まあまあ人に近い邪神が人に力を貸す話   作:はすはす

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人を喰うもの

 無限城。鬼の首魁なる鬼舞辻無惨の住まう本拠地。空間そのものが現実と隔離された異空間であり、構造は生き物かのようにうねり、離れ、繋がり、広がる。

 そこに上弦の鬼──柱を殺して余りある力を蓄えた上級の鬼どもが集められていた。

 

「柱を殺し損ねたようだな、童磨」

 

 女性の姿をとった鬼舞辻無惨が手に持つのは、上弦の弍・童磨の切断された頭部。その断面からは頭の容積に比例しない量の血が溢れている。

 その瞳には恐怖が浮かんでいた。あらゆるものに無感動で、顧みるのは己の食人嗜好と鬼舞辻無惨への忠誠のみであったはずの、その瞳。それが、全く別のものへ向けられていた。

 

「凄まじい震えだ。心を覗き見ずとも恐怖が伝わってくるようだ」

 

 童磨の目は、無惨を見ていない。その目は、記憶の中の、病的なまでに青白い男に向けられている。

 

「言え。何を見た? 何があった?」

 

 無惨は不機嫌さを隠さず命じる。命令などなくとも彼は全ての鬼の視界を把握し、思考を読むことができる。そうしないのは、一重に無惨が童磨を深層心理の部分で受け付けないからだった。

 童磨は口内の血液を吐き出し、奏上する。

 

「あれは……人に化けた何か……しかし鬼ではありません」

「ほう」

「その姿を見るだけで、その声を聞くだけで、その名を聞くだけで、久しく忘れていた本能を呼び起こすような──」

「──貴様ッ!」

 

 我慢ならないとばかり声を荒らげたのは上弦の参・猗窩座だ。

 

「無惨様を差し置いて他の存在に畏怖するなど言語道断ッ! 忠誠を失ったお前などもはや上弦に置いてはおけないッ!」

「猗窩座」

 

 激昂する猗窩座を一言で静止させたのは上弦の壱・ 黒死牟だ。

 

「無惨様の邪魔をするな」

「……」

 

 猗窩座はハッと無惨の顔を伺う。彼は無表情だ。実際のところ、自分以上に自分のことで激昂する人を見、怒りが収まってしまったようだ。奇しくも、童磨は猗窩座の激昂により命を救われた形になったようだ。

 

「どうかお気をつけを。あれは……鬼すら喰らう鬼やもしれません」

 

 


 

 

「集まってくれてありがとう、皆」

 

 産屋敷当主、産屋敷耀哉が2人の娘に連れられて現れた。途端、集められた柱の全員が、上から重石を載せられたかのように跪く。

 

「君も、私の剣士(こども)を救ってくれたこと、こうして私のもとまで来てくれたこと、礼を言うよ」

「……」

 

 ウィズグァムは無視を貫く。否、無視などという意地悪を邪神である彼がする意味はない。羽虫が小さい声で鳴いたところで彼の視界には入らない。宮殿へ鬼電を掛けるのに忙しい彼は、「宛てのない祈り」でもない限り3次元世界に気を払うことはない。

 

「この鬼ッ……!」

「テメエ! その頭、二度とお館様の前に上がらねェようにしてやろォか!?」

 

 柱の中でも激しやすい2名──宇髄天元と不死川実弥が、耀哉を前に立ち上がるにも行かず、射殺さんとばかりの眼力でウィズグァムを見る。

 

「天元、実弥」

 

 耀哉は2人を諫める。産屋敷当主としての直感──目の前の存在への対処を間違えてはならないという不吉の兆し──の警鐘が頭の中で鳴り止まない。しかし、彼はその宇宙的恐怖への懸念をおくびにも出さず、口を開いた。

 

「これは、独り言だけどね、」

 

 耀哉は語る。直感が、目の前の存在と対話する方法を教えてくれた。それに語るのではなく、何者にも向けず、何者も応えず、蚊の飛ぶような脆弱かつ低劣な囁きであると自覚して、耀哉は祈る。

 

 

『私と話をしてくれないか、偉大なるものよ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 私を呼んだか?

 

 

 

 

 

 

 

 声は届いた。

 人間という劣等種の言の葉が、神の一瞥を賜ることに成功した。

 腹の底が冷え、背筋の凍るような重低音の声が、その場に響いた。

 水柱も、炎柱も、音柱も、風柱も、岩柱も。

 耀哉も、娘達も。

 その声を直接聞くことの無かった控えの隠も。

 皆畏怖し、その存在から目を背けたい衝動に駆られる。

 数十秒か、数分か、数十分か。外なる神に時間が意味をなさないことが、今に限っては幸いだろう。どれほど長い間、人々が沈黙していたのかを、彼の神は気に留めないのだから。

 最初に正気を取り戻したのは産屋敷耀哉だった。剣士は、鬼などとは比べ物にならないほどの重圧──即ち神威を消化するのに、まだ時間が必要であるようだった。

 

