システム・ユニオは議事録を取りたい   作:ギアっちょ

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第六ピリオド ――戦争と悪意は必要か

第三回休憩を終えた時点で、卓上にはまだわずかに果実と鉄の余韻が残っていた。

 

不本意ながら、美味かった。

不本意ながら、印象にも残った。

そして不本意ながら、

次の議題に入る前の空気としては、妙にふさわしかった。

 

私は記録端末を開き、一覧から次の項目を表示する。

 

第六ピリオド 戦争と悪意は必要か

 

その文字列を見た瞬間、反応は実に分かりやすかった。

 

シックスは、最初から嬉しそうだった。

ディオは退屈そうな顔の奥で、少しだけ口元を歪めた。

ラウは静かに目を細め、ボスヤスフォートは嫌そうに息を吐いた。

 

「皆様、感情が顔に出ています」

 

「貴様もな」

ディオが言う。

 

「司会は平常です」

 

「嘘だな」

と、シックス。

 

「否定が弱くなってきた」

ラウが笑う。

 

無視する。

 

「第六ピリオドに入ります。

議題は、戦争と悪意は必要か。

戦争は人類の進歩や秩序にとって必要な圧力なのか。

悪意は文明を前へ進める触媒なのか。

それとも、いずれも克服されるべき害悪なのか。

まずは一人ずつ、基本的立場からお願いします」

 

「克服されるべき害悪、ね」

シックスが楽しげに言う。

「その選択肢だけ妙に弱くないかい?」

 

「この場に支持者が少なそうなので、先に気遣いました」

 

「気遣いが雑だな」

ボスヤスフォートが言う。

 

「本日もっとも気遣いに敏感な方は、

前回の差し入れ提供者ではないのですが」

私はディオを見る。

 

「やめろ」

ディオが言った。

 

「では最初に――ボスヤスフォート様」

 

「自分からか」

 

「戦争を“必要悪”として最も理路整然と語れそうな方からです」

 

ボスヤスフォートは一瞬だけ私を見た。

たぶん「余計な枕だ」と思っていた。正しい。

 

「戦争は望ましいものではない」

彼は低く言った。

「死ぬ者が出る。壊れるものが出る。失われるものが出る。

まずその前提は外せぬ」

 

「珍しく穏当な入りですね」

私は記録しながら言う。

 

「穏当で悪いか」

 

「いえ。続けてください」

 

ボスヤスフォートは腕を組み、卓上全体を見渡した。

 

「だが、戦争の可能性まで消えた世界が健全かと言えば、そうは思わぬ。

永遠の平和を前提とした社会は、やがて備えを失う。

危機感を失い、緊張を失い、己が守られていることの意味すら忘れる。

戦争があるからこそ平和は尊ばれる。

不安があるからこそ備える。

その張りつめたものまで全て消してしまえば、残るのは安寧ではなく鈍麻だ」

 

「つまり」

私は確認する。

「戦争そのものを礼賛はしないが、戦争の可能性や緊張の常在は必要だと」

 

「概ねそうだ」

ボスヤスフォートは頷いた。

「もし世界中の人間が本気で戦争を否定するなら、あっという間に戦争は消えるだろう。

 

消えぬのは、結局のところ、人がそこまで本気ではないからだ。

人は争いを嫌うと言いながら、同時に競い、奪い、備え、優位を得たがる」

 

「厳しいですね」

ラウが言う。

 

「現実的と言え」

ボスヤスフォートは切った。

 

「悪意については」

私は促す。

 

「悪意も同じだ」

彼は答えた。

「褒められたものではない。

だが、善意だけで社会が回ると考えるのは、願望であって統治ではない。

ズルをする者、怠る者、裏をかく者、他人の足を引く者

――そうしたものを前提に制度を組むからこそ、社会は破綻しにくくなる。

 

悪意を称揚はせぬ。

だが、存在しないものとして扱うほど愚かでもない」

 

「なるほど」

私は記録する。

「戦争は緊張と備えを生む圧力として、悪意は制度設計が織り込むべき現実として、それぞれ限定的に必要とみなす立場ですね」

 

「限定的、か」

ボスヤスフォートは低く言う。

「そのくらいでよい」

 

「珍しく節度がある」

ディオが言った。

 

「貴様と違ってな」

 

私は記録欄へ入力する。

 

ディス・ヒフツェン・ボスヤスフォート:戦争は望ましくないが、その可能性と緊張の常在は社会を鈍麻させないために必要。悪意も称揚はしないが、制度設計が前提とすべき現実であり、完全否定は統治として幼い。

