花陽の兄が絢瀬絵里に恋をしてしまいました。   作:あらを

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4.計画頓挫・可愛い幼馴染

 

 早いもんで、にこと偶然会った日から十日ほどが経過した。

 

「今日か・・・緊張すんなぁ」

 

 朝、自室のカレンダーを見ながらの独白。

 今日は十月二一日。

 俺の同期、絢瀬絵里の誕生日だ。

 にこのアドバイスのおかげでプレゼントも用意できたし、どういう風に渡すのか、頭の中で色々シュミレーションを繰り返した。

 小っ恥ずかしい時間だったぜ、まったく。

 なにせ妹と幼馴染以外に誕生日プレゼントを渡すなんて、初めてだからな。

 でも、その甲斐あってバッチリだ。

 

 さて。先に明かしてしまうが、プレゼントは今日の夜─────バイトの帰り道で渡そうと思う。

 帰り道はいつも二人きりになれるし、その方が・・・まあなんだ、雰囲気もいいだろう?

 

 そんなわけで、場面はいつも通りの朝。

 通学路途中の丁字路─────いつもの集合場所から始まる。

 

「お待たせ、陽介」

 

 待ち合わせ時間の少し前。

 電柱に寄りかかって待っていると、聞き慣れた声が耳朶を打った。

 

「おう。おはよう絢瀬」

「ふふ、今日は私より早いのね」

「なんか妙に早起きしちまってな」

「あら珍しい」

 

 自然な形で、最寄りのバス停へと並んで歩く。

 実際は、誕プレ渡すことばっか考えてたせいで、あまり眠れなかったのだが。

 かっこ悪いので、黙っておこう。

 

「今日は少し寒いな」

 

 静かな通学路に、ひゅうと秋風が通り抜ける。

 外気はひんやりと冷たく、長袖一枚ではちと肌寒ぃ。

 

「ええ、段々と朝も冷えてきたわね」

「ああ。絢瀬のパーカー姿久しぶりに見たな。衣替えしたのか?」

「ええ、先週までは割と暖かかったから、今年は少し遅めね」

「残暑にしても長かったよなぁ今年は」

 

 先週まで薄手のシャツにカーディガンを羽織っていただけの絢瀬が、今日は春ぶりに見るパーカー姿だ。

 パーカーもデニムも無地なのに、絢瀬が着るとまるで衣装然としていて舌を巻く。

 美人っつうのは、何を着てもよく似合うんかね。

 

「俺も今日あたり衣替えするかー。面倒くさいから気が進まんけど」

 

 日によって急に気温が逆戻りしたりするから、迂闊に衣替え出来ねぇんだよな。

 こういうのも、温暖化の影響なのだろうか。

 

「来週からぐっと気温下がるみたいだから、その方が良さそうよ?」

「俺達は特に風邪引けないからな」

「そうね。生徒達に移すわけにはいかないもの」

 

 個別指導塾で講師をしている俺達なんかは、どうしても生徒との距離が近くなってしまうため、この時期は毎年気を使うのだ。

 受験シーズンでの体調不良は、本当にその後の人生をも揺るがすことになるからな。

 気をつけねーと。

 

「冬になったらインフルエンザも流行るし、今年もそろそろマスク生活始動かなー」

「陽介はもう予防接種打ったの?」

「おう、バッチリだぜ。花陽も受験生だしな、その辺は気をつけてる」

「流石、妹のことになると行動が早いわね」

「褒め言葉どうも」

「最終予選も近いから、ちゃんと気にかけてあげるのよ? まあ、花陽なら大丈夫だと思うけれど」

「もちろんだ。花陽の体調不良には本人より早く気づける」

「それはそれでどうかと思うけど・・・」

 

 若干引いてる様子の絢瀬。さ、流石に冗談だぞ? あれ、理解されてない?

 そもそも花陽は体調管理しっかりしてるし、俺が口を出すことでもなさそうだが。

 

 と、そこで、沈黙が訪れる。

 気まずさを孕んだそれではなく、平日の朝特有の静けさだ。

 別段珍しいことじゃあない。

 毎日のように登校と帰宅を共にしてたら、こんな瞬間はよくあることだ。

 よく喋る凛といても、こういう時間はあるくらいで。

 いくら仲が良くても、四六時中話題が尽きない、なんてことはないのだ。

 

 だから、普段は気にしないのだが・・・。

 

「・・・」

 

 ん、んー?

