ナンバーワン戦隊ゴジュウジャーVSゴーストコンサート : missing Songs ユニバースライダー大戦 作:ボルメテウスさん
数日後の昼下がり、俺は陸王と二人、寺の境内で力仕事に精を出していた。積み上げられた古い経本の山を、本堂から蔵へと運び出すという、気の遠くなるような作業である。雪庭の奴は「修行じゃ、修行」とほざいて、自分は涼しい部屋で茶を啜っている始末だ。
「吠くん、そっちの箱、もう少し丁寧に持とうか。中身が経典だからね」
陸王が、汗一つかかずに微笑む。元スーパーアイドルというのは、どうしてこうも肉体労働すら絵になるのか。俺は無言で経本の箱を持ち上げ、蔵へと歩き出した。返事をするのも面倒だ。
「やあ、二人ともご苦労様」
ふと、声がした。山門の方から、制服姿の少女が一人、ゆっくりと境内に入ってくる。長い青髪を風に揺らし、整った顔立ちに気品を漂わせた、名家の令嬢――西園寺楓だ。
だが、その足取りは、いつもの凛としたものではない。肩がわずかに落ち、視線はどこか定まらず、疲れ切った表情を隠そうともしていなかった。
「おや、楓ちゃん。学校帰りかい?」
陸王が、経本の箱を置いて軽く手を振る。彼は誰に対してもこうだ。人たらしの本性は、疲れた女子高生に対しても変わらない。
「ええ、まあ…」
楓はそう短く答えると、縁側に腰掛けた。カバンを膝に置き、深いため息を一つ。これはただ事ではない。普段の彼女は、感情を表に出さない冷静沈着な霊能力者だ。それが、ここまで露骨に疲労を見せるとは。
「どうした、嬢ちゃん。学校で何かあったのか」
俺が尋ねると、楓はわずかに眉を動かした。俺のような無骨者に心配されるとは思っていなかったのかもしれない。だが、彼女はすぐに表情を戻し、静かに口を開いた。
「演劇部から、勧誘を受けまして」
「演劇部?」
俺と陸王の声が重なった。
「はい。文化祭でジャンヌ・ダルクの劇をやるそうで、私に主役をやってほしいと」
なるほど、と俺は内心で合点した。楓は名家の令嬢で、立ち居振る舞いに品がある。舞台映えする容姿も申し分ない。演劇部が主役に据えたがるのも無理はない。だが――。
「それ、嫌なのか」
俺の問いに、楓は答えなかった。ただ、膝の上で組んだ指先が、かすかに白くなっている。
その時、本堂の方からぱたぱたと足音が聞こえた。
「楓ちゃん、おかえりなさい!」
芹亜だった。手には、またどこかから調達してきたらしい煎餅の袋を抱えている。彼女は楓の様子を見るなり、小走りに近づいて隣に腰を下ろした。
「どうしたの? なんだか疲れてるみたいだけど」
芹亜の声は、優しかった。霊感で感じ取ったのか、それとも単に友達思いの性格ゆえか、彼女はすぐに楓の異変を察したようだ。
「…芹亜」
楓は、少しだけ声のトーンを落とした。周りに俺たちがいるのを気にしているのかもしれない。俺は陸王と目配せをして、作業に戻るふりをしながら耳を澄ました。
「演劇部から、ジャンヌ・ダルクの主役を頼まれたの。でも…」
楓は言葉を詰まらせた。普段の彼女からは想像もつかない、迷いの沈黙。名家の令嬢として、感情を表に出すことを良しとしない彼女が、これほどまでに悩みを露わにしている。
芹亜は、そっと楓の手に自分の手を重ねた。
「ジャンヌ・ダルクの役、か…」
芹亜の胸元で、淡い金色の光が一瞬だけ揺れた気がした。俺の目の錯覚かもしれない。だが、あの日から、芹亜の中には確かにジャンヌがいる。だからこそ、楓の悩みを他人事とは思えなかったのだろう。
「よかったら、話してみて。私でよければ聞くから」
俺は蔵へ経本を運びながら、二人の会話が風に乗って聞こえるのを、黙って待っていた。陸王も、作業の手を止めてはいるが、口を挟まない。こういう時は、俺たちのような無骨者より、芹亜の方がよほど役に立つと、俺も陸王も分かっているのだ。
俺は経本の箱を蔵の前に置くと、陸王と目を合わせた。あの百夜陸王という男、こういう時ばかりは妙に空気を読む。彼は汗を拭くふりをして、さりげなく縁側の方へ歩み寄っていった。俺もそれに倣い、壁にもたれかかる。盗み聞きではない。ただ、ここが俺の作業場所だったというだけだ。
