悪魔に利用されてますが、その悪魔を人に戻すことにしました   作:白井ライ

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港町マリッツァ

 目を覚ましたあたし達は、簡単に朝食を済ませると、焚き火の片づけに取りかかった。

 

 まだ空気はひんやりしていて、眠気が少しだけ残っている。

 

「やっほー、今日こそマリッツァに着けるといいね」

 

 軽い声。

 

 振り向くと、コモエディアがいつの間にか戻ってきていた。

 

「……おはよ」

 

 短く返す。

 

 ――やっぱり。

 

 風に乗って、微かに血の匂いがした。

 

 何も言わない。

 

 ――言っても、意味がない。

 

「よし。準備できたし、行くわよ」

 

 あたしはそれだけ言って、歩き出した。

 

 誰も、それ以上は触れなかった。

 

 

 街道を進み、しばらく経つと。

 

 視界の先に、異様な影が現れる。

 

「……来たわ」

 

 巨大な鹿の魔物。

 

 黒く歪んだ角を揺らしながら、こちらへ突進してくる。

 

「打ち合わせ通りいくわよ!」

 

「はーい♪」

 

 ナキリが一歩前に出る。

 

「【ぴえん・デビル召喚】」

 

 ぱっと空間が歪み、ピンク色の小悪魔達が溢れ出した。

 

 ふわふわと飛び回りながら、鹿の体にまとわりつく。

 

「ブルルッ……!?」

 

 動きが、目に見えて鈍る。

 

「今!」

 

 あたしは地面を蹴った。

 

「トウマ!」

 

「あいよ――【高揚のグルーヴ】!」

 

 ギターが鳴る。

 

 空気が震え、音が体に染み込む。

 

 ――力が湧く。

 

 血が熱くなる。

 

 魔力が、一気に増幅するのが分かった。

 

「ふふっ……逃がさないわよ?」

 

 ナキリが指を弾く。

 

「【ラブ♡バインド】」

 

 黒いリボンが地面から這い出し、鹿の脚に絡みつく。

 

 バランスを崩し――転倒。

 

「決める!」

 

 踏み込む。

 

 掌を構える。

 

「【浸透発勁《しんとうはっけい》】――!」

 

 触れた瞬間、

 

 増幅された魔力を、内部へ。

 

 ――叩き込む!

 

 ドンッ――!!

 

 反動で、骨が軋む。

 

 内側に叩き込んだ衝撃が――

 

 遅れて、爆ぜた。

 

 一瞬の静止。

 

 そして――

 

 鹿の身体が、内側から崩れた。

 

 核が砕け、光の粒となって消えていく。

 

「……よし」

 

 息を吐く。

 

「お見事」

 

 後ろから、ぱちぱちと拍手。

 

「連携も悪くない。いい成長だね」

 

 コモエディアが満足そうに笑っていた。

 

「でしょ?」

 

 あたしは肩で息をしながら笑う。

 

「仲間がいると、楽ね」

 

 ――そして。

 

「着いた……!」

 

 昼過ぎ。

 

 ついに、港町マリッツァへと辿り着いた。

 

「すご……」

 

 ナキリが目を輝かせる。

 

 街の中を水路が走り、小舟が行き交っている。

 

 潮を含んだ風が頬を撫で、遠くには船が並ぶ港が見えた。

 

「で、ここで何すんだ?」

 

 トウマが気だるそうに言う。

 

「船よ。大陸に渡る」

 

 あたしはコモエディアへと振り返る。

 

 ――しかし、いない。

 

(いるよ。キミの隣)

 

 声が聞こえた。

 

 姿は見えなくとも、そこにいる。

 

(いきなり魔王軍幹部が町中に現れちゃ大混乱だ)

 

「そ……そうよね。で、どれくらいかかるの?」

 

(魔王領までなら半月くらいかな。ここ【ヴェルデシア】から【ゼノ・グラド】まではね)

 

「長いわね……」

 

(ただ【ヴェストニア】なら一週間。交易都市【カーヒル】や……“あの男”がいる【シンベリー】もある)

 

 ――カイルさん。

 

「……決めた」

 

 あたしは振り返る。

 

「シンベリーに行く」

 

「理由は?」

 

「恩人に会うため。ちゃんとお礼、言いたいの」

 

「いいんじゃね?」

 

 トウマはあっさり頷いた。

 

「こいつを弾ける場所があるならどこでもいい」

 

「私もトウマと一緒ならどこでもいい!」

 

 ナキリも即答。

 

 ……ブレないなこの子。

 

「ありがと。じゃ、まず宿ね」

 

 中心街へ向かい、宿を探す。

 