 

「次に――ラウ様」

 

ラウはすぐには答えず、カップの縁を指先で軽くなぞった。

この男が静かな時ほど、だいたい嫌なことを言う。

 

「戦争は必要か、か」

 

その声音は柔らかかった。

柔らかいのに、妙に冷える。

 

「私はね、戦争を“必要悪”と呼ぶのがあまり好きではない」

 

シックスが目を細める。

「ほう?」

 

「必要だから起こる、と聞こえるからさ」

ラウは穏やかに言う。

「だが、私にはそうは思えない。

戦争は必要だから起こるのではない。

人が人である限り、ただそこにある」

 

数秒、卓上が静かになる。

 

「なるほど」

私は言った。

「政策論ではなく、本性の話だと」

 

「そうだよ」

ラウは頷く。

「人は夢を見、望みを抱き、他者と比べ、

妬み、奪い、恐れ、正義を振りかざし、愛するもののために他を傷つける。

 

思惑が絡み合えば、それはやがて争いになる。

国家でも、個人でも同じだ。

だから私は、戦争を必要悪とも、完全な異常とも思わない。

むしろ、人の業がかたちになった現象だと見る」

 

「救いがありませんね」

私は言った。

 

「あると思うほうが不思議だ」

ディオが嗤う。

 

ラウはそれを受け流し、続ける。

 

「悪意についても似たようなものさ。

悪意とは、時に純粋だ。

善意よりもずっと。

他人より先へ行きたい。

自分だけ得をしたい。

相手を出し抜きたい。

そうした欲求は、上手に着飾れば“向上心”にも“競争心”にも見える。

だが剥がせば、わりと簡単に悪意が出てくる」

 

「それを必要と?」

私は確認する。

 

「必要、という言い方は避けたいね」

ラウは微笑む。

「ただ、無いものとして語るのは滑稽だ。

悪意を消したつもりの社会は、たぶん別の綺麗な名前で同じものを飼うだけだよ」

 

「美しく言うな」

ディオが言う。

「要するに、人は争いをやめられん、ということだろう」

 

「ええ」

ラウはあっさり認めた。

「人はやめられない。

少なくとも、今ここで戦争や悪意を語っている諸君を見ていると、なおさらそう思う」

 

「貴様もその一人だ」

ボスヤスフォートが言う。

 

「もちろん」

ラウは微笑んだ。

「外には立っていないよ。

ただ、少しだけ眺めるのが好きなだけで」

 

私は記録する。

 

ラウ・ル・クルーゼ:戦争は必要悪ではなく、人が人である限り避けがたく発生する業のかたち。悪意も同様に、人間の欲望や競争心の裏側として常在し、消したつもりでも別名で残る。

 

「“少しだけ眺めるのが好き”は控えめすぎます」

私は言った。

 

「君は時々、妙に正確だね」

 

「環境要因です」

 

「次に――ディオ様」

 

ディオは椅子にもたれたまま、いかにも面倒そうに口を開いた。

 

「戦争そのものに価値があるわけではない」

 

シックスが楽しそうに笑う。

「そこは来ると思ったよ」

 

「黙れ」

ディオは一瞥もせずに言った。

「ぼくにとって重要なのは、戦場かどうかではない。

勝者と敗者が分かれ、恐怖が浸透し、強者が上に立つことだ。

それが成立するなら、戦争である必要すらない」

 

「戦争は手段にすぎない、と」

私は整理する。

 

「そうだ」

ディオは答える。

「戦争は雑だ。

王が不在だから起こる、無駄の多い衝突とも言える。

真に優れた支配者がいれば、もっと効率よく人を従わせられる」

 

「ずいぶん自信がありますね」

 

「当然だ」

 

「悪意については」

 

ディオはそこでわずかに笑った。

 

「悪意か。

それもまた、必要悪などと呼ぶほど殊勝なものではない。

悪意とは、綺麗事を剥いだ意思だ。

欲しいものを欲しいと言い、

邪魔なものを邪魔だと言い、

上に立ちたいと望む。

それの何が悪い」

 

「全部です」

私は言った。

 

ラウが笑う。

シックスも笑う。

ボスヤスフォートは眉をひそめた。

 

「貴様は欲望を正当化しすぎだ」

ボスヤスフォートが言う。

 

