結局、絢瀬への誕生日プレゼントは振り出しのまま。
俺は一言礼を言って花陽の部屋を出た後、その足で最寄り駅に向かった。
電車に揺られること二十分。
目的の駅に着くと、乗客の大半が同じ場所に向かって歩き出す。
人混みに紛れやってきたのは、都内の商業施設。
「相変わらずデケえなあ」
意味もなく口に出した感想は、なんと月並みか。
駅から直結になっているため、連絡通路を渡れば五分とかからない。この構造マジ便利。
ここに来たのは、特に難しい理由があるわけではなく。
プレゼントになりうる物があるんじゃないかっていう、期待を込めてやってきたのだ。
「さあてどこから見たものかね・・・」
土曜日ということもあり、買い物客は多い。
食品売り場に用はないのでスルーして、専門店フロアを端から見て回ること三十分ほど。
残念ながら目ぼしいモノは無く、フラフラと館内を歩き回る。
いやね? 服とかアクセとか、絢瀬に似合いそうなもの自体はそこそこあるんだけどさ。
そういうのって、やっぱプレゼントっぽくないというか、少なくても、付き合ってもいないのに渡すものじゃあないだろう?
まあそもそもサイズすら分からんし。
・・・分かってたら変態でしかないんだが。
ここまで見てきた感じだと、皮の小物系なんなかは無難かなと思う。
それでも、絶対これだと思えるようなものは依然として見つからない。
今日は空振りかもなぁ。
落胆しつつ、軒を連ねる専門店に視線をやりながら、出口に向かって歩く。
「お」
とある玩具店の前、足を止める。
別段、目ぼしい物があった訳じゃないのだが。
店前には二つのワゴン。売れ残ってしまった玩具達が安売りされていた。一昔流行った、手で回して眺めるアレや、旬を逃したボドゲやカードゲーム等々。
隣のワゴンには、女児向けの玩具だろうか。妙なカチューシャが雑多に置かれていた。猫耳や犬耳、それから有名なキャラクター物まであって、電池を入れると耳がぴょこぴょこ動くというなんとも可愛らしいアイテム。
小さい頃の花陽が着けたら、さぞ可愛いことだろうな。凛にはこの猫耳なんかが似合いそうだ。アイツ猫好きだし。
なんて考えながら一つ手に取ってみる。別に買うつもりはないけどな。
「あれ、陽介??」
突然、背後から声をかけられた。
俺はカチューシャを持ったまま振り返る。
「あ、やっぱり陽介だ」
そこにいたのは、童顔の美女。
俺の名前を呼び捨てで呼ぶ相手というのは、意外と少ない。
身内と男友達以外だと、絢瀬と────もう一人だけ。
「え、アンタ誰?」
俺は、いつものように応対した。
「はぁ!? アンタ、にこの顔忘れたの!?」
俺の対応にいきなりぷっつんする美女。
「おお、にこじゃん! 久々だなあ」
「何食わぬ顔で無かったことにしようとしてるわよね!?」
「いやまあ、俺とにこはいつもこんな感じだったろ。・・・つか、髪型違うから一瞬本当に分からんかったぞ。身長で分かったけど」
「顔で分かりなさいよ! か・お・で! こーんな可愛いくてキュートな女の子、そういないでしょ!」
花陽と凛と絢瀬っていう天使級に可愛い女の子が周りにいますが。
よほど不服なのか、腰に手を当て、彼女はぐっと顔を近づけてくる。
まあ実際顔は整ってるし、可愛いとは思うけどさ。
自分で言うなよ。
つか、可愛いとキュートって同じじゃねえか。学が出てるぞ。
「いやいや、顔より身長のが覚えやすいって。流石に身長一二〇cmの知り合い、にこしかいないし」
「子供サイズじゃない!? そんなに小さくないわよ!! というか、久々に会ったってのにご挨拶ね!?」
「まあ、俺らにとっては挨拶だからな、これが」
「私にとっては疲れるイベントなんだけど?」
その割にはノリノリじゃねえか、お前。
うむ、楽しい。
おっと、勝手に盛り上がっちまって悪いな、新たな登場自分を紹介しようか。
コイツは、矢澤にこ。
花陽、絢瀬と同じ元μ'sのメンバーで、歳は俺と同い年の大学二年生。今でこそ違う大学に通っているが、実家は同じ校区内なので、小・中学校で何度か同じクラスになった同級生である。
μ'sの頃は、ぴょんと飛び出た元気そうなツインテールが印象的だったんだが、今日は結んでない。
そのせいか、少しばかりか普段より大人びて見える。
「何やってんだお前、こんなとこで」
「映画観てたのよ。ここの四階に、映画館あるでしょ」
まああるけど。
なんだってまた一人で映画に?
