花陽の兄が絢瀬絵里に恋をしてしまいました。   作:あらを

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ラブライブが好きで何年か前にハーメルンで小説投稿しておりました。
久々に書きたくなったので、投稿します。



《第一章》
1.プロローグ。


 

 町内の端っこに位置する小さな公園。

 夕暮れ、橙色の陽に照らされた遊具達が、まるで生き物のような巨大な影を落とす。

 

 身長の何倍もある大きな滑り台。

 その一番上で少年───────俺は、高らかに言った。

 

『俺、大きくなったら絶対に花陽と結婚する!』

 

 幼き日の俺が、幼い妹に向かって二人の未来を誓っていた。

 世間や常識のことなんて何も知らない、子供だからこそ紡げる幼稚なプロポーズ。

 妹と結婚だなんて、馬鹿げた妄言もいいとこだ。

 何歳の頃だろうか? 懐かしい、いつかの記憶。前後の会話はまるで覚えちゃいない。

 

『けっこん?』

 

 妹は、不安そうにこちらを見つめる。

 眼鏡の奥に、小さな光を称えて。

 

 俺達二人は、実の兄妹。

 

『うん! 花陽と結婚して、すっごく幸せになるんだっ!』

『嬉しい・・・でも、ダメだよ。私達は兄妹だから、結婚なんて・・・』

 

 泣き虫な妹は涙ぐんで、滑り台の下で俯き足元を見つめる。

 その様子を見た俺は素早く滑り台から降りると、妹の元へ駆け寄った。

 彼女にそんな顔をさせたくなくて、一生懸命に声を上げる。

 はっきりと。そして真っ直ぐに。

 

『大丈夫さ! どうにでもなる! 絶対に、花陽と結婚するんだ!』

『本当に、できるかな・・・?』

『うん! できる! 必ず幸せにするよ!』

 

 いつだって、兄は妹を笑顔にするもの。

 幼いながらに、そう思って生きてきた。

 

 しかし、彼女が表情に花を咲かすことはなく。

 花陽は俯いたまま、ゆっくりと首を横に振った。

 そして再び顔を上げる。

 その目には、涙。

 

『やっぱり、ダメだよ』

 

 ぐにゃり、と妹の可愛い顔が歪む。

 段々と、景色もぼんやりとしてきて。

 

『なんで?』

『だって、お兄ちゃんには、心に決め────』

 

 彼女の言葉が途切れ。

 暗闇に飲まれるように、暗転した。

 

 

 

 

 

 

 

───────ちゃん!

 

───────お兄ちゃん!!

 

 

 誰かに呼ばれている気がした。

 ゆさゆさと身体を揺らされる不快感に、瞼が勝手に開く。

 

「お兄ちゃん! ・・・お兄ちゃん!」

「・・・」

「うぅ、起きてよぉ! もう五十分だよ!?」

「・・・ん」

 

 俺は徐々に意識を呼び覚ます。耳朶を打つのは、可愛らしい女の子の声。

 ゆっくりと目を開けると、世界一可愛い我が妹の顔が視界の大半を占有した。

 

「・・・花陽?」

「あぅ、やっと起きてくれた・・・」

 

 この娘は、小泉花陽。十七歳の高校三年生で、繰り返しになるが、俺にとって世界一可愛い妹である。

 二年前に流行りのスクールアイドルというやつになり、今でも続けている。

 

 うむ、今日も大変可愛い。

 

 二年前ショートボブだった髪型は、今ではロングヘアとなり、当時より少し大人びた顔つきは、女性らしい色香を漂わせる。

 μ'sとしてラブライブで優勝してから約二年。未だにスクールアイドルとして絶大な人気を誇る超絶美少女な妹を持ち、さらには朝起こしてもらえるなんて・・・はっ、なんて幸せものなんだろうな、俺。

 彼女のファンからしてみれば、全財産を注ぎ込んでも受けたい施しであろう。

 

 懐かしい、夢を見ていた気がする・・・。

 幼き日の妹との会話。妹と結婚できると本気で思った、社会のこと等何も知らないクソガキの戯言。

 小さい頃から、時々見る夢だった。

 

「花陽・・・おはよ。今日も可愛いな。よしよし」

「えへへ・・・じゃ、じゃなくて! お兄ちゃん、もう五十分過ぎてるよ!?」

「ん?」

 

 上半身を起こし、妹の大変可愛い頭を撫でていると、なんだかとても不穏な言葉が聞こえてきた。

 

 五十分過ぎてる、だとっ・・・?

