悪魔に利用されてますが、その悪魔を人に戻すことにしました   作:白井ライ

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第二章:商業都市カーヒル
モニカ・ハウス


 ――暗い。

 

 まるで意識だけが投げ出されたような、底なしの闇。

 

 手も足も――どこにあるのか分からない。

 

 ただひとつ、確かなことがある。

 

 ――あたしは、まだ終わっていない。

 

 生きているのか、死んでいるのか――

 

 境界すら曖昧なまま、意識だけが漂っている。

 

 そんな中で――

 

 あいつの声が、また響いた。

 

 ――キミにはさ、ボクら魔王一味を倒して欲しいんだ――

 

「……嘘つき」

 

 思わず吐き捨てる。

 

 声になったのかどうかも分からない。

 

 それでも、確かに“否定”はした。

 

 ――倒して欲しいのさ。イブリスを――

 

「だったら……なんで……」

 

 胸の奥が、軋む。

 

 あの時の痛みが蘇る。

 

 肉体の痛みよりも奥。

 

「なんで……あいつに味方するのよ……!」

 

 貫かれた痛みよりも。

 

 庇われなかったことよりも。

 

 ――それだけが、いつまでも消えなかった。

 

 けれど。

 

「……違う」

 

 あたしは、首を振る。

 

 否定する。

 

 これは違う。

 

「あたしが勝手に、そう思ってただけか……」

 

 そうだ。

 

 あいつは最初から、観察者だった。

 

 あたしをこの世界に引きずり込んだのも――気まぐれ。

 

 助けてくれたことなんて、一度もない。

 

 ただ、見ていただけ。

 

 あたしが壊れるかどうか、眺めてるみたいに。

 

「……はは」

 

 乾いた笑いが漏れる。

 

 勝手に連れてこられて、

 

 勝手に戦わされて、

 

 勝手に期待されて――

 

 それでもどこかで、あいつを信じようとしていた。

 

「バカみたい……」

 

 その時だった。

 

 暗闇の中に――光が灯る。

 

 小さく、けれど確かに――あたしを呼ぶように光が灯っていた。

 

「……あったかい」

 

 無意識に、手を伸ばす。

 

 引き寄せられる。

 

 抗う理由なんてなかった。

 

 あたしは、その光へと――沈むように、進んでいった。

 

 *

 

「――っ……」

 

 意識が、浮上する。

 

 柔らかい感触。

 

 暖かい空気。

 

 まぶたの裏に差し込む、やわらかな光。

 

 ゆっくりと目を開けると――

 

 そこは、病室だった。

 

 白い天井。

 

 整然と並ぶベッド。

 

 小さな窓から差し込む、朝の光。

 

「……ここ……」

 

 起き上がろうとして――

 

「――痛っ……!」

 

 ズキン、と胸に激痛が走る。

 

 思わず息が止まる。

 

 震える手でパジャマをめくると、そこには分厚く巻かれた包帯。

 

 軽く触れただけで――

 

「っ……!」

 

 全身に電流のような痛みが走った。

 

 思い出す。

 

 あの瞬間。

 

 胸を貫かれた感覚。

 

 あれは夢じゃない。

 

「……生きてるんだ」

 

 ぽつりと呟く。

 

 それが、妙に現実味を帯びて胸に落ちた。

 

 ベッドから降り、窓へと歩み寄る。

 

 外には――

 

 活気に満ちた街。

 

 商人たちの声。

 

 行き交う人々。

 

 遠くに見える大きな建物群。

 

 ここは――知らない街だ。

 

「ようやく目覚めたかい?」

 

 背後からの声に、肩が跳ねる。

 

 振り返ると、そこにいたのは白衣の女性だった。

 

「アタシはモニカ。あんたを助けた医者さ」

 

「……助けた?」

 

「ああ。胸に大穴が開いてたんだよ。普通なら即死だ」

 

 さらっと言われて、背筋が寒くなる。

 

「……三日、寝たきりだったよ」

 

「三日も……」

 

「ここは商業都市カーヒルさ」

 

 窓の外を見る。

 市場の喧騒がかすかに聞こえてきた。

 

「ここはアタシのとこだよ。“モニカ・ハウス”って呼ばれてる」

 

 淡々と説明しながら、ベッドに戻るよう促される。

 

「ちょっと診るよ」

 

 手際よくパジャマをはだけられ、包帯が外される。

 

「痛むだろ?」

 

「……はい」

 

「ひどいもんだね。傷跡が残っちゃってる」

 

 指摘された通り、魔術で塞がれた跡がクッキリと残っていた。

 

「でも、生きてる。それだけで儲けもんだよ」

 

 その言葉に、あたしは小さく頷いた。

 