 なんだか妙に、視線を感じるような。

 気のせいかと思って、俺は何食わぬ顔で歩みを進めていたのだが。

 自意識過剰・・・じゃあ、なさそうだ。

 

 チラ、チラ。

 

 ・・・やはり、時折絢瀬がこちらへ視線を送ってきている。明らかに。

 な、なんだか怖いぞ。

 俺、機嫌損ねるようなこと言ったかね?

 

 こちらもチラリと視線をやると当然目が合うのだが、ふっと逸らされてしまった。

 うーむ、やっぱ気になる。

 

「絢瀬・・・?」

「な、何?」

「カッコよすぎて見惚れちゃった?」

 

 そう冗談めかしてボケると、

 

「そこは普通『俺の顔になんか付いてる?』でしょう」

 

 呆れた口調でツッコミが入った。

 

「で、何かついてますかね? 俺の顔に」

「い、いえ・・・なんでもないわ」

 

 と、絢瀬はおっしゃっておりますが。

 なんとなく、元気がなくないか?

 言葉に覇気がないっつーか、ぎこちないっつーか。

 別に絢瀬は、凛みたいに底抜けに明るいタイプでは無いけどさ。いつもと違うのは明らかだった。

 何か、嫌なことでもあったのだろうか。

 不安というより、心配が先に来てしまう。

 

 しかし、察知されないよう努めているのか、それ以降は特に目立つ違和感はなくて、いつも通りの絢瀬だった。

 俺の気の所為だったのだろうか、と、思ってしまうくらいには。

 

 結局疑問は解決しないまま、バス停に到着。

 俺達は待ち時間の間に、バイトの勤務表を確認する。いつものルーティンだ。

 

 ええと、一時間目は・・・今石さんの英語か。

 

「なあ絢瀬、こないだ以降、今石さんの英語はどうなんだ?」

 

 おさらいがてら説明しておこう。今石ってのは俺が本担当、絢瀬がサブ担当をしている生徒である。

 英語が致命的に苦手な中一の女の子で、最近までアルファベットの『E』とカタカナの『ヨ』が混ざる程だった。

 

「そうねぇ・・・少しづつだけど、基本の動詞と、簡単な英単語なら読み書きは出来るようになってたはずよ」

「おっ、すごい進歩じゃん!」

 

 素晴らしい。たかが英単語一つでも、成長は成長だ。

 確かに一歩、進んだわけだからな。

 

「ふふ、まだまだ前途多難だけどね?」

「いやいや、十分だろ。どう教えたんだ?」

「そうねえ、解き方を教えたというよりは、綴りの覚え方だとか、単語帳の作り方とか、勉強方法そのものを教えた感じかしら」

「なるほどな、流石絢瀬」

 

 簡単そうに言うが、誰にでもできることじゃない。

 

「貴方のアドバイスのおかげよ。アレがなかったら私、もう少し急ぎ足で教えてたと思うから」

 

 それでも謙虚にそう言うところが、なんとも絢瀬らしい。

 塾講師やったことがあるやつなら分かると思うが、生徒の成長ってのは、何にも変え難い喜びがあるもんだ。

 今日、授業の時に褒めてやんねぇとな。

 レベルが低いって思われるかもしれないが。

 何か一つできたら褒める。案外、俺は大事なことだと思う。

 

「やー、朝からいいこと聞いて気分が良いぜ」

「ホント陽介って、生徒の成長を自分のことのように喜ぶわね」

 

 おかしそうに笑う絢瀬。

 

「そりゃまあ、頑張ってる生徒の成長を感じるのって嬉しいじゃん?」

「まあ、私も気持ちは分かるわ」

「さて、なんつって褒めてあげようかなー」

 

 多分、これは俺に妹がいるからってのもあるんだろうな。

 小さい頃から、花陽が何か一つ成し遂げる度、これでもかと褒めまくっていた。

 俺に褒められて嬉しそうにする花陽が可愛くて、いつの間にか、こういう価値観になっていた。

 

 ふと、絢瀬がこちらを向いて微笑む。

 身長差故、自動的に上目遣いで見つめられる形。

 ・・・か、可愛い。破壊力抜群だ。

 

「ふふ、陽介のそういうところ、良いと思うわ」

「お、おう、そか」

 

 コイツなぁ・・・。

 まっまく、とんだ不意打ちだ。ドキッとしたじゃねえかよ。

 いきなり好きな人から褒められると、どうリアクションしていいか分かんねえな。

 

「あ」

 

 なんて困っていると、勤務表を確認していた絢瀬がはたと声を上げた。

 

「今日は陽介が早上がりなのね」

「え?」

 

 今、なんて・・・?

