悪魔に利用されてますが、その悪魔を人に戻すことにしました 作:白井ライ
テオの両親を失った悲しみが、胸の奥に燻っている。
それでも――止まれない。
もう、引き返す理由なんてない。
あたし達は、地下研究所の扉を蹴破った。
轟音とともに、鉄扉が内側へ吹き飛ぶ。
「――来たか」
低い声。
視線の先にいたのは、サラマンダー商会の会長。
そして、その傍らには――
「……ドクトル・ヴィーア」
ダイアモンズ最後の一人。
「お前らか……!」
テオが短剣を突きつける。
その手は――怒りで震えていた。
「町の人達を……おいらの両親を殺しておいて!」
「やれやれ、野蛮な小僧だ」
会長は肩をすくめる。
「勘違いしないで頂きたい。彼らは――偉大な実験の糧となったのだ」
両手を広げる。
「むしろ、感謝してほしいくらいだよ」
「ふざけるなっ!!」
踏み込むテオ。
「無理やりさらって、実験台にしてか!?」
「何も、確実な死が訪れるわけではない」
淡々とした声。
「適合すれば、常人を超える力と命を得られるのだ」
――同じ人間の言葉とは思えない。
あたしは奥歯を噛み締めた。
「君のご両親もな。あの姿のままなら、いずれは魔族に対抗する偉大な存在として――」
「もういい」
テオの声が、低く落ちた。
「……あんた、黙れ」
ひときわ重く沈んだ。
「テオ」
あたしは一歩前に出る。
「遠慮はいらないわ」
会長を睨みつける。
「こいつは――“悪魔”そのものよ」
吐き捨てた。
「こんなくだらない実験……全部、潰してやる」
その瞬間――
「できるかな?」
会長が笑った。
「この“ミュータ・クリスタル”の力を前にしても?」
背後の装置が唸る。
埋め込まれた拳大の結晶が、妖しく光を放った。
「それは……」
「魔王軍幹部から授かったものだ」
会長の表情から余裕が消える。
「吸血鬼――モレラ。美しく残酷な娘」
――その名。
空気が、さらに冷えた。
*
血の匂いが、夜を満たしていた。
「アハハ☆た~のしい~!」
無邪気な声。
だが、その足元には――
干からびた死体の山。
月明かりの下。
一人の少女が、血に濡れた指を舐めていた。
黒いボブ。
小さな翼のついたワンピース。
魔王軍幹部――吸血鬼、モレラ。
「た……助けてくれ……!」
若き日の会長は、地に這いつくばっていた。
「それはお願い? それとも命令?」
くすり、と笑う。
次の瞬間、モレラは目の前にいた。
「取引を……!」
震える声。
「へぇ?」
瞳が細められる。
品定めするような目だ。
小さな口が開き、牙が覗く。
「にんげんさんなのに、ウチと対等な関係を築けるなんて」
血で彩られた彼女の爪が向けられた。
少しでも動けば、眼球を貫かれる勢いだ。
「ちょっと自信過剰なんじゃなぁ~い?」
楽しげだが、どこか冷たく突き放す言動――。
「言ってごらん? にんげんさん、何が望みなのかな?」
「魔物を……作れる。人間を魔物に変える技術がある……!」
「ふぅん?」
興味なさそうに首を傾げる。
「そんなの、ウチらでもできるよ?」
「違う……!」
必死だった。
「もっと強くできる……! 人為的に、より強力な魔物に――!」
一瞬。
空気が、変わった。
「……いいよ♪」
モレラの眉が下がる。
「信じてあげる☆」
指に付いた血を、舐め取った。
「じゃあ、交換ね」
「え――」
胸に、衝撃。
「がっ……あ……!」
モレラの手が、心臓を掴んでいた。
引きずり出される。
「ほら☆これがにんげんさんの心臓♪」
軽やかな声。
「ひ……っ……」
それでも――死なない。
「はい、これ」
代わりに渡されたのは、妖しく輝く結晶。
「ちょーレアな“ミュータ・クリスタル”♪」
ぞくり、とした。
「そうだなぁ~」
モレラは悩ましげなそぶりを見せる。
「5年待ったげる☆いい? 5年だよ?」
再三の確認。
指を立てる。
「その間に、つよ~い魔物を作って?」
にっこり。
「できなかったら――」
心臓を齧る仕草。
「ウチがたべちゃいます☆」
月が隠れる。
闇の中、緑の瞳だけが光った。
「やくそくだよ?」
――そして、消えた。
その笑いだけが、いつまでも消えなかった。
*
「――だから私は、成し遂げなければならんのだ!」
会長が叫ぶ。
「命を握られている限り……!」
だが――
「……臆病者」
あたしは、吐き捨てた。
「何だと!?」
「自分の命が惜しくて、関係ない人間を売っただけでしょ」
一歩、踏み込む。
「どの口が……!」
セーラに口止めされていたケビンを思い返す。
空気が凍る。
「ふざけるな! なら貴様はどうする!? 魔王軍幹部と戦えるのか!?」
「――“戦った”わよ。逃げずに――一人で」
静かに言い返す。
「な……」
「あんたと違ってね」
あの時のことを思い出す。
全部、失ったあの日。
「確かに力は失った。でも――」
振り返る。
テオとケビンがいる。
「代わりに、手に入れたものもある」
前を向く。
「あんたには、一生分からないでしょうね!!」
張り上げた声。
会長が、言葉を失った。
「……もういいでしょう」
ドクトルが前に出る。
「ここからは、わしが」
「い――いいぞ……!」
会長は後退した。
「私は生きる……! 絶対にだ……!」
眼鏡を押し上げた。
「さて」
ドクトルが、こちらを見る。
「料理は化学――そして人間は」
一本の注射器。
中には、禍々しい液体。
「最高の“素材”だ」
注射器の中で、液体が不気味に脈打っている。
「静脈から“食べる”――まさに科学の極致」
自らの腕に、突き立てた。
「【増強汁(ドーピング・スープ)】」
注入。
摂取する。
次の瞬間――
「うおおおおぉぉぉっ!!」
肉体が膨張する。
骨が軋む。
筋肉が膨れ上がる。
「なっ……!?」
テオが息を呑む。
老人の姿は、もうそこにはなかった。
異形の巨躯。
血走った眼。
「さて――」
ドクトルが笑う。
「命とは、加工されるためにある」
圧倒的な魔力が、空間を満たす。
「調理を始めようではないか」
挑発するポーズ。
あたしは、拳を握りしめた。
退く理由なんて――
もう、どこにもなかった。