悪魔に利用されてますが、その悪魔を人に戻すことにしました 作:白井ライ
再び――地下空間。
湿った空気と、薬品の匂い。
「おお……これは……!」
バッシュが、思わず声を漏らした。
視線の先。
そこには――巨大な試験管が並んでいた。
内部を満たすのは、青白い培養液。
そして。
チューブに繋がれ、浮かぶ“二体の魔物”。
「グ……オ……」
静寂の中、その肉体だけが痙攣するように脈打っていた。
「この二体を基に――わしの研究は、ついに最終段階じゃ」
ドクトル・ヴィーアは、恍惚とした表情で見上げる。
「あんたにとっちゃ、最高の案件だな」
バッシュが肩をすくめる。
「……で?」
セーラが一歩前に出た。
「いつ試すの?」
短く、鋭く。
ドクトルはにやりと笑った。
「明日じゃ。“カーヒル・ムジカ・フェス”――あれが舞台として相応しかろう」
「フェス、ね……」
セーラが小さく呟く。
「わしの“演奏”は――観客すら巻き込む“叫喚”になる」
くつくつと笑いが漏れる。
やがて――
耐えきれず、ドクトルは高らかに笑い出した。
「クハハハハッ!」
「……ご機嫌だな」
バッシュが呆れたように言った、その時。
「――楽しそうだね」
静かな声。
三人は同時に振り返る。
「会長!」
扉の前に立っていたのは――
サラマンダー商会の会長だった。
全員が姿勢を正す。
「見事だ。期待以上の成果だよ」
「はっ! 恐悦至極に存じます」
三人は揃って頭を下げる。
「報酬も上乗せしておこう」
「ありがとうございます」
会長は眼鏡を押し上げた。
レンズが白く光り、表情は読み取れない。
「この二体を基にした“魔の軍団”――」
ゆっくりと口元が歪む。
「それは我が商会の“警備”であり、“商品”だ」
――異常な発想。
だが。
「需要も供給も、我が商会だけで回せる」
会長は恍惚と笑う。
「金は流れ続ける。止まることなく、な」
くつくつ、と喉の奥で笑う。
魔物を売る。
誰にも真似できない独占市場。
「このミュータ・クリスタルを提供してくれた“魔王軍幹部”には、感謝しかない」
三人の背後。
巨大な装置に嵌め込まれた、ひときわ大きな結晶。
――ミュータ・クリスタル。
そこから抽出された魔力が、無数のチューブを通り――
別室へと流れていく。
「明日をもって――我が商会は新たな段階へ進む!」
会長は高笑いとともに去っていった。
三人は、その背中を見送り――
ゆっくりと笑みを浮かべる。
「テ……オ……」
試験管の中――
その“魔物”が、かすれた声で名を呼んだ。
*
――ムジカ・フェス当日。
「おはよう! 姐さん!」
「おはようございます」
部屋を出ると、すでにテオとケビンが待っていた。
「おはよっ。行きましょうか」
今日は――トウマの晴れ舞台だ。
カーヒル・ムジカ・フェス。
この日のために、更にギターの腕を磨いただろう。
「ミストちゃん!」
外に出ると、ナキリが駆け寄ってくる。
「ナキリもおはよう。トウマは?」
「もう会場よ。私にできることは全部やったわ!」
そう言って取り出したのは――手作りのうちわ。
「今日は推しの輝く日! 全力で応援するわよっ!」
「う、うん……」
圧に押されながら頷く。
――その横で。
「…………」
ケビンだけが、浮かない顔をしていた。
「……どうしたの?」
「いえ……なんでも」
無理に笑う。
違和感が、胸に引っかかった。
*
中央広場。
特設ステージを埋め尽くす人、人、人――
「お待たせしました!」
司会の声が響く。
「年に一度の祭典――カーヒル・ムジカ・フェス、開幕です!」
歓声が爆発した。
「あっ! トウマ!」
ナキリが叫ぶ。
ステージ上――
オープニング出演者の中に、トウマの姿。
「頑張れー!」
思わず声を上げる。
演奏が進み――
ついに。
「次の出場者! バンド名は――“シアン・バムス”!」
「キャーッ! トウマぁー!!」
ナキリの声援が飛ぶ。
両手のうちわも高く掲げた。
トウマが前に出る。
堂々とした立ち姿。
「えー、今回初参加です。シアン・バムスのトウマ――」
観客を見渡し、笑う。
活き活きとしている。旅の時とは大違いだ。
「魂に刻み込んでやる。聴け――」
一瞬の静寂。
その瞬間。
――ドォン!!
爆音。
地面が揺れた。
「きゃああああっ!?」
悲鳴が広がる。
「……魔物!?」
現れたのは――
無数の腕を持つ、異形の人型。
「逃げろ!!」
一気にパニックへと変わる会場。
「テオ! ケビン! ナキリ!」
「ここです!」
全員が合流する。
人混みを掻き分け、トウマとも合流する。
「何が起きてんだよ!?」
「……ダイアモンズです」
ケビンが絞り出す。
「どう言う事……!?」
「……脅されていました。でも掴んだんです」
路地裏での出来事を思い出し、震える。
喉元に突きつけられた刃の感触が、まだ消えていない。
だけど伝えた。この事件の核心――
「魔物の正体は――失踪者です」
「……なにそれ」
人間が魔物に――
市場での戦いを思い出し、怒りが込み上げてきた。
「現場と魔物――双方の血の型が一致しました」
つまり――
「この街のどこかで……人が魔物に変えられています」
拳を握る。
「でもまずは……あれを止める」
視線の先。
魔物の無数の腕に捕らえられた人々。
「死にたくない!!」
全員が恐怖に包まれていた。
「ちっ……【絶叫のパワーコード】!」
トウマが奏でる。
発生した衝撃波――
魔物はよろめき、人々は解放された。
「ここは任せろ!」
「次は私よ!」
ナキリも続く。
「【ラブ♡バインド】!」
ナキリのリボンが絡みつく。
しかし、魔物の無数の手足全ては封じられない。
「グオオッ!」
力づくで振りほどかれた。
「【縫合・外科縫い《ノット》】!」
放たれた針と糸が、リボンを編み込むように縫い上げていく。
改めて拘束――何とか縛り上げられた。
「モニカさん!」
彼女は更にリボンを操り、魔物を押し倒した。
「こっちは任せな!」
「お願いします!」
3人の思いにも答えたい。
拳をギュッと握りしめた。
「行くよ!」
「サラマンダー商会です!」
ケビンが先導する。
「なるほど……黒幕ってわけね」
「……はい」
ケビンは言葉を続ける。
「彼らはダイアモンズという用心棒を雇っています」
「関係ない。絶対助ける!」
テオが短剣を叩く。
瞳に宿る覚悟。
「父ちゃんも、母ちゃんも……!」
全員で走り出す。
目指すは――
サラマンダー商会。
すべての元凶へ――!
迷いは、もうなかった。