「こっちにも色々あんのよ」
「ふーん」
別段興味無いので、構わないが。
「・・・じー」
「んだよ」
うざったいジト目でこちらを見てくるにこ。
その視線の先は俺の顔ではなく、手元。
「猫耳ぃ・・・? アンタ、そんな趣味あったの〜?」
なっ!
俺は、手に取っていたものを咄嗟にワゴンに戻した。
「ちっげーよ! これは、その・・・」
「何よ、言ってみなさい?」
揶揄うネタが見つかったとばかりに、得意な顔で追求してくるにこ。
なっ、なんとなく気になって手に取っちまっただけだっつの。
「どうせアンタの事だから、頭の中で彼女にでも着けさせて、イヤらしい妄想してたんでしょ?」
コイツの楽しそうな顔、無性にムカつくんだよな。かなり整った顔立ちしてるのに、不思議なもんである。
「あっ、いや、アンタ彼女いないか」
「自己完結すんなよ。・・・まあ、それでいいや」
よく考えたらコイツに言い訳する必要がどこにもない。
「で、実際はなんでソレ見てたの?」
仕切り直し、とばかりに聞いてくる。
俺は素直に答えたよ。
「小さい頃の花陽が着けたら可愛いだろうなって」
「私の想定よりずっと酷い回答ねっ!」
「はぁ? 花陽が着けたら絶対かわいいだろ、コレ」
「それはそうだろうけど・・・あぁ、段々と思い出してきたわ。アンタが重度のシスコン罹患者だったこと」
「重度は言い過ぎだ」
まったく迷惑な印象操作である。
「まあ多少妹に対して過保護なのは認めるが、シスコンとまでは言われたくない」
「じゃあ質問よ」
「なんだよ」
「最後に花陽の頭を撫でたのはいつ?」
「え、覚えてないけど多分今日。毎朝撫でるからな」
何当たり前のこと聞いてんだよ。馬鹿なの?
「普通は毎日妹の頭なんて撫でないのよ!! なんでそれでシスコンの自覚ないわけ!?」
「花陽から撫でてほしそうに近寄ってくることもあるから、毎回自発的に撫でてる訳じゃないぞ」
「うっ、花陽も花陽でまあまあなブラコンだったの思い出してきたわ・・・」
なんだよコイツ。ウチの兄妹が異常みたいに言いやがって。
そこら辺の兄妹より、ちょーっと仲が良いだけだっつの。
お前も妹と弟溺愛してるの、知ってるからな俺は。
「それで、アンタは一人で何してたわけ?」
「あー、いや、まあ、人への誕生日プレゼントをな」
しまった。誤魔化そうと思ったせいで、妙に含みのある言い方になってしまった。
「ふぅ〜ん。人、ねぇ」
「な、なんだよ」
ま、まだ誰かは言ってないだろ。
「・・・その相手って、絵里?」
「違うよ」
咄嗟に嘘をついてしまった。
ああもう、なんで当てちゃうんだよ!
コイツ、昔からやけに俺の心読んでくるんだよな! しかも割と正確に!