 途中、屋台で軽く食べ歩き。

 

「船乗りの町なんですね」

 

 店主に町について聞く。

 

「ここのところ油を売ってばかりだけどね」

 

 店主が答えた。

 確かに、働きもせず無気力に過ごしている水夫もちらほらみられる。

 

「――着いた。ここね」

 

 仕入れた情報を元に、大通りの一角へと訪れた。

 

 たどり着いたのは、大きな建物。

 

「『ホテル・エレガンテ』」

 

 中に入ると、落ち着いた空気が広がっていた。

 

 フロントに向かう。

 

「冒険者の方ですね?」

 

「三人部屋をお願いします」

 

 贅沢は言ってられない。

 

 人数が増えた分、出費も抑えないと。

 

「かしこまりました。ご案内します」

 

 支払いを済ませ、部屋の前へ案内される。

 

「それでは、ごゆっくり」

 

 部屋に入る。

 

 簡素な大部屋。

 

「……何もねえな」

 

「文句言うな。あたしが払ってる」

 

「むっ……違ぇよ」

 

 トウマがちらっとナキリを見る。

 

「明らかに“ねえ”だろ」

 

 ――ブチッ。

 

「はぁ!?」

 

 即反応。

 

「キモ! 死ね!」

 

 ああもう最悪!!

 

「ミストちゃん……」

 

 ナキリが止めようとするが――

 

「……なんで、そんな余裕なのよ」

 

 半泣きで荷物を掴む。

 

「ちょっと外出る!」

 

 そのまま部屋を飛び出した。

 

 *

 

(機嫌直しなよ)

 

 背後からコモエディアの声。

 

「いいってば」

 

(面白い話でも――)

 

「いらない」

 

 無視して歩く。

 

 その時。

 

 遠くで、ざわめきが広がる。

 

 ――ドォンッ!!

 

 爆発音。

 

 黒煙が上がる。

 

(お祭りごとかな?)

 

 コモエディアは呑気に答えた。

 

 ……違う。

 決して、祭りじゃない。

 

「――事件ね」

 

 人々が逃げ惑う。

 

 その中を――

 

 統率の取れた動きで、集団が走り抜けた。

 

「……あいつら」

 

 あたしは目を細める。

 

「コモエディア、追って」

 

「へえ?」

 

 コモエディアが姿を現し、口角を吊り上げる。

 

 ――わざとらしく。

 

「どうしよっかなぁ~」

 

「面白いことになるかもよ」

 

 殺し文句で誘導する。

 

「期待していい? 無駄足なら代償を払うことになる」

 

「あの男達――全員あたしに跪かせる」

 

 言い切る。

 

「つまらないやり方なら、同じ目にあわすよ?」

 

 コモエディアは肩をすくめて再び消えた。

 

 ――よし。

 

 あたしは煙の上がる方へ走り出す。

 

 

 港湾労働者組合。

 

 現場は混乱していた。

 

 魔術で放水し、火を消している。

 

「あの、すみません!」

 

 近くの男に声をかける。

 

「冒険者です。さっき逃げた集団を見ました」

 

「……やはりか」

 

 男は顔をしかめた。

 

「過激なストライキ派だ」

 

「ストライキ……?」

 

 事情を聞く。

 

「風が吹かねえんだよ……」

 

 男は吐き捨てる。

 

「航路はめちゃくちゃだ。このままじゃ、皆飢える」

 

 ため息も漏れる。

 不満は溜まる一方だった。

 

 そこに現れた扇動者――

 

「ベケット……知ってるか?」

 

 首を横に振る。

 

「元冒険者だ。強かった。……だから皆ついていった」

 

 そのカリスマに引き寄せられ、過激派は勢力を増していった。

 

「今回の爆発も、おそらく奴の仕業だろう」

 

「なるほどね」

 

 船出前にトラブル発生。

 

 人の弱みに付け込む悪漢。

 心底嫌になる。

 

 ――でも、利用しない手はない。

 

 不謹慎? 綺麗ごとだけじゃ駄目だとあいつに教わった。

 

 でもあたし単独でやれる? いや――

 

「……今人手が足りないんですよね?」

 

「――ああ」

 

「――そいつ倒したら、船出してくれる?」

 

 男は少し驚き――

 

「……本気か?」

 

「本気よ」

 

「……分かった」

 

 やがて頷いた。

 

「約束しよう」

 

「交渉成立ね」

 

 にやっと笑う。

 

「ちょうど仲間が追ってるの。すぐ終わらせるわ」

 

 ――タダで船。

 

 悪くない。

 

 あたしは踵を返す。

 

 ついでに――

 

 悪だくみは、砕く。

 

 この拳で。

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