「正当化ではない。

認めているだけだ」

ディオは切る。

「善意だの平和だのを語る人間ほど、その裏で欲している。

ならば最初から悪意を認めたほうがよほど誠実だ。

むろん、愚かな悪意は潰されるべきだがな」

 

「愚かな悪意とは」

私は尋ねた。

 

「勝てぬ相手に噛みつく悪意だ」

ディオは即答した。

「自分の格も、相手の格も分からぬなら、それはただの醜態だ」

 

「非常にディオ様らしいですね」

私は記録した。

 

「嫌味か」

 

「観察結果です」

 

記録欄へ入力する。

 

ディオ・ブランドー:戦争そのものには本質的価値を見ず、恐怖・序列・支配の成立こそを重視する。悪意は綺麗事を剥いだ率直な意思であり、問題は悪意の有無ではなく、それを通すだけの格と力があるかどうかである。

 

「感じが悪いな」

ボスヤスフォートが言う。

 

「今さらです」

私は答えた。

 

そして最後に視線を向ける。

 

「シックス様」

 

シックスは、待っていましたと言わんばかりに微笑んだ。

本当に待っていたのだろう。困ったものだ。

 

「僕の番か」

 

「最も機嫌が良さそうなので最後に回しました」

 

「嬉しいね」

 

「私は嬉しくありません」

 

シックスは指先を組み、穏やかな声音で言う。

 

「悪意は必要だよ。

まずその点については、僕はかなりはっきり肯定する」

 

「でしょうね」

私は言った。

 

「善人ばかりの社会など、つまらない。

ズルをする者。

抜け道を探す者。

相手の裏をかこうとする者。

そういう悪意があるからこそ、警戒が生まれ、対策が生まれ、競争が生まれる。

善意だけの世界では、人はそこまで深く考えない。

刺激も、切迫感も、可能性も、ずいぶん薄まるだろう」

 

「“可能性”という言葉の使い方が嫌です」

私は言った。

 

「褒められてるのかな」

 

「違います」

 

シックスは楽しそうに続ける。

 

「悪意とは単なる犯罪衝動じゃない。

他者より先へ行くための知性でもある。

裏を読み、罠を避け、優位を取る。

そうした営みが積み重なれば、社会は嫌でも進化する」

 

「嫌でも、ですか」

ラウが目を細める。

 

「そう。

美しくはない。

でも、進む」

シックスは言う。

「戦争も同じだよ。

悲劇だ。

不幸だ。

でも価値がないとは限らない」

 

ボスヤスフォートが低く言う。

 

「そこだ。

貴様はすぐ、価値の話に飛ぶ」

 

「当然だろう?」

シックスは笑った。

「戦争は技術を進める。

平時には埋もれていた需要を露わにする。

社会の弱い部分を露出させ、個人の本質を剥き出しにする。

そして何より、淘汰が起きる。

壊れるものと、残るものが分かれる」

 

「ご飯のタネでもありますしね」

私は言った。

 

シックスは一瞬だけこちらを見て、笑みを深くする。

 

「率直でいいね。

そうだよ。

僕は武器を扱う。

軍需産業の側にもいる。

だから綺麗事を言うつもりはない。

戦争は市場でもある」

 

沈黙。

 

ディオが低く笑う。

「そこまで堂々と認めるか」

 

「認めるさ」

シックスは頷いた。

「外から評論しているわけじゃない。

利益も出る。

だが、それだけじゃない。

僕は本気で思ってるんだ。

戦争と悪意は、文明の進化にとって過酷だが有用な圧力だとね」

 

「秩序を壊しすぎる」

ボスヤスフォートが切る。

 

「壊れるなら、その秩序はそこまでだっただけだ」

シックスは即答した。

 

「そこだ」

ボスヤスフォートの声が少し強くなる。

「貴様は緊張を語っているのではない。

ただ他者を試したいだけだ」

 

「違うね」

シックスは柔らかく否定した。

「試すことは、前へ進むために必要なんだよ。

君は危機を秩序維持のために使いたい。

僕は危機で秩序ごと選別したい。

似ているようで、だいぶ違う」

 

卓上が静かになる。

 

「その一言で、だいぶ整理されましたね」

私は言った。

 

「君もたまに怖いな」

ラウが言う。

 

私は記録欄へ入力する。

 

シックス:悪意は他者を出し抜くための知性であり、警戒・対策・競争を生む触媒として必要。戦争も悲劇ではあるが、技術革新・市場形成・淘汰・本質露出の場として有用な圧力である。秩序維持より、危機による選別と更新を重視する。

