悪魔に利用されてますが、その悪魔を人に戻すことにしました   作:白井ライ

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セルビーの村

 アリアドネとの死闘――そして、この村へ辿り着くまでの経緯を語り終える。

 

 部屋の中には、言葉を失ったような静けさだけが残った。

 

「なるほど……」

 

 腕を組んだカイルは、小さく頷く。

 

「その悪魔に、別世界から連れてこられた……と?」

 

「はい」

 

 自分でも現実味のない話だと思う。けれど――相手が“悪魔”なら、説明はそれで通ってしまうのが、この世界なのだろう。

 

「それはそうと、ミストさん」

 

 カイルは椅子から立ち上がった。

 

「あなたには、お礼を申し上げたい」

 

「お礼……ですか?」

 

「はい。『大蜘蛛アリアドネ』は、これまで何人もの犠牲者を出してきた危険な存在でした」

 

 空気が、ぴんと張り詰める。

 

「それを討伐していただいたこと――心より感謝します」

 

 そう言って、彼は深々と頭を下げた。

 

 ――騎士が、頭を下げている。

 

 その光景に、言葉を失う。

 

「や、やめてください! あたし、ただ……勝手に手を出しただけで……!」

 

 慌てて手を振る。けれど――

 

「いいえ」

 

 きっぱりと、遮られる。

 

「あなたの行いで、“誰か”が救われた」

 

 カイルは柔らかな笑みを浮かべた。

 

「……本来なら、私が果たすべき役目でしたから」

 

「……っ」

 

 胸の奥が、じんわりと熱を帯びる。

 

 あの戦いに、意味があった。

 

 あたしの拳が――誰かの命を守った。

 

(……まあ、あいつがそんなこと考えてたとは思えないけど)

 

 ふと浮かぶ、あの悪魔の顔。

 

 けれど――それでもいい。

 

 結果として救えたなら、それで。

 

「――ところで」

 

 気を取り直すように、カイルが続けた。

 

「この村に、しばらく滞在されるご予定は?」

 

「えっと……正直、まだ何も考えてなくて」

 

「でしょうね。でしたら――ひとつ提案があります」

 

 カイルは、声を潜めた。

 

「西にある『クロンド洞窟』をご存じですか?」

 

「いいえ」

 

「そこを拠点に、農地を荒らす魔物が出ているのです」

 

 村長からの依頼で、収穫物の略奪や畑の破壊が相次いでいるらしい。

 

「討伐には人手が必要でして……もしよろしければ、ご助力いただけませんか?」

 

「……あたしでよければ!」

 

 思わず即答してから、少しだけ言い淀む。

 

「ただ、その……お金とか、持ってなくて……」

 

「ああ、その点はご心配なく」

 

 カイルは穏やかに笑った。

 

「アリアドネ討伐の報酬分、私が立て替えます」

 

「えっ……!?」

 

 思わず声が裏返る。

 

「本来は私が討伐すべき対象でしたので、それくらいは出させていただきますよ」

 

 ――願ってもない提案だった。

 

 強くなって、イブリスを倒す。

 

 それが、元の世界へ戻るための唯一の道。

 

「ですので、安心して依頼を受けてください」

 

「……ありがとうございます! よろしくお願いします!」

 

 差し出された手を、ぎゅっと握り返す。

 

 こうして――

 

 あたしの異世界での“最初の依頼”が、決まった。

 

 *

 

 その日は身体を休め、翌朝。

 

 村外れの空き地で、あたしはカイルと向き合っていた。

 

「――よく似合っていますね」

 

「え、ほんとですか?」

 

 思わず自分の服を見る。

 

 襟付きのシャツに、膝上丈のラップスカート。

 

 エヴェリンさんが貸してくれたものだ。

 

「みんな優しすぎて……ちょっと戸惑ってます」

 

「当然ですよ。単独で『脅威度9』を討伐したのですから」

 

 その言葉に、近くで作業していた村人たちが一斉にこちらを振り向く。

 

 向けられる視線は――驚きと、尊敬。

 

「脅威度……」

 

 昨日聞いた説明を思い出す。

 

 魔物の強さは十段階。

 

 九――それは、駆け出し冒険者にとって出会った瞬間“終わり”を意味する領域だ。

 

 そして――それを単独で倒せる者など、ほとんど存在しない。

 

(……あいつ、やっぱりおかしいでしょ)

 

 脳裏に浮かぶのは、あの悪魔――コモエディア。

 

