力が溢れていた。
「この綿あめ、ふわふわで最高だね!」
「キャー見て、あの金髪の魔獣使いの人、超美形!映えるわぁ~、マジ尊い……」
流行に敏感な若者や、スマホを片手に「萌え」を語る腐女子たちが笑い合っている。
学校に通っている様子はない。義務教育という概念すら、
この不安定な世界では既に形骸化しているのだろう。
もし、この世界に「戦争」という亀裂が入っていなければ。
雷光も、そして炎帝も。彼らと同じように学校へ通い、
下らない冗談を言い合う「学生」であったはずの年齢なのだ。
だが、今この瞬間だけは、彼らもただの若者に戻っていた。
雷光は珍しく、屋台で買った串焼きを口いっぱいに頬張り、
炎帝は山のような食料品を抱えて相好を崩している。
背負った宿命も、血塗られた魔獣の咆哮も、
一時の賑わいの中に溶けていく。
黄昏に染まる市場の真ん中で、二人は束の間の安寧を、精一杯に享受していた。
それが、嵐の前の最後の静けさであることを、まだ誰も知らない。
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