まず自己紹介の段階で揉めました。
本作は、
ボスやん(ボスヤスフォート)
シックス、
ラウ・ル・クルーゼ、
ディオ・ブランドーという、
できれば同じ会議室に入れたくない四人を、
システム・ユニオが司会進行する地獄の座談会クロスオーバーです。
まずは平和なはずの自己紹介からどうぞ。
――記録者兼司会:システム・ユニオ
白い円卓を囲む空間は、本来ならば静謐と秩序のために設計された場である。
無用な威圧も、過剰な装飾もない。
ただ発言を整理し、意見を交換し、必要であれば対立さえも構造化するための、清潔で中立な場所。
そのはずだった。
だが本日この場に集った四名は、秩序立った対話という概念そのものに対し、あまりにも相性が悪かった。
ひとりは、金の髪を持つ傲慢な吸血鬼。
ひとりは、七千年の悪意を継ぐ武器商人にして犯罪者。
ひとりは、人類の業をよく通る声で語る仮面の男。
そしてもうひとりは、自らを帝国の正統と疑わぬ、長い名の男。
私は一度だけ、記録端末の表示を確認した。
議題は簡潔である。
『人類は存続に値するか』
簡潔であることと、簡単であることは違う。
「……それでは、定刻となりました」
私は卓の中央へ視線を向け、開会を宣言した。
「本会合の司会および記録を担当いたします、システム・ユニオです。本日は円滑な進行へのご協力をお願いいたします」
「円滑、か」
最初に反応したのは、金髪の男――ディオだった。
椅子に深く腰を下ろし、面白がるように唇だけで笑っている。
「ずいぶんと大胆な希望だな」
「希望ではありません。要請です」
私は答えた。
その隣で、白服の男がふ、と喉の奥で笑う。
ラウ・ル・クルーゼ。人の破滅を語る声音だけは、妙に美しい。
「いいではないか。始める前から諦めてしまっては、座談会の体をなさない」
「体をなすかどうかは、皆様次第です」
「違いない」
と、黒衣の長身の男が頷く。
ディス・ヒフツェン・ボスヤスフォート。
頷くだけで玉座に座っているような空気を出すのは、やめていただきたい。
そして最後に、細い笑みを浮かべた男――シックスが肘掛けに指を這わせた。
「つまり、最初から無理だと君は理解しているわけだ。賢明だな」
私は無言で記録端末の感度をひとつ下げた。
このままでは開会三分でノイズ扱いになる可能性があったからだ。
「まず、議事録作成の都合上、出席者の皆様にはお名前をフルネームでお願いいたします」
空気が、ほんのわずかに止まった。
私は知っている。
自己紹介というものは、通常、最も穏当で荒れにくい手続きである。
だが今日は違う。
トップバッターの名乗りだけで、大抵の会は方向性が決まる。
「では、そちらから」
私が金髪の男へ視線を向けると、彼は当然のように顎を上げた。
「ディオ・ブランドー」
簡潔だった。
響きには自負があり、語尾には疑いがない。
まるで“名乗るだけで十分だ”とでも言いたげだ。
「記録しました」
そう言った直後、低い声が割り込んだ。
「短いな」
ディオの眉がぴくりと動く。
声の主は、案の定、ボスヤスフォートだった。
「自己紹介に必要な情報が足りておらんのではないか?」
「何?」
「名とは、己の背負うものを示すものだろう」
ディオが冷たく笑う。
「フン……背負うものが多すぎると、名乗りだけで息切れしそうだな」
私は割って入った。
「コメントは順番にお願いいたします。次、お名前を」
ボスヤスフォートはゆっくりと腕を組み、そのままこちらを見た。
その仕草ひとつに、妙に“儀式感”があるのが少し腹立たしい。
「我が名は――」
一拍。
「ディス・ヒフツェン・ボスヤスフォートだ」
沈黙。
その一拍のあいだに、私は脳内で綴りを二度確認し、三度目で諦めた。
記録端末に直接入力したほうが早い。
「長いぞ」
と、シックスが即座に言った。
「長いな」
と、ディオも続けた。
ラウまでもが感心したように目を細める。
「名前というより、ほとんど称号だね」
私は確認のため復唱した。
「ディス・ヒフツェン・ボスヤスフォート様。表記の確認をお願いいたします」
「うむ」
「念のためお尋ねしますが、これは個人名でしょうか。それとも、帝位・継承順・家名を含む称号的複合名でしょうか」
「その両方だ」
「そうですか」
私は入力した。
ディオが鼻で笑う。
「回りくどいな。王だと名乗りたいなら、そう言えばよかろう」
「黙れ。短い名ほど中身も浅いとは限らぬが、そう見えることはある」
「面白いことを言う」
空気が少しだけ物騒になりかけたところで、私は進行を戻した。
「次の方、お名前を」
白服の男は、まるで舞台に上がる俳優のようにわずかに胸へ手を当てた。
「ラウ・ル・クルーゼ」
……腹立たしいほど、きれいに決まった。
名乗りそのものにリズムがあり、無駄がない。
聞いた瞬間に“完成されている”と感じさせる音の並びだった。
