悪魔に利用されてますが、その悪魔を人に戻すことにしました 作:白井ライ
――どうする?
目の前にいるのは、魔物と化したテオの両親。
そして――テオの瞳から、完全に闘志が消えていた。
「ミストさんっ……!」
ケビンが一歩踏み出す。
「倒しましょう。それしか方法は――」
「駄目だっ!!」
叫びが、それを遮った。
「おいらの家族なんだ……!」
震える声。否定。拒絶。
当然だ。
――そんなこと、分かっている。
「大丈夫……」
あたしは静かに構え直した。
「救うわよ。必ず」
「……姐さん?」
戸惑うテオに、あたしは短く告げる。
「聞いて。あんたは――お母さんの方を」
「え……?」
「覆ってる“魔物の肉”だけ削ぐの。中身は傷つかないよう――」
テオの目を真っ直ぐに見据える。
「再生しなくなるまで、やり続ける」
あたしは言い切った。
――それしか、ない。
一瞬の沈黙。
そして――
「……分かった」
テオは、小さく頷いた。
「やる……やってみる」
「いい子ね」
あたしはわずかに笑う。
「いくわよ」
「うん……!」
次の瞬間――
「【吸魔(アブソーブ)】!」
残る魔力の核は2個。
小さい方から魔力を吸い尽くす。
「【猫足】!」
テオが地を蹴る。
「――【瞬身】!」
同じく加速した。
一気に間合いを詰める。
刹那。
2人の短剣が閃く。
魔物の肉を――切り裂く。
「次っ! 【魔風・連脚】!」
「【乱風双牙】!」
蹴りと刃。
魔力を帯びた風が巻き起こり、外殻を削り取っていく。
肉が裂ける。
剥がれる。
――中が見えてくる。
「グッ――オオッ!」
鎌が振り下ろされる。
「【硬化の身】……!」
腕で受ける。
金属音。
衝撃。
だが――止めた。
テオもまた、石化光線を紙一重でかわしている。
「あと一息……!」
最後の試験管を掴む。
「【試薬投与(ケミカル・ウェポン)】――」
錬金グローブで叩き割る。
「【放熱】!!」
炎が腕に宿る。
そのまま――
「はああぁぁっ!!」
叩き込む。
燃え上がる外殻。
魔物の肉が焼け落ちていく。
「姐さん! おいらも……!」
テオが叫ぶ。
両手の短剣を握りしめ――
「【裂痕華】――ッ!」
斬撃。
切断。
その瞬間。
亀裂が――全身へ広がった。
一斉に華が咲くように。
外殻が、崩れ落ちる。
そして――
中から現れたのは。
「お父さん……お母さん……!」
テオが駆け寄る。
「テオ……」
母が、弱々しく抱きしめた。
「見えていた……全部……」
父も這い寄る。
だが――
「テオ……聞け」
その声は、静かで――逃げ場を与えない重さを持っていた。
「俺達は……もう、助からない」
「っ……!? 何言ってんだよ!」
テオが叫ぶ。
「ほら! 肉も全部剥がれて――」
「駄目だ……」
その瞬間。
両親の身体が、激しく痙攣した。
「再生が始まっています!」
ケビンの声が震える。
剥がしたはずの外殻が――再び、覆っていく。
「やめろ……やめてくれ……!」
「テオ……」
父が、最後の力で言う。
「お前を……手にかけたくない……」
「テ……オ……」
母の意識も、崩れていく。
そして――
「頼……む――」
完全に、魔物へと戻った。
「――テオ」
あたしは呼ぶ。
だが。
「……姐さん。おいら、諦めない」
短剣を構える。
「もう一回……剥がせば――」
次の瞬間。
魔物が咆哮した。
そして――
テオへと、襲いかかる。
「テオっ!?」
動かない。
避けない。
そのまま――喰われる。
「くっ――【天空飛翔(フェザー・ボンド)】!」
羽を触媒に錬成。
白い翼で飛翔。
ギリギリで、引き上げた。
「姐さん……!」
「馬鹿やってんじゃないわよ!!」
地面に降ろす。
「言ってたでしょ。あんたの両親――あんたを殺させないでって」
「でも……!」
「方法はある」
あたしは、静かに言った。
「……苦しませないこと」
ケビンを見る。
「お願い」
「……はい」
理解した。
覚悟した。
テオが押さえ込まれる。
「やめろっ……! やめろぉぉっ!!」
憎まれたっていい。
ただ、この子を想う両親の気持ちに、答えたい。
「……許してください」
ケビンの頬に、涙が伝う。
「一瞬で終わらせる」
あたしは左の人差し指を折り曲げた。
最後の触媒が溶けていく。
放てるのは一度きり。
「【硬化拳(ソリッド・フィスト)】……!」
最後の力で錬成させた鋼の拳。
「待って……!」
テオの叫びを、振り切る。
飛行時間はあと少し――。
速度を上げ、放たれる石化光線をかわす。
「ケビン! 位置は!?」
「【事跡(チェイサー)】! 胸の中心……!」
光の軌跡が急所を探り当てる。
「うおおおおぉぉっ!!」
「やめてええぇぇ!!」
テオの制止を振り切り、涙ながらに拳を振るった。
肉で覆われた父の胸を貫いた。
その“核”に手をかけた。
一瞬の躊躇い。
それでも――
力づくで握り潰した。
「……ごめんなさい」
腕を引き抜く。
そのまま飛翔――母へ。拳を振り下ろす。
「ア――」
声にならない声。
肉を押し潰し、核を砕いた。
崩れ落ちる、二つの影。
再生は――しない。
着地とともに翼は消え、腕も元に戻った。
そして両親は――
「テオ……」
崩れ落ちる両親と、目が合った。
――あの日々が、よぎる。
3人で過ごした日常――
並んで歩いた帰り道。
笑い合った食卓。
狭い寝床で、肩を寄せ合った夜――
両親は――
最後に――微笑んだ。
「幸せに……」
それだけを残して。
消えた。
「……ぁ」
テオの膝が落ちる。
そして――
「うわあああああぁぁぁぁぁ!!」
絶叫が響く。
愕然とするテオの元に、あたしはゆっくりと歩み寄る。
その頬には、涙の筋。
「なんでだよぉぉぉ!!」
拳が、あたしを叩く。
何度も。
何度も。
受け止める。
「テオくん……」
ケビンは呆然と、頬に涙を伝わせて眺めていた。
「……ああするしかなかった」
まだ、手が震えている。
(これで……よかったの……?)
12歳の男の子に、過酷な運命を背負わせてしまった。
「叶えたかったのよ」
それでも、彼を抱きしめる。
「……あんたを想う、あの人達の願いを」
ただ、泣き止むまで――
*
「……テオ――」
ようやくあたし達は立ち上がる。
「許さない。あいつらを――」
声も身体も震えている。
――あたしが奪ったのに。
「これじゃ……あの時と変わらない」
――また、同じことを。
先走った正義感――。
それがもたらした“結果”に――。
「行きましょう」
先に立ち直ったのはケビンだった。
「元凶を倒す。少しでもテオくんの両親が浮かばれるためにも――」
その言葉を聞いて、あたしも気持ちを切り替えようとする。
「まだ戦いは、終わっていない」
鉄の拳も、魔術の試験管も使い果たした。
それでも――止まれない。
あの人達の「最後」を、
無駄になんて、させない。
「行こう……」
「はい。すぐそこに強大な魔力を感じます」
広大な地下空間――その中枢はもうすぐ目の前だ。