範馬刃牙VS陸奥九十九〜修羅の門と刃牙道と〜   作:中村鹿男

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最終話 次の千年へ

 二十三年前、東北の山の中。

 濃い藍色の道着を着た青年がじっと滝を眺めていた。髪は怒髪天をつくように逆立ち、鍛え上げられた肉体は鎧のようで、浅黒い肌はダイヤモンドを想起させた。目は猛禽類のように鋭く、闘気は獅子のように激しい。しかし、それでも尚、青年の顔にはまだあどけない10代の幼い色が残っていた。範馬勇次郎その人である。

 

 4ヶ月前、空手の達人である龍造寺鉄心と戦う為、彼が逗留中である東北の山奥にある寺院を訪れたのであった。

 勇次郎が立ち会いを望むと、二つ返事で龍造寺鉄心は答えた。滝が見える山中の草原で2人は対峙し、死闘を繰り広げた。打撃のエキスパートである龍造寺鉄心に打撃による勝利を望んでいた範馬勇次郎は敢えて投げと極め技を封印し挑んだ。

 幾千もの打突の応酬の後、龍造寺鉄心が完璧な、芸術的な、これ以上はない、究極と言っても差し支えない正拳突きを勇次郎に放った。全くの無意識だった。極限まで研ぎ澄まされた集中力の中、勇次郎が放った技…

 龍造寺鉄心の正拳突きを片手で抑え、逆の手で彼の襟を掴み、思い切り地面に投げ飛ばす…一本背負…

 龍造寺鉄心の肉体が、凄まじい音と共に地面に叩きつけられる。それで全てが決まった。

 

 それは…孤高の柔道家と言われた範馬勇一郎の得意技であり、勇次郎が父から嫌というほど教えこまされた技だった。生き方、人生観…全てが真逆の父の技だった。

 

 

 死闘から傷が癒えると、勇次郎は龍造寺鉄心と共に寺で寝泊まりするようになった。勇次郎と鉄心は日に2度組手をした。勇次郎は組手の最中、鉄心が自分に『打撃のコツ』を教えこもうとしていることに気がついた。圧倒的なまでに強く、傲慢で、壮大…しかしまだ若く荒削りな勇次郎をまるで導くように、労わるように、鉄心は彼と拳を交わした。プライドが高い勇次郎が鉄心のそのような態度に激怒しなかったのは…出来なかったのは、彼との立会いの勝敗を分けた一本背負にあった。なぜ俺はアレを出した。出してしまった。そのわけを、龍造寺鉄心なら分かる…そんな気がした。

 

 後悔、悔恨…範馬勇次郎から最も遠い言葉。

 しかし、当時の彼はまだ10代だった。達人を凌ぐ肉体と神懸かりな精神力を持つ…とはいえ、まだ彼は煌めくほどに若かったのだ。

 

 

 「どうした、勇次郎」

 

 勇次郎の隣に龍造寺鉄心が立っていた。

 彼は勇次郎と並び立ち、流れて落ちる滝を見つめた。絶え間なく、大量の水が上から下に流れていく。飛沫が上がり、飛沫は霧になり、それが2人の道着を濡らしていく。

 

 「どうして、俺に空手を教えようとする」

 

 勇次郎が不愉快そうに呟いた。

 

 「なぜ戦う?」

 

 逆に龍造寺鉄心が尋ねる。

 

 「愚問ッッッ!!!俺が…範馬勇次郎だからだ」

 

 「俺も龍造寺鉄心だから戦う。戦う以外に生き方を知らん。だがな…だが、なぜ教えるのか…それは、次に繋げる為…」

 

 勇次郎は黙し龍造寺鉄心の顔を見た。

 

 「繋げる…???」

 

 「武とは大きな道だと思わんか?野見宿禰と当麻蹴速の対決から始まり数百年。形を変えながら、受け継がれてきた道、それが格闘。各々が1人で歩んでいると思っている武道もまた、いずれどこかで交わり繋がり大きなひとつの道になる。それを次の世代に繋げるのが俺のような年長者の努めだ」

 

 「だから俺に格闘を伝える…!?それが弟子ではなく、敵である俺であってもか?」

 

 「敵だとか、味方だとか、存外小さいな…勇次郎。大きな視座を持て。俺も、お前も、大きな流れのひとつに過ぎん」

 

 下らんッッッ!!!勇次郎は吐き捨てた。

 

 「坊主のように悟った言葉…下らんッッッ!!!!それは戦いの純度を下げる不純物ッッッ!!!上等な料理にハチミツをぶちまけるが如き思想ッッッ!!!繋げる…???受け継ぐ???弱者同士で共有したらいい。繋がれば良い。極意だの・・・奥義だの秘伝だのは…俺の流儀ではない」

 

 「なら、なぜ父親の…範馬勇一郎の技を使った」

 

 痛恨の一撃を追及されれば、若き勇次郎は黙り込む他なかった。シッッ!!!と激怒した勇次郎は手頃な木に蹴りを見舞う。チッと木は裂け、すっぱりと切れ、そして大きな音を立てて倒れた。

 本当に激怒したならば、その蹴りを龍造寺鉄心に向ければよい。しかし、出来なかった。出来なかった理由は後年、盟友となるマホメド・アライに対して抱いた親愛と似た感情を龍造寺鉄心に抱いていたからである。しかし、それをそのまま言葉に出来るほど、範馬勇次郎は成熟していなかったのだ。

 勇次郎は苛立たしげにその場を足早に去っていく。

 その背中に龍造寺鉄心は囁くように、優しく言った。

 

 「範馬勇次郎、お前が望むと望まざるに関わらず、お前は絶対に1人になれない。絶対にな」

 

 ハッッッ!!!!

