まあまあ人に近い邪神が人に力を貸す話   作:はすはす

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鬼を狩るもの

「さて、どうしたものか……」

 

 外神ウィズグァムは悩んでいた。3次元世界においては外神は如何なるものであっても全能に近い存在であるが、その視座の高さ──有り体に言えば大雑把さによって、人間スケールの些事に気を払うのは難問であった。

 そう、些事。人間に擬態しきれず一人をあわや発狂させてしまうところだったことも、唯一会話の通じそうだったグール(と思しき生命体)相手に旧支配者の真名を出して逃がしてしまったことも、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、彼にとっては些事でしかない。

 

 ウィズグァムは未だ眠る自身の召喚主の身体を抱え涙ながらに此方を睨みつける、どこか顔立ちの似た少女と、自らを取り囲むように刀の切っ先を向ける人間を一瞥し、思案していた。

 彼の姿は今は目の濁った、病的なまでに青白い肌をもつアンデッドのような見た目で、かなり不審ではあるが人間の体裁は保っている。彼の身体──と言っても、権能で操る自殺者の身体ではあるが──を見て発狂する人間は……いるかもしれないが、少なくとも神話的な意味ではないだろう。

 ──だが、神威を隠しているだけでは、剣士たちは彼を人とは見做さなかった。

 

「この鬼……! 花柱様をこんなにしてこの余裕があるなんて……!」

「他の柱を呼べ、俺たちで時間を稼ぐぞ!」

「日の出が近い、なら相当焦ってるはずだ!」

「仕掛けてこないなら、こっちから行くぞ!」

 

 包囲していた人間が一斉に走り出すと、見事な連携でウィズグァムに刀を振るう。

 今の彼の身体は何の神威も帯びていない。故に、人間と区別することは不可能。だが、倒れ伏した鬼殺隊最強の一柱、その近くで佇む不審な男。帯刀する剣士を見ても動じない。あらゆる状況証拠が、目の前の男は鬼であると結論させるに十分な説得力を持っていた。

 だが、外見が人間と区別できないからといって、中身までそうとは限らない。

 ウィズグァムは微動だにせず、その刀の直撃を受けた。そして、中身が漏れ出た。

 

 どろり。

 

 切断された左腕から異形の血管が露になる。それはまるで自立した意思を持つ蛇。ひらひらと蠢くそれらは、切り落され重力に従った腕へさよならの両手を振った。

 

「おい、君──」

「ッ!?」

 

 一部の欠損を気にも留めない様子の"鬼"に、人間達は恐れる。

 ウィズグァムの伸ばされた右腕が、突如"水の斬撃"によって切断された。

 

「水柱様!」

 

 現れたのは同じく刀を帯びた男であった。流石に顔を顰めたウィズグァムを認め、男は再び斬撃を放つ構えを取る。

 

「水の呼吸──」

「致し方ない、召喚主以外は──」

「待って!」

 

 殺すか。その言葉の続きを止めたのは、人類史に残る偉業と言ってよいだろう。神は、やると言ったらやる。自分に忠実な存在だ。

 

「姉さん!? 動いちゃだめ!」

「あの人は…… 違う、鬼から私を助けてくれたの」

 

 よろよろと、口から血が溢れるのを気にしないでカナエは立ち上がり、ウィズグァムと水柱「冨岡義勇」の前に割って入った。

 

「どういうつもりだ。鬼を庇うのか?」

「……ふ、あの人が"鬼"? 冗談でも面白くないわよ。あの人を鬼風情と一緒にするなんて」

「姉さん……?」

 

 冨岡義勇、胡蝶しのぶは有り得ないものを見たという顔でカナエを見る。彼女はいつだって笑顔で、人を慮り、鬼にすら慈悲の心を見せる女性だった。

 その彼女が、今、何と言った? ()()()()()? 鬼()()

 まるで彼女の中の何かががらりと変わってしまったかのようだった。

 

「……どんな理由があってそれを庇っているのか知らない。が、もう終わりだ」

 

 冨岡は目線で東の方位を指す。太陽が徐々に昇り始めていた。

 そして、一条の陽光がウィズグァムを突き刺した。

 

「……馬鹿な」

「言ったでしょう、鬼なんかじゃ……な、い……って……グフッ」

 

 陽の光を受けても平然と、そこに佇むウィズグァムを前に、冨岡は目を瞠ると同時に、限界を迎えたのか、カナエは地面に倒れ伏した。

 

「姉さん!」

 

 しのぶが必死の形相で姉の元に駆け寄る。同時に義勇が姉妹を背にウィズグァムを警戒する。

 

