銀河英雄伝説 帝国騎士の誉れゴットフリート   作:猫バロン

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誤字報告してくださった皆様、誠にありがとうございました。ご意見、ご感想をお待ちしております。


●ご指摘があり、内容を一部変更いたしました。ご意見ありがとうございました。

まだまだ拙い文章の構成力ではありますが、よろしくお願いいたします。


…誤字ばかりで申し訳ありません!





第十一話 初陣② 戦火の洗礼と献策

 

 

 

 

帝国歴 478年 ヴァンフリート星域 第三惑星第一衛星 12月2日

 

 

 

帝国軍124旅団 旅団長ディートリヒ・ウルフェンベルク

 

 

 

…私は装甲車のモニターに表示されている戦場全体を眺めた。左翼側には岩山、中央と左翼には敵が構築した急ごしらえではあるが、嫌なポイントに築かれた半地下式塹壕陣地が目に入った。

 

 

 

…ひどく厄介だ。カイザーリング艦隊からのワルキューレによる支援攻撃が行われていれば、問題はなかった。

 

 

 

しかし、建設途中と言えども対空兵器が有効的に配備されていては叶わない。このことがどれ程、戦局に影響を与えるか…。短期決戦を願っているがこれは長期戦への備えをしなくてはならないだろう。まさか辺境の星の…建設途中の基地にあの様なレーザー対空兵器を配備しているとは…敵は我々が考えている以上に、この基地を重要視しているのではないか…。

 

 

恐らく敵は我々の進軍経路を把握したうえで陣地を構築した。相手が大軍で来襲することを見越して、大軍の優位性を生かせない戦場を構築している…。

 

 

ため息を履きたくなるが抑え込んだ。情報部は、どうして毎度のごとくこうした地上戦には必ず重要な内容を伝達しないのか。我々装甲擲弾兵では、情報を有効活用することが出来ないとでも考えているのか、それとも敢えてこの情報は伏せられていたのか…。

 

 

 

寡兵ながら整然とした敵の展開を見るに、あれはこちらを明らかに誘っている。軽々しく中途半端な攻勢を行えば、必ず跳ね返されることになるだろう。

 

 

本来ならば、無謀な突撃を控えて、戦端を開くべきではないのは明らか。出方を見るべきではある…。

 

しかし、前線のグロスハウバー大佐、ベルクマイヤー大佐達は、敵陣への攻撃指示を願っているはずだ。有能な二人のことだ、短期決戦の重要性を理解しているはずだ。更に対陣が長引けば、全軍の士気にも関わる。

 

レームも同調してはいるが、グロスハウバー大佐、ベルクマイヤー大佐達とは異なり功名心に駆られており、無謀な突撃を行うことは明らかだ。左翼の混乱が全軍に広がれば、軍の指揮系統に著しい混乱を招くのは明らかだ。

 

 

だが、レームの指揮下にいる兵たちは別だ。指揮官が無能とはいえど装甲擲弾兵たちだ。

 

頭ごなしに、グロスハウバー大佐、ベルクマイヤー大佐の部隊が戦闘を行っている間、待機命令を出せば彼らの士気が下がるのは明らか。それでも衝動に任せて指揮を行うことは指揮官がするべきことではない。

 

 

…寄せ集めの遠征軍の問題点がここで露見するか…オフレッサー閣下の指揮下であれば将兵は必ず指揮系統を厳守するはずだ。

 

 

 

だが、ここに閣下はいらっしゃらない…。装甲擲弾兵副総監指揮下の時の様に、策を弄することは困難だろう。

 

…ならば取れる手段はただ一つだ。犠牲は多いだろうが、ここで躊躇えば更に追い詰められることになる。

 

横の席で私以上に真剣な表情で緊張している少尉に声を掛けた。

 

 

「少尉。全軍への放送の準備を頼む」

 

 

 

「はっ!」

 

 

緊張した面持ちのマッケンゼン少尉の力強い返事が車内に響いた。…いい若者だ。有能であるし、責任感も強く己の職責を懸命に全うしようとしている。…彼は必ず閣下の元へ連れて帰らなくてはならない…。

 

 

 

少尉が渡してきたマイクを私に渡してきた。自然と力がこもった。

 

 

 

…戦闘が始まれば、全軍に私の声は届かない。戦闘開始までの、このわずかな時間だけが、全ての将兵たちに私の声が届く…。しっかりと聞いてくれ…貴官たちを死地に追いやる司令官の声だ。

 

 

『124旅団所属の全将兵に告げる!大軍に確たる用兵は必要ない!前進せよ!敵軍を突破し、敵基地に進撃せよ!帝国軍人の力を思い知らされてやれ!卿らの奮戦を期待する!』

 

 

スピーカーからは、荒らしい、地鳴りの様な大きな鬨の声が聞こえた。

 

 

 

帝国歴478年 

 

ヴァンフリート星域 第三惑星第一衛星 ゴットフリート・フォン・マッケンゼン

 

 

 

ヴァンフリート3-1における地上戦の火ぶたは、ウルフェンベルク准将の号令によって、始まった。

 

 

 

数千両の機動装甲車は、120ミリレールキャノン砲を撃ち込みながら突撃を始めた。戦闘前の張りつめた、車両のエンジン音だけが響いていた戦場は、レールキャノン砲の斉射によって切り裂かれた。

 

 

 

