アオイロカグヤ!!   作:ゴータロー

10 / 10
#10 エピローグ 『青に彩る 月は輝く』

 

 閃光。

 

 『Ex-SUGAR RUSH!!』のステージを一言で表すなら、その言葉しか表現し得なかった。

 暗闇を鋭く切り裂くエメラルドグリーンのレーザーは、ステージ上の六人を照らし、光と影のシルエットに明滅させる。

 観客はその明かりに幻惑されて、ただ息を呑んだ。

 現実とも夢ともつかないビジョンが、目の前で展開されていくことを信じられなかった。

 うねりを持って会場を揺らす音響に、観客たちは翻弄された。

 

 海のような、宇宙のような。

 鼓膜に届いて体の芯から伝わるものは、ライブであり、ミュージックであり、サウンドだった。

 会場にいた誰もが、わかった。

 これは、凄いことが起きている。

 シンプルにすぎるその感想が、この一夜限りのアンコールを、最も端的に表した言葉だっただろう。

 

 かぐやのボーカルは、カズサたち四人にも届いていた。

 演奏のためにヤチヨの記憶を共有した際、カズサたちは、かぐやの身に何が起きたかを知った。

 出会いがあって別れがあって、それでもなおかぐや、彩葉、ヤチヨの三人でエンディングの先の先を目指し、笑い続けようとしていたこと。

 かぐやの強さを、弱さを、喜びを、悲しみを、カズサたちは全て理解した。

 

(ああ、そうかーー)

 

(かぐやがハッピーエンドにこだわる理由)

 

(かぐやちゃんは、世界一、彩葉さんが好きなんだ)

 

(だから、すぐにでも彩葉に会いに行ったんだね)

 

 放課後スイーツ部の四人が、少しだけ引っかかっていたこと。

 それは、自分たちを置いて、かぐやが急に帰ってしまったこと。

 キヴォトスに残り続ければ、帰らなくても良かったのではないかと、嫉妬にも似た邪な考えをほんの少し抱いてしまった。

 

 しかし、それだけではハッピーエンドにならない。

 かぐやは、記憶を失っていてもなお、ずっと彩葉を強く想っていたのだ。

 かぐや自らの半身のような存在でもある彩葉。

 ただ残してきた彩葉のことを推し量り、あの時、彼女は一度帰っていったのだ。

 かぐやと彩葉とヤチヨの物語は、幸福な結末を迎えるまで決して終わらない。

 もしかすると、その永遠の歩みは、終わりすら、ないのかもしれない。

 カズサたちのストーリーがここで終わらないように、かぐやはかぐや自身の幸福を、自ら描き、掴み取ろうとしていたのだった。

 

(どっちが大事とか、そういうのじゃないんだ)

 

(かぐやちゃんは、全部幸せがいいんだ)

 

(じゃあーー仕方ないか!)

 

 四人のことを、以心伝心とでも証明するかのように、ヤチヨが微笑みかけていた。

 かぐやは、真っ直ぐ前だけ、観客を見ている。

 ライブ中に、よそ見はいけない。

 カズサたちは、改めて幻想的な雰囲気に包まれた観客席を、しっかりと見据えた。

 

 

 

「……ライブというのも、案外いいものですね」

 

 ナギサはケミカルな緑色に光るサイリウムを、リズムに乗って小さく振りながら、壇上で躍動するかぐやたちを観ていた。

 サイリウムはティーパーティーの部下が調達してきたものだ。

 

 あの日、自分に抱きついてきた少女。

 他人のような気がしないと、彼女は言っていた。

 

「かぐやさんは、最初からずっと、本質を見ていたのかもしれません」

 

 ナギサを形作る大きな要素には、ティーパーティーの役職がある。

 大組織のリーダーとして求められる素質だ。

 しかし、それ以外のものだって、当然存在している。

 例えばいきなり、ライブを観たいと言い出すような、ワガママお姫様のような気質。

 努力する後輩の生徒たちに目を向け、放っておけないお節介な善性。

 敵対するものには容赦なく牙を振るう、果断な冷酷さ。

 それら全てが、桐藤ナギサという少女を形作るファクターなのだった。

 

「……かぐやさん。ありがとうございました」

 

 ナギサはまたサイリウムを振る。

 その振幅は、先ほどよりも少し大きい。

 

 

 

「すごいすご〜い! イロハ先輩! みんなキラキラだよ!」

「そうですね、イブキ。なかなか、これだけのステージはお目にかかれないでしょう」

 

