※星峰・アトラ様およびクラウス・イーザリー様のリプレイ

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 別区画でも、増援のキョンシーたちが通路を埋めるように押し寄せていた。

 その群れを見据え、星峰・アトラ(葬送歌・h04702)は薄い布越しに口元を緩める。

 

「中々扇情的な格好ね」

 

 彼女自身もまた、幼い肢体に人の目を惹きつける華麗な衣装を身に纏っている。

 褐色の肌に絡むように重ねられた白、臙脂、淡い青の布。腰や腕、脚へ細かな金飾りが幾筋も揺れ、踊るたびに光を零しそうな装いだった。

 大きく弧を描く飾り布が翼のように広がり、額飾りと首元の装身具がその幼い顔立ちへ妖しい華やかさを添えている。

 布で口元を覆っていても、瞳の奥に宿る冷静さは隠れない。

 

 隣に立つクラウス・イーザリー(太陽を想う月・h05015)は、黒いコートを静かに揺らしながらキョンシーたちを見つめていた。

 黒髪と青みがかった瞳、端正で柔らかな顔立ち。その立ち姿には必要以上の威圧感がない。

 しかし、その穏やかさの下には、真人化工場が現実に稼働する√ウォーゾーンで生きてきた者だけが持つ重みがある。

 

「けれど、彼女たちは罪のない人々を攫って完全機械人に改造しようとしている」

 

 穏やかな口調だったが、言葉の芯は硬い。

 アトラは肩をすくめるように布を揺らした。

 

「私は私がムカつく敵を殺してるだけ。一般人を助けるのも、ムカつくやつの邪魔をしてやりたいから」

 

 素っ気ない返答。

 対するクラウスは不快そうな顔ひとつしない。むしろわずかに微笑む。

 

「それでも、俺たちの世界を助けてくれるのは感謝しているよ」

 

 つんとした返しにも、彼は柔らかなままだった。

 アトラはわずかに視線を逸らし、すぐに前を向く。

 

「おしゃべりはここまで。いくわ」

 

「ああ、作戦通りに」

 

 短く言葉を交わし、クラウスは後方へ下がる。柱の影へ身を滑らせ、表立って視線を集めない位置へ収まった。

 

 その一方でアトラは、迫るキョンシーたちへ真っ直ぐ距離を詰めていく。

 彼女の手にある獲物は、妖剣ルシター。

 曲刀型の短剣は布飾りの隙間に紛れるほどしなやかな輪郭をしているのに、ひとたび抜けば冷たい鋭さを放った。

 

 火器の有効射程ぎりぎり。

 そこまで踏み込んだところで、アトラの身体が跳ぶ。

 

 軽い。あまりにも軽やかで、一瞬だけ重力から切り離されたように見える。

 一見すれば小柄で可憐な踊り子。されどアトラの体躯は、超金属製骨格と新素材による強化筋肉で構築されている。細胞すら特別製。人形めいた小さな身体の中へ、超人的な運動性能が詰め込まれていた。

 

 銃口が彼女を追うより早く、ルシターが閃く。

 先頭のキョンシーの首が宙を舞った。

 

 ごとりと遅れて胴体が倒れるころには、アトラはもう次の一歩へ移っている。舞うような着地。翻る布。細い足先が床を打つたび、金飾りがかすかな音を立てた。

 

「ごめんなさい。あなたたちの最期なのに、私の踊りをちゃんと見せられなくて」

 

 敵陣のただ中で、アトラはステップを踏む。

 すると彼女の身体から闇が溢れた。

 

 影ではない。もっと粘性を帯びた、夜そのもののような暗がりが、布の隙間や手足から広がっていく。

 華美な衣装は闇の中で輪郭を失い、褐色の肌も、たちまち見えなくなった。

 

 暗殺舞踏(ステルス・ブレイド)。アトラが得意とする、暗殺型の√能力だ。

 

 闇を振りまきながら舞うたび、キョンシーたちの照準が彷徨う。

 的を捉えられないまま影が疾走し、腕が落ちる。さらに一歩で脚が断たれる。露出の多い敵兵たちの肢体が次々と斬り飛ばされ、重火器を支える術を失って崩れた。

 

 正面から囲み、数で押し潰そうとキョンシーたちが陣形を狭めていく。

 そこに突如、通路の上空へ太陽の断片のような輝きが灯る。

 

 金色の鳥の幻影。

 それが群れとなってキョンシーたちへ突っ込んだ。

 

 爆ぜるような光に陣形が崩れる。眩しさに足を止め、銃口がそちらへ向く。

 しかし金の鳥は一羽では終わらない。柱の影に隠れたクラウスが、足を止めたまま拙い詠唱を途切れさせず続けていた。

 たどたどしい、洗練された詠唱ではない。けれど、十分な実用性を伴っている。

 

 彼の√能力、金烏(キンウ)

 

 一匹、また一匹と生まれた光鳥たちが、敵兵へ積極的に突撃していく。

 そちらへ意識を向けたキョンシーの喉元を、今度はアトラのルシターが断ち切る。

 

 前からは見えない闇の舞踏。

 横からは太陽じみた光鳥の乱撃。

 二方向から噛み合う攻撃に、キョンシーたちの数は目に見えて削られていった。

 

(このまま全滅させてやる)

 

 アトラがそう思った矢先、一体のキョンシーが、悲嘆に満ちた断末魔じみた叫びを上げた。

 耳を裂くような、泣き声とも怨嗟ともつかない絶叫。

 

「なっ!?」

 

 アトラの身体が、ふわりと浮いた。

 