帝国軍の機動装甲車が砂塵を巻き上げて突撃を行い始めた。対する同盟軍も、構築した防衛ラインから帝国軍機動装甲車へ応戦を始めた。敵味方問わずに火柱が上がり、戦闘開始から僅かな時間で既に戦死者と負傷者が発生していることが分かった。

 

恒星ヴァンフリートから僅かに放たれる不安定な光が、砂塵と絶えず戦場に上がる黒煙を不気味に照らし出して、視界を奪っては晴らすという光景が何度も繰り返された。そこにあるのは、銀河英雄伝説の宇宙空間で行われる様な敵の攻撃によって、原子まで分解されて小さな太陽が現れては消える光景とは無縁の姿だった。

 

 

直撃弾を受けた機動装甲車からは、画面越しであるはずなのに焼けた金属の鼻につく臭いと生き物が焦がされた肉の悪臭が立ち昇ってくるように感じられた。すでに装甲車の無線機からは、電波障害の影響でノイズ混じりであるがおそらく、装甲服を貫かれたであろう兵士たちの断末魔が聞こえてくる。

 

 

そこにあるのは、英雄譚の様に華々しく彩られた戦いではなく、破壊と殺戮の無機質な連鎖だった。砕けた強化セラミック装甲の破片が、敵味方問わずに戦場の兵士たちの四肢を切り裂き、体を貫いた。命が紙屑の様に失われる…。

 

 

 

これが俺が初めて目の当たりにした「戦場」だった。

 

 

…始まった。俺は自分の喉がカラカラに乾いているのを感じた。

 

 

 

銀河英雄伝説の世界においては、余り描写されてこなかった血を血で洗う地上戦が繰り広げられている。俺は武者震いなのかそれとも興奮なのか分からない感覚に支配されていた。

 

 

今にも走り出して、前線に向かいたくなる様な衝動だ。それでも自らの責務を思い出して荒くなった呼吸を整えて深呼吸した。

 

 

 

中央のグロスハウバー大佐、右翼のベルクマイヤー大佐は、同盟軍が構築した陣地に果敢に攻撃を始めている。

 

 

 

ベルクマイヤー大佐は、三十六歳の剛毅果断な前線指揮官で、顔に大きな火傷を負っている猛将タイプの軍人だ。個人の陸戦能力もさることながら、特に戦車戦における浸透戦術が巧みな人物で、オフレッサーからの評価も高い。派閥争いには関与しない純粋な帝国軍人だ。戦闘狂の様に思われがちではあるが、前線で指揮を取る軍人であることから司令官の元、統一された指揮系統で部隊が運用される重要性を理解している人物だ。

 

 

 

グロスハウバー大佐は、装甲擲弾兵では異例の兵站畑出身の三十七歳の古風な髭を生やした、冷静沈着な前線指揮官だ。前線指揮官でありながら広範囲な視点を有しているが、兵站畑出身の為か派閥争いを嫌い、実直に粛々と指揮を取るタイプの軍人だ。

 

 

 

しかし、同盟軍が構築した半地下式塹壕陣地からは、絶えず誘導兵器などによる攻撃が執拗に繰り出されている。… グロスハウバー大佐の部隊が想定よりも動きが鈍い。…まさか。モニターで左翼の光景を見るとそこには…。

 

 

 

帝国軍右翼 ベルクマイヤー大佐

 

 

「全車!最大出力!ありったけの火力を叩きつけろ!」

 

 

 

中央軍を担うベルクマイヤー部隊は、鋼鉄の濁流の様に、同盟軍の陣地に肉薄した。指揮車両から上半身を出した状態で果敢な攻勢を行い、地響きを立てる車両の先頭集団の更に、先頭を突き進む。

 

 

 

120ミリレールキャノンの閃光が走るたびに、同盟軍の半地下式塹壕陣地の至る所に火柱が上がった。

 

 

 

しかし、急ごしらえではあるが同盟軍が構築した半地下式塹壕陣地は、ベルクマイヤーの予想を遥かに超えて、苛烈な反撃を行ってきた。帝国軍の攻撃を受けると地下への退避を行い、砲火が弱まると再出撃を行い

 

 

 

「忌々しいモグラ共め!これ程深い塹壕を構築していたのか!」

 

 

 

彼は、撃破された車両の後方に取り残された将兵の救出と、機動装甲車の再編成を巧みに行い、突撃と後退を繰り返しながら正確無比な戦闘指示を行った。ベルクマイヤーは予想以上の反撃に対してこの戦場が想定よりも厳しくなりつつあることを肌で感じ取っていた。

 

 

 

 

 

だが、右翼に展開した以上に中央のグロスハウバー大佐は、更なる苦戦を強いられていた。理由は、左翼のレームによるものであった。

 

 

 

 

 

帝国軍左翼 レーム大佐

 

 

「援軍だ!?援軍を今すぐにここに送れとウルフェンベルクに伝えろ!?グロスハウバーにも伝えろ今すぐに援軍を寄越せ!!

