悪魔に利用されてますが、その悪魔を人に戻すことにしました   作:白井ライ

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救いの拳

 ドクトルが生み出した大量の魔物が、視界を埋め尽くす。

 

 その奥――

 脈打つように輝く結晶。

 

 超速再生の源、ミュータ・クリスタル。

 

「まだ、戦えるかい?」

 

 振り返るコモエディア。

 

「やれる――」

「ああ」

 

 テオと同時に答える。

 

「僕も助力します」

 

 ケビンは魔法の虫眼鏡を構えたまま、静かに言った。

 

「今は悪魔の手も借りたいところでしてね」

 

 そのレンズが、淡く輝き始める。

 

「――動き、全部見えてます」

 

 低く、断言。

 

「【分析(アナリティクス)】……!」

 

 世界が、数式に塗り替えられる。

 

 視界に走る光の線。

 敵の動き、軌道、呼吸、癖――すべてが数値として可視化される。

 

「なんのつもりだ?」

 

 ドクトルが眉をひそめる。

 

「【検視(アナライズ)】を拡張させた魔術。時間こそかかりますが――」

 

 ケビンが言い切る。

 

「――行動、思考、反応。すべて、読み切りました」

 

 光の軌跡が、あたし達を導く。

 

「お願いします!」

 

「行くわよ……!」

 

 踏み込む。

 

 導かれるままに。

 

「【正拳突き】!」

 

 反撃をかわし、振り被る。

 

「【拳影突き】!」

 

 軌道を捻じ曲げ、懐へ潜り込む。

 

「【アリキーノ】!」

 

 拳が拳圧を纏う。

 

 3人による同時攻撃――

 

 胸――腹の順に拳をめり込ませ――

 

 最後に、拳圧が頭部を撃ち抜いた。

 

「無駄無駄ぁ!」

 

 ――だが。

 

 肉が蠢き、瞬時に再生する。

 

「何度やろうと同じことだ!」

 

 ドクトルが笑う。

 

 ――やっぱり、殴り続けるだけじゃ終わらない。

 

「今よ! 【吸魔(アブソーブ)】……!」

 

 再生の際、ドクトルの周囲に一瞬魔力が満ちる。

 

 それを――奪う。

 

 左手から吸い上げる。

 

 だが――

 

「隙だらけだ! 【珈琲(カフェ)】!」

 

 腕が伸びてくる。

 

 頭を握り潰される――!

 

 咄嗟に後退した。

 

「……やっぱり、石を壊さないと――」

 

 ケビンが呟く。

 

「ミスト! どれだけ吸った!?」

 

「……何とか、一回分」

 

「――十分だ!」

 

 コモエディアの背に、黒い翼が広がる。

 

「【ファルファレルロ】!」

 

 一気に飛翔。

 

 上空へ。

 

「おいらもいける……!」

 

 テオが短剣を握り直す。

 

「何を――」

 

 ドクトルは警戒を高める。

 

「すべての敵を捕捉――今です!」

 

 合図。

 

 同時に動く。

 

「【カルカブリーナ】……!」

 

 瞬間。

 

 空間ごと、凍りついた。

 

 魔物も、ドクトルも――すべて。

 

「くっ……クク……」

 

 それでも、笑っている。

 

 氷が――軋む。

 

「テオくん!」

 

「ああ! 【裂痕華】……!」

 

 駆ける。

 

 手近な魔物に突き立てる。

 

 ひびが、連鎖する。

 

 魔力を辿り――

 

 ミュータ・クリスタルへ。

 

 ――到達。

 

「すかさずミストさんっ!」

 

「……行く!」

 

 駆ける。

 

 凍りついた魔物の上を、足場にして。

 

 一歩、二歩――跳ぶ。

 

「当てる……っ!」

 

 手を伸ばす。

 

 「【浸透発勁《しんとうはっけい》】……!」

 

 ――触れた。

 

 その瞬間。

 

「っ……!?」

 

 強烈な拒絶。

 

 結晶が凝固し大きくなる。

 

 弾かれる――!

 

「任せて――」

 

 背後から支えられる。

 

 黒い翼。

 

 コモエディア。

 

「【チリアット】……!」

 

 黒い針が、結晶を貫く。

 

「いける……!」

 

「――押し込めぇぇぇ!!」

 

 力を込める。

 

 二人で押し切る。

 

「割れろおおぉぉっ……!」

 

 魔力を内部へ浸透――

 

 表面と内部。

 

 “両方”から、砕く――!