 大学生であるところの俺の起床時間は、受ける授業によって異なる。

 つまりは日によって違うってわけなんだが、一番早い日だと朝七時半。そんで十五分後には、共に登校する同期と待ち合わせをしているわけで・・・。

 今日の曜日は、一番早起きしなければならない日。

 

 ふぅ───────。

 寝坊を認識すると、妙に落ち着いた気分になるよな。ある種の諦めみてぇなさ。

 

 さて、状況を確認。

 昨夜設定したはずのスマホのアラームは、その機能を果たした証拠をデカデカと画面に記していた。

 クソ・・・スマホに馬鹿にされた気分だぜ。

 分かることは、この状況が『ヤバい』ということだけ。

 

「下に絵理ちゃん来てるよ」

 

 妹の一言に、サッと冷や汗がこめかみを伝った。

 

「お兄ちゃんが待ち合わせ場所に来なかったから、迎えに来たみたい・・・って、わっ、わぁっ!!」

「やべぇ!!! 寝坊したー!!!!」

 

 やらかしてるぅ!!

 妹の一言でようやく状況を正しく認識した。

 クリスチャン・コールマンよろしく最速のスタートダッシュを決めてベッドから飛び出した俺は、体感五秒で着替えを済ませ、体感二秒で玄関へとたどり着く。

 体感であって実際は二分くらいかかってんだけどな!

 

 ガチャン──────玄関の扉を開いた。

 途中、妹が止まって見えたぜっ。あぁ、可愛いから拝みたい・・・って、そんな暇はない!!

 

 急げぇぇぇー!!!!!!

 

 部屋に取り残された妹は一人。兄の人外的な速度に、

 

「・・・わ、わぁ」

 

 ただただ呆けるだけだった。

 

「あれ・・・? あわわ、お、お兄ちゃん、大学用のバッグ忘れてるよぉぉぉ〜〜〜!!! もう、ダレカタスケテェ〜〜〜〜!!」

 

 

 

 

「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ・・・死ぬぅ」

「お、おはよう・・・」

「はぁ、はぁ・・・お、おはよう」

「もう、朝から何やってるのよ」

「光に・・・はぁ、はぁ、なってた・・・はぁ、はぁ、ぜぇ、ぜぇ」

「意味が分からないし、せめて息を整えてから話しなさい?」

「やばい吐きそう・・・ほんま死ぬ・・・」

 

 文字通り光の速さで家を飛び出した俺は、一日分、否、向こう一ヶ月分の体力を全て使い果たして息を上げていた。

 このままじゃ大学の授業体力持たねえぞ。

 今日、バイトもあるし・・・キツ。

 

「だ、大丈夫?」

 

 玄関前でスマホも見ず、目を引くほど綺麗な立ち姿で俺を待ってくれていた金髪美女から、心配と侮蔑の視線が届く。

 

「なんだかすっごいドッタンバッタン聞こえてたけど・・・?」

「すぅ、はぁ。・・・寝坊して花陽に起こしてもらってた」

 

 一度深呼吸。

 息を整えて事実を端的に伝えると、彼女は呆れた顔を浮かべながら一つ息をついた。

 

「もう、花陽も受験生なんだから、あんまり苦労かけちゃダメよ?」

「あい、すんません」

 

 もっともである。謝るしかできない。

 あぁ、朝から情けねぇ。兄としての威厳なんてあったもんじゃないぜ。

 自業自得だがな・・・。

 

 さて、紹介しておかないとな。

 この金髪美女の名は、絢瀬絵里。

 花陽と同じ元μ'sのメンバーであり、俺と同じ大学二年生。

 

 なんと驚け。コイツ、ロシア人のクウォーターなのである。

 透き通るほどの白い肌に、碧玉のような蒼い瞳。そんでそれを縁どる長い睫毛。女の子なら誰もが羨むほどサラサラで枝毛一つない金髪は、街に出れば道行く人が振り返るほどだ。

 実際、一緒に歩いてると人の目を引いているのがよーく分かる。

 