 

 

 

「大佐!!それはご無理です!?クロスハウバー大佐の部隊はベルクマイヤー大佐同様、敵の陣地と交戦しています!!ここ一時後退して態勢を…」

 

 

 

「黙れ!儂に意見するか!?」意見具申をした部下を、レームは殴りつけた。自らの失策を認めぬまま、更なる混乱を現場にまき散らしたのであった。

 

 

レームは険しい岩山が原因で、大軍が展開できない理由から当初は、少数の機動装甲車を突撃させては後退させるという攻撃に出た。しかし、彼は戦術の基礎すら忘却していた。戦闘による焦りと興奮、恐怖といった峻険な岩山が迫る狭隘な地形に対して、全戦力を無理やり展開しようとした。

 

 

 

進路が後退する車両と、全身する車両がぶつかり合い立ち往生してしまった。そこへ同盟軍は、岩山の麓に展開した部隊と正面に展開した部隊による挟撃体制に入り十字砲火にさらされた。

 

 

そこを見逃さない同盟軍は、岩山の麓に展開していた部隊と、正面に展開した部隊が十字砲火を与えて多大な損害を帝国軍に与えていた。

 

 

帝国軍中央 グロスハウバー大佐

 

 

 

「……あの脂ぎった無能が!!出征前にあれ程、大言壮語を吐いておきながらこの体たらくはなんだ!!功名心だけで突撃し、前に出て!!部下を犬死させるだけでは飽き足らずまだ吠えるか!!」グロスハウバーは、吐き捨てるように懸命に部隊の再編成を行いながら毒付いた。

 

 

 

この時、グロスハウバーの部下達は、彼が初めて声を荒げた場面を目の当たりにした。

 

 

 

「今すぐに我が部隊の予備兵力、一個中隊を左翼へ!部隊の混乱を鎮めて後退させろ!」部下にそう伝えると伝令を2人呼んだ。

 

 

 

「ベルクマイヤー大佐に伝えろ!中央の右側に展開している部下たちへの援護願う!私は今からあの「豚」の首を繋ぎ止めに行かなくてはならん!

 

とな!」走り出した伝令兵の背中を見送ると、もう一名の伝令に命令にも命令を授けた。

 

 

 

「ウルフェンベルク准将に伝達!『左翼の混乱は、一個中隊の導入で一時的に食い止める。だが、根本的な癌を取り除かなくては、中央は維持できない。負傷者の後送と補給物質の前線への増量を請う!』とな!」

 

 

 

グロスハウバーは、彼の指示を待つ部下たちに迅速な指示を矢継ぎ早に出した。

 

 

 

 

 

「…負傷者の後送を急げ!…全く、バルトシュタット!自らの部下なら首輪を付けるだけではなく!最低限の躾くらいしておけ!」忙しく動き部下達を確認しながら兵站畑出身の彼は、間違いなくこののままでは戦闘の長期化により物資が欠乏することを見抜いていた。

 

 

 

旅団指揮所 ゴットフリート・フォン・マッケンゼン

 

 

 

 

 

旅団指揮所となっている機動装甲車には、グロスハウバー大佐から送られた伝令が血と砂塵にまみれボロボロの状態でやってきた。伝令を伝え終えると安堵によるものか気を失い倒れてしまった。准将は、すぐさま周りの兵たちに野戦病院への搬送を命じた。

 

 

ウルフェンベルク准将は、すぐさま指示を出し始めた。

 

 

 

「予備兵力の一部をグロスハウバー大佐の指揮下へ!負傷者の後方野戦病院への搬送を急げ!」

 

 

待機していた司令部の伝令兵に命じた。准将は、俺が差し出した前線からの要請をまとめた資料を、眺めながら参謀長に問いかけた。

 

 

 

「参謀長。現段階での前線への補給体制はどうだ。現状をどう考える」

 

 

「はっ。現在のところは比較的問題はないと考えられますので…現状維持のままで問題はないと考えられます。苦戦は一時的なものであると考えられます。ここで予備兵力を消耗して、補給物資を中央と右翼に集中させることはいかがなものかと…」

 

 

 

「…参謀長。卿には前線からの要請が届いていないようだな。ことは物質の問題だけではないのだ。卿はビームのエネルギー源が尽きれば、兵たちにトマホークで斬りかかれとで言うつもりか?…それを命じさせれば無能扱いされることに気づいていないのか?」何処か冷めた様な口調で准将は語り掛けて、参謀長から視線を外した。参謀長が憤慨した表情を浮かべているが准将は既に、モニターを見ながら考え込んでいた。

 

 

 

…確かに参謀長の言う様に予備兵力の温存は、大切だ。しかし、導入時期を誤れば単なる遊兵に過ぎない。情報部出身が理由なのか、情報の重要性を理解していても、それが何を意味するのか分かっていない。

 

 

 

…このままでは間違いなく破綻する。刻一刻と戦傷者は増えている。敵軍の苛烈な攻撃態勢から考えるに医療物資…いや…エネルギーすら足らなくなるのは時間の問題だ。前線から送られてきた報告からは、開戦三時間で想定されていたエネルギー量を既に上回っている…間違いなく想定されたいる交戦時間を上回る…参謀長は物資を偏りなく分配することばかり考えていて中央の負担までに頭が回っていない。

 

 

 

確かに予備兵力の一部を割くことで、一時的には持ちこたえるだろう…だが戦闘時間が経過するほどに将兵は間違いなく疲労していくはずだ。このままでは、決め手にかけて敵軍の中央突破を許しかねない…。

 

 

 

「少尉。何か気づいたことはあるか?副官としての卿の言葉ではなく一人の用兵家としての卿の考えを知りたい。…私にも考えはあるが…非道な手段だ。…卿の考えが私の策よりも犠牲者が少なくなるなら、その考えを採用したい」モニターから視線を俺に移して准将が、問いかけて来た。

 

 