「それで、演劇部から…」
芹亜が、そっと楓の背中を撫でている。その手つきは、まるで傷ついた小鳥を扱うかのように慎重だった。
「ジャンヌ・ダルクの劇をやるんです」
楓は、膝の上で指を組みながら、静かに語り始めた。
「文化祭の出し物で、『オルレアンの乙女』を上演すると。それで、部長が私を見るなり『主役は君しかいない』と」
「なるほどね」
陸王が、腕を組みながら頷いた。その顔には、元アイドルとしての経験が滲んでいる。彼はこういう勧誘や評価の裏側を、嫌というほど知っているのだろう。
「楓ちゃんの立ち居振る舞いなら、舞台映えするだろうね。演技未経験でも、存在感だけで客席を掴めるタイプだ」
「…ありがとうございます」
楓は礼を言ったが、その声に嬉しさはなかった。むしろ、重荷を背負わされたような沈み方だった。
「でも、嫌なんだろ」
俺が口を挟むと、楓は一瞬息を呑み、それから小さく頷いた。
「嫌、というか…」
彼女は言葉を探すように、庭の石灯籠を見つめた。
「私、まだジャンヌのことをよく知らないんです。歴史の授業で習った程度で、あの人が何を思い、何に苦しんだのか、ちゃんと理解していない」
芹亜が、そっと楓の手に自分の手を重ねた。彼女の瞳の奥で、淡い金色の光が揺れている。今、芹亜の中にはジャンヌの魂が宿っている。だからこそ、この話題には特別な重みを感じているのだろう。
「それなのに、私が演じてもいいのかと。ただ見た目や雰囲気だけで選ばれて、中身のないジャンヌを舞台に立たせるのは、むしろ冒涜なんじゃないかって」
「ふむ」
陸王が、顎に手を当てて考え込む。
「つまり楓ちゃんは、役を引き受けるからには、ちゃんとジャンヌという人間を理解したい。でも、今の自分にはそれができない。だから悩んでいる、と」
「…そうです」
俺は、壁にもたれたまま天を仰いだ。この西園寺楓という少女、冷静沈着で感情を表に出さないくせに、根は妙に真面目で、そして不器用だ。名家の令嬢としての責任感が、中途半端なことを許さないのだろう。
「お前、真面目だな」
俺がぼそりと言うと、楓は意外そうに俺を見た。
「…どういう意味ですか」
「そのまんまだ。大抵の奴は、主役に抜擢されたら嬉しくて飛びつく。お前はそれができねえ。役に対する敬意が、自分の実力を上回っちまってる」
俺は、ポケットから取り出したかりんとうを口に放り込みながら続けた。
「でもよ、最初から完璧に理解してる奴なんて、どこにもいねえんだよ。演じながら知っていくこともある。違うか、芹亜」
芹亜は、はっとした顔で俺を見て、それから深く頷いた。
「そうですよ、楓ちゃん。私も、最初はジャンヌさんのこと、教科書の中の人としか思ってなかった。でも、実際に向き合ってみて、初めてわかったことがたくさんある。あの人の痛みも、祈りも、全部」
楓は、しばらく黙っていた。縁側に置かれたカバンが、風でかさりと音を立てる。蝉の声が、遠くでジワジワと響いていた。
「…演じることで、知ることができる」
「そういうことだ」
俺は壁から背を離した。
「それに、お前にはこいつがいる」
俺が芹亜を指差すと、彼女はきょとんとした顔をした。
「私?」
「お前、今ジャンヌの中の人と友達みてえなもんだろ。楓の演技に、本物のジャンヌの魂が何か感じ取ってくれるかもしれねえ」
「あ…」
芹亜は胸に手を当てた。金色の光が、その瞳の中で静かに輝いている。
「そうですね。ジャンヌさんも、きっと喜ぶと思います。自分のことを、ちゃんと知ろうとしてくれる人がいるって」
楓は、ようやく顔を上げた。その青い瞳に、少しだけ光が戻っている。
「…お二人とも、ありがとうございます。少し、考えてみます」
「いいってことよ」
俺は手をひらひらと振って、作業に戻ろうとした。すると、陸王がにこやかに口を開く。
「そういえば楓ちゃん、もし演劇をやるなら、発声練習なら僕が付き合うよ。元アイドルとして、腹式呼吸にはちょっとうるさいんだ」
「…それは、ありがたいです」
楓の口元が、ほんの少しだけ緩んだ気がした。