 たらりと冷や汗が頬を伝った。

 ちょっと待て、嘘・・・だろ。

 絢瀬の言葉に、すぐにスマホの画面を凝視する。

 

 俺達の働く進学塾は、比較的良心的なシフト作りをしてくれていて、遅くなる日が続かないよう配慮してくれている。

 俺達も学生だから、学業に支障を来さないための措置なのだろう。

 もちろん、沢山稼ぎたいから希望して長時間働く者もいるが、俺や絢瀬はそこまでガッツリ働く側ではなかった。

 

 故に、時としてどちらかが早上がりとなることもあるのは、分かっちゃいたが。

 

 絢瀬絵里:15:00~20:00

 小泉陽介:15:00~19:00

 

「・・・」

 

 いやいや────────────────

 

 絢瀬と一緒に帰れねえじゃん!!

 

 塾長〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!

 なんで今日に限ってこんなスケジュールにすんだよー!!!!!

 

 もちろん何も知らない塾長に罪は無いんだけどよぉ。

 あるよな、こういうことって。

 ままならねえ。

 

 帰り道で誕生日を祝うという計画が、早くも頓挫しかけていた。

 

「今日は一緒に帰れないわね」

「・・・そ、そうだな」

 

 ちょっぴり残念そうに言う絢瀬に、俺は生気の抜け切った声でかろうじて返答する。

 マジで、どうしよ。せっかくシュミレーションしたのに。

 結局良い代替案は浮かばず、時間ばかりが去っていった。

 

 ちなみにバスで隣に座っても、やっぱり時折絢瀬から視線を感じたんだが、一体何なんだろうな。

 もしかして、俺のことが気になっちゃてるとか!?

 ・・・って、そんなわけないだろ。アホか俺は。

 

 

 そうして─────────────

 大学での講義、塾でのバイトは滞りなく終わり、大切な一日が終わっていく。

 無慈悲にも、時刻は午後七時を回った。

 

「お先でーす、お疲れ様でしたー」

 

 仲の良い講師に軽く手を上げて、シフト通り早目に上がる。

 帰り際、絢瀬にも声をかけたかったのだが、今日は別のフロアにいるため会えずじまい。

 ウチの塾は、教室が一階から三階まであるのだ。

 

 結局、あれから誕生日について触れることすらできず・・・。

 講義が終わってバイトに向かう間も、やっぱり絢瀬は少し元気が無い様子で、あまり会話は弾まなかった。

 

 こんなことなら、朝一で『おめでとう』と言っておけば良かったなぁ。

 変に長引かせてしまったのと、絢瀬の様子がいつもと違ったということもあり、一番大事なお祝いの言葉も言えず、一日が終わってしまった。

 

 塾が入ったビルを出ると、薄着の身体に夜風が吹き付ける。

 そろそろ冬物の洋服、出しておかないとだな。そういや今朝、衣替えの話したっけ。

 

「せっかく買ったのにな・・・」

 

 紙袋に入れたプレゼントに視線をやると、やるせない気持ちが湧いてくる。

 

 別に、一時間後に絢瀬も勤務が終わるのだから、待っていればいいのだが・・・。

 なんかそれも、待ち伏せみたいで気が引けるっつーかさ。

 絢瀬も、流石に約束もなく待たれていたら良い気はしないだろうし。仲が良いとはいえ、それは違う気がする。

 

 しゃーない。こうなったら明日、改めて伝えよう。

 いや、LINEでもいい。

 誕生日おめでとう。その一言だけでも今日の内に伝えて─────────────────

 

「陽にぃ?」

「え?」

 

 とぼとぼと落胆しながら歩いていると、数歩先から声をかけられた。

 聞き覚えのある声だった。

 