…考えはある。だが現状を打開するものではい。…あくまでも現状の惨状を多少好転させながら、根気強くいく策だ。型破りなこともしなくてはならない…。だが准将の力になるのならば全知全能を尽くすべきだ。…自分の考えを全て説明するべきだ…深呼吸してから俺は喋り始めた。

 

 

「…僭越ながら、お答えします」

 

 

 

俺は、居住まいを正した。装甲車のメインスクリーンと手元の端末の膨大なログを一瞥しながら、端末の操作を始めた。

 

 

 

参謀長と招集されている参謀達が『若造が何を抜かすのか初陣の小僧に何がわかる』とでも言いたげな視線を送ってくるが、そんなことを無視して俺は准将の瞳だけを見つめて語り始める。

 

 

 

「まず、第一に検討するべきは閣下のおっしゃる通り『短期決戦』の完遂であります。敵は建設途中とはいえど拠点という後ろ盾が存在している状況です。対して、我々は過酷な状況下で安定した物質補給及び負傷者の後送にすら手間取っております。閣下の指示でワルキューレによる攻撃が不可となった段階で、後方に野戦病院を構築しましたがそれだけでは物質は欠乏し、救えるはずの負傷者は命を落とすことなるでしょう」

 

 

 

俺は一息ついてコンピュータを操作しながら、現段階までの物質の損耗状況と兵力の損耗率を表示した。

 

 

 

「故に、我が軍が今行うべきは『長期戦への備え』であると考えます。短期決戦を望むのであれば率先して、この備えを完遂するべきであると意見具申致します」

 

参謀長達の嘲笑う様な表情を視界の隅に感じた。

 

「長期戦の備え…。どういうことなのか説明してくれないか少尉」准将は、興味をひかれた様に顎を撫でながら尋ねてきた。

 

「はっ!まずは負傷者の後送システムの再構築です。現在、後方に待機している予備兵力の一部を更に用います。待機中の機動装甲車を使用してそれらを野戦病院への搬送で終わらせずに、強襲揚陸艦へ。そして、哨戒活動を行いながら待機しているカイザーリング閣下の艦隊に所属している病院船に搬送いたします」

 

 

 

参謀長達が、口を慎め!と焦った様子で口をはさんできたが准将は彼らを手で制した。促されて続きを述べ始めた。

 

 

「これによって負傷者の生存率の向上と、野戦病院の医療物質の消耗を最小限にとどめることができます。重症者は、待機している強襲揚陸艦に移送して病院船へ。軽症者は野戦病院へと振り分けます。我軍は、行軍速度の為に最小限の物資のみで戦闘を行っております。その為現在、強襲揚陸艦には、戦略物資が満載されている状況です。機動装甲車で負傷者の後送を行い、その後、負傷者を降ろしたことでスペースに余裕ができた、機動装甲車に戦略物資を積載してピストン輸送を行います」俺は更に言葉を続けた。

 

 

 

「最前線から上がってくる断片的な情報を統合すると、ある矛盾が浮上します。敵は建設途中のとはいえ基地を背負っております。なぜ陣地を保持して、我が軍の攻勢が限界点に達するのを待たないのか。なぜ自ら陣地を飛び出し、無理な反撃を試みる部隊が存在するのか。……これは憶測ですが、敵軍もまた、我々以上に物資が欠乏しているのではないでしょうか]

 

 

 

ハルザー参謀長が鼻であざ笑う姿を見て、参謀達のどよめき声を聞きながら俺は考えた。

 

 

 

これは、当初から気になっていた内容だ。…なぜ敵は陣地を活かした防衛戦のみに移らないのか…。陣地を構築していることで、敵は我々に対して圧倒的な有利を確立しているはずだ。…であるはずなのに…自ら陣地を飛び出し、無謀な反撃を試みて逆撃に合う敵も存在している。当初は、命令の無視によるものだと思っていたが…前線から上がってきた報告の1つに、敵が我が軍の武器を鹵獲して戦っていると言うものがあった。…さらに言えば…なぜ彼らは誘導兵器による攻撃行ってくるのであろうか…当初は恒星ヴァンフリートによる影響だと考えてはいたが…有線による誘導兵器ではなく無線式の通常誘導兵器で彼らは攻撃を行っている。…有効打を与えたいのであれば

 

誘導兵器ではない兵器を使用するべきではないか。俺は更に言葉を続ける。

 

 

 

 

 

「その証拠に、興味深い報告があります。この恒星活動による電波障害下では、有線誘導ミサイルこそが最も確実な打撃手段のはずです。しかし、敵軍はあえて命中精度の落ちる通常誘導ミサイルや小型の対戦車砲を乱射しています。これは『有線誘導の精密弾薬を使い果たした』か、あるいは『陣地を維持するだけの予備資材がない』ため、博打に近い攻勢に出ざるを得ない状況にあると推測できます。我が軍の損害が想定より軽微なのは、運ではなく敵の窮乏によるものです。……恐らく、敵は我々以上に長期戦を恐れています」俺は言葉を切り、准将に深く頭を下げた。

 

  

 

「以上です。敵の焦燥を逆手に取り、補給の不安を払拭した上で、敵が最も嫌がる『持久戦の構え』を見せれば、奴らは必ず致命的な隙を晒すはずです。その隙に乗じて一気に『短期決戦』に持ち込むことを具申致します」

 

 

沈黙が指揮車内を支配した。ハルザー参謀長が「たかが少尉の憶測に過ぎん!それに!…」とさらに叫ぼうとした瞬間、ウルフェンベルク准将の太い笑い声がそれを遮った。

 

