悪魔に利用されてますが、その悪魔を人に戻すことにしました 作:白井ライ
カーヒルの市場――
その日、喧騒は一瞬で恐怖へと塗り替えられた。
「逃げろォッ!!」
悲鳴が飛び交う。
露店が倒れ、人の波が崩れる中――
「着きました! あれです……!」
ケビンが指差す先。
そこにいたのは――
鎧に覆われた巨大な人型の魔物だった。
無造作に腕を振るうたび、屋台が弾け飛ぶ。
「……あれね」
息を整える。
大丈夫。
この“装い”と戦術、どんな魔物だって怖くない。
「いくわよ、テオ!」
奪われる人を、これ以上増やさせない。
「はいっ! 【脱兎】!」
テオが駆け出した。
壁を蹴り、屋根を踏み、一直線に魔物へ迫る。
「【拳影突き】!」
滑り込むような一撃――
だが。
ベキッ。
「くっ……!」
わずかに鎧が凹む。
しかし弾かれた。
「ダメだ……!」
「いいえ――【検視(アナライズ)】!」
ケビンが虫眼鏡型の魔導具を構える。
光が走り、数値が浮かび上がる。
「今の威力で35パーセント――次こそ届かせてください!」
「なら――あたしがやる!」
羽根を掴む。
瞬時に錬成――羽根を触媒に。
「【天空飛翔(フェザー・ボンド)】!」
錬金グローブが輝き――背に白翼が展開する。
一気に宙へ。
「ケビン! 急所は!?」
「腹部です! そこが最も脆い!」
「了解――!」
空中で体勢を整える。
中指を折る。
嵌めた鉄の指輪が、触媒として溶けた。
「【硬化拳(ソリッド・フィスト)】!」
拳が鋼に変わる。
この技をすぐ撃つため、たどり着いた結論――。
実戦では最大2発。この一撃で活路を切り開く。
「はあああぁぁっ!!」
一直線に叩き込む――!
メキィッ!!
腹部の鎧が砕けた。
そのまま――貫通。
魔物は吹き飛び、壁へ叩きつけられる。
「……どうよ!」
翼が消え、着地する。
――その時だった。
「……え?」
砕けた鎧の隙間――そこから覗いたのは、
紛れもなく人間の腹部だった。
「……うそでしょ」
「グオオォッ!!」
魔物が咆哮し、再び立ち上がる。
――人間?
あれが……?
――違う。
そんなはず、あるわけない。
「【試薬投与(ケミカル・ウェポン)】!」
足のベルトに取り付けた試験管を抜き取った。
グローブで叩き割り、薬液を浸透させる。
「【白霧】!」
拳から白煙が噴き出し、視界を覆った。
「どうする……!?」
一旦距離を取る。
「……間違いありません。人間です」
ケビンが魔術による分析で導き出した。
あれは確かに人間だと――
彼の声は震えていた。
「内側から変質しています……これは――」
「……元に戻せる?」
「……いえ」
短い沈黙。
「助かりません」
聞きたくなかった一言。
「もう、消滅させるしかありません」
胸が、締め付けられる。
――人間を。
でも。
「……時間がありません!」
煙が晴れる。
砕いたはずの鎧が――再生していく。
「ッ――!」
次の瞬間。
魔物の口が開く。
閃光。
轟音。
露店が、焼け落ちた。
「……やるしかない」
拳を握る。
助けられない命だと、
認めるしかなかった。
「【執刀・開腹《メス》】!」
鋭い声が割り込む。
光の刃が走り、鎧を裂いた。
「モニカさん!?」
「迷ってる暇はないよ! 今のうちに!」
「――っ!」
完全に塞いだら、また初めからだ。
駆ける。
あと数メートル。
「グオオォッ!」
再び光線――!
避けきれない。
その瞬間。
「【隙間風】!」
テオの声。
「姐さんに――届けっ!!」
次の瞬間。
あたしの手に、羽根が握られていた。
「……ありがと!」
受け渡しに、一瞬感心する。
即座に触媒とし、吸収。
「もう一度――【天空飛翔(フェザー・ボンド)】!」
翼が展開。
光線をかすめて、空へ。
「【試薬投与(ケミカル・ウェポン)】!」
残るもう一本の試験管を砕く。
拳に――雷が宿る。
「【事跡(チェイサー)】! そこです!」
ケビンが目印をつけ、急所へと誘導する。
これ以上、奪わせない。
「これで――終わり!!」
人差し指の指輪も溶ける。
すべてを乗せた一撃。
「せめて、魂だけはっ!」
急降下し、接近。
拳を振り抜く――!
「【硬化拳(ソリッド・フィスト)】……!」
鎧を砕き。
腹を貫く。
雷が走る。
衝撃が全身を巡る。
――砕けろ。
その一念で。
鎧がひび割れ――
崩壊した。
轟音とともに、
魔物は粉砕された。
「……はぁ、はぁ……」
戦いの余韻――
肩で息をする。
「……終わった」
張り詰めていた糸が切れたみたいに、膝から力が抜けそうになる。
やがて――
「助かったぞぉぉ!!」
歓声が上がる。
人々が戻ってくる。
壊れた市場。
でも――命は守れた。
「……行きましょう」
踵を返す。
モニカ・ハウスへ。
*
「みんな、ありがとう」
戻った後、共闘してくれた3人へ頭を下げた。
「何言ってんだい。一番頑張ったのはアンタだろ」
モニカさんが肩を叩く。
「でも……あたし」
言葉が詰まる。
「人間を……」
「違います」
ケビンが遮った。
「あれは“変えられた存在”です」
真剣な眼差し。
「問題は――誰がやったか、です」
全員が黙る。
重い沈黙。
「……許せない」
テオが呟いた。
拳を握る。
「……父ちゃんと母ちゃんも……」
「……大丈夫」
あたしは彼の前に立つ。
「必ず見つける」
目を合わせる。
「一緒に」
「……はい!」
強く頷いた。
「僕も調査を続けます」
ケビンの表情が一瞬曇る。
「心当たりは?」
「あります。一瞬感じた魔力――」
一息つき、ケビンはその名を出した。
「【ダイアモンズ】」
「そいつらが元凶なの?」
「いえ……一瞬でしたし、何より証拠がありません」
ケビンは断定を避ける。
「分かった。お願い、ケビン」
ケビンは頷き了承する。
空気が少しだけ軽くなる。
「さてと、飯でも作るかね」
モニカさんが笑った。
日常が戻る。
でも――
あたしは拳を握る。
まだ足りない。
もっと強くなる。
守るために。
取り戻すために。
――すべてを。