「あー! やっぱり陽にぃにゃー!」

 

 そいつは俺の顔を認識するなり、パタパタと嬉しそうに駆け寄ってきて、大きな瞳で俺の顔を覗き込んだ。

 

「り、凛!?」

「久しぶりー! えへへ、夏休み以来だね!」

「お、おお、そうだな」

 

 びっくりしたぁ・・・。

 夜道でいきなり声をかけられるというのは、例え男であっても少し怖い。

 彼女は、にしし、と笑いながら俺との距離をグッと詰める。

 

 とりあえず紹介しようか。

 この娘の名前は、星空凛。

 花陽の幼馴染兼親友で、俺にとっても幼馴染の女の子。この娘も絢瀬やにこと同様元μ'sのメンバーで、今でも花陽と音ノ木坂のスクールアイドルとして活動している。

 

 丸くて大きな瞳がチャームポイントで、かなり小柄。一念発起してイメチェンに励んだ結果、二年前までショートカットだった髪は、肩の辺りくらいまで伸びている。

 小さい頃は一緒によくイタズラして怒られたもんだが、そんな悪ガキの面影は薄れ、ここ二年でめちゃくちゃ垢抜けた。

 

 女の子らしくない自分をコンプレックスに思っていた時期もあったのだが、そんな彼女はもう居ない。どこからどう見ても、紛れもない美少女だ。

 

 今言うことでもないが、俺はコイツの顔が結構タイプだったりする。

 ま、色恋に発展するような関係じゃないけどな。俺、絢瀬が好きだし。

 

 そこで俺は、あることに気づく。

 

「凛、もしかしてメイクしてる?」

「あ、気づいた? あと、髪の毛もちょっと巻いてるよ!」

「よく見たら・・・ほんまや」

 

 ただでさえ整った目鼻立ちをしている顏に、入念なメイクが施されていた。

 髪の毛は普段のストレートではなく、波のようなウェーブがかかっていて、ふんわりとした印象を与えていた。

 そのせいか童顔のくせに、妙に大人びた魅力を発している。

 可愛いじゃねえか・・・。見慣れてるはずの相手なのに、そんな感想が顔を出す。

 い、言わねえからな。恥ずいし。

 

「どうどう? 似合うかにゃ?」

「あ、ああ。すげえ可愛いと思う」

 

 言っちゃったじゃねえか。は、恥ずかしぃ。

 

「あはっ。照れるにゃ〜」

 

 凛はわざとらしく両手で顔を包み込む。

 嘘つけ。なーにが照れるにゃーだ。

 お前、俺に可愛いって言われくらいで照れないだろ。

 

「音ノ木坂ってメイクとかOKなの?」

 

 恥ずかしいのですぐに話題を変える。

 割と由緒あるお嬢様学園だし、その辺の校則は厳しそうなもんだが。

 

「校則では禁止だよ? でも、スクールアイドルの活動で必要な時は、特別にOKしてもらってるんだっ」

「なるほど。まあ写真やら動画に残る訳だしな」

 

 スクールアイドルが音ノ木坂にとって重要な宣伝になっているのは事実だろうし、例外を作ってんだろうな。

 見慣れたすっぴんも可愛らしいけど、たまにはこういうのも悪くない。

 

 よく、アニメやマンガで美少女の幼馴染が出てくるだろう?

 俺にとっちゃ、凛がまさにそうだった。

 

「ところで陽にぃ」

「ん?」

「もしかして、ちょっと元気ない?」

「えっ? あー、いや、そんなことないぞ?」

 

 驚いた。

 どうやら無意識に落胆が顔に出てしまっていたらしい。あっさりと凛に見抜かれてしまった。

 バカっぽい(実際成績はそんなによくない)やつなのだが、こういうところは鼻が利くんだよな。

 咄嗟に誤魔化そうと口を動かすも、上手い言葉もでてこない。

 

「てか、なんでこんな時間にいるんだ? 制服姿だし」

 

 せめて会話の主導権を握ろうと、こちらから世間話を振ってみた。

 

「今日はみんなでPV撮ってたんだ! もうすぐラブライブの最終予選だから」

 

 なるほど。それでメイクしてんだな。

 

