携帯魔獣叛乱戦争   作:戦竜

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第九話-紅蓮の博打-

フィールドは静寂と熱気に支配されていた。

水君は、まるで深海の底に沈んだ氷石のように冷徹だった。

属性の有利、フィールドの利、そして敵の機動力である「翼」を奪ったという事実。

勝利への方程式は既に完成しているはずだった。

対する炎帝は、滴る汗を拭いもせず、裂帛の気合を瞳に宿してリザードンと視線を交わす。

地を這う火竜と、それを信じる魔獣使い。

その絆が、絶望的な戦況に微かな熱を灯していた。

 

「シャワーズ、逃がさない。『水鉄砲』!」

 

沈黙を破ったのは水君だった。

雨猫の愛称を持つシャワーズが、水面から踊り出るようにして超高圧の水流を放つ。

翼を凍らされたリザードンにとって、それは死の宣告に等しい速射。だが。

 

「甘ぇんだよ! 走れ、リザードン!!」

 

リザードンは巨躯に見合わぬ瞬発力で爆ぜるように横へ跳んだ。

凍りついた左翼を重りとして引きずりながらも、

強靭な脚力が石畳を砕き、水流を紙一重で回避する。

 

「お返しだ、『火炎放射』!!」

 

回避の勢いそのままに、リザードンが咆哮する。

放たれた紅蓮の奔流は、シャワーズの鼻先を掠める鋭い軌道を描いた。

水君はわずかに目を細める。

 

「(外れた……? いえ、狙いが甘い。同じ技を繰り返すだけの者に、敗北はないわ)」

 

火炎はシャワーズの背後の岩石に直撃し、凄まじい爆発音と共に石塊を粉砕した。

飛び散る鋭利な礫がシャワーズの皮膚を打ち、雨猫はわずかに姿勢を崩す。

 

「無駄よ。そんな単調な攻撃、シャワーズには届かない」

「……へっ、それはどうかね?」

 

炎帝の口角が吊り上がった瞬間、水君の背筋に戦慄が走った。

爆炎と土煙の向こう側――そこにあるはずの巨影が消えていたのだ。

リザードンは、シャワーズが火炎の軌道に意識を奪われた刹那、

その死角を縫って肉薄していた。

 

「――っ!?」

 

気づいた時には手遅れだった。

火竜の顎が、シャワーズのしなやかな首筋を深々と捉えた。

獲物を逃さぬ獣の牙。至近距離。これでは水砲を放つための溜めすら許されない。

 

「逃がさねぇぞ!ゼロ距離で叩き込め、『炎のパンチ』!!」

 

リザードンの剛腕が、爆ぜるような炎を纏ってシャワーズの腹部を抉った。

衝撃の重低音が響く。水型の魔獣にとって火炎そのもののダメージは軽減されるはずだが、

そこに込められた物理的な「破壊力」までは殺しきれない。

シャワーズの身体が折れ曲がり、苦悶に顔を歪める。

 

「今のうちに焼き尽くせ!!」

 

炎帝が畳みかける。だが、水君の冷静さは死んでいなかった。

 

「シャワーズ、『溶ける』をしなさい!」

 

リザードンの牙が空を斬った。

先ほどまでそこに存在したはずの青い肉体が、文字通り水へと変質し、

フィールドの水面へと同化したのだ。掴みどころのない水の性質。

リザードンが困惑して動きを止めた、その一瞬の隙を水君は見逃さない。

 

「そこよ。『水鉄砲』!!」

 

水面から突然噴出した激流が、無防備なリザードンの胸元を直撃した。

凄まじい衝撃に押され、火竜の巨躯がフィールドの深水域へと叩き落とされる。

立ち昇る大量の水蒸気。そして、水中に沈んだまま浮かんでこないリザードン。

 

会場に静寂が戻る。観客は固唾を呑み、雷光は椅子を軋ませて身を乗り出した。

尻尾の炎が消えれば、それはリザードンの死を意味する。

 

だが、炎帝だけは不敵に笑っていた。

 

「……おい。俺様のリザードンを、ただのトカゲだと思ってんじゃねぇぞ」

 

次の瞬間、水底から真っ赤な光が膨れ上がった。

ボッ、という鈍い音と共に、水面を突き破って巨大な火柱が噴出する。

 

「なっ……!?」

 

驚愕に目を見開く水君。水中から這い上がってきたリザードンは、全身から蒸気を上げ、

皮膚を赤く爛れさせながらも、その尻尾には依然として、命の象徴である烈火が猛り狂っていた。

 

「これで終わりだ……リザードン!フィールド全体を飲み込め、『ほ炎の渦』!!」

 

リザードンが大地を叩き、全エネルギーを周囲に解放した。

放たれた炎は、水フィールドの周囲を円環状に囲い込み、

巨大な「火の壁」を形成する。逃げ場を失ったシャワーズ。

それだけではない。燃え上がる炎が視界を遮り、

指示を出そうとする水君とシャワーズの繋がりを物理的に分断したのだ。

 

「シャワーズ! 水で消しなさい!!」

 

水君の叫びに応じ、シャワーズが周囲に水を撒き散らすが、それが仇となった。

超高温の炎と水が接触し、フィールド全体が濃密な白い霧――「熱水蒸気」に包み込まれたのだ。

 

何も見えない。

水君は焦燥に駆られ、指示の言葉を失う。

だが、リザードンは動かなかった。

濃霧の中、ただ一点を……シャワーズが「そこに居る」という気配を、

魔獣の本能だけで捉えていた。

 

「……焼き切るぞ。『大文字』!!」

 

炎帝の魂の咆哮。

リザードンの口腔から、これまでとは比較にならない規模の、

黄金色に輝く灼熱の「大」の文字が放たれた。

霧を焼き払い、視界を朱に染め上げる絶大な一撃。

それは、水面で身構えるシャワーズの逃げ道を完全に塞ぎ、

その中心へと直撃した。

 

大爆発。

水面が沸騰し、会場全体が揺れるほどの衝撃が走る。

霧の向こう側で、青い影が力なく宙を舞うのが見えた。




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