アホみたいな顔してアホみたいな言動するくせに、妙に周りをよく見てるっつーかさ。
そういう意味ではまあ、しっかりしてるというか、姉御肌なのかもな。
妙に鋭くてムカつくけど。
「嘘ね」
「嘘じゃないよ」
嘘だけど。
俺が迂闊にも目を泳がせたのを見逃さなかったにこは、得心したようにこう続けた。
「その反応・・・へぇ。アンタ、まだ絵里のこと好きだったのね」
「!?」
不意打ちだったもんだから、思いっきり動揺を見せちまったよ。
いや、いやいやいやいや─────────
花陽に引き続きなんでお前も知ってんだよ!!
そんな内心が伝わったのか、にこは得意げに手を腰に当てて笑う。
「ふんっ、バレてないとでも思ってた? にこにーはなんでもお見通しなんだからっ!」
「ああうっぜ」
ちょっとムカついてきたぞ。
「ちょっと、ストレートな悪口やめなさい! ・・・というか、アンタ意外と一途なのね」
「意外とは余計だ、意外とは!」
好きな相手って、普通そんなにコロコロ変わらんだろうが。
なんつーか、コイツと話すのは楽しいが、体力が二倍速で消費されている感覚があるな。
すっげえ疲れる。
「何よムキになっちゃって。もしかして、初恋?」
「・・・」
そうだよ! と言いたかったが、何故か上手く言葉にならなかった。
にこはそれを、どうやら図星ととったようだ。
「アンタって、意外と初心よね」
「もう好きに言ってくれ」
なんかどうでもよくなってきたわ。
「μ'sの練習見に来てた時、絵里の胸チラチラ見てたものねー」
「ぶっ飛ばすぞてめぇ!!」
どうでもよくなくなった!
そればっかりは本当に見てねぇ!
「はぁ? このにこにーの目を誤魔化せてたとでも思ってるの?」
「断固として見てねえ。目ぇ節穴なんじゃねえの? 見る理由がないだろ」
「アンタが変態だからって理由で十分でしょ」
コイツ、人を変態呼ばわりしおって・・・。
まったく。教えてやらねえとだな。
「ふっ、よく聞けにこ。俺には、絢瀬の胸等見なくていい明確な理由がある」
「何よ。言ってみなさい?」
俺は自らの尊厳のため、言ってやったよ。
「なぜなら大きいおっぱいは見慣れているからだ! そう─────妹でな!」
・・・ふっ、決まった。
「う、うわぁ・・・想像以上にキモいわね・・・しかもシスコンって」
あれ? あんまり効果がないぞ?
救いよねえな、みたいな顔やめてくれる?
「はぁ・・・もういいわ。疲れてきた」
「こっちの台詞だ」
がっくりと肩を落とすにこと俺。
「で、話戻すけど」
お前が脱線させておいてよく言うよ。
ほんと、理不尽の権化みたいな女だな。
「絵里への誕生日プレゼント決まったの?」
「いんや、まったく。ここ二週間くらい悩んでんだけど、ピンとくるものがなくてな」
「ふぅ〜ん」
「なんだよ、聞いておいて興味無さそうだな」
「まあ、実際興味はないけど・・・絵里の欲しがりそうなものなら、一応心当たりあるけど?」
「マジ!?」
あ! 思いっきり食いついてしまった! くそぉ。
で、でも今のにこの言葉は、俺にとってどうしようもなく魅力的だったんよ。
棚ぼたにも程があるぜ!
