一読してくれた皆様本当にありがとうございます
魔法少女の生活は、過酷だ。
魔女と戦いグリーフシードを得なければ、魂の輝きは失われる。
魔女と戦えば、無事では済まないかもしれない。
2年も戦えばベテランと呼ばれるのが何よりの証拠……それはつまり、魔法少女たちはほとんど2年以内に命を散らすということだから。
彼女らは願いを代価に命と精神を削り続ける。それが宿命、終わりのない闘争こそが魔法少女の定まった未来。
毎日どこかで、彼女らはひっそりと死んでいく。
「──っが、あ」
『◾︎◾︎……■■!』
とある結界の中。戦況は痛み分けで、激しい裂傷を受けた少女と胴体を穿たれた魔女がほぼ同時に倒れ伏した。赤い液体と黒い粘液が同時にこぼれ落ちる。
から、と少女の腕から得物──
肉体的苦痛だけでなく、自身の肉体からとめどなく血液が──それだけでなく傷口から覗く骨や内臓も含めて──流れ出る様を見てしまったことによる精神的ショックもあり、戦意は失せていた。
『■、■、■』
いくら魔法少女が戦意喪失しようとも……それは魔女に何の影響も及ぼさない。獣の脚は震えつつも確かに地を踏みしめていた。蜥蜴のようなその頭部は、確と少女に向けられていた。
負傷すれば逃げることも多い魔女だが、この個体は不幸なことに好戦的な性質があった。確実に仕留められる状況だと判断したのか、形容しがたい鳴き声をあげながら歩を進める。
獅子のような鋭い爪と前脚が、ふたつ首の蜥蜴の頭が、胴から奇妙な液体をぼごぼごと零しながら迫るソレが。
人の命ひとつ奪うことなど容易い
一歩、また一歩。
「…………ぁ」
もう、目の前。
彼女は、実力派の魔法少女であった……単独で行動できるぐらいには。一人での討伐、それはグリーフシードを独占できるということでもあるが、手助けなど望めないということでもある。
確実な死、という現実。
それを前に強く立ち上がれる人間がどれほどいようか。それが幼い少女となれば尚更だった。
身体は震え、血と涙が溢れ、何の意味もない本能的な防御反応で身体を縮こまらせる。
悲鳴すら発せなかった。ただ口がぱくぱく動いて、怯えにより生じた振動で歯ががちがち鳴った。
あまりにも哀れな姿。そこにはもはや魔法少女としての影も形もない。純粋なる弱者がそこにただあった。
『■、■』
それを見た魔女が、命を奪う前にせせら笑うような音を発した。魔女にも感情が、あるいはそれに似た反応がある。人間味があるとも言えるだろう。狩人として、捕食者としての残酷な笑み。深手を負いながらも勝利を確信したゆえに溢れたものだった。
強力かつ無慈悲、そしてその攻撃性の高さ──魔女の中でもかなり人に害を与える性質が強い。ソロで接敵するのは、結果論にはなるが最悪の一手だったと言えるだろう。
魔女は少しずつ顔を近付ける。一息にいつでも殺せるはずだが、少しずつ。目の前の獲物の恐怖を最大限高める為に、真綿で絞めるように苦しめる。
咄嗟に逃げようとするが、腰は抜け、痛みで動きが阻害され、周りを満たす体液が手足を滑らせる。四肢のばたつきはその身を数十センチ動かすに留まった。
「ぁ……い、や」
もう遅い。ただそれだけの話。どれだけ足掻こうと、どこへ逃げようと助からない。
彼女に降りかかったのは、特上の絶望。
「そ……ぇむ、が」
彼女は幸か不幸か
ただ殺されるか、呪いを振りまくか。
このまま何も成せずに散るのか? こんな運命を押し付けた世界に一泡吹かせようと思わないのか? そういった悪魔じみた考えが鎌首をもたげる。魔法少女の宿命、それを知るものは一定数いるが大抵は事後的に知ることになる。彼女もまた、騙された側の人間であった。
目の前の魔女は、多分まだ
そうだ。良いじゃないか、このぐらい。今までどれだけ苦しんできたと思う。思い知らせてやればいいじゃないか、この苦痛を知らない人々に……
「いや、違う……それだけは、ダメだ」
一瞬、目の前の魔女を忘れ、自分の中に潜む心の暗がりにだけ向き合ったことにより魔女への恐怖を霧散させることができた。ソウルジェムの濁りは深刻だが、震えが、身をすくませる怯えが一時的に消える。
自分でも奇妙に感じるほどに情緒が移り変わったことにより、正気──彼女本来の精神がその身に宿った。
自分が騙されたのも、甘い認識のまま契約を結んでしまったのも事実。あの白いマスコットもどきが恨めしいのも事実。でも……自分の活躍が多くの人を救ったのもまた、事実だった。