 次の瞬間、まるで天地そのものが逆転したかのように、彼女の身体は天井へ向かって引っ張られていく。

 足場を失い、闇のステップも途切れたことで、彼女の全身から暗がりが剥がれ落ちる。

 

 バンシーキョンシー。

 絶叫によって、視界内の敵性にとっての下方向を変化させる、防御不能の異能だ。

 

 工場の天井は高く十メートル近い。このままだと無防備なまま叩きつけられ、その後は一方的な射撃の的になる。

 だがその直前、金烏の一羽がアトラのもとへ飛来した。

 

 金の鳥が彼女の身体へ触れる。

 するとアトラの体は反射するように軌道を変えた。上へ落ちて(・・・)いた勢いが、今度は斜め下へ跳ね返される。

 

 金烏には、触れたものを反射させる力もある。

 柱の影に隠れていたことで、バンシーキョンシーの対象外となったクラウスが、咄嗟に援護したのだ。

 

「これなら……!」

 

 宙へ散った金烏たちを、アトラは足場として使う。

 小さな身体を次々と踏み換えて跳ぶ。

 金の光の上を踊るように移り、再びステップが刻まれたことで彼女の周囲へ闇が戻り、また姿が見えなくなった。

 

 されど、かけられた異常はまだ完全には解けていない。

 彼女の身体は依然として、天井へ落下し続ける(・・・・・・・・・)状態のままにあった。

 

「まだ手はある」

 

 闇の中から、アトラの声だけがする。

 ルシターが振るわれる。けれどその斬撃は、地上にいる敵へ届く距離ではない――はずだった。

 

 アトラは短剣を手放した。

 斬撃がそのまま投擲へ変わる。放たれたルシターは闇を突き抜けて飛び、絶叫を放ったバンシーキョンシーの喉を正確に切り裂いた。

 

 発動者が倒れたことで、上下の感覚が元へ戻る。

 アトラは身を翻して着地した。ほぼ同時に、飛翔していたルシターが彼女の手へ収まる。

 そして再び、暗殺舞踏がキョンシーたちを襲いだした。

 

(このまま戦闘継続は可能だな)

 

 柱の陰からその様子を確認し、クラウスは内心で短く判断した。

 

 彼が足を止めて詠唱を続ける限り、金烏は増え続ける。

 数を減らしていくキョンシーに対し、こちらは光鳥の数を上積みできる。

 さらに他の√能力者たちも各区画で押し込んでおり、もう戦況は完全に傾いていた。

 そう思った矢先、別働のキョンシー一団が、柱の陰に潜むクラウスの位置を嗅ぎつける。

 

(金烏を召喚している出どころから見つけたか)

 

 複数の銃口が彼へ向けられた。

 だが撃たせない。

 クラウスの傍らに浮かぶ半自律浮遊砲台、ファミリアセントリーが即座に反応し、制圧射撃を浴びせた。

 空中で軌道を変えながら撃ち込まれる弾丸が、キョンシーたちの足を止める。

 

 その刹那、クラウス自身も影から飛び出していた。

 黒い外套を翻して懐へ潜り込み、自身の魔力で剣を錬成する。青白い光が手の中で刃として凝縮し、そのまま最前のキョンシーの首へ深々と突き立てられた。

 

 クラウスの本領は、魔法戦だけではない。

 むしろ魔法そのものは比較的最近得た知識に過ぎない。彼は元学徒動員兵、そして今は傭兵だ。

 戦場で使えるものなら、理屈も技も、道具も身体も全部使う。ありとあらゆる知識を武器に変えて生き延びてきた。

 

 突き刺した刃を引き抜きざま、次の一体の喉を横薙ぎに裂く。背後から迫る敵へは肘打ちを入れ、体勢を崩したところへファミリアセントリーの射撃が刺さる。

 

 だが、その代償はあった。

 金烏の維持条件は、移動しないこと。

 クラウスがその場を動いたことで、宙を舞っていた金色の鳥たちが一斉に薄れ、光の粒となって消えていく。

 

 残ったキョンシーたちが、一気にクラウスへ攻め寄せた。

 そこへ疾駆する闇がキョンシーたちの身体を飲み込む。次いで、ばらばらに解体された肉が闇の中から転がり出た。

 

「これで全部」

 

 いつの間にかキョンシーたちの背後へ回っていたアトラが、ルシターをひと振りして血と汚れを払う。

 華麗な衣装の裾はなお軽やかに揺れているのに、その瞳の色だけは冷えきっていた。

 

 クラウスは小さく息をつき、柔らかく笑った。

 

「ありがとう、助かったよ」

 

「別に。さっきの借りを返しただけ」

 

 そっぽを向くような返しだった。

 キョンシーたちはすべて物言わぬ死体へ戻っている。新たな増援の気配もない。

 他の√能力者たちもそれぞれの区画で押し切ったのだろう。少なくとも、この一帯の防衛線は崩れた。

 

 アトラはすぐに興味を戦場の先へ向ける。

 

「それより、攫われた人たちを助けるんなら、こんなところで時間を潰してる暇ないでしょ」

 

「ああ、行こう」

 

 クラウスは頷いた。

 黒い外套を翻して歩き出す。その横でアトラもまた、ルシターを手元でくるりと回してから布の影へ収めた。

 

 つんとした物言いのままでも、彼女は本当に冷たいわけではない。クラウスはそう確信していた。

 罪のない人々を見捨てるつもりがあるのなら、彼女はこんなふうに前へ進もうとはしないはずだから。

 

 闇を纏う踊り子と、穏やかな傭兵。

 二人は崩れた防衛線を越え、真人化工場のさらに奥、攫われた人々が待つ場所へと足を速めていった。


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