思わず前のめりになった俺を見て、にこは調子に乗り出す。
「教えてあげてもいいけどぉ〜、ど〜しよっかなぁ〜?」
うぜぇ。・・・うぜえけど、ここはぐっと我慢だ。
でもいつかしばく。
「頼む。飯奢るから教えてくれ。もうマジで」
「別に、奢ってくれなくても教えたんだけど・・・まあいいわ。その代わり、私の相談に乗ってくれる?」
「相談? にこが? 俺に?」
珍しいこともあるもんだな。
「そう。というか、アンタが割と適任なのよ」
「はあ。ま、俺にできる範囲なら全然構わんけど」
特に困ることもないので、承諾する。
俺が適任っつーことはまあ、あんまり周りには言えない話なのかもな。
コイツの秘密とか、ちっとも興味ないけど。
「じゃ、決まりね」
「で、絢瀬の欲しがりそうなものって、何なんだ?」
早速尋ねてみた。
にこはスマホを手早く操作し、とある写真を見せてくる。
これは・・・
「ラストライブの後くらいか?」
楽しそうに笑う三年生組が写っていた。
「ええ。大学に入る前に、思い出作りに何度か三人で遊んだのよね。その時、絵里の家に行ったんだけど・・・」
絢瀬の家で、仲良さそうに写真に収まる三人。
その奥に、いくつかの『それ』はあった。
「絵里の後ろを見てみて」
にこに従って背景を見ると、俺はにこの意図を察した。
「あの子、案外こういうの好きよ」
「まっ、マジか」
「どう? 知らなかったでしょ」
これは・・・。
「知るわけない。あいつの実家も一人暮らしの家も、行ったことないし」
それは、普段の絢瀬からは想像もつかない代物だった。
「あの娘、しっかり者に見えて案外子供っぽいところもあるのよ? ・・・アンタの前では見せないかもだけど」
俺は確信した。これは・・・いける。
男がプレゼントするには、少し気恥しい気もするが、背に腹は変えられない。
「にこ、よくやった」
「ここの三階に、こういうの売ってるところあるケド?」
「おっし、後で行ってみるわ」
「しょーがないわねー。乗りかかった船だし、私も一緒に選んであげるわ」
そりゃあ心強い。
「お、おう、サンキュな」
「アンタが素直にお礼言うなんて、絵里のことになるとよっぽど余裕ないのねえ?」
「うっせ」
そんな軽口を叩き合い、二人して笑う。
ところで男女の友情ってヤツは、中々どうして維持するのが難しいと言う。
腹割って話し合えて、けど、お互いに恋愛感情があるわけじゃない。
言ってしまえば中途半端な、さりとてかけがえのない相手。
もし誰かにそう問われたなら、俺は真っ先にコイツとの関係を思い浮かべるだろう。
俺とにこは、そういう関係だった。
それから俺は、にこに付き合ってもらい、なんとか絢瀬へのプレゼントを見繕った。
途中、迷いすぎてにこに優柔不断だのなんだの言われたが・・・。
場所は変わって、飲食店街のとあるカフェ。
土曜日、それもちょうど昼過ぎという時間もあって並んで待つ羽目に。
十五分ほど待って、なんとか席に着くことが出来た。
なんでも、にこが何やら相談があるとか。
コーヒーとミニケーキを注文し、一息つく。
「その、アンタって、どういうきっかけで絵里に惚れたわけ?」
そう尋ねてきたにこは、神妙な様子だった。
「なんだよ藪から棒に」
「私の相談に関わることだから、聞いてるのよ」
さっぱり意図が読めんが・・・まあ、一応真剣に答えるとしよう。
にこにとっては、大事な質問だと思うから。
つってもなぁ・・・。
「ぶっちゃけ言うけど、マジで覚えてない」
「は? アンタ、ベタ惚れなくせに?」
そんなわけないでしょと、にこが表情で言う。
いやいや、本当なんだよ。
「それは否定せんけどさ。・・・本当に、自然と好きになってたっつーか。あ、いや、隠してるわけじゃないぞ?」
この時を境に好きになった、ってのは、正直ない。
ドラマみたいな、印象的な事件とか、運命的な偶然があった訳でもなく─────────
一緒に過ごしていく中で、いつの間にか惹かれていたっていうのが、一番近い表現だ。
「別に、アンタが惚れた理由を隠してるとは思ってないケド」
にこは頬杖を突きながら、お冷を一口含む。
「その・・・人を好きになるって、どういう感覚なのかなって、思ったの」
「相談って、それ?」
「ええ、そうよ」
「ほお」
相談って割には、なんだか具体的じゃないな。
何かを解決したいという趣旨なのか、ただ話を聞いてほしいのか、ハッキリしない。
しかも、わざわざ婉曲的に聞いてる感じがする。
彼女が本当に聞きたいことは何だろう?