「あー、来月だったな。新曲作ってるんだろ? 花陽も頑張ってるって言ってたわ」

「うん! 最終予選で初披露なんだー! 陽にぃは来てくれるの?」

「もちろん、見に行くつもりだぞ」

「えへへ、嬉しいにゃ!」

「まあ、チケット当たればな?」

 

 楽しそうに話す凛の様子は、大変可愛らしい。

 花陽とはまた別種の妹を見ているようで、暖かな気持ちになる。

 

「楽しみにしとくわ。で、どんな曲?」

「ネタバレ厳禁にゃっ」

「ちぇ、引っかからなかったかー」

 

 人差し指を唇に当ててウインクするその仕草は、我が幼馴染ながらかなりあざとい。

 お前、そんなのどこで覚えてきたんだ。

 

 凛は、今しがた俺が出てきた建物を見上げて言う。

 

「ここの塾って陽にぃのバイト先だよね? 今バイト終わったの?」

「ああ。今日はいつもより早めに終わったんだ。普段は十一時とかまで働くんだけど」

 

 流るるままに、凛は俺の隣に並んで歩く。

 俺も、躊躇うことなく受け入れる。

 凛一人だと心配だし、送っていくか。

 

「凛は、いつもこんな遅いのか?」

「んーん。今作ってるPVで、どうしても暗い時間の映像が撮りたくて残ってたんだ」

「なるほどなぁ」

 

 確かに、花陽もいつもならこの時間には家にいるし、普段からこんなに遅いわけじゃないだろう。

 ん? 待てよ?

 

「え。てことは、花陽も今帰宅中?」

「さっきまで一緒にいたよ。かよちんの家の前で別れたにゃ」

「ああ、そういうことか。なら良かった」

 

 花陽がこの時間に一人で外にいるのかと思ったが、そうではないと分かって胸を撫で下ろす。(よく考えたらまだ十九時だし、それほど心配する時間でもないのだが)

 俺の心配性もここまで来ると病気だな。

 

「あはは、陽にぃはかよちんのことになると心配症だにゃー」

「しゃあないだろ。そういう性分なんだよ」

「あはっ。凛知ってるよ。陽にぃはかよちんのこと、心配で仕方ないんだよね」

「そうだよ・・・」

 

 悪いかよ。

 

「てか、凛も夜道は気をつけろよ?」

 

 昔から可愛かったけど、今はもっと可愛いんだからな。

 こんな小柄な女の子、体格のいい男ならあっさり誘拐できてしまうだろう。

 こんなこと言いたかないが、知名度があるということは、その分良からぬファンも近寄ってきてしまうということだ。

 

 俺、やっぱり心配性なんかな・・・?

 いやいや、こんなもんだろ。別に普通だって。

 凛は、カバンにあるストラップの一つを俺に見せる。

 

「一応、防犯ブザー持ってるにゃ」

「おお、懐かしいな」

「なんか最新式らしくて、鳴らすとお母さんのスマホに位置情報がいくんだって」

「ほえー、時代だな」

 

 ・・・花陽にも持たせようかな。

 

「音もすっごく大きいんだよ? 試しに鳴らしてみる?」

「それ、俺が不審者扱いされるよね?」

「にゃはっ」

 

 にゃはっ、じゃねえよ!

 冗談でもやめてくれ! この辺パトカーよく通るんだからな!?

 速攻お縄じゃねえかよ。

 まあこの時間にJKと歩いてる時点で、今更っちゃ今更だがな。

 

「せっかくだし、家まで送っていくよ」

「本当? えへへ、ありがとー!」

「別に、こんくらいいつでもするよ」

 

 凛に何かあったら、俺も花陽も悲しいからな。

 つっても、ここから凛の住むマンションまでは歩いて五分ほどだが。

 

「陽にぃとお喋りしながら帰れるね! 凛、陽にぃに話したいこといっぱいあるんだぁ!」

「はは、子供かお前は」

「ふふん」

 

 可愛いこと言いやがって。

 見た目が変わっても、中身はいつまでも変わんねえな。

 なんだか、コイツの隣にいるとすごい安心する。なんでだろな。

 歩いていると、じぃっと顔を覗き込まれる。

 

「ところで、陽にぃやっぱりいつもより元気なくないかにゃ?」

「あー、やっぱそう見えるか?」

 