「君を……いや、あなたを何とお呼びすればよいでしょうか」

 

 耀哉は探るように言う。

 

「……私を呼んだのは君か、凄まじい呪詛を身に纏う者よ」

「……左様でございます」

「私の真名は人には有害だ。そうだな、ただ神と呼べばよい」

 

 神を名乗る。蒙の啓いていないものにとっては、憤慨するような傲慢だ。だが、実際にその姿を前にした耀哉は、なるほど、これは神なのだと、理解──否、その存在への真なる理解にはほど遠いが、──した。

 

「では、神よ。私の剣士を救い給うたこと、私の呼び掛けに応じ給うたこと、感謝申し上げます」

「……ふむ」

 

 ウィズグァムは思慮する。人とは、こうも強い精神を持つ存在であっただろうか。彼が気紛れに加護を与えてきた人類種は、もっと簡単に正気を削られていたような気がするが。

 

「私はただ呼び掛けに応じただけだ。何かを救った覚えはないが」

「……馬鹿な」

 

 声を出したのは岩柱・悲鳴嶼行冥だった。普段慈悲と同情から大量の涙を流す大男は、今回に限っては滝のような冷や汗を流している。

 

「花柱が言っていた。上弦の鬼を退けたと。上弦を、まるで……」

 

 何もないかのように語るなんて──。

 

「その鬼というのは何だ? グールではないようだが」

「人を喰らう怪物です。人を喰らい、人に血を混ぜ、鬼とする。我がの宿敵です」

 

 耀哉は聞く者に安堵と敬愛を呼び起こさせる声で、自らの宿敵について語る。

 千年以上前、産屋敷の源流たる家系から生じた最初の鬼、鬼舞辻無惨を。その永き戦争を。呪いを。悪行を。

 その間に正気に戻った柱の面々も、その語りの内容に唇を噛み、拳を握り、憎悪を燃やしていた。

 

 だからこそ、その神の無関心は許せなかった。

 

 人を喰らう怪物とその因縁の話を、ウィズグァムは至極つまらなそうに聞いていた。

 彼にとっては人もグールも鬼も同じ低劣な虫の一種に過ぎない。どれも人型だし、目を凝らせば別の種族であろうということがかろうじて分かる程度の解像度。それも、鬼が人から生じると聞いては、同じ虫が同じ巣穴の中で喰い合っているようにしか見えない。

 加えて、外神、あるいは旧支配者に恨みや復讐の情念は理解できない。永劫を生き、時間に縛られず、故に自己に忠実な永遠であり刹那的な存在意義(在り方)。シアエガのような例外は居るとはいえ、基本的に「嫌い」が「関わらんとこ」になることはあれど、「潰してやる」に変わることはない。

 

「して、君は私に何を望む?」

 

 その本質的な、実際には面倒さから出された問いに、耀哉は初めて言葉を詰まらせる。

 その目で見るまでは、鬼舞辻無惨から逃れた強力な鬼が現れたのだと思っていた。条件によっては、協力を仰げるかもしれないとも。鬼を味方につけることに対する予想される反発を諫めるために詭弁をこさえてさえいた。

 だが、実際はどうか。

 ()()は違う。()()は駄目だ。これに協力を求めること、それは、鬼舞辻無惨に剣士たちを滅ぼされ、呪いでこの身が朽ちるよりも遥かに重い代償を背負うことになるだろう。

 

 耀哉は考える。

 

 だが。

 もし、その代償をこの私が一身に引き受けられるなら。

 かつての誓いを思い出す。己の何に代えてでも、鬼舞辻無惨を滅ぼすと誓って、産屋敷当主の仮面を被ったその日から、彼の為すことは決まっていた。

 

「全ての鬼を滅ぼしてほしい」

 

 

 

 

 

「よかろう。その祈り、聞き届けた」

 




耀哉(あっかん鬼よりヤバいの来ちゃった……いやチャンスか? でも絶対代償エグい……だが、私一人で背負えるなら……)鬼を滅ぼしてくれ!

ウィズグァム「おけまる」

↑だいたいこんな感じ

以下補足

真面目な話、ウィズグァムは人に同情的なので、大体の願いは聞いてくれます。それがどんな風に叶えられるのかはともかくとして。

ただ、耀哉という人間個人は全く認識していません。むしろ、彼は自分を捨てることのない強固な意志を持っているため、ウィズグァムの庇護対象にはなりません。その点で言うと剣士たちも同じです。虫の個々を識別することがないように、外神は人を区別しないため、その恩恵に与れているとも言います。

同様の理由で、人と鬼を区別することも困難です。童磨は血鬼術を使っていたのと、人よりかは"若干"格が上だったことでかろうじてグールだと結論するという程度の解像度です。

よって、日本全体を見下ろした時には、その差が微小すぎて分からなくなります。目の前の存在を消し飛ばすことには長けますが、条件で絞って絶滅させることには向きません。

外神に頼んだからといって瞬く間に全鬼を滅してくれるわけではないので、鬼殺隊はお役御免ではありません。よかったね。
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