「人を好きになる感覚ねえ」
んなこと言われてもなぁ。
正直、どう答えたもんか分からん。
「どういう心理で好きになるのかなって。男は結局は見た目とか?」
「まあ、見た目ってのも大きい要素だろうけど」
それだけじゃ、好き、とまではならないはずだ。
もちろん、絢瀬が超美人なのは間違いないけど。
仮に【見た目だけで好きになるなら、俺はもっと身近な女の子】好きになってると思う。
そこで、にこはジトっと目を細めて、
「それとも・・・単に、や、ヤりたいからとか?」
「ぶっ!」
危っぶね・・・!
含んだ水を吹き出しそうになったが、間一髪飲み込んだ。
「げほっ・・・げほっ、げほっ」
「ちょ! アンタ大丈夫?」
心配してくれてるのはありがたいが、お前のせいだからな。
俺は胸をパンパン叩いて息を整える。
「昼間っから公共の場で何言いやがる!」
「にこにとっては大事なことなの!」
「だ、だとしてもお前なぁ・・・」
もうちょいオブラートに包むとか、ないのか?
俺は息を整えている間、先日の帰り道のことを思い出した。
絢瀬がこんなことを言っていたな。
────────『そういえば、にこ、好きな人ができたんだって』
察するに、にこの相談は恋愛絡みなのは間違いないだろう。
そもそもプライドの高いにこが、人に・・・それも親友の希や絢瀬を差し置いて俺に相談を持ちかける時点で違和感がある。
となれば、身近な友人に相談しにくい、または相談するのが恥ずかしいと思うような内容ということ。
ちょっとカマかけてみるか。
「なんだにこ、好きな男でもできたのか?」
「・・・」
反応は劇的だった。顔を赤みを帯び、視線はテーブルの上を行ったり来たり。
図星だなこりゃ。
「人のこと言えないくらい分かりやすいなぁお前」
「アンタのそういうところ、ムカつく!」
俺もさっき図星突かれてムカついたからな。仕返しだ。ざまあみやがれ。
「別に、恥ずかしがることないだろうに」
「そうじゃなくて・・・まだ、好きか分からないし」
「え?」
なんだそりゃ。
自分の気持ちだろう。
「その・・・好きって感覚がイマイチ分からないの」
「はぁ〜ん」
なるほどね。
どうやら、これが彼女の相談の根幹らしい。
てか、コイツもこういうことで悩むんだな。
意外にも乙女な一面を垣間見た気がした。
「だから、明らかに恋してるであろうアンタに聞いたの」
「ん。納得のいく説明ありがとよ」
「で・・・ヤりたいから好きになるの?」
「断じて違う!!」
スルーしたつもりだったのに。くそぉ。
別に深い意味なんてないのは百も承知なのだが、女の子からこういうことを聞かれると、いくら興味のない相手とはいえドキッとするから勘弁願いたい。
「・・・そりゃあ、そういう欲が無いって言ったら嘘になるけどさ」
素直に答えたよ。多分、大事なことなんだろうからな。
「やっぱりあるんだ」
「まあ、一応」
俺だって男だ。恋愛と性欲は切っても切り離せない。
童貞の大学生を舐めてくれちゃ困るぜ。
胸だって触りたいし、裸を見たいとも思う。
でもよ?