 彼女とは、花陽がスクールアイドルを始めたことがきっかけで知り合い、もう二年の仲になる。

 妹と幼馴染を除けば、μ'sの元メンバーの中では最も親しいと言っても良い相手だ。

 一応ことわっておくが、恋人とかではないからな。

 

 初めは中々距離感が掴めなかったが、時間をかけ少しづつ仲良くなっていった。

 当時俺にとってただの友人だった絢瀬は、今では大学の同期。そんで、同じ個別指導塾のバイト仲間でもあったりする。

 

 しっかし、知り合った頃はこうして一緒に大学に通うなんて思ってもみなかったなぁ。

 

「ちなみに今日の二限、提出物あるけど覚えてる?」

 

 大学に向かう道すがら、絢瀬が問うてきた。

 俺は笑顔でサムズアップ。ふん、舐められたもんだな。提出物くらい任せとけって。

 

「おう。昨日の夜中にバッチリ仕上げたぜ」

「なるほど。それが寝坊した理由ね?」

「うっ・・・正解」

「・・・はぁ。深夜に焦ってやるあたりは陽介らしいけど、寝坊したら意味ないわよ?」

「起きれたんだから結果オーライだろ」

「それは貴方じゃなくて花陽の手柄でしょう」

 

 そ、そうだけどよぉ・・・。

 軽口の応酬。二人してくすくすと笑い合う。

 絢瀬はいつもと同じ高めの位置で留めた髪を気にしながら続けた。

 

「まあでも、ギリギリとはいえちゃんとやってくるんだから、その辺は真面目よね、ほんと」

「いやまあ提出物しくじったらワンチャン単位落とすからな・・・」

「遅刻はよくするのに・・・」

「遅刻で単位は落ちない! 授業にさえ間に合えばな!」

「そもそも単位落とさなければ遅刻はOKという考えを改めなさい!」

「ハイ、スミマセン」

 

 な、なんだか今日は妹にも同期にも頭が上がらないんだけど・・・。

 い、いつもこんな感じじゃないからネ?

 そんな会話をしている内に、最寄りのバス停に辿り着く。

 いつものバスがやってくるまで三分ほど。

 

 俺は待ち時間を利用してラインのグループトークを開き、今日のバイトの内容を確認する。

 俺達のバイト先の個別指導塾は、このようにラインのグループで仕事内容を共有することになっているのだ。

 

「お、今日絢瀬と時間丸かぶりだな」

「ああ、確かそうだったわね」

 

 勤務シフト、その日担当する生徒、科目や授業の内容といった物が共有されており、俺は自分の担当欄を確認する。

 

「ええっと俺の担当は・・・うへ、小野くんの数一か」

「ああ、小野くんね」

 

 絢瀬は困ったような笑顔を浮かべている。

 

「そ。まあ、俺ん時は割と大人しくしてくれてるから、いいんだけどな」

「ふふ、陽介は生徒の扱い上手いものね」

「どうだろう、小野くんはさすがに例外かもなぁ」

 

 この小野ってのは、ウチの塾の中ではそこそこ問題児扱いされている生徒である。教えてる最中に平気でお菓子とか食おうとするし、関係ない話ばかりしようとするし、オマケに宿題はやってこないしな。まあ、個別指導とはいえそれなりに生徒数のいる塾だから、そういうやつも一人や二人はいるわけで。

 

「私も、今度から小野くんの英語見なきゃいけなさそうなのよねぇ」

「え、そうなの?」

「ええ、今小野くんの英語を担当してる人が今月末で辞めちゃうみたいで」

「うわー、そいつは気が重いな」

「でしょう? 小野くんのところ、お母さんも結構クレーマー気質って聞くし」

「あぁ、なんか噂になってたな」

 

 中間テストの結果が気に入らなかったとかで、過去に塾に乗り込んできたことがあるんだ。

 そん時は塾長がなんとか諌めて、大事にはならなかったんだけど・・・。

 絢瀬が小野くんの担当にならないことを祈るばかりだ。

 

 いつもの都営バスがやってきたのは、定刻から三分ほど遅れてのこと。

 十五分ほど揺られ、大学近くの停留所に辿り着く。

 

「そんじゃ、授業終わったらいつものとこで待ち合わせな」

「えぇ、じゃあまた」

 

 絢瀬とは受ける授業が一部違うため、今日は校舎に入ってすぐに別れ、各々講義室へと向かう。

 