 イロハは曲に合わせて舞い踊るレーザーにはしゃぐイブキを、優しく眺めている。

 しかし、イブキ以上に騒いでいるのが万魔殿の生徒たちだった。

 大盛り上がりで、即席のコールまで入れている。

 普段ならばサボタージュを理由に、小言の一つや二つでも言ってやりたいところだが。

 

「……無粋ですかね」

 

 それに、面倒だ。

 ライブを観ている時まで仕事に浸るのはやめよう。

 自分に課せられたミッションは、すでに達成しているのだから。

 

「……全員でサボったって、いいでしょう。今日くらいは」

 

 イロハはイブキの後方で腕を組んで、ライブの盛り上がりの余韻に浸ることにした。

 

 

 

[なんとか間に合った……]

 

「先生、このフェス会場の反応は、ステージを中心に、大変なことになってますが……」

「虚妄、色彩、怪奇現象、どころではありません。予測不可能な何が起きても、おかしくない状態です」

 

 先生、と呼ばれたスーツ姿の大人は、ステージのはるか彼方に置かれた、片付け忘れのパイプ椅子に腰を下ろす。

 アンコールの演者たちは、豆粒ほどの大きさにしか見えない。

 

[アロナ、プラナ。大丈夫だよ]

 

「ですが……」

「先生の安全が第一です」

 先生は目を瞑って、聞こえてくるステージの音に耳を澄ませた。

 

[一緒に歌を聞こう。それとーーここからなら、もうちょっと、『博士』に伝わるかもね]

 

「もう! またそういう危ないことを!」

「……わかりました。通信を開きます」

 先生の手に握られたタブレット状の端末ーーシッテムの箱が、淡く輝いた。

 

 

 

「……ヤチヨ、これ、どう思う?」

「たぶん……見つかってるねえ」

 

 一方、酒寄研究室。

 ヤチヨのコピーが入った端末に、文字が表示されている。

 ゼロイチの二進数で書かれており、彩葉でも簡単には読み取れない。

「ヤチヨ、読み上げお願い」

「んー……拝啓、かぐやさんの保護者の方……」

 

 かぐやさんは、こちらでも元気です。

 気が向いたら、いつでも遊びに来てください。

 大人として、かぐやさんを守ります。

 あなたたちも、いつか訪れてみてください。

 その時は歓迎します。

 

「……これで、終わりだね」

「マジかあ……」

 彩葉はがくりと肩を落とした。

 

 大人になって、研究職の責任ある立場になって、世の中のことを少しはわかるようになってきたと思ったのも束の間。広大な世界にはまだまだ、自分の知らないことがあった。

「彩葉、大丈夫?」

「あー……うん、燃えてきた。かぐやとヤチヨに夢を見せたいなら、これくらいの超常現象は、死ぬ気で乗り越えろってことでしょ!」

 

 彩葉はかぐやのように、全部前向きに考えることにした。

 キヴォトスなら、かぐやとヤチヨは味覚のある世界に生きられる。

 それはきっと、新たなブレークスルーを現実で手にするための手掛かりになるはずだ。

 彩葉はヤチヨと向き合い、声を上げて笑った。

 

 

 

 ライブは佳境に迫っている。

 残りはラストのサビを歌い切るだけだ。

 かぐやの視界が、じわりと滲んだ。

 

(まだ、泣いちゃダメだよ)

 

 震えそうになる喉を、必死に押し留めて、絞り出した声を枯らしていく。

 どんなに歌唱力が秀でたシンガーでも、感情の振れ幅が限界を越えれば、メロディは歪んでいく。

 かぐやはそれを必死に堪えた。

 爆発寸前の、切なる想いを載せたかぐやの歌声が、キヴォトス中に響き渡る。

 それはハッピーエンドへの願い。

 自由を懇願するものたちへの、解放の歌。

 ただ愛する人の隣にいたいと祈り続ける、いまを詠った愛の歌。

 

 喜びを、幸せを、再会を、約束を。

 かぐやはひたすらに願って、歌を紡いでいく。

 この曲の最後のフレーズは、おとぎ話で終わる。

 それでも、彼女は知っていた。

 

(おとぎ話なんかじゃ、ない)

 

 誰かに伝えたい言葉。あなたに届けたい言葉。

 かぐやの眼差しは、ずっと、前だけを見ている。

 先のわからない未来を、進む道のない不安を、全部押しのけて、大丈夫だよ、と彼女は歌う。

 

 それでもーー心の奥から湧き出る感情の昂ぶりに揺さぶられた涙は、次から次へと溢れてきて、止まらなかった。

 

 かぐやは泣きながら笑った。

 かぐやは、笑いながら泣いた。

 彼女は、泣いて、笑って、歌った。

 

 歌って、歌って、歌ってーー

 

 気付けば、曲は終わる。

 

 肩で息をするかぐやたちは、ステージの正面に六人で並んで手を繋ぎ、歓声のやまない観客席に、深々と頭を下げた。

 万雷の拍手が、コールが、祝福が六人に降り注ぐ。

 六人のまなじりから流れ落ちた、透明な雫が頰に伝っていた。それは汗だったのか、それとも涙だったのか。

 それは、彼女たちにしかわからない。

 顔を上げたかぐやは、ステージの最前列にいた少女と目が合った。

 どうしようもないくらいに、体が、勝手に動いていた。

 

「ちょっと……かぐや?!」

 

 かぐやは勢いを付けてステージを飛び降りると、間仕切りの柵越しに、その子を強く抱きしめた。

 たった一言を伝えるために、全てを投げ打った。

 

 ーーずっと応援してくれて、ありがとう!

 

 かぐやは固まってしまった彼女の手を取って、ぶんぶんと振り回す。

 かぐやに向かって駆け付けてきたスタッフの姿を視界に認めて、彼女は慌てて壇上に逃げ帰った。

 抱きしめられた生徒は、口をぽかんと広げてぼんやりしていたが、急に意識を失ったように倒れ、周囲の少女たちがあわてて介抱していた。

 

 フェスは、超盛況のうちに終わった。

 

 盛り上がり、演出、その規模は間違いなく、キヴォトス音楽史上に語り継がれる、伝説のライブになるーーそのはずだったのだが。

 

 

 

「……まさか、アンコールが配信アーカイブに残らないとはね」

「登場順をいじった結果なんだってさ……」

 

 完璧に燃え尽き、やり切った顔で控え室に戻ってきた超シュガーラッシュのメンバーは、土下座して出迎えるスタッフの姿を見て、背中に氷水を浴びせられるような、暗澹とした予感を覚えた。

 その後説明されたのが、カズサとヨシミがぼやいた内容である。

「これって、かぐや的にはバッドエンドじゃないの?」

「ん〜……でもアンコール以外もライブは超楽しかったし、ギリセーフ! それにさ!」

 

 また、みんなでもっとすごいライブができるってことっしょ!

 

「かぐやはいつも前向きだねえ」

 ナツがかぐやの頭を撫でる。

 かぐやは機嫌のいい猫のように、ごろごろと喉を鳴らした。

 ヨシミは、意を決したように口を開く。

「かぐやは……彩葉のところに帰っちゃうの?」

「ん? みんなとライブの打ち上げしてからね!」

 そうでしょ、ヤチヨ?

 かぐやは参加するのがさも当然かのように、ヤチヨに問いかける。

「もっちろん! 甘いものが食べられると聞いてっ! ヤッチョはずっと胸が蹴鞠みたいに弾んでたんだ〜!」

 ヤチヨは誰に頼まれてもいないのに、その場で踊り始める。つられてかぐやも踊り始め、二人はハイタッチを交わした。

 話したいことは色々あったはずなのに、かぐやたちの様子があまりに普段と変わらないので、それ以上放課後スイーツ部のメンバーは何も言えなかった。

 

 

 

「だららら、ハニトー!」

「だらららら、パンケーキ〜!」

 

 かぐやとヤチヨは、高カロリーなスイーツをフォークに刺して乾杯する。スイーツ部の四人も、めいめいの好物を大量に皿に取り分けていた。

 ヘルメット団は捕縛された。

 今日こそ、何者にも邪魔されずにスイーツ食べ放題だ。

「ん〜〜〜っ! 甘くてとろけて、ほっぺたが落ちそう♡みんな、いい店知ってるね〜」

「ヤチヨ……なんか、キャラ違わない?」

「頼れるお姉さん、って感じだと思ってたよ」

 ヤチヨは無邪気に笑った。それから袖で目元を隠し、わざとらしい泣き真似をする。

「お姉さん……とってもいい響きだなあ。ヤチヨの本当の姿は、八千歳のお婆ちゃんなのです……よよよ……」

「そんな……そうだったとしても、ヤチヨさんも、キヴォトスでくらい、気軽にしたらいいんじゃない?」

 アイリはチョコミントのアイスを口に運びながら、ヤチヨとかぐやを交互に見る。

「そうだよアイリ! ヤチヨはいっつも遠慮してる! もっと私みたいにハジけても全然いいのに、ねー?」

「ねー?」

 ヤチヨは眉を寄せて、困り顔をする。

「うーん……ヤチヨは果報者です……今後とも前向きに善処しますゆえ!」

 かぐやのような自我を出しきれないヤチヨでも、パンケーキを口に運ぶ手は、なかなか止まらなかった。

 彼女も甘味を、確かに感じている。久方ぶりの刺激に、ヤチヨの心が浮き立っているのが、全員わかった。

 八千年を生きた彼女の心の壁は、今でも冷たく閉ざされた領域がある。

 かぐやは、ヤチヨがスイーツを食べ続けるのを、頬を緩ませてにやにやしながら見ていた。

 きっといつかは、その氷もゆるやかに溶けていくのだろう。

 

