悪魔に利用されてますが、その悪魔を人に戻すことにしました 作:白井ライ
最後のダイアモンズ――ドクトル・ヴィーアは、薬物注射(ドーピング・スープ)によって異形の肉体を得ていた。
「さあ、お前達を調理してやろう」
腕を引き絞り、拳を突き出す。
「【泳魚(ナジェ・ポワソン)】!」
瞬間――拳から激流が噴き出した。
「ぐ――っ……!?」
避けきれない。
水圧がそのまま拳となって叩きつけられ、あたしは床に叩き伏せられた。
「姐さん!?」
「今のは――」
ケビンが魔法の虫眼鏡を構える。
「口直しに、【氷菓(ソルベ)】」
ドクトルの両腕が瞬時に凍りつく。
氷塊と化した拳が振り下ろされる――!
「くっ……【裂痕華】!」
床に短剣を突き立てる。
ひび割れが走り、隆起した地面がドクトルの体勢を崩した。
「ぐっ――」
「今よ! 【回し蹴り】!」
水を弾き飛ばし、体勢を立て直す。
体重を乗せた一撃が肩を打つ――が。
「クックッ……魔力なしの小娘など」
――揺るぎもしない。
ドクトルは平然と立ち上がった。
「足りない。――なら」
ナイフを引き抜く。
テオと同時に踏み込んだ。
「フン……!」
ドン、と足を踏み鳴らす。
「【網焼肉(グリエ・ヴィアンド)】!」
爆炎が噴き上がった。
炎を纏った蹴りが旋回し――
「ぐっ……!?」
あたしもテオも、まとめて吹き飛ばされる。
「ミストさん! テオくん……!」
ケビンが叫ぶ。
ナイフは衝撃で見失った。
身体が動かない。
――強すぎる。
「いいぞ! やってしまえドクトル!」
サラマンダー商会の会長の声が響く。
……このままじゃ――
「……使うしかない」
最後の魔力の核に手を伸ばす。
――これが、最後。
「【吸魔(アブソーブ)】……!」
瞬間。
“それ”が流れ込んできた。
最後に残った奥の手。
悪魔(アテルラナ)の遺物――
暴力的な魔力が、全身を満たす。
「怯むな! やれ!」
ドクトルが迫る。
だが――もう遅い。
「【三戦《サンチン》の構え】……」
呼吸を整える。
魔力が収束する。
「【魔弾・正拳突き】――!」
圧縮された魔力が拳に宿る。
そして放つ正拳突き――!
衝撃が、内側から爆ぜた。
「が……っ!?」
ドクトルの腹を貫通し、そのまま壁へ叩きつける。
地下空間全体が揺れた。
「やった!!」
歓声。
――だが。
「……ククッ」
笑い声。
「ハハハハハッ!!」
「なに……?」
――違う。
何かが、決定的におかしい。
次の瞬間――
貫いたはずの腹が、蠢いた。
肉が泡立つように盛り上がり、骨が軋みながら繋がる。
逆流した血が、内側から皮膚を押し上げた。
「魔物の……再生能力……!?」
一部の魔族が持つ希少な能力――
「左様!」
完全に再生したドクトルが立ち上がる。
「今のわしは無敵だ!」
踏み込んでくる。
「【甘味(デセール)】!」
泡立てるように腕を回し、突き出す。
重い一撃。
「ぐっ……!」
殴り飛ばされる。
「姐さんっ!? ぐあっ!」
テオも吹き飛ぶ。
――でも、まだ。
「【瞬身】……!」
消えるように接近。
これまで発動した時より、段違いに早い。
「【浸透発勁《しんとうはっけい》】……!」
密着し、拳底を叩き込む。
内部へ、直接――!
「はあああぁぁぁっ!!」
アテルラナ由来の膨大な魔力を、すべて流し込む。
「ぐおおぉぉっ!?」
ドクトルが仰け反る。
渾身の一撃が叩き込まれ――体内から破裂音が走る。
「やったか――」
その瞬間。
――超速再生。
腕が、伸びた。
「やば――!?」
頭を掴まれる。
「フフ……わしの料理(わざ)……」
握力で締まる。
「喰らうだけでは済まんぞ? 最後まで味わえ!」
潰れる――!
視界がぐにゃりと歪み、光が滲む。
「ぐっ……ああっ……!」
「思い知ったか? 悪魔に匹敵する魔力だろうと、わしは壊せない!」
握る力が強くなる。
「コース料理は締めくくり。【珈琲(カフェ)】」
豆を挽き潰すかのような締め付け。
頭蓋が軋む――意識が、遠のく。
――ここまで……?
指先の感覚が消える。
――終わる。
――静寂。
その直後。
「――【チリアット】」
瞬間――
ドクトルの胸を、黒い針が貫通。
「ぐっ……!?」
拘束が解け、あたしは地面に落ちる。
「はぁっ……はぁ……」
顔を上げる。
天井に空いた穴。
そこから――
「やあやあ――人間達」
その声。
その言葉遣い――
「何を勝手に……ボク達のモノに手を出してるのさ」
空気が、凍り付いた。
金髪の少年。
袖の余ったシャツ。
「……コモエディア」
目が合う。
「……ミスト」
静かに降り立つ。
「あの時はよくも……っ!」
全てを失った日の事を思い出す。
怒りが込み上げてきた。
「勘違いしないでくれたまえ」
ドクトルを指差す。
「ボクは怒っているのさ」
その視線は――怒りを帯びていた。
「人間風情が、ミュータ・クリスタルに触れるなんて」
拳を握る。
「……あれは、人を壊す石だ」
見た事無い表情。
憎しみ、敵意が込められていた。
「キミには話していなかったね」
ポツリと、コモエディアは語る。
「――ボクは、“元人間”だ」
空気が凍る。
「その石で変異した“悪魔”でもある」
衝撃。
コモエディアが元人間――?
――そんなの。
「……性格悪いのは元から?」
「さあね」
笑う。
「でも――」
ドクトルへ向き直る。
「ボクを悪魔に変えたその石ころは、壊し尽くす……!」
踏み込む。
「【アリキーノ】!」
振るわれた拳。
ドクトルの頭を消し飛ばす。
しかし超速再生――
「無駄だぁ! 魔王軍幹部だろうと……!」
拳で抵抗。
「……なるほど」
軽くかわす。
「大気中の魔力を吸ってるのか」
視線が向く。
――ミュータ・クリスタル。
「あの石ころからね」
「気付いたところで、やれるものなら……!」
指を鳴らす。
「【行列待機(ラ・フィル・ダタント)】!」
結晶が輝く。
次々と魔物が生まれる。
「客は無尽蔵に現れる。数で押し潰す!」
ドクトルが笑う。
「さあ――」
狂った宣言。
「仕切り直しといこうじゃないか――」
狂気の晩餐は、まだ終わらない。