「・・・少なくても俺は、そんなのどうでもいいって思えるくらい、絢瀬が好きだよ」
「まあアンタ、ヘタレそうだもんね」
「お世辞でも紳士って言えよ」
わざわざ恥ずかしいこと言ってやったのに。
俺はやけに回りくどい聞き方をするにこに、単刀直入に切り込んだ。
「多分お前、気になる相手がいるんだろ?」
にこは恥ずかしそうに俺から視線を外しつつ、コクリと小さく頷いた。
「でも、好きってのがイマイチ分からないと」
「そうよ」
「まあ、気持ちは分かるかも」
そもそも好きという気持ちに、明確な基準なんてないと思う。
あるとすれば、それこそ価値観ってやつで。
俺だって、初恋なわけでさ。
あ、いや正確には・・・いや、これはまあいいか。
小学校や中学校にも、可愛い女の子はそれなりにいたけど。
絢瀬ほど夢中になったのは、初めてだ。
これは、もうそれなりの付き合いがあるから分かるのだが。
にこは少し男性思考というか、意外とロジカルなやつだったりする。まあ、アホではあるが。
でもだからこそ、恋というものを明確に定義したいのだろう。
「さっきも言ったが、俺も男だし、えろいことしたいって気持ちが無いわけじゃないけど・・・例えば、理由もないのに会いたいって思ったり、気づけばその相手のことを考えて、訳も分からないくらいテンション上がったり、カッコイイとか、カワイイって思われたいって思うんなら、それは多分恋だろ」
ちょっとした事で一喜一憂して、勝手に盛り上がる。
相手に好意があるかも分からないのに、何気ない仕草や、不意に言われた言葉に、一人で浮かれて楽しくなって、バカみたいにはしゃいで────────
それが、恋ってやつなのだろう。
「アンタ、にこよりも思考が女よね。というか、乙女?」
「やかましいわ」
お前も割と男思考だろ。
・・・まあでも、これが、俺とにこが気が合う理由なのかもしれない。
「ま、気になる相手がいるならデート・・・って言うと大袈裟かもだけど、二人でご飯にでも誘ってみたらどうだ?」
「・・・そうね。ちょっと、考えてみる」
「多分、同じ学校のヤツなんだろ?」
「そうよ」
知ってる。絢瀬から聞いたからね。
それで、にこは一人で納得したのか、何か考え込んでいる。
どうやって誘うのか、思案しているのかもな。
ひとまずこの話題は終わりらしい。
そこでちょうど注文していたケーキが届き、俺達は適当に雑談しながら手をつける。
「陽介は、絵里のどこが好きなの?」
「へ?」
「話聞いてくれたんだし、アンタの話も聞いてあげる」
「い、いや、俺は別に・・・」
「絵里と、付き合いたいって思ってるんでしょ?」
「そりゃあ、まあな」
「だったら聞かせなさいよ。こんなことで恥ずかしがってたら一生告白できないわよ」
「ぐぬぬ・・・」
やっぱ何となくムカつく。
まあでも、一理あるかもしれないと思った。
「いっつも、一生懸命なとこかな」
「ありきたりねえ」
「うるせぇ」
一々ムカつくんだが。
「放っておけないんだよ。絢瀬は賢いし、努力できるヤツだけど、時々危なっかしいというかさ」
努力できる一生懸命なヤツだからこそ、すぐ傍の落とし穴に気づかなかったりする。
真面目すぎるからこそ、時として人との関わりに辟易したりもする。
絢瀬絵里とは、そんな、危うい女の子なのだ。少なくとも俺はそう思う。
皆が抱く、賢くて可愛い絢瀬絵里のイメージは、間違っちゃいないけど。
別に、完璧超人ってわけではない。
人並にミスをする時もあって。
努力を怠らないからこそ、自分を低く見積ってしまうこともある。
そういう時、俺が傍で彼女を笑顔にさせてあげられるのなら・・・そんなに、嬉しいことはない。
あれ・・・前にも、こんなことを思った気がするな。えと、いつだっけ?
俺の気持ちをかいつまんでにこに伝えると、彼女は意外にも真剣に聞いてくれていた。
「・・・意外とイイヤツよね、アンタ」
「さっきもそうだが意外とは余計だ」
ちょっと捻くれた言葉を混ぜんと喋れんのかお前は。
まあでも、にこはこんな性格だが、誰よりも友達のことを思ってるヤツだ。μ'sの頃を見てた俺は知ってる。
だから多分、きっと・・・
「もし絵里と付き合えたら、絶対幸せにしなさいよ?」
絢瀬のことを好きな俺が、どんな思いで絢瀬を好きなのか、確かめたかったのだろう。
きっとロクでもない考えを俺が持っていたら、めっちゃ怒ると思う。
「任せとけ──────って、付き合えたらな」
「さっさとくっつきなさいよ、まったく」
「ん? なんか言ったか?」
「別に」
ボソリと呟いた彼女の言葉は、上手く聞き取れなかった。
そこでにこは、話題を変えるように話し始める。
「ところで、絵里が私と希に陽介のこと、どんな風に話してるか気にならない?」
「そ、それは・・・気になる」
あ、でも裏で悪口とか言われてたら・・・ちょっぴり踏切に飛び込むかもしれない。
頼む! いい話であってくれ!!