 

 

「……面白い。マッケンゼン少尉、卿は副官として私の補佐行うだけでは飽き足らず、敵の台所事情まで考えているののか…気に入った」准将の目は、獲物を見つけた狼のように鋭く光っていた。彼は立ち上がり、不機嫌そうな参謀たちを一喝するように見渡した。

 

 

 

「参謀長、聞こえたか。少尉の言う通りだ。負傷者の後送と補給の再構築を行え。レーム大佐には『今すぐに、グロスハウバー大佐の指示を仰ぎ後退しろ』と伝えろ。奴が逃げ惑えば逃げ惑うほど、物資のない敵は無駄な弾を消費する。喜ぶことではあるが奴の指揮下の将兵は限界のはずだ。一時後退してヴァンフリートの砂よりも硬い持久体制を築くぞ。主導権を奪い返すぞ!」

 

 

「お待ち下さい!閣下!それはカイザーリング閣下の指揮権を侵すことになります!場合よっては軍法会議ですぞ!?」ハルザー参謀長が喚いた。さらに参謀長の周りの参謀達も同調し始めた。

 

 

 

これには理由が存在している。例え同じ帝国軍であろうとも、指揮系統が異なれば輸送物質の受け渡しから、病院船の利用まではそれを指揮する司令官の権利であると考えている。

 

 

つまりは、俺たちが行おうとしているのは、階級が上の将官に指揮権の一部の移譲を願うことだ。多くの軍人は、これを侮辱と捉える。同盟軍ではどうなのか分からないが、貴族階級というものが戦場にまで持ち込まれている帝国軍ではこれが常識だ。

 

 

 

「小官がカイザーリング少将閣下に要請いたします」俺は迷わず准将が参謀長に対して口を開く前に進言した。

 

 

 

言い出したのは俺だからな。…閣下にこれ以上迷惑はかけられない。俺の独断ということにすれば閣下に対して及ぶ類は最小限に抑えることが出来るはずだ。…一歩間違えれば今度こそ本当に不名誉除隊だが…。将兵の命には変えられない。

 

 

 

参謀長たちは、驚愕して口と目を見開きながら言葉が出ない様子だった。…この参謀長も無能ではないのだが…参謀長には不適格だ。実働部隊の参謀長ではなく情報部のデスクワークならば才幹を活かせるだろうに…。

 

 

 

「少尉…。自分が何を言っているのか分かっているのか?…カイザーリング少将の出方次第では軍法会議なのだぞ?それは卿の上官である私が負うべき責任だ」准将は自分が行うと口にしようとしたところで、俺がそう言ったので驚いている様子だった。

 

 

 

「閣下。これはあくまでも小官の独断ということにしていただきたいのです。…将兵の命には変えられません。閣下は、指揮官であらせられます。閣下がカイザーリング少将閣下との関係性が、険悪な関係性になることは避けるべきです」俺がそう言うと准将は、悲痛な表情を浮かべた。

 

 

 

…ほどんどの帝国軍人ならば、この様な危険を進んで犯そうとは思わないだろう。

 

 

 

 

 

しかし、助けられる命が失われしようとして、手を差し伸べないのは騎士ではない…。父上ならば必ずそうされるはずだ!…ここで動かないのは俺の矜持に反する!

 

 

「…分かった少尉。苦労をかける…。カイザーリング少将が聞き入れて下さらない場合は、後方の強襲揚陸艦に重症者を留めてくれ。…少なくとも彼らは家族の元へ帰れるはずだ…」准将は絞り出すような声でそう語った。

 

 

 

…本望じゃないか。…例え彼らが命を落としたとしても、彼らを家族の元に連れて帰ることが出来る。

 

 

 

遺体すら残せないのは余りにも忍びない。…彼らの家族が遺体ではなく生きて家族と再会出来る様に俺は全力を出す。

 

 

俺は准将に敬礼で答えた。唖然としている参謀長たちを尻目に、機動装甲車から下車した。

 

 

俺は強襲揚陸艦に搬送される重症者の移送第一陣に加わりながら、後方の大型強襲揚陸艦ホイベルクを目指した。家族の名前を呼ぶ声や、痛みに苦しむ兵たちの手を血に染まることも構わずに握りしめて懸命に衛生兵の手伝いを行いながら励ました。

 

 

 

機動装甲車が爆走しながら目的地を目指した。どれ程の時間で、大型強襲揚陸艦ホイベルクにたどり着いたのかは分からなかった。血や負傷者の声で感覚がマヒしたのかもしれない。そんなことを考えながら艦橋に急いだ。

 

 

地上戦に突入すると、戦闘中は艦規模の通信システムでなければ軌道上の艦と連絡を取るのは難しい。戦闘が終了に向かっている場合はともかく戦闘中は、敵味方問わず妨害電波を発生させているからだ。

 

 

 

俺は艦橋に残留していたオペレーターに頼んで、カイザーリング少将への通信を頼んだ。オペレーターは俺の地に濡れた姿を見て驚いていたがそんなことは気にならなかった。

 

 

 

五分ほどでカイザーリング少将はスクリーンに現れた。

 

 

『…カイザーリングだ。少尉どうしたのだ。作戦行動中に通信してくるということは、強襲揚陸艦ホイベルクの通信であろう』

 

 

 