「仲間は……? 他にも人が――」

 

「安心しな。あの二人ならとっくに退院してるよ」

 

「……よかった」

 

 心から、そう思えた。

 

「ほら……終わったよ」

 

 身体を拭き終えると、再び包帯を巻かれていく。

 パジャマを着直すと、用意された食事が目の前に置かれた。

 

「それより問題はあんただ」

 

「え?」

 

「魔力が、ない」

 

 言われて、息が止まる。

 

「……そんな」

 

 頭の奥が、真っ白になる。

 

 試しに意識を集中する。

 

 いつもなら感じるはずの“流れ”。

 

 完全に空っぽ。

 

 まるで、自分の一部が削ぎ落とされたみたいに。

 

「核を失って生きてるなんて、前代未聞だよ」

 

「……核……」

 

 鏡に映る自分を見る。

 

 黒い髪。

 

 元の世界と同じ姿。

 

 ――全部、戻っている。

 

「しばらくは安静だ。無理するんじゃないよ」

 

「はい……」

 

「安心しな。万全になるまで支払いは待ったげるよ」

 

 そう付け加え、モニカは去っていった。

 

 残されたあたしは――

 

 ただ、手を見つめる。

 

「……何も、ない」

 

 そう思った瞬間、少しだけ怖くなった。

 

 力も。

 

 魔力も。

 

 ――戦う理由すら。

 

 *

 

 数日後。

 

 体は回復していたが、あたしはまだ病室で過ごしていた。

 

 せめて見た目だけでも、と洗面台の前で、染めたばかりのピンクの髪を眺める。

 

 染料を取り寄せることも、この街では珍しくない。

 

「【硬化の身】――」

 

 改めて魔力を集中させる。

 

 何も起きない。

 

「……やっぱり、か」

 

 完全に失われた力。

 

 それは、現実だった。

 

「どうやって……生きていこうかな」

 

 呟いたその時――

 

「ミストさん」

 

 眼鏡にサスペンダーの少年が顔を出した。

 気弱そうな笑みを浮かべている。

 

「ケビン……」

 

 モニカさんと同じく、彼にもあたし達は助けられた。

 

 モニカさんの息子で、探索魔術の使い手――。

 

「よかったら、街に出ませんか?」

 

 少し考えて――

 

「……行く」

 

 あたしは頷いた。

 

 *

 

 街は、活気に満ちていた。

 

 人、人、人。

 

 熱気と喧騒。

 

 魔導スクーターに揺られながら、それを眺める。

 

「慣れてますね」

 

「まあね」

 

「乗り心地の悪さに具合を悪くする患者さんもいるのですが……」

 

「数年前ワルの女友達に乗せてもらったの。断ればよかったと後悔してるわ」

 

 彼女とは違い、ケビンの運転は同乗者への思いやりが感じられた。

 

 そうして軽口を交わしながら、市場へ。

 

 スクーターを止め、自分の足で市場を回る。

 

「僕からあまり離れないでください」

 

 色々見たかったけど、素直に聞き入れる。

 

 ケビンの用事を済ませ、モニカ・ハウスに戻ろうとする。

 

 ――その瞬間だった。

 

 ドン、と背中に衝撃。

 

「【隙間風】」

 

 ――少年の声だった。

 

「……っ!?」

 

 違和感。

 

 一瞬、何かが触れた気がした。

 ポケットが軽くなった。

 

 相手は駆けだした。

 

「……あっ」

 

 気づいた時には遅かった。

 

「泥棒!!」

 

 叫ぶ。

 

 だが、相手は速い。

 

 ぼろ布をまとった、小柄な影。

 人混みを縫うように消えていく。

 

 追い付けない。

 人混みに紛れて、その姿はもう見えなかった。

 

 ――追えない。

 

「……そんな」

 

 立ち尽くす。

 

 何もできなかった。

 

「……財布、ですか?」

 

「うん……全部……」

 

 一瞬で、無一文。

 

 現実が重くのしかかる。

 

「すみません。何もできなかった――」

 

 謝るケビン。

 僕が連れ出さなければ……

 そんなふうに言いたげだった。

 

「あなたは悪くない!」

 

 あたしだ、悪いのは。

 

 沈黙――

 

「……帰りましょう」

 

 ケビンの言葉に、あたしは黙って頷いた。

 

 その背中を追いながら――

 

 強く思う。

 

 ――何もできない。

 

 戦えない。

 

 守れない。

 

 追えない。

 

「……悔しい」

 

 こんなところで、何も掴めないまま終わりたくない。

 

 このまま終わるなんて、絶対に嫌だ。

 

 それでも、はっきりと自分に言い聞かせた。

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