「アンタのこと、すごく頼りになるって言ってたわよ」
「マジ!?」
思わず身を乗り出してしまった。
「ちょっ、食い付きが凄いのよ! アンタ!」
「おっ、おう、すまんな」
いやいやだって・・・嬉しいじゃんか。
こういう、好きな人の友人から聞く評価というのは、信憑性が高いように思う。
本人が居ないところで言ってるわけだからな。
「アンタ、塾で生徒からの評判いいみたいじゃない」
「ま、まあ、どうやらそのようで」
去年はなんと、俺の担当した生徒が全員第一志望に合格した。
ふん、すげえだろ・・・と言いたいところだけど、何十人も担当したわけじゃないぞ。本当に数人のことだ。
あと別に、同様の実績を上げた講師は、俺だけじゃなく何人かいる。
だからまあ、俺だけが成し遂げた偉業ってわけでもないのだが。
そもそも一番頑張ったのは生徒なんだし。
「絵里はその辺、すごく尊敬してるって言ってたわ。自分は人を上手く褒められないからって」
「ま、マジですか・・・」
素直に嬉しい、な。
絢瀬からどんな風に思われてるかって、意外と想像したことなかったかもしれない。
悪く思われてないことは確かだろうが、評価されてるとも、思っていなかったからな。
「あともう一つ、いいこと教えてあげる」
「何?」
───────あくまで私の知ってる範囲だから、学校とかバイト先のことは分からないけど。
そう、にこは前置きして、
「私の知る限り、絵里が仲良くしてる男子はアンタだけよ」
「ま、マジ!?」
思わずテンションが上がっちまったぜ。
「まあ、あの子も積極的に男に関わろうってタイプじゃないでしょう」
「あー、確かに、それはそうかもな」
言われてみれば、大学でもバイト先でも、絢瀬から男に話しかけてることはほとんどないかもしれない。
あるとしても、業務連絡みたいな必要最低限の会話くらいに思える。
「だから、アンタが二人で遊びに行こうって誘えば、来てくれると思うわよ」
そんな魅力的な言葉を残して、この話題は終わった。
それから話題は、花陽達の話に。
今年のラブライブ決勝のこととか、新曲がどうだとか、雑談をして、冗談を言い合った。
最後にお互いの近況を話して、この日は解散となった。
「何か困ったら、相談させてくれる? その・・・こういうの話せる男、周りにアンタくらいしかいないから」
「俺は構わんけど・・・そういうのって、女同士の方が言いやすいんじゃないの? それこそ希とか、絢瀬とか」
そう尋ねてみると、にこは視線を彷徨わせ、どこが不服そうな表情を浮かべた。
「なんだ、恥ずかしいのか?」
「ふん。べ、別にそんなんじゃないわ」
恥ずかしいらしい。
いや、やっぱり分かりやすっ。コイツ。
にこ、案外初心なんだな。人前で『にっこにっこにー』とかやってたクセに。不思議なものである。
多分、ずっとアイドルに憧れてきたからだろう。
異性に目を向ける余裕なんて、なかったのかもな。
「ま、俺で良かったら相談してくれよ」
何ができるか分かんないけどさ。
割となんでも話せる異性で、仲が良くて。
普段は離れているからこそ人畜無害。
こつにとっちゃ俺は、相談相手に適任なのかもしれん。
「ふん、アンタに大したことが出来るなんて、最初から思ってないわよ」
「あーそうですか」
ほんっと、可愛くねえやつ。
「でも・・・あ、ありがと」
前言撤回。ちょっとだけ、可愛いと思ってしまった。
花陽と絢瀬の方が可愛いけどね! ケッ!
にこ、いいキャラですよねー。
大変いじりやすくて親しみやすいのに、実は大人なお姉さん。素敵です。