メインスクリーンに現れたカイザーリング少将に対して俺はまず敬礼で答えた。多少表情がこわばっているが俺の姿によるものだろうか。砂塵と返り血にまみれた装甲服姿は流石にまずかったか…。いやそんなことを気にしている場合ではない。事態は切迫している。

 

 

俺は一度、深く息を吸った。感情を押し殺し、まず“軍人として”言葉を選ぶ。感情的になりすぎるな冷静に。ありのままを述べるんだ。

 

「はっ。124旅団所属。ウルフェンベルク准将閣下の副官を拝命しております、ゴットフリート・フォン・マッケンゼン少尉であります。現状報告および、戦術的提案の意見具申を行いたく、ご連絡致しました」

 

一瞬の間。スクリーン越しの視線が鋭くなる。

 

「現在、地上戦線における戦闘継続能力は、臨界点に達しつつあります。開戦当初の想定を大きく超え、エネルギー消費は想定の一・四倍。負傷者は既に野戦病院の収容限界に到達しつつあり、一部は適切な処置を受けられておりません」

 

艦橋の空気が、わずかに変わる。オペレーター達の中には驚愕の表情を浮かべている者もいた。

 

「このまま現状を維持した場合、四十八時間以内に戦線は崩壊する可能性があります。敵は基地を保持し、我が軍はいずれ壊走を強いられることになると考えられます。損害は、現時点の数倍に達する見込みです」

 

バーゼルが何か言いかけたが、ゴットフリートは止まらない。

 

「しかし――回避策は存在します」

 

カイザーリングの目が、わずかに細められた。

 

「カイザーリング閣下の艦隊に所属する病院船による重症者受け入れ、および余剰戦略物資の一時的転用です。これにより」

 

端末のデータを展開する。彼らにも俺が道すがら製作した資料がスクリーンに投影されたのだろう。視線が俺から逸れた、俺は言葉を続けた。

 

「負傷者後送の高速・前線戦力の維持・敵の弾薬消耗の誘発。以上三点が達成可能です。結果として、敵の持久限界を先に迎えさせ、短期決戦へ移行できます」沈黙。ゴットフリートは、さらに一歩踏み込む。

 

「なお本件は、“演習資材の再配置”として処理可能です。公式記録上、指揮系統の逸脱は発生しません」

 

その一言に、バーゼルの表情が変わった。

 

『……貴様――』

 

「責任は、すべて小官が負います」俺は遮るように言い切った。

 

「本件は、若輩の独断による越権行為として処理していただいて構いません。ウルフェンベルク准将は一切関与しておりません」

 

カイザーリングは黙っている。耳が痛くなるほどの沈黙が、その場を支配した。

 

――まだ、足りない。…届いていない…。

 

ゴットフリートは、拳を握りしめた。

 

そして、最後の一線を越える。

 

「……それでも、なお許可されないのであれば」

 

声が、わずかに震えた。

 

だが、視線は逸らさない。

 

「閣下は――目の前で救える将兵を、見捨てよと命じられるのですか」艦橋の空気が凍りつく。

 

 

静寂。誰も、何も言わない。

 

やがて――カイザーリングが、ゆっくりと目を閉じ、長い沈黙に包まれた。静寂とコンピュータの電子音とその機器の香りだけが俺に届いた。

 

 

…今しかない…俺の言葉が足らないならば…感情的に訴えろ!カイザーリング!あんたなら分かるはずだ!例え報われないと分かったていても、必死に!自分の出来ることを最大限行おうとすることは間違いじゃないことを!俺の全てぶつけてやる…!!

 

「現在、地上戦線は苛烈を極めております! 多くの将兵が傷つき、野戦病院の収容人数は限界が近くを超えます!現在は既に超えているかもしれません!救えるはずの命が、手の届く場所で消えようとしています! 閣下、どうか、艦隊の病院船への重症者受け入れを……そして、空いた輸送枠での戦略物資の緊急融通を許可願いたいのです!」

 

『マッケンゼン少尉! 弁えよ!軍法会議にかけられたいか!』カイザーリングが口を開く前に、バーゼル准将が前へ出た。

 

 

『補給と衛生の分担は、出征前に元帥府の承認を得た計画に基づいている。貴官の要求は指揮系統を無視した不当な介入であり、兵站の私物化だ。軍法会議ものだぞ!』

 

 

 

「軍法会議、望むところであります!」俺は床を思い切り踏みつけて叫んだ。バーゼルを真っ向から睨み据えて心から叫んだ。

 

 

その瞳には、転生者としての知識ではなく、この時代の「帝国騎士」としての剥き出しの義憤が燃えていた。

 

 

「軍規が、帝国のために戦う忠勇なる将兵を見捨てるための盾であるならば、そのような軍規に価値はありません! 閣下! 地上を這い回る兵士たちは、消耗品ではないのです! 彼らは誰かの息子であり、夫であり、父なのです! 彼らをただの数字として処理することを、小官は断固として拒否いたします!」

 

 

ゴットフリートはそのまま、艦橋の冷たい床に膝をつき、深く頭を下げた。

 

「もう一度述べさせていただきます!この件に関する全責任は、小官一人が負います! ウルフェンベルク准将は関係ありません! すべては若輩ゆえの功名心に駆られた私の独断、反逆、あるいは狂気として処理していただいて構いません! ですが……ですが、今この瞬間も、家族の名を呼びながら息絶えていく将兵を、どうか見捨てないでいただきたい!」

 