そしてその役割を誇らしく思ったことも──
「嘘はない……俺の心に」
『■■?』
先程まであんなにもひどく怯えていた獲物の豹変に首をかしげる魔女。対する魔法少女は、一切の震えも見せずに懐から手持ちのグリーフシードを取り出し、ソウルジェムを浄化していた。
その目は、鋭く目の前の敵を見据えている。
『◾︎◾︎……■!!』
怪訝に感じた魔女は、甚振るのをやめた。この小さなものに何かが出来るとも思わないが……直感に突き動かされ前脚を振るう。3つの巨大な刃が圧倒的な質量を持って放たれた。
「……っぐ!」
前方に倒れるようにして姿勢を低くし回避。動いた衝撃による苦痛で思わず呻いた。血が激しく滴り落ちる。爪は彼女の頭髪を軽く掠める。しかし構わずそのまま脚に力を込め、踏み出した。クラウチングスタートのような形で駆け出す。
当然、彼女は無手。突撃槍は手放してしまったし、取りに行こうとすれば背中を引っかかれて終いだ。今の彼女に攻撃手段はない……ひとつを除けば。
「っらあ!」
『■■!?』
魔女の前脚をくぐり抜けた先、彼女は跳んだ。下から上へ、魔女の首の片方めがけて抱きつく。
そのまま身体を捻り、その首を中心にぐるりと半回転。胴体に飛び乗り、腕は首を絞めるような形になった。
無理な機動をした反動で苦痛にあえぐが、それでも体を動かした。今の体力では逃げ切ることはできない、しかし一瞬なら無茶な動きもできた。
「今の戦況で俺の勝ちはねえよなあ! だが……命を賭ければ、相打ちぐらいはできるはずだ!」
『■■■■■!?』
魔法少女は、右肩に装飾として付けられたソウルジェムを引き剥がした。そのまま魔女の体に押し付ける。彼女らはそれぞれ、固有の魔法や武器を持つ。巴マミのリボンや、彼女の槍のように。それゆえ戦う手段も千差万別であるが……ひとつだけ、どんな魔法少女でも扱える必殺の攻撃がある。
それは全魔力の解放──つまり、ソウルジェムを媒介にした自爆だ。
魂の最後に放つ輝きは、一体の魔女を滅ぼす程度なら十二分にできる程のエネルギーを秘めている。
もちろん命は惜しい。しかし最早生き残る手段はないと確信した今、彼女は自分なりの最善手を選択する。この世に蔓延る呪いを、最大限消し去る方法を。
闇をそのまま固めたような真っ黒いソウルジェムが、魔力の高まりと共に対照的な眩しい光を帯びる。そこにありったけを込めることに、思ったよりも抵抗は無かった。振り落とさんと暴れる魔女にしがみつき、ただ力を注ぐ。
そして生まれるは極光。命の果ての輝きは、この宝石に集積された。
今一度その決死の覚悟を以て、腹の底から声を張り上げる。
「──爆ぜ「ちょっと待ったあぁ!!」
──が、しかし。覚悟も、代償の命も、割れんばかりのきらめきも、突然現れた一人の手により霧散した。
その手により……さらに正確に言えばそこから描かれた一筋の光により。
魔女の双頭は、刹那に切り裂かれていた。肩に当たる部分より少し前方の辺りで両断されている。
同時に彼女の支えもなくなり、魔女の首とともに地に落ちた。受身を取る暇もなく地に転がる。
「っぐえ……なん、だ?」
「命を擲ってでも魔法少女の使命を果たそうとするその覚悟、心底感服しました! しかし、それゆえ! だからこそ、その命をここで散らすのはあまりにも惜しい!」
胴体の風穴に加え、二度の致命傷を同時に受けたその魔女は反撃する間もなく絶命した。残されたのは、その場にからからと転がり落ちた残滓──グリーフシードのみ。
そしてそれを成したのは、一条の光線を右手に握るペンから放つ銀髪の少女。右手を一振りすると、光は瞬く間に霧散する。そのまま左手をモノクルに添えた。
「見滝原のルーキー魔法少女、絵空夢々! 助太刀させていただきました!」
「お……おう?」
そう言って、胸を張る。
突然現れた救いの糸。それは自分よりも後輩で、振る舞いもどこかあどけない子供だった。一撃で大型の敵に致命傷を与えてみせたその強さと、自信たっぷりにふんぞり返るその様がどうにもミスマッチで……なんだか可笑しかった。
「くくっ……そうか、助けられたか。ありがとな、夢々……ちゃん?」
「はい!」
座り込んだ状態のまま、夢々に手を差し出した。にこやかに近づいてきた彼女は手を取ってそのまま引き上げる。よろめきながらも立ち上がった。