 

 パリンッ。

 

 砕けた。

 

 ミュータ・クリスタルが――粉々に砕け散る。

 

「なっ……!?」

 

 ドクトルの顔が歪む。

 

 溢れ出す魔力。

 

「【吸魔(アブソーブ)】!」

 

 逃がさない。

 

 拡散する魔力を、強引に引き寄せる。

 

「ば……馬鹿な……!」

 

 ドクトルが後ずさる。

 

「錬金術で変換しています!」

 

 ケビンの声。

 

 急激に取り込まれていく魔力。

 数値として表示される。

 

「石の魔力を……人の身体に適応させている!」

 

 取り込める。いや、制御できる。

 

 いける――!

 

 力が満ちる。

 

「あんた達は――」

 

 抱き抱えられたまま、ドクトルの目の前に降ろされる。

 

「人を魔物に変えた」

 

 拳を握る。

 

「だったらあたしは――その逆をやる」

 

 一歩、踏み出す。

 

「奪われたものは、取り戻す」

 

 そして。

 

「変えられた人間も――取り戻す」

 

 見据える。

 

「救済はある――いや、あたしが起こす!」

 

 テオみたいな目には――

 もう、誰にもさせない。

 

「この“錬金の力”で――」

 

 宙に佇むコモエディアを一瞬見る。

 

「“悪魔”を人に戻す! それをこの旅の目的にする……!」

 

 次々と魔物達が砕けていく。

 

 取り込んだ魔力の余波だ。

 

「凄い――」

 

 両手に、大量の魔力が集っていく。

 

「それが――あたしの戦いよ!」

 

 魔力が渦巻く。

 

 あたしの中で。

 

 オーラとなり、纏わりつく。

 

「あんた達みたいな“悪魔”に――!」

 

 両拳を引き絞る。

 

「二度と……!」

 

 踏み込む。

 

「奪わせないっ!!」

 

 【両拳突き】――!!

 

 引き絞った両手の拳を突き出す。

 

 魔力が奔流となって叩き込まれる。

 

 ――静寂。

 

 世界が、止まる。

 

「ぐおおおぉぉっ……!?」

 

「もう……誰も、奪わせない――!」

 

 魔力を全開――

 

 体を貫通した。

 

 ドクトルの身体が、内側から崩壊する。

 

「お……のれ……っ」

 

 その言葉を最後に――

 

 崩れ、消えた。

 

 静寂。

 

 ――終わった。

 

「ひっ……!?」

 

 会長が逃げ出す。

 

「【ぴえん・デビル召喚】」

 

 ピンクの小悪魔が群がり、拘束する。

 

「トウマ! ナキリ……!」

 

 拘束された会長を連れて、2人が研究室へと入って来た。

 

「おう! 片付いたみてぇだな!」

 

 トウマがメロイックサインを作り、突き出す。

 

「ええ……事件解決です!」

 

 ケビンが虫眼鏡を掲げる。

 

 ――全部、終わった。

 

 

 魔王城。

 

 月光に照らされた柱の上。

 

「……壊れちゃったかぁ」

 

 少女が座っていた。

 

 黒いボブ。

 

 小さな翼。

 

 吸血鬼――モレラ。

 

「……つまんなぁい」

 

 不満を口にした。

 

 その目だけが、まったく笑っていなかった。

 

 手には、心臓。

 

「コモくんが……“裏切る”なんて……っ!」

 

 表情が歪む。

 

 血管が浮き出た額。

 

 憎悪に染まった緑の瞳。

 

 牙を剥き出しにした口元。

 

 音を立てて、血と肉片が飛び散る――

 

 心臓が弾けた。まるで、それが“玩具”だったかのように。

 

 

「がっ……はっ……!?」

 

 突如、会長が吐血する。

 

「なっ……!?」

 

 崩れ落ちた。

 

「し――死んだの……?」

 

 ナキリは拘束を解く。

 会長の状態を確認する。

 

 即死。

 

「……モレラだ」

 

 コモエディアが呟く。

 

「始末された、か」

 

 険しい顔をする。

 

 裏切りがバレた。

 確実に始末しに来る。

 

 沈黙。

 

「ミスト――」

 

 呼ばれる。

 

「ボクは、一度キミを裏切った」

 

 視線が落ちる。

 

「それでも立ち上がるキミを見て……もう一度、人間でいたいと思った」

 

 頭を下げる。

 

「……もう一度、向き合いたい」

 

 少しだけ考えて――

 

 あたしは、肩をすくめた。

 

「勝手について来れば?」

 

 視線を逸らす。

 

「どうせ――」

 

 少しだけ笑う。

 

「あんたも“人間”に戻さなきゃいけないしね」

 

 コモエディアが、わずかに目を見開いた。

 

 そのあと――

 

 小さく、笑った。

 ほんの少しだけ、人間らしく笑った。

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