艦橋に静寂が訪れた。ホイベルクのオペレーターたちも、作業の手を止め、固唾を呑んで画面を見つめている。

 

 

カイザーリング少将は、長い沈黙の後、ゆっくりと目を開いた。

 

彼の脳裏には、かつて自分が理想とした、高潔で古風な帝国軍人の姿が去来していた。保身に走り、権謀術数に明け暮れる様になってしまった友バーゼルのような男ではなく、泥にまみれて他者の命を乞う、この若き少尉のような姿を。

 

『……バーゼル准将』

 

『はっ、閣下、直ちにこの無礼な通信を――』

 

『卿に発言を許した覚えはない』

 

 

驚き絶句するバーゼルを尻目に、カイザーリングは目を開けた。その視線は、もはやマッケンゼンを「少尉」とは見ていなかった。

 

その声は、先ほどまでとは違っていた。

 

『卿の提案は、軍人としては極めて合理的だ。リスク管理も、責任の所在も明確にされている』

 

一拍置いてからカイザーリングは言葉を続けた。

 

『……だが』

 

ゴットフリートの背に、緊張が走る。

 

 

『その最後の言葉は、軍人としては失格だな』カイザーリングは淡々と語り始めた。

 

 

『……マッケンゼン少尉。卿の言い分は、およそ帝国軍人としては失格だ。』…だめか…。無理なのか…今の俺に出来る最大限のやり方で叫んだが…届かないのか…。絶望にも似た感情が俺の心を支配した。…俺はあの時と同じように無力なのか…そう考えて歯を食いしばった。だが、続く言葉は意外なものだった。

 

 

『しかし、帝国騎士いや…一人の騎士としては……満点だ。卿のような若者がまだこの時代にいたことを、私は誇りに思う」カイザーリングは傍らの参謀に命じた。

 

「全病院船へ通達。病院船『ベーメン』を主力として全ての病院船を強襲揚陸艦ホイベルクの軌道上へ移動。重症者の収容を開始せよ。また、艦隊予備のエネルギー源と余剰物資のすべて揚陸艇に積み込め。これらはすべて、私の『演習資材の廃棄』として処理する』

 

『ミヒャルト!?何のつもりだ! 正気か!?』と叫ぶバーゼルは悲鳴にも似た声を上げた、カイザーリングは氷のような冷徹さで一喝した。

 

 

『バーゼル准将、これは私の指揮権の行使だ。不服があるなら、帰投後に元帥府へ報告せよ。私は喜んで証言台に立とう。……少尉、顔を上げよ』

 

 

ゴットフリートが顔を上げると、カイザーリングは小さく、だが確かな敬意を込めて頷いた。

 

 

『卿の勇気に免じ、一時的な兵站の組み換えを承認する。だが、条件がある。……この物資と引き換えに、必ず勝利を掴み取れ。負傷者のことは任せよ。卿も無駄死には許さん』

 

「……はっ! 感謝いたします、閣下!」

 

俺は立ち上がり、力の限り敬礼した。視界が涙で少しぼやけたが、それを拭う暇はない。スクリーンからカイザーリング少将が消えると力強く命じた。

 

 

 

「急げ! 第一陣の収容を開始する! 衛生兵は負傷者の搬送を!手の空いている者、動ける者は物資の積載を手伝え!」俺は艦橋を飛び出した。一人でも多く連れて帰るぞ!前線にも朗報を届けるぞ!

 

 

一方その頃、カイザーリングは、ふと、懐かしい思いをしたかのような穏やかな表情を浮かべ、独りごちた。

 

 

「ウルフェンベルク准将、卿はいい副官を持ったな。……あのような若者に、未来の帝国を託したいものだ」

 

 

 

「ミヒャルト…。お前のやりたいことは分かった。…但し物資搬入の指揮は、私が執るぞ。【後方主任参謀】の職責を一時的に兼務させてもらうぞ」

 

 

 

「分かった。…頼むぞクリストフ」カイザーリングはヴァンフリート3-1を見つめながら話した。バーゼルは邪悪な笑みを浮かべてほくそ笑む。…計画準備は順調に進んでいる…これで更に…。そんな思いがバーゼルの心を支配していた。

 

 

 

 

 

ゴットフリート・フォン・マッケンゼン 

 

 

 

「負傷者の移送完了! 物資の積載、急げ!」

 

ゴットフリートの声が、強襲揚陸艦ホイベルクの格納庫に響き渡った。

 

カイザーリング艦隊の余剰物資が積載された揚陸艇には、目も眩むような数の予備エネルギー源などの戦略物資が満載されていた。

 

 

 

ゴットフリートはホイベルクを司令部として、周囲の強襲揚陸艦に重症者を命の危険性に応じて振り分けた。作業が効率良く行われたのは、ホイベルクの艦長が更に具体的な指揮を執り、乗組員たちが率先して手を貸したからであった。

 

 

 

重症者を担架ごと降ろした、機動装甲車に物資を詰め込んでいく。装甲服の返り血が乾き、どす黒く変色していても、彼は構わなかった。

 

 

「少尉殿……」

 

 

 

移送される担架の中から、一人の中年兵が、震える手でゴットフリートの腕を掴んだ。腹部を貫かれ、青白い顔をしたその男は、涙を浮かべていた。

 

 

 

「ありがとう……。これで、また娘に会える。あんたが……あんたが掛け合ってくれなかったら、俺はあそこで土に還るところだった……娘と約束したんだ。誕生日を一緒に祝うと…」

 

