カードゲームあるある、人が死にがち、そして生き返る

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道徳は暗記科目

 

 空は燃えるような夕焼けに染まり、家路を急ぐ子供たちの影が長く伸びている。

 私は公園のベンチで読みかけの文庫本を閉じ、ゆっくりと顔を上げた。

 

「やあ、少年」

 

 ベンチに背を預けながら黒い前髪の隙間から物憂げな視線を通りすがりの少年に投げかける。気さくに、けれどどこか影のあるような声音で手を挙げた。

 

「お姉さん……?」

 

 少年の純粋な瞳が私を捉える。私は(ふところ)から使い古されたスリーブに入った一枚のカードを取り出した。

 カードは夕陽を反射して、表面が鈍く光る。

 

「このカード……受け取ってくれないか」

 

 かつて自分も同じ道を歩み、そして挫折(ざせつ)した命運を次世代に託すような、そんな気持ちを煮詰めたような表情で私はカードを差し出した。

 

「いい、んですか?」

 

 躊躇う少年。確かに『この世界の住人』にはカードに宿る運命力とやらに敏感過ぎる。

 

──他人にカードを渡すなんてよっぽどの覚悟だと言えるだろう。私だって知らない誰かに渡されたら躊躇う、だからこそやる価値が在る。

 

「ああ、君に受け取って欲しいんだ。今の私には……もう必要ない…………」

 

 視線を斜め下へ落とし、少しだけ寂しげに声を震わせる。

 

「……わかった! 理由は聞かないよ。お姉さんのこの想い、僕は必ず大切にするから!」

 

 少年は決心したように力強く頷くと、そのカードを胸に抱き、公園の出口へと向かって弾かれたように走り去っていった。

 

(あぁ〜^その辺の将来有望そうなショタガキのガチデッキに1ミリも噛み合わない産廃カードを捩じ込んで弱体化させるの超絶気持ちいい〜〜〜〜^!!)

 

 私はニヤけてるのがバレないように文庫本(小さな男の子が喧嘩するだけ)で顔を隠した。

 まさか次の日、私が原因でよく知りもしないアニメ主人公が負けるとは露ほども思っていなかった。

 

 

 

 ▽

 

 

 

 翌朝、私はいつも通り気怠い体を揺らしながら馴染みのカードショップ『Friedhope(死の先にある希望)』に足を踏み入れる。

 

 普通に考えたらこんな物騒な名前およそカードゲームを楽しむ場所に付ける名前じゃないよね。この世界で大流行しているTCG『Sterbe Destruction(死すら破壊する)』のコンセプトとは合っているのかもしれないけどさ。

 

「……あ、新弾。一応剥いとこうか」

 

 レジに向かおうとしたが、店の奥に人だかりができているのに気づいた、嫌な予感がする。

 というか予感より先に男の下種な笑い声が聞こえる。

 

「ヒャッハハハ! なんだボウズ、まだそんなゴミを盤面に晒してんのか!? これじゃあボウズが死ぬ前に俺様が笑い死にしちまうぜ!」

 

 人だかりを割って覗き込むと、そこには期待を裏切らない地獄絵図。金髪のオールバックをテカテカに固め、三角形の黒いサングラスをかけ、金属のブツブツがこれでもかと打ち込まれた革ジャンを纏った男の顎には申し訳程度の顎髭。

 テンプレをそのまま煮詰めて下水に流したような悪の組織の下っ端。その対面するは昨日の少年。

 

「……何だあの盤面」

 

 思わず独り言が漏れた。

 このゲームの基本は1枚のメインカードを9枚のアシストカードで支援(バフ)するか相手を弱体化(デバフ)させて殴り倒す、たったそれだけ。

 

 少年のメインカードゾーンに鎮座しているのは堕天猫モフィ。ただの黒い子猫に申し訳程度にカラスの羽根が生えただけの正真正銘の雑魚カード。

 しかも少年はそれを守るために必死でアシストカードを展開している。

 

(彼は正気なのか? 今時あんなクソカード使っている自分のプレイセンスに絶望しない? あっ、しないから使ってるのか……産まれた時にママのお腹の中にプレイセンスでも忘れてきちゃったのかい?)