 

全員分の要約が並ぶ。

ひどい。実にひどい。

 

「総括します」

 

私は言った。

 

誰も遮らなかった。

たぶん全員、他人がどうまとめられるかを聞きたいのだろう。

 

「ボスヤスフォート様は、戦争を望ましくないが緊張維持に必要な可能性として、悪意を制度設計が前提とすべき現実として捉えています。

ラウ様は、戦争も悪意も必要悪というより、人が人である限り避けがたく現れる業の一部と見ています。

ディオ様は、戦争そのものより恐怖と序列の成立を重視し、悪意を率直な意思として肯定しています。

シックス様は、悪意を知性と進化の触媒とみなし、戦争を淘汰・技術革新・市場形成の場として肯定しています」

 

「見事にろくでもないな」

ラウが言った。

 

「ええ」

私は頷く。

「ただし、一点だけ共通しています」

 

「ほう?」

ディオが言う。

 

私は端末を見たまま、読み上げる。

 

「皆様とも、人類は善意だけで回るほど上等ではない点では一致しているようです」

 

シックスが笑う。

ディオも笑う。

ボスヤスフォートは否定しない。

ラウは、少しだけ寂しそうに微笑んだ。

 

「その上で」

私は続ける。

「ボスヤスフォート様は、それでも社会を回すための負荷として戦争と悪意を限定的に認める。

ラウ様は、人の業として諦観する。

ディオ様は、支配の手段として利用する。

シックス様は、進化と市場の圧力として積極的に歓迎する。

……この理解でよろしいですか」

 

「最後だけ言い方が悪いな」

シックスが言った。

 

「事実に忠実です」

 

「歓迎、か」

ボスヤスフォートが低く言う。

「やはり貴様とは根のところで合わんな」

 

「だろうね」

シックスは楽しそうだった。

 

ディオが鼻で笑う。

 

「結局、貴様らは戦争に意味を持たせすぎだ。

必要なのは勝者だ」

 

「そして貴様は単純すぎる」

ボスヤスフォートが返す。

 

「いや」

ラウが静かに言った。

「単純なほうが、本質を突くこともある」

 

「やめてください」

私は言った。

「まだ延長戦をする時間ではありません」

 

「疲れているな」

ディオが笑う。

 

「ええ」

 

珍しく素直に認めると、ラウが少し目を細めた。

シックスは面白そうにこちらを見ている。

見ないでいただきたい。

 

私は最終欄に打ち込む。

 

第六ピリオド結論:一致なし。

ただし、戦争も悪意も“完全に不要”とは誰も断じていない。

 

相違点は、

それらを秩序維持の負荷、

業の発露、

支配の手段、

進化と市場の圧力のいずれとして重視するかにある。

 

そして内部メモを開いた。

 

補記:シックス様、非常に嬉しそう。想定どおり。

 

少し考え、もう一行。

 

補記:この議題において“善意だけでは足りない”で概ね意見が揃う面子は、やはりあまり健全ではない。

 

端末を閉じると、ラウがこちらを見た。

 

「最後の一文、今度は少し笑ってしまったよ」

 

「不本意です」

 

「だが正確だ」

ボスヤスフォートが言う。

 

「珍しく全員に刺さりそうだな」

ディオが笑う。

 

「刺さって結構です」

 

シックスは、まるで次の話題が待ちきれないように指を組む。

 

「で、次は?」

 

私は議題一覧を開き直す。

 

「第七ピリオドです」

 

表示されたタイトルを読み上げる。

 

人は救うべきか、使うべきか

 

数秒、沈黙。

 

それからディオが笑った。

シックスもまた、いっそう楽しそうに笑う。

ボスヤスフォートは露骨に嫌そうで、ラウはどこか面白がっていた。

 

私は静かに言った。

 

「今日はここで区切ります」

 

「賢明だな」

ボスヤスフォートが言う。

 

「逃げだ」

ディオが言う。

 

「休憩の時も同じことを言っていましたね」

私は答えた。

 

「同じようなものだろう」

 

「違います」

 

一拍。

 

ラウが吹き出し、シックスが肩を震わせる。

ディオは露骨に不満そうだったが、ボスヤスフォートだけは少しだけ満足そうだった。

 

私は端末を閉じる。

 

戦争と悪意の話をして、なお会議が続く。

そのこと自体が、少しばかり危うしい。

だが、この面子にそれを今さら言っても仕方がない。

 

仕方がないから、記録する。

それが今の私の役目だった。

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