 

 

「……お礼を言うのは、無事に帰ってからにしてください。病院船には最高の軍医がいます。…お気を付けて」

 

ゴットフリートは男の手を強く握り返した。男が搬送されていくのを見送ると、彼はすぐに次弾を装填するような鋭い動きで作業に戻った。

 

 

 

帝国軍前線 右翼ベルクマイヤー、中央グロスハウバー 

 

戦闘開始から八時間後

 

 

 

最前線では、奇跡のような光景が展開されていた。想定している以上のスピードで消費されたエネルギー不足から後退を余儀なくされていたベルクマイヤーの部隊に、後方から爆走してきた物資を満載した機動装甲車が滑り込んだのだ。

 

 

 

「大佐! 物資です! エネルギー源、それに医療物資が届きました!」

 

「何だと……?」

 

 

 

ベルクマイヤーは、自車のハッチから身を乗り出して目を見開いた。

 

 

 

「どういうことだ。准将には予備を割く余裕などなかったはず……。それに、この物資、旅団の備蓄品じゃないぞ。……カイザーリング艦隊の直轄品か!? 一体、誰がこれほどの調整を……」彼は困惑したが、すぐに猛将の笑みを浮かべた。

 

 

 

「まあいい、理由は後だ! これで、ようやくまともな勝負ができる! 全車、エネルギー源の換急げ! 敵のモグラ共に、帝国軍の『本気』を叩き込んでやれ!」彼の声に周囲の兵士が猛り声で答えた。

 

 

 

中央のグロスハウバー大佐もまた、届いた物資のリストを見て、髭を震わせた。

 

「……負傷者の後送ルートが完全に確保されただと? ……兵站畑の私ですら、この短時間でここまでのピストン輸送を構築するのは不可能だ。准将ではない…いったい誰が…」彼は冷静沈着な瞳に、初めて驚きの念を宿らせた。

 

 

 

帝国軍左翼 レーム大佐

 

 

 

その頃、左翼のレーム大佐は、旅団司令部からの「緊急命令書」を伝令兵から受け、顔を真っ赤にして叫んでいた。

 

 

 

「ふざけるな! 後退しろだと!? 儂の部隊に、グロスハウバーの鼻垂れに指示を仰げというのか!」

 

 

 

レームは開戦当初に出されていた後退命令を、あえて無視していた。グロスハウバーの援護による小康状態を自らの手腕と考えていたからだ。本来ならば命令無視で即座に指揮権剝奪であるがこれ以上の混乱を招くことを苦慮した准将の考えで、一時的に命令無視は無かったことになっている。

 

 

 

「レーム大佐、これはウルフェンベルク准将の直接命令です。貴官の部隊は混乱が激しく、戦線の維持に支障をきたしています。直ちに後退し、再編してください」旅団司令部から派遣された伝令兵が答えた。

 

 

 

「ええい、黙れ! どいつもこいつも儂を蔑みおって! 功績を横取りするつもりだろう!」

 

レームは命令書を叩きつけるように破った。彼は、自らの無能が招いた惨状を認められず、ただただ自分を「被害者」として正当化していた。

 

 

 

「明日こそは……明日こそは、奴らの鼻を明かしてやる! 基地の一番乗りは、この儂だ!」血走った瞳でうめくような声でレームは吠えた。

 

 

 

 

 

ゴットフリー・フォン・マッケンゼン 旅団指揮所

 

 

 

ヴァンフリート3-1の不安定な恒星が地平線に沈み、戦場に極寒の夜が訪れた。

 

ウルフェンベルク准将の元には、続々と朗報が舞い込んでいた。

 

 

 

「右翼ベルクマイヤー隊、敵第一防衛線を膠着状態に持ち込み。損害、想定の三割減!」

 

「中央グロスハウバー隊、陣地の構築完了。補給路の回転率は開戦時の二倍を記録!」

 

「負傷者の生存率、驚異的な数値を維持しています!」前線からの報告をもたらした伝令兵達の明るい声が響いた。

 

 

 

司令部内を支配していた重苦しい絶望感は、いつの間にか、明日への希望に裏打ちされた緊張感へと変わっていた。

 

 

 

准将は、疲れ果てて司令部に戻ってきたゴットフリートの姿を見つけると、自ら歩み寄った。

 

 

 

「マッケンゼン少尉」

 

「……閣下。遅くなりました。カイザーリング少将閣下より、物資の継続的な融通について確約を得ました。それから……」

 

 

 

「もういい、言うな」

 

 

 

准将は、ゴットフリートの血に汚れた手をを、温かく、そして力強く握った。

 

「卿が今日救ったのは、将兵たちの命だけではない。この旅団の『魂』だ。……ハルザー参謀長、聞いたか。我が旅団には、軍法会議を恐れぬ本物の騎士がいたようだぞ」参謀長は苦虫を噛み潰したような顔で黙り込んだ。

 

 

 

俺は、自分の手がまだ震えていることに気づいた。興奮か、恐怖か、あるいは安堵か。

 

 

 

 

 

とにかく横になりたい…今日は本当に疲れた。俺は自分の座席に腰を降ろすと…直ぐに眠ってしまった。

 

 

 

 

 

帝国歴478年12月2日。

 

 

 

ヴァンフリート星域第三惑星第一衛星 地上戦 初日終了。

 

 

 

戦いのうねりの中で、名もなき少尉が歴史の歯車を強引に回した、その最初の記録であった。

 

 

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