フィールドは静寂と熱気に支配されていた。
水君は、まるで深海の底に沈んだ氷石のように冷徹だった。
属性の有利、フィールドの利、そして敵の機動力である「翼」を奪ったという事実。
勝利への方程式は既に完成しているはずだった。
対する炎帝は、滴る汗を拭いもせず、裂帛の気合を瞳に宿してリザードンと視線を交わす。
地を這う火竜と、それを信じる魔獣使い。
その絆が、絶望的な戦況に微かな熱を灯していた。
「シャワーズ、逃がさない。『水鉄砲』!」
沈黙を破ったのは水君だった。
雨猫の愛称を持つシャワーズが、水面から踊り出るようにして超高圧の水流を放つ。
翼を凍らされたリザードンにとって、それは死の宣告に等しい速射。だが。
「甘ぇんだよ! 走れ、リザードン!!」
リザードンは巨躯に見合わぬ瞬発力で爆ぜるように横へ跳んだ。
凍りついた左翼を重りとして引きずりながらも、
強靭な脚力が石畳を砕き、水流を紙一重で回避する。
「お返しだ、『火炎放射』!!」
回避の勢いそのままに、リザードンが咆哮する。
放たれた紅蓮の奔流は、シャワーズの鼻先を掠める鋭い軌道を描いた。
水君はわずかに目を細める。
「(外れた……? いえ、狙いが甘い。同じ技を繰り返すだけの者に、敗北はないわ)」
火炎はシャワーズの背後の岩石に直撃し、凄まじい爆発音と共に石塊を粉砕した。
飛び散る鋭利な礫がシャワーズの皮膚を打ち、雨猫はわずかに姿勢を崩す。
「無駄よ。そんな単調な攻撃、シャワーズには届かない」
「……へっ、それはどうかね?」
炎帝の口角が吊り上がった瞬間、水君の背筋に戦慄が走った。
爆炎と土煙の向こう側――そこにあるはずの巨影が消えていたのだ。
リザードンは、シャワーズが火炎の軌道に意識を奪われた刹那、
その死角を縫って肉薄していた。
「――っ!?」
気づいた時には手遅れだった。
火竜の顎が、シャワーズのしなやかな首筋を深々と捉えた。
獲物を逃さぬ獣の牙。至近距離。これでは水砲を放つための溜めすら許されない。
「逃がさねぇぞ!ゼロ距離で叩き込め、『炎のパンチ』!!」
リザードンの剛腕が、爆ぜるような炎を纏ってシャワーズの腹部を抉った。
衝撃の重低音が響く。水型の魔獣にとって火炎そのもののダメージは軽減されるはずだが、
そこに込められた物理的な「破壊力」までは殺しきれない。
シャワーズの身体が折れ曲がり、苦悶に顔を歪める。
「今のうちに焼き尽くせ!!」
炎帝が畳みかける。だが、水君の冷静さは死んでいなかった。
「シャワーズ、『溶ける』をしなさい!」
リザードンの牙が空を斬った。
先ほどまでそこに存在したはずの青い肉体が、文字通り水へと変質し、
フィールドの水面へと同化したのだ。掴みどころのない水の性質。
リザードンが困惑して動きを止めた、その一瞬の隙を水君は見逃さない。
「そこよ。『水鉄砲』!!」
水面から突然噴出した激流が、無防備なリザードンの胸元を直撃した。
凄まじい衝撃に押され、火竜の巨躯がフィールドの深水域へと叩き落とされる。
立ち昇る大量の水蒸気。そして、水中に沈んだまま浮かんでこないリザードン。
会場に静寂が戻る。観客は固唾を呑み、雷光は椅子を軋ませて身を乗り出した。
尻尾の炎が消えれば、それはリザードンの死を意味する。
だが、炎帝だけは不敵に笑っていた。
「……おい。俺様のリザードンを、ただのトカゲだと思ってんじゃねぇぞ」
次の瞬間、水底から真っ赤な光が膨れ上がった。
ボッ、という鈍い音と共に、水面を突き破って巨大な火柱が噴出する。
「なっ……!?」
驚愕に目を見開く水君。水中から這い上がってきたリザードンは、全身から蒸気を上げ、
皮膚を赤く爛れさせながらも、その尻尾には依然として、命の象徴である烈火が猛り狂っていた。
「これで終わりだ……リザードン!フィールド全体を飲み込め、『ほ炎の渦』!!」
リザードンが大地を叩き、全エネルギーを周囲に解放した。
放たれた炎は、水フィールドの周囲を円環状に囲い込み、
巨大な「火の壁」を形成する。逃げ場を失ったシャワーズ。
それだけではない。燃え上がる炎が視界を遮り、
指示を出そうとする水君とシャワーズの繋がりを物理的に分断したのだ。
「シャワーズ! 水で消しなさい!!」
水君の叫びに応じ、シャワーズが周囲に水を撒き散らすが、それが仇となった。
超高温の炎と水が接触し、フィールド全体が濃密な白い霧――「熱水蒸気」に包み込まれたのだ。
何も見えない。
水君は焦燥に駆られ、指示の言葉を失う。
だが、リザードンは動かなかった。
濃霧の中、ただ一点を……シャワーズが「そこに居る」という気配を、
魔獣の本能だけで捉えていた。
「……焼き切るぞ。『大文字』!!」
炎帝の魂の咆哮。
リザードンの口腔から、これまでとは比較にならない規模の、
黄金色に輝く灼熱の「大」の文字が放たれた。
霧を焼き払い、視界を朱に染め上げる絶大な一撃。
それは、水面で身構えるシャワーズの逃げ道を完全に塞ぎ、
その中心へと直撃した。
大爆発。
水面が沸騰し、会場全体が揺れるほどの衝撃が走る。
霧の向こう側で、青い影が力なく宙を舞うのが見えた。
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