 全てを拒絶するように、範馬勇次郎は吐き捨てるように叫んだ。

 

 

 勇次郎は23年前のことを思い出しながら階段を登っていた。縁…円…それが回った。

 23年の月日の果て、我が息子範馬刃牙と、龍造寺鉄心と関わりの深い陸奥九十九が戦った。これもお前が言っていた『大きな流れ』なのか…

 

 ふふふふ…はははは!!!!エフエフエフエフエフエフッッッ!!!!!!

 

 範馬勇次郎は1人で笑った。天上天下唯我独尊…範馬勇次郎は思う。

 龍造寺鉄心…お前は弱いッッッ!!!

 『受け継がれていく道』大いに結構。今ならば理解できるッッッ!!!確かにそう言うものもあるだろう。しかし、答えは変わらない。それは俺以外の人間で繋いで行けば良い。巨凶はただ1人ッッッ!!!

 

 なら…なんで刃牙に拳の握り方を教えた?

 

 耳元で声がした。

 確かに…教えた…刃牙が幼い頃…文字通り…手取り足取り…そして刃牙は強くなった。先日の九十九戦でも…俺の技を…

 

 この言葉は誰なのか…それは範馬勇一郎なのか、龍造寺鉄心なのかは分からなかった。しかし、範馬勇次郎は取り乱しはしなかった。

 

 「お前が誰であれ…霊魂であれ…なんであれ…全く構わん…せいぜい見ていろ…」

 

 お前が間違っていることをッッッ!!!!!

 

 階段を上り切ったところは、広々とした丘の広場だった。ここは都内から少し離れた山林の中にある公園。普段、人の往来はなく、試合にはうってつけの場所。

 既に陸奥九十九がそこに立っていた。

 涼しげな顔で道着を羽織って軽く準備体操をしていた。

 

 「よくぞ、刃牙を倒し、俺の前に立った」

 

 陸奥九十九は笑った。

 怖いな…と彼は思う。こんなに怖いことは初めてだ。でも、範馬勇次郎と戦わずしてこの街を去れない。なぜならば、俺が陸奥九十九だからだ。

 

 「やり合おう。範馬勇次郎」

 

 「今日で陸奥圓明流の千年の不敗を終わらせてやる」

 

 「あんたが俺よりも強ければな…」

 

 「終わればどうする?」

 

 範馬勇次郎の問いかけ。陸奥九十九は意外だった。彼がそんなことを聞いてくることも。その内容も。

 

 「終わればそれで終わり。陸奥圓明流は俺で最後。敗北で終わり、途絶えるだろう」

 

 「それを決めるのはお前じゃない」

 

 「……?」

 

 「次の千年を決める権利はお前にはないッッッ、陸奥九十九ッッッ!!!!お前は大きな流れのひとつに過ぎんッッッ!!!思い上がるなよッッッ!!!小僧ッッッ!!!」

 

 「なら、誰が陸奥圓明流の未来を決める?」

 

 範馬勇次郎は口を開いて、それは…お前の……と言いかけ止めた。そして満面の笑みでこう言った。

 

 「…それは俺ッッッ♡この範馬勇次郎ッッ」

 

 不遜・尊大・巨大・巨凶。

 範馬勇次郎の言葉に陸奥九十九は笑った。

 範馬勇次郎は元から笑っていた。

 

 陸奥九十九は相手の全力を引き出した上、実力で勝利することを信条としている。しかし、今日に限ってはその必要はない。なぜならば、この範馬勇次郎は『最初から本気』。本気の範馬勇次郎には、本気の陸奥九十九で挑まねば、瞬殺される。

 

 陸奥九十九は四門を開いた。

 陸奥九十九の周りに闘気が立ち込め、バリバリッッッ!!!とオーラが迸る。

 範馬勇次郎は両手を優雅に広げて構えた。

 2人の超雄同士の闘気がぶつかり弾けて、ぐにやぁあ…ッッッ!!!と周りの空気を歪ませていく。

 

 良き日かなッッッ!!!!

 範馬勇次郎は心のの中で叫ぶ。

 

 されど、この日、この時の試合もいずれ過去になり道になるッッッ!!!!伝説も最強もまた過去になり墓標となるッッッ!!!だからこそッッッ!!!歩けッッッ!!!

 

 次の千年へッッッ!!!!

 

 2人の拳が交差した。

 

 勇次郎は付け加える。

 おっっと…ッッッ!!!忘れちゃいけねえ…

 過去になるのは…あくまでも…俺以外…

 

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