 表情や口調に一応気は使っていたが、幼馴染に誤魔化しは通用しないらしい。

 黙っていても伝わってしまうのだ、幼馴染ってのは。

 厄介であり、ありがたい存在だ。

 

「うん。あ、さては絵里ちゃんと喧嘩でもしたの?」

「あー、いやいや、そういうことじゃないんだ」

「じゃあ、かよちんと何かあったとか?」

「いや、それも違う。・・・その、今日、絢瀬の誕生日なんだけどさ」

 

 凛は単に気になるというより、心配してくれているらしい。

 俺は少し考えて、凛に話すことにした。

 一生懸命用意したプレゼントを渡せなかったこと。

 絢瀬の様子がいつもと違っていて、おめでとうと伝えられなかったこと。

 

 なんとなく、話したら気が晴れると思ってな。

 逆の立場なら、きっと気になると思うし。

 すると、聞き終えた凛は『有り得ない』とでも言いたげな顔で、

 

「えー! そんなの、ただ待ってたらいいだけにゃ!」

「い、いや、なんか待ち伏せみたいでキモイなって」

「陽にぃ、その思考の方がキモいにゃ」

 

 言い方の威力加減しろよ。

 

「お前、時々ツッコミの鋭利さが半端なく上がる時あるよね?」

 

 俺のハート、そんなに強くないからね。

 

「凛だったら、一時間も待っててくれたんだって思うよ!」

「そりゃ、凛と俺だからだろ」

「陽にぃと絵理ちゃんだって、凛達くらい仲良いでしょー?」

「ある程度仲が良い自負あるが・・・約束もしてないのに待ってるのは、なんか違う」

 

 これを読んでる男性諸君なら、きっと俺の言いたいこと、分かってくれるだろう?

 

「陽にぃの言うことは難しいにゃ〜」

 

 どこか呆れたような口調で言う凛。

 

「別に、いつも一緒に帰ってるんだから気にしなくていいと思うけど」

「そ、そうか?」

「うん! 凛ならそう思うな〜」

 

 凛があまりに押してくれるので、なんだか大丈夫な気がしてきてしまう。

 ・・・我ながら、単純なものである。

 話をしたおかげで、自分の置かれた状況が客観的に見えてきたというのもあるのだろう。

 

「それに、プレゼント買ってあるんでしょ?」

 

 凛の視線が、俺の手に下げられた紙袋に向けられる。

 

「そこなんだよな。まあ、腐るもんじゃないし、明日渡しても・・・あ」

「どうしたの?」

「確か絢瀬、明日バイト休みだ。土曜だから大学もないし」

「ほらー。そうやってしてるとどんどん渡すの遅くなっちゃうよ?」

「そう言われると・・・そうだな」

 

 反論の術も、言い訳の余地もなかった。

 そんな会話をしている内に、凛の住むマンションが見えてくる。

 オートロックもあって、割とセキュリティのしっかりしたファミリー向けのマンションだ。

 

「陽にぃ、ここでいいよ。送ってくれてありがとにゃ」

「いえいえ。こんなんお易い御用だよ。てか、あんまり夜道一人で歩くなよ? 一人で不安な時は、LINEくれればすぐに行くからさ」

「あはは、陽にぃはやっぱり心配症だね」

「いや、普通だって」

 

 もう少し自分が美少女なのを自覚しなさい。

 

「あ、そうだ!」

「どした?」

「陽にぃ、ちょっとスマホ貸して」

「え?」

 

 凛は、何かいいこと思いついたとでも言わんばかりの口調で、俺のスマホを求めてくる。

 

「凛の防犯ブザー、鳴らしたら位置情報が届くって言ったでしょ?」

「ああ、さっきのあれか」

「うん! 陽にぃも登録させてほしいにゃ! 三人まで登録できるから」

「え、俺? 別にいいけど」

 

 まあ、何かあった時に俺しか動けないとなれば、役には立つかもしれん。

 俺は特に何も考えずスマホを取り出して凛に渡した。

 

「パスコードは? あ、やっぱりいいや」

「え?」

 

 いや、解除しなきゃ登録できんだろ。

 

「ぜろ、いち、いち、なな・・・あ、開いた!」

「しれっとパスコード突破すんな!」

「だって、かよちんの誕生日なんだもん」

 

 まあ、凛ならちょっと考えれば分かるか。

 え、セキュリティ意識、低い・・・?