 魔王軍幹部。

 

 脅威度二以上――それは、帝都の騎士団長すら及ばない領域。

 

「……本当に、勝てるのかな」

 

 思わず漏れた呟きに、カイルが静かに答える。

 

「ですから、まずは“生き残る術”を身につけましょう」

 

「魔力格闘と魔術、ですよね?」

 

「ええ。あなたほどの素質があれば、“シンベリーの四騎士”――いえ、すぐに並みの冒険者を追い抜くでしょう」

 

 その眼差しは、確信に満ちていた。

 

「――師匠、お願いします!」

 

 腰だけを曲げたまま頭を下げる。

 空手の稽古で身に付けさせられた姿勢だ。

 

「……師匠、ですか。まあ、構いませんが」

 

 カイルは少し困ったように笑った。

 

 そして、かかしの前へと歩み出る。

 

「まずは手本をお見せしましょう」

 

 低く構え、拳を引き絞る。

 

「――【騎士流正拳突き】!」

 

 一歩。

 

 それだけで間合いが消える。

 

 叩き込まれた拳から放たれた衝撃が、一点に収束し――

 

 次の瞬間。

 

 かかしは、台座だけを残して消滅していた。

 

「すご……っ!」

 

「体内の魔力を身体に集中させ、放つ。それが“魔力格闘”です」

 

「なるほど……」

 

 理解しかけた、その時だった。

 

「なぁ〜んだ、面白そうなことやってるじゃん」

 

 軽い声が、空から降ってくる。

 

 見上げると――

 

 空中を“踏むようにして”、コモエディアが降りてきた。

 

「……魔王軍幹部」

 

 カイルが剣を抜く。

 

 だが、当の本人はまるで気にしない。

 

「やめなよ。人間らしく死にたいでしょ?」

 

「何……?」

 

「ボクたちは“虐げ方”を知っている。キミはどれくらい耐えられるかな?」

 

 空気が凍る。

 

 カイルは、わずかに逡巡し――剣を収めた。

 

 その間に、コモエディアはあたしの前に降り立つ。

 

「やあ。無事だったんだね」

 

「あんた……どこ行ってたのよ! この人に手出ししないで!」

 

 詰め寄ろうとした瞬間、

 

「待ちなよ」

 

 袖を掴まれる。

 

 そのまま、かかしへ視線を向けた。

 

「気が変わった。戦い方――教えてあげるよ」

 

「はぁ!? 昨日は見てるだけだったくせに――」

 

「いいから」

 

「いいえ」

 

 カイルが一歩前に出る。

 

「魔王軍幹部に教えを乞う必要はありません。彼女には、人を守る力を――」

 

 だが、その言葉は風の音に遮られた。

 

「これが魔術だ。【リビコッコ】」

 

 コモエディアが軽く腕を振った。

 

 ――瞬間。

 

 ――遅れて、音が消えた。

 世界から、“音だけが抜け落ちた”みたいに。

 

 土煙が巻き上がり、視界が白に塗り潰される。

 

 わずかに見えたのは、引き裂かれるかかしの影。

 

 次の瞬間には――その残骸が、空から細切れとなって降り注いでいた。

 

「……っ」

 

 さっきの一撃とは、比べ物にならない。

 

「……なんて力だ」

 

 カイルが低く呟く。

 

「やってみなよ。どこまで持つか見たいし」

 

「それ、命令って言うの!」

 

 思わず言い返す。

 

 ――けれど。

 

(……覚えなきゃ、死ぬ)

 

 直感が告げていた。

 

 コモエディアでこれなら、イブリスはその上。

 

 このままじゃ、絶対に届かない。

 

(あたしは――勝つ)

 

 生きて帰るために。

 

 全部を超えるために。

 

「……教えて」

 

 小さく、けれど確かに言った。

 

 騎士と悪魔。

 

 相反する二つの力を前にして――

 

 あたしは、そのどちらも選ぶ。

 

 こうして。

 

 あたしの修行は始まった。

 

 人を守る拳と――魔物を砕く力を、その手に掴むために。

 

「キミなら一日もあれば十分さ」

 

「簡単に言ってくれるじゃないか」

 

「ボクの指導に壊れなければ、だけど」

 

 くすりと笑った顔に、温度がなかった。

 

 その言葉の意味は、考えないようにした。

 

 だから――壊れようと構わない。

 それでも、あたしは強くなる。

 

 ――イブリスを倒す、そのために。

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