「そろそろ聞いてもよいか、花の女子よ。君の求むる所とは?」

「何なのよ、 あなた!? 姉さんの怪我が見えないの!? 気を失っているのが分からない!?」

「よせ」

 

 怒号を上げるしのぶを義勇が静止した。目の前の存在を刺激するのはまずいと、本能が告げていたからだ。

 

「……魔術? いや、より低劣な血と人の肉による原始的な呪詛か」

 

 ウィズグァムは死者の目を介してカナエを見遣り、その身体に付与された氷の"ルール"を看破した。

 切られた両腕を思い出し、ちょうどよいとばかりにそこからどす黒い触手を伸ばす。今度は人間の精神を汚染しないよう、保護魔術を纏わせて、という配慮があるが。

 その速度に、義勇は対応できなかった。否、そもそも速度を認識できなかった。触手は義勇の真横を堂々と横切り、しのぶを弾き飛ばし、カナエを包んでいた。

 義勇が振り返るまで数瞬の間に、処置は済んでいた。

 触手が霧散するようにして消えると、そこには全く正常な呼吸音と共に眠るカナエの寝姿があった。

 

 

 

 

(これは……)

(一体……)

(どういう状況なんだ……!?)

 

 胡蝶カナエを除く鬼殺隊の最高戦力、即ち柱は、緊急の命により皆産屋敷に集められ、刀を抜いていた。

 そんじょそこらの鬼相手には過剰戦力も甚しいその布陣の中央に居るのは、ぼーと空を見つめて動かないウィズグァムだった。

 自らの召喚主が死に瀕していることを知って治療を施したは良いが、彼女は眠り、まだ目を覚まさない。その仲間はどうかというと、何の痛痒にもならない刃物を向け、殺気を振り撒くことを止めない。殺気に関しては、何も感じ取ってはいないのだが。人類を遥かに凌駕する外神のINT(知力)の導き出した結論は、「取り敢えず待機」であった。

 今のウィズグァムはもの言わぬ死体にしか見えないが、彼は「宮殿」と交信している。受話器を取っているのは他でもないナイアーラトテップだ。会話の中身は──人間の論理体系に従う言語では正確な記述を行うことは不可能だが──おおむね以下のような内容だ。

 

『 帰っていい?』

『だめです』

『そもそも何しろと』

『盲目白痴の王へ捧げるエンタメですが』

『具体的には?』

『魔王の思考(嗜好)など分かるわけないじゃありませんか(笑)』

 

 そして、魔術回線は一方的に切断された。

 彼はのそりと身じろぎし、既に再生した右腕に力を溜め、──()()()

 空間そのもの。時間そのもの。自分に道化の用命を与えた門にして鍵。ウィズグァムはそれを叩いた。人間には認識できないほどの一瞬、空間が陽炎のように揺らめいた。が、門は開かなかった。

 ウィズグァムは諦め、再びその場で動かなくなった。

 

「……あれ、何してるんだ?」

「さあ……?」

「あれが要警戒・()()対象なんて、お館様は何をお考えなのか」

「お館様のお考えを疑うつもりか、宇髄天元」

「んなこたぁねぇけどよぉ」

 

 義勇、カナエの鎹烏が彼等の主、産屋敷に到着し、「日を浴びても死なぬ鬼が柱を鬼から助けた」と半分正解で半分不正解な報告を届けていた。そして何を思ったか、産屋敷当主は、その"鬼"──ウィズグァムと敵対ではなく協力の道を選んだ。「その者を最高戦力で以て護衛し、自分の元まで連れてこい」と。

 悪鬼滅殺を掲げる鬼殺隊が、鬼(と思しき存在)を前にしつつもその首を落とさない。これは、並々ならぬ憎悪と覚悟をもって柱まで上り詰めた彼等にとっては屈辱にも等しいことであるのは確かだった。

 

「お前は何も知らねぇのかよ。現場に居たんだろ、冨岡」

「居た。だが殆ど知らない。きっと知らないほうがいい」

「ああん?」

 

 要領を得ず、突き放すような物言いに音柱・宇髄天元は青筋を立てる。もっとも、義勇の言は神話生物相手には正しいこと極まるのだが、それを彼等は知らない。

 

「だが、何も知らないという訳には行かない。我らに手を貸したとはいえ、奴は鬼だ。分かる範囲で教えてくれると助かる」

 

 燃えるような髪を持つ男──炎柱・煉獄槇寿郎が反駁する。

 

「……いずれ知ることになる。知らずにはいられない」

 

 そうして柱は、彼等の主を待つのだった。

 




 うーん、切り方が微妙……。
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