 気にすんな。自分の誕生日じゃないからいいんだって。

 

「防犯ブザーのQRコードを読み取って・・・っと」

「一応言っておくが、変なことはすんなよ?」

「あ、凛のこと信用してないのー?」

「ワンクリック詐欺のURLとか踏み抜きそうで怖い」

「いくら凛でもそこまで馬鹿じゃないにゃ! しゃー!」

 

 しゃーて。猫かお前は。

 

「わりぃわりぃ」

「陽にぃの電話番号入れて・・・登録完了にゃ! ふふん、ついでにかよちんにLINEしちゃお」

「おい、何するつもりだ」

 

 いつもの調子で俺のスマホに何かしらのイタズラをしかける凛。慣れているので最早止めようとも思わない。

 花陽に変顔の自撮り送ったり、無意味にスクショしまくったりと、そんなんばっかだからな。実害はない。

 

 でもよ、凛。

 お前が前に俺のLINEで花陽に『愛してるよ』って唐突に送ったことあったよな?

 あん時、花陽がどんな可愛い反応するかと期待してたら『どうしたの?』とだけ返信が来た俺の気持ち考えたことあるか? ないですよね。結構胸にクるものがあんだぞ。

 

 えーと、かよちんのLINEは〜等とわざわざ口に出して何かブツブツ言っている。

 絶対に妙な画像送ってるだろ、お前。

 一通り操作し終えて、凛はスマホを返してきた。

 

「当ててやる。どーせ花陽に変な画像でも送ったんだろ?」

「流石陽にぃ。よく分かってるにゃー」

「何年の付き合いだと思ってんだ。お前のやることなんかもうパターン化されてんだよ」

「あはっ。じゃあ、今日は初めてのパターンだね!」

「はい?」

「送った相手、かよちんじゃないよ」

「は? おいちょっと待て!」

 

 俺は凛からスマホを奪還し、すぐにLINEを開いて、メッセージを確認する。

 なんだかとっても嫌な予感がする!

 

「絢瀬に送ってんじゃん!」

「凛、いい仕事した気がするにゃ!」

 

 凛はえっへんと言わんばかりに腰に手を当て誇らしそうにする。

 変な画像とか送ってねぇだろうな!!

 必死になってトークページを開くと、俺のLINEから、絢瀬にこんなメッセージが送られていた。

 

《From陽介:お仕事終わったら連絡くださいにゃー!((o(。>ω<。)o))》

 

 ・・・いや、せめて凛が送った感じ出すのはやめない?

 

 はぁ・・・。

 本当にコイツは・・・。

 凛の意図が分からないほど、俺は馬鹿ではないらしい。

 

「ったく、何やってんだよ」

「そう言う割には、陽にぃ迷惑そうな顔してないよ?」

「うっ・・・」

 

 まあな。

 凛が勝手に送ったのを口実に出来るわけだし。

 俺はイタズラをカマしてくれた幼馴染を見つめた。

 

「覚悟、決まったでしょ?」

「ああ、そうだな」

 

 ったく、いくらなんでも強引すぎるだろうよ。

 でも、

 

「ありがとよ」

 

 これで絢瀬に、おめでとうを伝えられそうだ。

 凛は困ったように笑って続けた。

 

「陽にぃとかよちん、性格似てないっていうけど、なんだかんだちょっぴり引っ込み思案なところ、かよちんのお兄ちゃんって感じだよね」

「我ながらそうかもな」

「じゃ、頑張ってねー!」

「ああ」

 

 俺は凛をエントランスまで送り届け、最後に手を振って別れる。

 別れ際、ちゃんとプレゼント渡せたか教えてね、とのことだった。

 だから、また今度ウチに泊まりに来いよとだけ伝えておいた。

 時刻を確認し、ゆっくりと踵を返す。

 

 再び、塾に向かって歩き出す。

 そんな俺の、遥か後方。

 

「陽にぃは、絵理ちゃんに夢中なんだね・・・」

 

 凛が呟いた言葉は、俺に届くことはなかった。

 

 

 




少しばかり長めでしたが、いかがでしたでしょうか?
もう少し短い方が読みやすい等あれば、教えていただけると嬉しいです。
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