正午の鐘が街に響き渡ると、祭りの熱気は最高潮に達した。
太陽は天頂から容赦なく照りつけ、石畳からは陽炎が立ち昇る。
色とりどりの屋台からは、香辛料の刺激的な香りと、
肉を焼く脂の爆ぜる音が絶え間なく溢れ出し、
人々の喧騒がそれを塗り潰していく。
そんな人混みの荒波の中、黄崎雷光は肩で息をしながら、
両手に抱えた巨大な紙袋と格闘していた。
袋の中には、数週間分の保存食、乾燥肉、
そしてピカチュウのための高エネルギー木の実が詰め込まれており、
その重量は相当なものだ。
「はぁ……あいつ、どこへ消えたんだ」
雷光は立ち止まり、額の汗を拭いながら四方を見回した。
相棒の炎帝の姿が、忽然と消えていた。
あの猪突猛進で目立ちたがりの性格だ。
真面目に食糧調備に勤しんでいるとは到底思えない。
「買い物は手分けした方が効率がいい」という炎帝の提案を安易に信じた自分を、雷光は深く呪った。
ピカチュウも袋の隙間から顔を出し、呆れたように小さく鳴いている。
「……ん?」
ふと、街の中央広場から割れんばかりの歓声が聞こえてきた。
何事かと思い、重い荷物を抱え直して人だかりを掻き分ける。
ステージが見える最前列まで辿り着いた雷光の目に飛び込んできたのは、あまりにも予想通りで、かつ、あまりにも緊張感のない光景だった。
「おい、炎帝!お前、こんなところで何遊んでるんだ」
雷光の低い声が、ステージ上の男に届く。
そこには、舞台の縁に腰掛け、観客に手を振っている赤谷炎帝の姿があった。
「お、雷光か!遅かったじゃねぇか。
いやぁ、ちょっと歩いてたらさ、魔獣バトルの特別興行に誘われちまってよ」
「はあ? ふざけるのも大概にしろ、このバカが。俺たちが何のために旅をしてるか忘れたのか」
「まあそう怒んなって。ほら、見てみな。あっちが今回の対戦相手だ」
炎帝がニヤニヤしながら人差し指で示した先に、その少女は立っていた。
雷光は思わず言葉を呑み込んだ。
腰まで届く長い髪は、深い海のような青色。前髪だけが鮮やかな水色に染められており、
陽光を反射して透き通るような輝きを放っている。
少女は、熱狂する観客を余所に、一言も発さずただ静かに佇んでいた。
その瞳は澄んでいるが、感情の揺らぎが一切見えない。
純粋さと冷徹さが同居したような、不思議な透明感を持つ美少女だった。
数分後、派手なジャケットを羽織った実況者がステージに駆け上がってきた。
「えー、皆様お待たせいたしました!本日最後を飾るチャレンジャーは……
燃える紅蓮の魔獣使い、赤谷炎帝くぅ〜ん!!」
「いよっしゃあぁぁぁ!お前ら、俺様とリザードンの赤く熱い鼓動、
その目に焼き付けやがれぇぇ!!」
炎帝が立ち上がり、大仰に腕を広げて叫ぶ。
観客からは黄色い悲鳴と野太い歓声が沸き起こる。
彼は完全に、自分が「戦争」の渦中にいることを忘れているかのようだった。
「対するは!既に本日9連勝中!水も滴る、戦場の氷姫!
青川水君(あおかわ すいくん)さぁ〜ん!!」
紹介された少女、水君は、小さくぺこりと頭を下げた。
彼女の唇が微かに動き、傍らにいる雷光の耳にだけ、その囁きが届いた。
「……あと1勝。10連勝の賞金100万円さえ手に入れば、美味しい物を、たくさん……」
彼女の目的は、名声でも闘争でもなかった。
ただ、美味に舌鼓を打ち、空腹を満たすための、切実な「糧」を求めての参戦。
「……目的はそれか」
雷光は溜息をつき、ポケットに手を突っ込んでその様子を見守ることにした。
呆れてはいたが、彼女の瞳に宿る、炎帝とは別の種類の「覚悟」には、
どこか覚えがあるような気がした。
だが。
そんな人間たちの矮小な祝祭を嘲笑うかのように、事態は音もなく変転していた。
街から数キロメートル離れた、峻険なる「永劫の霊峰」。
その頂に近い断崖の穴の中で、二つの巨大な影が「共鳴」していた。
一方は、全身から雷光を放つ金色の神鳥。
もう一方は、翼から零れ落ちる粉雪が即座に周囲を凍結させる、白銀の神鳥。
彼らの瞳には、かつて「神」として崇められていた慈愛の光はない。
そこにあるのは、蹂躙され、汚染され続ける大地への深い憐れみと、
それを引き起こした「人類」という種への、凍てつくような殺意。
共鳴が止んだ。
フリーザー――氷の神鳥が、静かにその翼を広げた。
バサリ、と一度羽ばたいただけで、崖の周囲の草木は一瞬にして水分を奪われ、
硝子細工のような氷塊へと姿を変える。
フリーザーは鋭い鳴き声を一つ上げると、超高速で飛翔を開始した。
その進路の先にあるのは、今まさに人間たちが歓喜に沸き、
偽りの平和を謳歌している、あの「祭りの街」。
神鳥が通り過ぎた後の空間には、季節外れの吹雪が舞い、
全ての生命の鼓動を停止させる「死の静寂」が広がっていく。
ステージ上でリザードンを繰り出し、高笑いを上げる炎帝。
賞金のために拳を握りしめる水君。
そして、荷物を抱えながら胸騒ぎを感じて空を見上げる雷光。
迫り来る「絶対零度の断罪」を、彼らはまだ知らない。
祭りの終わりは、すぐそこまで来ていた。
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