第七ピリオド終了時、私はしばらく端末を閉じたまま動かなかった。
残る議題は、あと一つ。
結論――人類に未来はあるのか。
そこへ入る前に、最後の休憩が必要であることは理解していた。
理解していたが、
今回の休憩が本当に休憩として機能するかについては、
まったく期待していなかった。
「……ここで、第四回休憩を取ります」
私がそう告げると、シックスが待っていましたと言わんばかりに微笑んだ。
「ようやくだね」
その顔が、すでに嫌だった。
「では、今度は僕から。
我が一族の畑で作らせた特製のローズヒップだ。お取引先の皆さんにも好評でね」
「その“お取引先”という言い方が、まったく安心材料にならないのですが」
私は言った。
「気にしすぎだよ」
「気にします」
シックスが卓上へ置いたティーポットは、妙に上等だった。
無駄のない銀の光沢。細身の注ぎ口。磨き抜かれた蓋。
茶の色は鮮やかな赤。香りは華やかで、果実と花の酸味が先に立つ。
見た目だけなら、非常に良い。
それが逆に嫌だった。
「どうぞ」
シックスはあくまで穏やかだった。
「まずは一口」
最初にカップを取ったのは、やはりディオだった。
いかにも英国紳士ぶって、というほどではないが、こういう場で躊躇しないのがあの男である。
一口含み、ほんのわずかに眉を寄せる。
「……酸味が強いな」
ラウも続いて口をつけ、細く目を細めた。
「華やかだ。だが、なるほど……かなり鋭い」
ボスヤスフォートも低く唸る。
「香りは悪くない。だが、妙に喉へ刺さるな」
私は最も慎重に、ほんの少しだけ口にした。
確かに香りは良い。味も悪くない。
だが、舌の上で丸く広がるというより、
胃へ一直線に落ちていく感じがする。嫌な予感しかしない。
そして全員が一応ひと口飲んだ、その後で。
シックスは満足そうに頷いた。
「慣れるとクセになる。
まあ、常人が飲むと胃がただれる酸性値だがね」
沈黙。
私はゆっくりとカップを置いた。
「先に言ってください」
「そうかい? でも、もう飲んでいるだろう?」
「そういう問題ではありません」
ディオが鼻で笑う。
「フン……吸血鬼のぼくはともかく、ずいぶんと雑な気遣いだな」
「気遣いはしているよ」
シックスは答える。
「少なくとも、品質にはかなりこだわった」
「こだわる場所が違う」
ボスヤスフォートが低く言う。
「“もてなし”の定義を、一度根本から教わったほうがいい」
ラウはくすりと笑った。
「いや、実に彼らしい。
相手が嫌がる一歩手前を正確に出してくる」
「手前ではありません」
私は言った。
「だいぶ踏み越えています」
シックスは気にした様子もなく、今度は小箱を取り出した。
漆黒に近い薄箱。開けば、中には艶のある小粒のチョコレートが整然と並んでいる。
見た目は同じ。香りも上等。
だが、今の流れで安心できる者はこの場にいなかった。
シックスは穏やかに告げる。
「安心してくれ。そっちも毒じゃない」
「“も”を付けた時点で不安しかないのですが」
私は真顔で言った。
「失礼だな」
「事実です」
それでも、ここまで来て手をつけないという選択肢はなかった。
誰からともなく一粒ずつ取る。
ディオが口の中で転がし、即座に言う。
「……苦みが強いな」
ラウは目を閉じる。
「香りが素晴らしい。妙に思考が澄む」
ボスヤスフォートはゆっくりと噛み、低く言った。
「濃厚だが、甘さは控えめだな。重いが悪くない」
私は、自分の分を見下ろした。
口溶けは良い。なのに頭だけが妙に冴えてくる。疲労が引く。嫌な方向へ引く。
「……皆様、反応が違いますね」
私は静かに言った。
「まさか」
シックスは、心底愉快そうに首を傾げた。
「ああ、言ってなかったかな。少しだけ各人向けに最適化してある」
数秒、完全な沈黙。
「今、おっしゃいましたよね?」
私は確認する。
「うん」
「事前説明は」
「必要だったかい?」
「必要です」
ディオがチョコを見下ろしながら笑う。
「貴様、やはり性格が悪いな」
「どういう配合なんだ」
ボスヤスフォートが低く問う。
シックスは楽しげに指を折った。
「ディオには、少し苦味を強くしてある。高揚と集中が出やすいように。
ラウには香りを深めた。考えすぎるくらいでちょうどいいだろう?
ボスヤスフォートには甘さを削って、重さを残した。責任感のある味だ。
そしてユニオには――」
嫌な予感がした。
「疲労だけを飛ばして、思考の切れ味を少し上げてある。
感情の抑制がわずかに薄くなるが、議事録の精度はむしろ上がるはずだ」
「最悪です」
私は即答した。
「褒め言葉として」
「違います」
ラウが楽しそうに笑う。
「なるほど。
休憩ではなく、最終討論に向けた調整だったわけだ」
「そういうことだよ」
シックスは頷いた。
「議論も終盤だからね。
皆がもっとも“らしく”話せる状態へ整えておいた」
「それを勝手にやるな」
ディオが言う。
「そうだ」
ボスヤスフォートも続ける。
「もてなしとは、相手の状態を無断でいじることではない」
「そうかな?」
シックスはまるで本気で不思議そうだった。
「疲れていただろう?
だから、最後までちゃんと話せるようにしただけさ」
私は内部メモを開いた。
第四回休憩。もはやティータイムではない。
その下に、もう一行。
補記:参加者は茶菓により“最終討論向け”へ調整された可能性が高い。
発案者の気遣いの方向が終始おかしい。
「今、何を書いた」
ディオが言う。
「被害報告です」
「記録だろう」
ラウが笑う。
「今回はほぼ同義です」
シックスは満足そうにカップを持ち上げた。
「ともあれ、これで最後まで話せる」
「不本意ながら、その点だけは認めます」
私は言った。
「……頭が妙に冴えるので」
「効果は出ているようだ」
「嬉しそうにしないでください」
ボスヤスフォートは低く唸り、
ラウはどこか楽しげに微笑み、
ディオは不満そうにしながらも追加の一粒を指でつまんだ。
不本意な成功、という表現がこれほど似合う場面もそうない。
私は端末を開き直す。
「休憩は終了です。
次が最後の議題になります」
表示を切り替える。
第八ピリオド 結論――人類に未来はあるのか
卓上の空気が、静かに変わる。
ディオは口元を歪めた。
ラウは目を細める。
ボスヤスフォートは腕を組み直し、
シックスは、最初から最後まで変わらