悪魔に利用されてますが、その悪魔を人に戻すことにしました 作:白井ライ
愛車のスクーターにまたがる。
――こいつは、12歳の誕生日にママが買ってくれたものだ。
あれからもう、二年が経つ。
「行ってきます」
振り返ってそう告げると、モニカ院長は優しく手を振ってくれた。
エンジンを鳴らし、僕は街へと飛び出す。
――昨日の現場。
焼け焦げた建物。崩れた屋根。
けれど、その中でも人々は前を向いていた。
瓦礫を運び、声を掛け合い、復興へと歩みを進めている。
その横を、僕は通り過ぎた。
(ドライブじゃない)
目的はただ一つ――情報収集。
ハンドルを切り、ある場所へ向かう。
古来より、人が集まる場所に情報は集まる。
つまり――
チリン、と鈴の音が鳴った。
酒場の扉を押し開ける。
「らっしゃい。坊や」
「――ミルク、お願いします」
カウンターに腰を下ろすと、店主は背を向けてポットを手に取った。
昔助けた店主だ。
――信用できる。
僕は小さく息を吐き、切り出す。
「……昨日の事件は?」
「聞いてるぜ。坊やも一枚噛んだんだってな」
ミルクがコップに注がれる。
「その“魔法の虫眼鏡”で、とっくに犯人は見えてんじゃねえのか?」
「ええ……まだ推測ですが」
「言ってみろ」
一呼吸おいて呟いた。
「――ダイアモンズ」
店主の手が、わずかに止まった。
「……あいつらか。サラマンダー商会の用心棒って話だな」
コトン、と目の前にミルクが置かれる。
「シナモンは?」
「お願いします」
ふわりと甘い香りが立ち上る。
「やめとけ。商会を敵に回せば、この街にはいられなくなるぞ」
「――もう“探偵ごっこ”じゃありません」
僕はコップを握りしめた。
「立派な、副業です」
この力は――誰かを助けるためにある。
院長の助手と、探偵。
二足の草鞋でも、どちらも手放すつもりはない。
「戦力は?」
問われて、僕はミルクを一気に飲み干した。
「孤児の少年。盗みは一流、格闘技は修行中」
「……他には?」
一瞬だけ迷う。
けれど、迷いはすぐに消えた。
「冒険者のお姉さん。魔力はありません」
「無謀だな。死ぬぞ?」
「――でも、“別の力”があります」
僕は店主を見据える。
「錬金空手。……当然、情報は掴んでますよね?」
店主は鼻で笑った。
「可能性に賭けるってか。惚れたか?」
「ご冗談を」
席を立つ。
「もう一度、証拠を集めます」
カウンターへ硬貨を置く。
「……会計」
「いらねえよ。奢りだ」
店主はコップに魔法をかけながら、ぽつりと言った。
「セーラが、ここ最近姿を見せてねえ」
僕の足が止まる。
ダイアモンズのセーラ。
暗殺術を得意とするエージェント――。
「……いつからです?」
「連続失踪者が出始めてからだ。間違いねえ」
「――ありがとうございます」
店を出る。
日が傾き始めていた。
「……動くなら、夜か」
スクーターにまたがり、次の目的地へ。
*
薄暗い路地裏。
鉄のような臭いが、まだ残っている。
「……まだ消えてない」
壁にこびりついた血。
僕は小瓶を取り出した。
「少し、もらいますよ」
昨日の魔物の血が入った瓶に、一滴。
そして――
「【検証(ベリファイ)】」
淡い光が瓶の中を満たす。
――反応あり。
混ざり合った血は、拒絶せず一致した。
「【検視(アナライズ)】」
さらに魔法で分析する。
「……ビンゴだ」
血液から犠牲者の情報が浮かび上がって来た。
――間違いない。同一人物だ。
連続失踪事件と魔物出現は、繋がっている。
その瞬間だった。
「なっ――!?」
首元に、冷たい刃。
――いつの間に。
呼吸が止まる。
心臓の音だけが、やけに大きい。
「声を出すな。命が惜しければ」
女の声。
――やはり。
「お前は、監視されている」
小瓶が奪われ、地面に叩きつけられる。
ガラスが砕け散った。
「……いいな?」
僕は、黙って頷く。
気配が消えた。
まるで、最初からいなかったかのように――
「はぁ……っ、はぁっ……」
膝から崩れ落ちる。
全身から汗が噴き出していた。
(……黙るしかない)
真実に近づきすぎた。
*
「よお、セーラ」
別の路地裏。
表通りには、豪奢な商館。
――サラマンダー商会。
この街で知らぬ者はいない。
「……バッシュ」
黒装束の女――セーラが振り向く。
鎧の男が、壁にもたれていた。
「落ち着きねえな」
「……ガキに気づかれた」
セーラの声には、わずかな苛立ちが混じっていた。
「始末は?」
「確証までは至っていない。口止めだけだ」
「ぬるいな」
バッシュは嗤う。
「俺なら殺してる」
「事を荒立てるなと言われただろう」
セーラは冷たく返す。
「“例の物”には気づかれていない」
「ケッ……好きにしろ」
背を向けるバッシュを、セーラが呼び止めた。
「待て。いい知らせだ」
「……なんだ」
「“適合者”が現れた。夫婦だ」
バッシュの目が見開かれる。
「自我を保っている。使える」
「ハッ……ようやくか!」
気配は、闇に溶けた。
*
自室。
僕は机に広げた資料に目を落とす。
「――あった」
兵士から写させてもらった捜査資料。
「魔力の源……“ミュータ・クリスタル”」
物質を、別の物質へ変異させる――魔石。
――魔王領ゼノ・グラドに存在するとされる。
「ミストさんの錬金釜……あれにも……」
嫌な予感が、胸をよぎる。
「人に使えば……どうなる?」
記述はない。
いや、“書けない”のだろう。
けれど――
「現場の血と、魔物の血」
僕は目を閉じる。
「あの魔力反応……似ていた」
ミストさんの錬金空手に。
だが。
「……まだ足りない」
証拠にはならない。
推測の域を出ない。
それに――
あの時のセーラ。
下手に動けば、次は確実に殺される。
実際にミュータ・クリスタルを手に入れれば、あるいは――。
「……まだ黙っているしかないか」
けれど、それは現実的じゃない。
高位の魔物――。
そう簡単に出会えるはずがない。
「……今日はここまでか」
ベッドに倒れ込む。
思考を手放し、意識が沈んでいく。
――だが。
この時の僕は、まだ知らない。
すぐ近くに“それ”があったことを。
ミュータ・クリスタルの秘密を知る存在。
そして――
それに繋がる“人物”がいることを。