 さてと───────。

 

 ここらで自己紹介でもさせてもらおうかね。

 

 俺の名前は小泉陽介。

 年齢は二十歳。どこにでもいる大学二年生だ。

 特筆事項があるとすれば、世界一可愛い妹がいることくらいだろう。

 顔面は自己評価になってしまって申し訳ないが、まあ、中の下くらいに思っていてくれると助かるかな。勉強は、比較的得意な方。

 それから・・・んー、特筆する趣味は特になし。

 そりゃまあ、流行ってる音楽やアニメを見ることくらいはあるけどよ。それでも、熱中していると言える程のものは無いと言っていい。

 ただ、ここ数年は妹がスクールアイドルを始めた関係でイベント事が増えたので、楽しみと言えばそれだろうか。

 

 とまあ、これがこの物語の語り部である俺の情報だ。

 覚えるのが面倒だったら、忘れてもらっても良い。

 実際、影薄いからな、俺。

 

 んで、ここからが本題なんだが・・・。

 

 えっとだな、なんだか改めて言うのは恥ずかしいんだけど。

 俺、実は絢瀬の事が好きなんだよね。

 ・・・おい、今そんな無謀な恋叶うわけないって思っただろ。

 そんなこと言ってくれるな。俺が一番、分かってんだからよ。

 お前らだって、一度くらい経験あるだろ?

 

 好きになったきっかけは、今となっちゃあんまり覚えていない。一緒に過ごしていく中で、驚く程自然と好きになっていた。

 

 あんな誰もが憧れる美女と、顔も才能も平凡な男が釣り合わないことなんて、いくら馬鹿な俺でも分かるさ。

 ・・・でも、好きなんだわ。マジで。

 ほんとに、参っちゃう話である。

 

 とまあ、簡潔に述べたが、これがこの物語の本題。

 取るに足らない大学生の、ささやかな恋物語。

 先に忠告しておくが、そんな面白いもんじゃあないと思うぞ。

 なんせ、俺はヒーローでも主人公でもない、平凡な大学生なのだから。

 

 興味がある奴だけ、見てくれりゃ俺は満足だ。

 応援してくれる奴が一人でもいるなら、それほど嬉しいことはない。

 

 

 そんじゃ、ぼちぼち語らせて貰おうか。

 

 

 

 

 時は流れ、バイトの時刻。

 講義が無事終わり、午後四時過ぎ。

 

 俺と絢瀬は最後の講義を終えて集合し、そのまま二人でバスに乗って、バイト先である個別指導塾にやって来ていた。

 現在は、事務室にて授業の準備中。

 講師たちは各々、プリントをコピーしたり授業範囲を確認したり。

 講師といっても、大半が俺や絢瀬と同じ大学生なので、緊張感溢れる職場という感じでもなく、割と和気藹々とやっている。

 

 ・・・おっし、ひとまず終わりっと。

 俺は自分の準備を終え、満足げに頷く。

 

 絢瀬も俺のすぐ隣で、なにやら準備中。

 塾長が予定表を見ながら、講師に声をかけていく。

 

「小泉くんは、今日は小野くんの数学を頼むね。最初の一コマが終わったら、今日から新しい子が来るからそっちをお願いします」

「はい」

「えー、絢瀬さんは、一コマ目が村上くんの理科で二コマ目が今石さんの英語。今石さんの方はかなり苦手みたいだから、ゆっくり教えてあげて」

「はい、分かりました」

 

 今石? どっかで聞いたような。

 手を止めて記憶を掘り返す・・・ああ、先週入ってきた女の子だ。この前俺が担当したっけな。

 確か、授業の進捗表を書いた記憶がある。

 

 俺は他の講師より一足早く授業範囲の準備を終え、絢瀬が担当する今石さんの英語の進捗表を開く。あ、やっぱり俺が担当してるわ。

 

「絢瀬絢瀬」

 

 英語の教科書を見ながら「う〜ん」とか唸っている絢瀬に声をかける。

 

「ん?」

「もしかして、今石さんの授業範囲でお悩み?」

「ええ、よく分かったわね」

 

 絢瀬は少し驚いた様子。

 まあ中一英語のテキスト開いてるからな。

 準備中の講師達の邪魔にならないよう小声で話す。

 