「っぐ……ってぇ……!」
「あ、傷が! ちょ、ちょっと待っててね!」
手を繋ぐ体勢からそのまま肩を貸すように移行する。フリーな右手を患部にかざすと、そこに淡い光が生まれた──回復魔法だ。
「悪いな……何から何まで」
「いえ、全然! むしろこういうのあんまり得意じゃないのでむしろぼくとしては申し訳ないというか」
「自己治癒はそれなりにやれるから、すぐに落ち着くさ。……それよりも、一旦この場を離れさせてくれないか? ちょっと離れたところに口づけを受けた人が集まってるんだ、じきに目を覚ますと思う。悪いけど、もうちょっとこのまま頼む……」
「あ、おっけーです!」
今日も生き永らえることができた魔法少女は苦痛を堪えて歩を進める。同業者以外の誰にも知られず命を賭け続ける彼女のような姿は、まさしく“正義の魔法少女”と呼べるだろう。
たとえいずれ散るとしても、それが正しい在るべき姿だ……夢々は口には出さないがそう強く思った。
「へー、マミさんとこの弟子だったのか。通りで
「は、はい。……ま、まあ全然マミ先輩には及ばないんですけどね……はは」
諸々が終わってひと段落した後、2人は喫茶店に来ていた。助けてくれたお礼ということで、奢りだった。最初は遠慮してアイスコーヒーしか頼まなかったが、遠慮するなと押し切られた夢々の眼前にはパンケーキが鎮座している。
「……なんかさっきと性格違くない? 声量の落差がすごいぞ」
「い、いやぁ……変身すると気が大きくなるというか」
「素はそっちか」
「……どうなんでしょうね?」
飲食を挟みながらも会話は続く。感謝の言葉が世間話や身の上話になるのに大して時間はかからなかった。
「マミ先輩とは仲が良かったりはするんですか?」
「いや、正直全然。テリトリー違うと会うこともそもそも無いしなあ……って、よくよく考えたら夢々ちゃんはなんでこんな所まで来てたんだ? 同じ市内とはいえあっちからだと結構離れてるだろ」
一瞬躊躇いを見せた後、すこし視線を伏せて答える。
「えと……パトロールです、自主的な。週に一回は見滝原全体をぐるーっと回ってます」
「そりゃすごい……けど、助けられた立場だから俺は文句言う気ないけどさ。テリトリーを超えた活動は火種になるぞ、伊津見とかが文句言ってきたら──」
「あ、は、はい! それは勿論分かってます、だから、禍根を残さない為にも……!」
夢々は慌てて弁明する。声量も身振りも大げさになりながら、懐を漁った。
「こ、これ。どうぞ!」
「ん、グリーフシード……? ってこれまさか、さっきのやつか!? いや受け取れねえよ命救われといて」
「で、でも……縄張り争いを避ける為にはこれが一番いいんです。今回は助ける形でしたけど、それでも。パトロールはぼくが好きでやってることですから」
2人の視線が重なる。夢々は先程からおどおどと対人における怯えが見え隠れしていたけれど、しかし瞳の奥には確かなものがある……少なくとも、彼女はそう感じた。
「……ちょっと夢々ちゃん、携帯貸してくれ」
「? わかりました」
おずおずと自分のスマートフォンを差し出した。画面が点いたままのそれをすぐさま受け取ると、迷いなく操作をしていく。自分のものも合わせて、数十秒。ポップな効果音が鳴ったところで、夢々の手にそっと返した。
「それ、俺の連絡先だから」
「ちょ、えっ」
「夢々ちゃんがそうしたいならグリーフシードは受け取るけど、やっぱそれだけだとあまりにも恩知らずだろ。いつでも連絡してこい……俺にできることなら、なんでも手伝ってやる。それでトントンだ」
「いや、でも」
躊躇う素振りを見せる夢々を、彼女は手で制した。
「夢々ちゃんが好きで人助けしてるみたいに、俺だって好きでこうしたいんだ。遠慮する気持ちも分かるけど、恩返しぐらいはさせてくれよ」
「……わ、分かりました」
頼み込むような態度を取られては、もはやそれを拒むのは失礼だろう。遠慮はあるが、受け入れるべきだ──そう考えた彼女は、言葉に詰まりつつも受け入れる。
そこで、改めて視線が合った。なんだか快い空気を感じて、自然と笑みがこぼれる。
「遠慮なく頼らせていただきます。──同じ市内の魔法少女同士、助け合っていきましょう」
「ああ、ついでにマミさんにもよろしく言っといてくれ」
