運命の時計の針が、静かに、しかし確実に「破滅」へと進んでいく。
熱狂の渦中にある中央広場では、魔獣バトルの特別ルールが発動していた。
轟音と共に石畳のステージが左右に割れ、下層からせり出してきたのは、
陽光を照り返す巨大な水槽を備えた特設フィールド。
連勝者にのみ許される、ホームグラウンドの特権――「水界の戦場」である。
雷光は、手にした荷物の重みも忘れ、その光景を険しい表情で見つめていた。
「水のフィールドか。炎帝のリザードンにとっては、これ以上ない最悪の条件だな……」
属性の相性。それは魔獣使いにとって絶対的な理(ことわり)だ。
火は水に呑まれ、熱は飛沫に奪われる。だが、雷光は知っていた。
隣で戦ってきた赤谷炎帝という男が、単なるデータの数値で測れるような戦士ではないことを。
絶望的な不利を、いかにして「熱情」で塗り替えるのか。
「BATTLE START!!」
実況者の絶叫が合図となり、戦いの火蓋が切って落とされた。
「見せてやるぜ、俺様の魂!出て来い、リザードン!!」
炎帝が投げたモンスターボールから、紅蓮の鱗を持つ巨躯が咆哮と共に現れた。
ファイヤーとの死闘で負った傷は、病院での休息と炎帝の献身的な手当によって癒えている。
その双眸には、伝説の神鳥と渡り合ったプライドと、
目前の敵を焼き尽くさんとする闘志が宿っていた。
「なら、私は……。おいで、シャワーズ!!」
青川水君が静かに指を差すと、水面に音もなく影が落ちた。
現れたのは、人魚のような尾と、滑らかな皮膚を持つ水型の魔獣・シャワーズ。
水面と一体化するように佇むその姿は、美しくも、
近づく者を窒息させるような冷徹な殺気を孕んでいる。
「先攻は貰ったぁ! 『かえんほうしゃ』だ!!」
炎帝の先制攻撃。
リザードンの口腔から、周囲の空気を歪ませるほどの高熱火炎が放射された。
一直線にシャワーズを貫こうとする紅蓮の奔流。
だが、水君は眉一つ動かさない。
「『水鉄砲』。」
シャワーズが放ったのは、基本にして究極の狙撃。
凝縮された水圧の矢が、リザードンの火炎と正面から衝突した。
ジュウゥゥゥッ!という凄まじい水蒸気の爆ぜる音が広場に響き渡る。
リザードンの猛火は、シャワーズが放つ冷徹な水流によって一瞬で鎮火され、霧散した。
さらに水流は勢いを殺さず、リザードンの胸元へと迫る。
「飛べ、リザードン!!」
炎帝の叫びに応じ、火竜は力強く翼を広げた。
垂直に上昇し、水圧の直撃を間一髪で回避する。
空中からの翻弄。それがリザードンの勝ち筋のはずだった。
「逃がさない。シャワーズ、『影分身』!!」
水君の冷ややかな声が響くと、水面上に十数体のシャワーズの残像が揺らめいた。
どれが実体で、どれが光の屈折による虚像か。
広大な水フィールドが、幻惑の檻へと変貌する。
「チッ、小細工を!構うか、全部まとめて焼き払え! 『火炎放射』!!」
上空から降り注ぐ炎の雨。
リザードンは旋回しながら次々と分身をなぎ払っていくが、
水面に触れるたびに炎は勢いを失い、確実な手応えを得られない。
その焦燥を見透かしたように、水面の一角から鋭い閃光が放たれた。
「今。『冷凍光線』!!」
複数の分身を盾にし、死角から放たれた絶対零度の光線。
リザードンは空中で身をよじって回避を試みるが、
その機動力の源である左翼の付け根を、冷気の刃が深々と貫いた。
苦悶の咆哮。墜落。
リザードンの巨躯が、ステージの縁に激しく叩きつけられた。
もうもうと立ち昇る砂埃。観客席から悲鳴が上がる。
雷光は思わず身を乗り出した。
砂埃が晴れた跡には、膝をつきながらも立ち上がろうとするリザードンの姿があった。
だが、その左翼は無残にも凍りつき、白銀の氷に閉ざされている。
もはや、
重力に抗って空を舞うことは叶わない。
「……翼を封じられたか」
雷光の呟きは重かった。
空の王者としての誇りを折られ、リザードンは地上での泥臭い戦術を強いられることになる。
水面で余裕を持って波紋を立てるシャワーズと、翼を凍らされ、地を這う火竜。
だが、炎帝の瞳からは、まだ火は消えていなかった。
「……へっ、面白ぇ。地上戦なら、もっと熱い拳をぶち込めるって門だぜ」
二人の魔獣使いの意地がぶつかり合う。しかし、彼らはまだ気づいていない。
はるか上空、街の空気が不自然に冷え込み、雲が凍りつき始めていることに。
フリーザーの影は、既にこの祝祭の真上に落ちていた。
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