「聞いていいのかわかんないけど、かぐやって本当に月のお姫様なの?」

「そうだよ〜! 前も説明したじゃん!」

「いや、信じられないでしょ。普通」

 カズサのツッコミはもっともだ。

 かぐやから言わせれば、日常的に銃撃戦が行われるこの世界も信じられないのだが。

「月の世界って退屈でさー……一度は逃げたけど、案外向き合ったら、進めた道もあったんだよね」

「かぐや……ちょっと大人になったね」

「ふふっ。大人になって、これなんだ」

 ひどいー! かぐやは茶化すヨシミに、立ち上がって悪態をつく。

 

 甘い時間は、それからも延長延長で続いて。

 別れの時は確実に近づいているのを、みんなが知っていても。

 

 かぐやたちは、くだらない話ばかり、ずっと続けた。

 

「ふぃー……さすがに、三時間コースだと満腹満腹♡」

「ヤチヨも、久しぶりの甘味で、調子に乗って食べすぎちゃったよ〜♡」

 かぐやとヤチヨは膨らんだお腹を、ぽんぽんとさすった。

 店を出て、かぐやが横を見ると、カズサもヨシミもぽろぽろと涙を流している。ナツも下を向いていた。

 アイリは、声が震えないよう、努力して口を開いた。

 

「かぐやちゃん、ヤチヨさん……もう、お別れなの? 帰っちゃうの?」

 

「えっ、なんで?」

 

 かぐやはきょとんとしている。

 本当に意外そうな表情だ。

 今生の別れを覚悟していた四人は、肩透かしを食らった形になった。

 

「帰るには帰るけど、彩葉が味見できるようにしてくれるまでは、まだまだきっと、時間がかかる! 私とヤチヨは、ここでならスイーツ食べ放題!」

「甘いものが一番美味しいのは、た〜っくさん汗をかいた後……でしょ? みんな?」

 

 残念でした! ここでお別れじゃないよ!

 彩葉にもみんなにも、これからも、もーっと、甘えちゃうから!

 かぐやとヤチヨは、声を揃えて、悪戯っぽく笑った。

 

「好きなだけ、好きにしていい。でしょ、カズサ?」

「あー……はいはい。そうしなよ、かぐや」

 かぐやとカズサはお互い、瞳に涙を浮かべて、それを地面に落とすことのないように、体を寄せ合い、震える声で笑った。

 

 

 そうしてーー空から降ってきた少女かぐやの、全開ハイテンションなキヴォトス探報記は、一応の区切りを見せた。

 

 かぐやに脳を焼かれたファンは数知れず、今も超シュガーラッシュの配信を探しては、キヴォトスのネットの海を彷徨っているのだという。

 

 放課後スイーツ部の四人はかぐやたちと別れた後も、部活動もライブ活動も、精一杯欲張って続けた。

 Ex-SUGAR RUSHの噂を聞きつけた欲深い大人や団体から様々な話が彼女たちに降りかかってきたが、カズサたちは先生の力も借りて、丁重に断り続けた。

 

 六人が揃って、一度きり見た夢だからこそ、尊いのだと。

 

 それでも、かぐやとヤチヨがこちらの世界に時たま遊びに来れば、路上でも、ライブハウスでも、超シュガーラッシュは突発的に公演を開いて、スイーツを食べて打ち上げをした。

 

 飽きるまでパンケーキを食べて、甘すぎるケーキにみんなで笑い合った。

 

 青春の色。もし、それがかぐやたちを彩るなら、スイートなメロディに満ち溢れた、カラフルなものだったに違いない。

 

 六人の輝く物語は、いつまでも止まらない。

 

 彼女たちは全力で、青春×超青春の日々を謳歌していた。

 

 

 

 END

 





 謝辞

 ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
 ブルーアーカイブ、超かぐや姫!は素晴らしい作品です。
 これら作品に、そして初音ミクの素敵な楽曲に出会えたことに感謝します。
 ありがとうございました。
 
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