スマートフォンの画面の中で、トークルーム一覧に新たなアイコンが主張していた。同じ使命を背負った者同士での繋がり、それが芽生えたことを強く感じられ、夢々はもう一度微笑んだ。
やがてご飯も食べ終わり、互いに義理は果たせたと納得できたので、解散する運びとなった。駅前まで送っていくと言われたのでおっかなびっくりしつつもそれを受け入れ、雑談に花を咲かせながら目的地に辿り着く。
「そんじゃ、ここらでお別れか」
「はい、その、今日はありがとうございました」
「お互い様だって」
改札口が視界に納まる。見滝原が新進気鋭の開発都市ということもあり、多くの人がごった返していた。終わりを感じたこともあってか、どこか感慨深そうな視線が夢々に注がれる。
「いやー、マミさんが弟子を採ったってことは前々から──確か半年ぐらい前か? そう風の噂で聞いてたんだけど、まさかこんな風に出会うとは思わなかったよ」
「半年前? いや、ぼく魔法少女始めてから、2ヶ月も経ってませんよ?」
「あれ、そうだったか……いや、でも確かに聞いたと思うんだよなあ。うーん…………まあ、俺の記憶違いかな! そんなこともあるだろ」
どこか、引っかかる会話だった。マミのもとに師事するようになったのは、魔法少女になってすぐのこと。魔法少女になったのも、極めて最近のこと。半年前に聞いた噂……それが本当だとすれば、時系列が合わない。最低でも4ヶ月はズレが生じている。噂なんて確かなものではないが、しかしそれが本当なら──
『○番のりばに、まもなく○○駅行きの電車が到着いたします』
構内に響いたアナウンスが、思考の渦に沈む彼女を引き上げた。
「すっすいません、ぼくもう行かなくちゃ!」
「おう、元気でな!」
「はい!」
お互い手を振って、正反対に動き出す。夢々は駆け出した。微かな焦燥と、別れを惜しむ憂鬱と、胸の奥底に沈む不安がそうさせた。
改札口を通り越して、やがてホームへ。魔法少女という特別は、ここでは群衆の中に潜むただの少女に。電車に乗って席に座った時、そこは馴染みのある空間のはずなのにどこか違った気がした。
揺られながら静かに目を閉じる。車窓の隙間からじんわりと西日が射し込んでいた。ビル群の隙間を縫ってやって来る暖かさに微睡んでいく。
そんな彼女の頭の中では、今日友達になった魔法少女と、師匠である巴マミと、空っぽの家、そして魔法少女としての輝かしい自分の未来が浮かんでは消えた。
TIPS
○突撃槍の魔法少女
見滝原に住むソロで活躍する魔法少女。当初はソロといっても仲間がいないだけで黒羽根レベルに弱く、ただ魔女相手に一方的に追い詰められるか弱い少女の設定だった。しかし名前すら与えられないモブキャラがネームドや強キャラに一矢報いてみせる展開ってめちゃくちゃ良いよねという嗜好により、書きながら設定が変わっていった。主人公と普通に友達になってるけどこれ言うほどモブか? という気はしている。でも扱いとしては依然モブなので、これから出番はほとんどないはず。
魔法は《前進》 その名の通り前に進む行動全般に大幅に補正がかかる。これで真正面から突っ込んで全てを貫く、猪突猛進な戦闘スタイルで戦う。魔女に空いた風穴は開幕これをお見舞いしたため。
実は急速なメンタル回復もこの魔法による補正がかかっている。
○絵空夢々
姉弟子の可能性にピリつく主人公ちゃん、今回は助っ人として活躍。実は助けに入る前の段階から結界内にいた。もちろんすぐ助けようとしたけどなんか形勢逆転しそうな展開になったので一度“見”に回ったが、肝心の打開策がまさかの自爆だったので大慌てで止めに行った。
自爆自体は否定しないが、もっと英雄的に映えるタイミングでやるべきだと思ってる。
○テリトリーについて
原作ではマミさん単独で、原作開始前でも2人ほどで見滝原の魔法少女の縄張りは形成されているが、今作では今回登場したオリキャラ含めちょっと増えている。夢々ちゃんが魔法少女になったバタフライエフェクトによるもの。おかげでマミさんの負担とストレス値が少なめ。
この設定により今後本作で設定のガバが起こっても“バタフライエフェクトによる差異”として処理することができる。
2話がオリキャラ回なのは二次創作としてどうなんだと思ったけど、マミさん杏子ちゃんのエピソードに繋げる役割も担っているのでヨシとしました。次回はマミさんと絡ませる予定です。