 

 あまりに無謀であまりに無策。現代の高速化した環境で型落ちマスコットカードで戦うなんて……横で見ているだけで恥ずかしくなってくるね。

 あんなカード私なら恥ずかしくてストレージの肥やしにするかコースター代わりに使う。

 

「ぐっ……! まだ僕のモフィは負けてない!」

 

「往生際が悪いぜェ! 俺様の〝ムチムチ幼馴染〟でその雑魚猫を塵にしてやるからよォ!」

 

(あ、次のターンで彼は粉砕される)

 

 私がため息をつき、その場を立ち去ろうとした。その時、

 

「負けられない……! だってお姉さんと約束したんだ! このカードで僕は勝つって! このカードは僕に世界を託してくれた人の『魂』なんだ!!」

 

 ………………やべえ私じゃん。

 

 空気が凍りついた。いや、私の中でだけ絶対零度を記録した。

 少年がキラキラした真っ直ぐ過ぎる……もはや狂気すら感じる瞳でモフィのカードを信じている。

 周囲の観客たちが『お姉さん?』『世界を託す?』とざわざわし始める。

 

「…………少年」

 

 私はとっさにハンカチを取り出して目元を押さえ、一先ずウルウルと感動したフリをしながら顔を隠す。

 後から特定されるぐらいなら良い感じに好印象を残そう。

 

(おい皆こっち見るな。視線が痛い。まだ何のお姉さんか言っていないだろう? 歌のお姉さんかもしれないじゃないか。こんなクソザコデッキの師匠だと絶対に思われたくない……! 早く勝つか負けるかしてくれたまえ!)

 

「見てて、この堕天猫の真の力を!」

 

(別に見る価値は無いんだけどね……)

 

 私はどうせ負ける試合は見ない主義なのでパックを剥く、む。男の娘か、悪くない。

 

 ちなみにこの世界では通貨は存在せずに『寿命』でカードを買う。オンライン決済感覚でデッキケースから寿命を吸い取られる、この理屈だとデッキケースが本人だよねー。昔そんな魔法少女アニメ有ったけども。そして試合でも負けるとあんなふうに、

 

«プレイ終了。評価……9»

 

店内に無機質な電子音が響き渡る。

 

(おー、9割飛んだ)

 

 システムは子供相手にも容赦なく無情に清算した、10割判定じゃなかっただけ良かったね。10割はもちろん即死。

 

「あ、……あ……お姉さん、ごめ……ん……」

 

 地面に這いつくばり、寿命を吸い取られて青ざめていく少年。私はその姿を見下ろしながら内心で猛烈な他責思考を巡らせる。

 

(カードゲームのアニメ主人公なら髪の毛をヒトデやクラゲやカニにしといてくれよ)

 

 周囲の観客には『あくまで少年が使いこなせなかった』というドラマを演出する、最後まで上位存在として突き通すのがマナーというものだろう。

 

「……君にはガッカリだよ、少年」

 

 私は気怠げに歩み寄り、冷徹な響きを意識して声をかけた。

 

「私のカードの本当の力も引き出せずに負けてしまうなんて。私の期待を裏切るのも大概にしてほしいものだね」

 

「本当の……力……?」

 

 掠れた声で少年が私を見上げる。

 

「そうさ。あのカードは使い手次第で世界を再構築できる可能性すら秘めていたんだ。……けれど今の君にはまだ、その輝きは眩しすぎたみたいだね」

 

 周囲の『なんだこのお姉さん』と畏怖の視線を背中に浴びながらフイと顔を逸らした。

 

「次はもう少しマシなプレイを見せておくれよ。命があるだけ儲けものだろう?」

 

 私は懐から、さっき寿命を削って購入した新弾のパックを弄び煙に巻くように店を後にした。

 背後で少年の『次は必ず……!』という絶望的なまでにズレた決意表明を聞き流しながら。

 

「おい、そこの女。テメェもプレイストなんだろ、ボウズの敵討ちはいいのかァ?」

 

(プレイストの語感がキモ過ぎないかい、実質こんなのプレイリストだろう)

 

 あと私デッキ持ち歩いてないし、平気で寿命を取られる試合を組まれる参加資格権なんて誰が持ち歩くんだ。君達脳みそプレイスト(笑)と一緒にしないでくれるかい。

 あ、でも今パック引いたし、やろうかな。

 




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