「その子、前回俺が見た感じまだ英文書かせたりするより、単語とか初歩的な動詞を覚えさせるくらいでいいと思うぞ」

「え、ゆっくりって言ってたけど、そんなに?」

「うん。もうね、英語に対する苦手意識がチョモランマだから。アルファベットすら覚えてるか怪しいレベルで」

「そう・・・。それならそうするわ。まずは苦手意識なくすところからよね」

「その方がいいと思うかな。ほい、ついでにコピーしといたよ。今石さんの授業範囲」

「あら、気が利くわね。ありがとっ」

「どうも。まあ前回の授業の時コピーしすぎた分なんですけどね・・・」

「もう、オチをつけなければかっこよかったのに。ふふ、でも助かるわ」

 

 うっわ、可愛い・・・。

 こんな業務的な会話でも、絢瀬が微笑むだけでドキリとしてしまうんだから、恋っつーのは厄介な感情である。

 ・・・いかんいかん、仕事中だっつの。

 

 絢瀬は俺の仕事のやり方や考えを結構信用しているらしく、時々アドバイスを求めてきたりする。まあ、今日は俺から声をかけたけどね。

 

 さて、バイト中は特に語れることもないので、少し時を進めよう。

 

「お疲れ様です」

「お疲れ様でした、お先に失礼します」

 

 時刻は二十三時。全ての授業と事務作業を終え、俺達は退勤した。

 挨拶をして外に出ると、完全に夜の帳が下りており、十月ともなると少し肌寒い。

 

「はぁ〜終わった終わった。お疲れ絢瀬」

「ええ、陽介もお疲れ様」

 

 俺はぐいっと伸びをしながら、絢瀬に労いの言葉を送る。

 凝り固まった筋肉が弛緩していくのが心地よい。やっぱずっと座ってると、色んなとこ凝るよな。

 我ながらまだ二十歳だというのに、おっさんくせえ大学生である。

 

 ともあれ、今日も特に変わったことはなし。しいていえば、近くで事件でもあったのか、授業中パトカーのサイレンが聞こえてきたくらいだ。

 ウチの塾は大通りに面しているので、そういう音が聞こえてくることもしばしばあったりする。

 

「ありがとね。今日も送ってくれて」

「まあ、俺も帰り道こっちだし」

 

 二人並んで帰路を歩く。

 退勤時間が同じ時は、こうして共に帰宅することが多い。

 単純に方向が一緒というのもあるし、まああとは防犯上の理由もある。

 

 俺達がバイトしている塾から絢瀬の暮らすアパートまでは徒歩十五分ほど。それほどの距離ではないが、塾周辺の大通りから一本入れば、街灯の数が減ってほとんど明かりがなくなるのだ。人通りも少ないので、女子大生一人というのは少々危険だろう。

 

「でも、陽介は大通り沿いを通った方が近いでしょう?」

「距離で言えばそうだけど、あっち信号多いし。信号待ちの時間考えたら帰宅時間あんま変わんないんだよな。・・・あとは習慣」

「習慣?」

「うん。花陽が塾に通ってた時期も、親が迎えに行けない時は俺が行ってたし」

「あー。ふふ、陽介って、花陽のことになると心配症だものね?」

「まあ・・・割と自覚はある」

 

 いやまあ、兄貴ってのは皆そうじゃねえのか?

 他の例を知らんから、なんとも言えないけどさ。

 でも、それだけじゃないぞ絢瀬。

 絢瀬を家に送り届けるメリットは俺にもちゃんとある。

 

「まあ後は」

「?」

「絢瀬送った方が、絢瀬と喋りながら帰れるし」

 

 少しだけ、カッコつけてそんなことを言ってみた。

 ちらり。絢瀬はこちらを一瞬見て、小さく笑いを零す。

 

「それ、楽しいの?」

「そりゃ楽しいよ」

 

 好きな人と話せる時間なんて、何より楽しいに決まってるだろう。

 ま、彼女は気づいてないだろうけど。

 絢瀬は「それは何より」等と呟きながら続ける。

 