「妙に整っているな」
と、ボスヤスフォートが言う。
「強者っぽさを最初から盛りすぎだ」
と、シックスが笑う。
ディオが唇を歪める。
「気取っている」
ラウは肩をすくめた。
「諸君にだけは言われたくないな」
私は記録しながら、淡々と次を促した。
「最後に、そちらの方」
シックスは頬杖をついたまま、少し考える素振りを見せた。
「ゾディア・キュービック」
今度は、私が一拍置いた。
その名は先ほどまでの流れと違い、妙に洗練されていた。
企業名の看板にも、国際会議の名札にも、そのまま載りそうな顔をしている。
だが、彼はわざと少し間を空けてから続けた。
「裏の名は、シックス。好きなほうで呼べばいい」
「裏表を同時に出すな」
と、ディオが言った。
「呼称を増やすな」
と、私は言った。
「企業人の名と犯罪者の名を並べて名乗るとは、ずいぶん親切だね」
ラウが笑う。
ボスヤスフォートは低く唸った。
「ふむ……血筋を隠すつもりはない、ということか」
シックスは薄く笑った。
「隠したところで、匂うものは匂うからね」
嫌な言い方だった。
事実であるらしいのが、なお嫌だった。
私は出席者一覧を表示させた。
ディオ・ブランドー
ディス・ヒフツェン・ボスヤスフォート
ラウ・ル・クルーゼ
ゾディア・キュービック(通称:シックス)
表示を見たまま、私は数秒考えた。
「……ひどい一覧ですね」
「誰のせいだ」
と、ディオ。
「主に皆様です」
「いや、ひとり特に長いのがいるぞ」
シックスが指摘する。
「短ければいいというものでもあるまい」
ボスヤスフォートが返す。
「少なくとも議事録係には優しい」
ラウが涼しく言った。
私は深く息をつかずに済ませた。
それが司会としての最低限の矜持である。
「では、自己紹介に付随して、簡単に立場をお願いいたします。できるだけ簡潔に」
「ぼくは」
と、ディオがすぐに口を開く。
「この場において、最も上に立つにふさわしい者だ」
「立場ではなく自己評価です」
私は言った。
ラウが肩を揺らして笑う。
ボスヤスフォートは待っていたかのように続けた。
「自分こそ、バッハトマ魔道帝国の首相であり――」
私は端末から顔を上げた。
嫌な予感がした。
「――ファロスディ・カナーン超帝国の流れを継ぐ、正当なる皇帝だ」
三秒ほど、誰も何も言わなかった。
その沈黙ののち、最初に口を開いたのは私だった。
「……確認いたします」
「うむ」
「今のご発言は、歴史的正統性、制度的継承、帝位資格の三点を、すべてご自身において充足しているとの主張でよろしいでしょうか」
「その通りだ」
「何を言っているのですか、この方は」
しまった、と思った時には遅かった。
ラウが吹き出し、シックスが声を殺して笑い、ディオが露骨に愉快そうな顔をした。
「今のは記録に残すべきだな」
と、ディオ。
「残します」
私は即答した。
「なお、司会は現時点で根拠不十分と判断しています」
「貴様」
と、ボスヤスフォート。
「事実です」
私は切った。
シックスが楽しげに身を乗り出す。
「では、次は僕かな。ゾディア・キュービック。世界規模の軍需産業の管理者であり、七千年続く武器屋の家系の現在形だ。犯罪者としては“シックス”の名で通っている」
「簡潔とは」
私は言った。
「努力はしたよ」
「嫌な家系だな」
ディオが呟く。
「誇るつもりも、恥じるつもりもない」
シックスは微笑んだ。
「ただ、長く続いているというだけだ」
「長く続くことそれ自体が、時に最も厄介なのだよ」
と、ラウ。
そして彼は、自らの番を待たずに言った。
「ラウ・ル・クルーゼ。人類の行く末に深い関心を持つ者、とでもしておこうか」
「ずいぶんと柔らかく包んだな」
ディオが言う。
「君ほど露骨ではないだけさ」
最後に、ディオが椅子の背にもたれたまま口を開いた。
「ディオ・ブランドー。支配する者だ」
「雑ですね」
私は記録しながら言った。
「本質だけを言ったまでだ」
「では、そのように記録します」
私は端末を閉じた。
会はまだ始まってすらいない。
議題にも入っていない。
それにもかかわらず、既に全員が全員を測り、刺し、笑い、苛立っている。
私は静かに告げた。
「……以上で、自己紹介を終了します」
そして心の中で、議事録の一行目を確定させた。
開始五分、すでに収拾不能。
ここまでお読みいただきありがとうございました。
第1話は自己紹介でした。
ただし、自己紹介の時点で収拾がつかなくなりました。
この四人を同じ卓につかせた時点でだいたい予想はできていましたが、
予想以上にひどいです。
まだ自己紹介しかしていないのに、
すでに会議の先行きがまったく見えません。
司会兼議事録係のユニオには気の毒ですが、
たぶんここから先のほうがもっとひどいです。
次回、ようやく議題に入る予定です。
入れれば。