「あ、そうそう。今石さんの英語の授業、陽介の言う通りだったわ」

「だろ?」

「アルファベットの『E』とカタカナの『ヨ』が混在してたもの」

「今回は『E』だったか・・・前回は『F』が鏡文字だった」

「深刻ね・・・」

「まあでも、その方が教え甲斐があるってもんだ。そういう子がテストでいい点とってくると嬉しいんだよなぁ」

「ふふ、素敵な講師様ね、陽介は。・・・私も気持ちは分かるけど」

「あの子が英語で高得点取ってきたら俺泣いちゃうわ」

 

 そんな冗談を言いながら、歩みを進める。

 二人とも、少しペースはゆっくりだ。

 話題は、元μ'sのメンバーの話になって、

 

「そういえば、にこ、好きな人が出来たんだって」

「マジ!?」

「ええ、同じ大学の人みたいよ」

「へぇ・・・アイツがねえ」

 

 矢澤にこ。

 こちらも元μ'sのメンバーで、絢瀬や俺と同じく大学二年生だ。俺達とは通う大学は違うものの、μ'sが解散してからも絢瀬達は仲良くしているらしく、たまに会って食事に行ったりしているらしい。

 

 俺も、一応連絡先は持っているが、ほとんど連絡することはない。

 直に会ったら結構喋るんだけどね。主にボケツッコミだけど。

 

 しかしあのにこが、男に惚れるなんてなぁ。

 現役スクールアイドルの頃ならきっと、

 

『宇宙ナンバーワンアイドルであるにこにーが、男なんかに現を抜かすわけなんかないでしょ!』

 

 とか言いそうなもんだが。

 

「まああいつ顔可愛いし、ちょっとアプローチかけたら男はコロッと惚れるだろな」

「陽介って、本人がいないとこだと案外にこのこと褒めるわよね。・・・いたらあんなにイジるのに」

「本人に言うとすぐ調子に乗るからな」

「あははっ、そうかも」

 

 可愛い。

 やっぱり、笑ってる絢瀬を見るとすごくドキドキする。

 はっ、男がドキドキは・・・ちょっと気持ち悪いか。

 

 俺はそんな内心を顔に出さないよう唇を引き結び、いつもの表情を浮かべる。

 それからしばらく歩いて、もうすぐで絢瀬の家に着くところで、いつもと違うものを見つけた。

 

「あ、パトカー停まってる」

「ほんとね。何かあったのかしら」

 

 絢瀬の住むアパートからほど近い一軒家の前に、パトカーが二台。一台は赤色灯が回っていて、辺りはなんだか物々しい雰囲気を帯びていた。

 

「そういえば、授業中パトカーのサイレン聞こえてたわよね」

「あー、聞こえてきてたな」

 

 辺りに車が停まっているわけでもないので、交通違反とかではなさそうだ。

 俺達は歩きながら、自然とそちらに目が吸い寄せられる。

 すると、五十代くらいの女性が、制服の警察官に話を聞かれていた。

 

「そうなんです。・・・家に帰ったら、部屋が妙に散らかってて、よく見たら窓ガラスが・・・」

 

 そんな声が聞こえてきた。

 絢瀬がぞくりと身を震わせたのが分かった。

 

「空き巣・・・みたいだな」

「ええ、物騒ね・・・。近所だし、私も気をつけないと」

「家まで送って正解だったな」

 

 万が一、逃げてきた空き巣と絢瀬が鉢合わせてしまったら。

 どうしても、そんな考えが過ぎってしまう。

 

「いざという時は、陽介が守ってくれるものね」

 

 得意げに笑う絢瀬。

 

「任せとけっ・・・つっても、俺喧嘩弱いからなぁ。できても時間稼ぎくらいかな」

「どのくらい?」

「二秒とか」

「あんまりアテにならないわね・・・」

 

 そこからさらに数分歩き、絢瀬の家に辿り着いた。

 絢瀬の家は二階にあるので、俺はいつも通り階段の下まで送り届ける。

 ここが、俺達のいつもの解散場所。

 

「今日も送ってくれてありがとう。おやすみなさい」

「おう。おやすみ。・・・戸締り、気をつけろよ」

「ええ、ありがとっ」

 

 絢瀬が二階に上がるのを見届け、俺は踵を返そうとして。

 二階に上がった絢瀬が、ひょこっと顔を出す。

 

「陽介、明日は寝坊しないようにね?」

「はいよ」

 

 くすくすと階下と階上で笑い合う。

 

 これが、大学生になった絢瀬絵里と、花陽のしがない兄貴の日常だ。

 

 

 




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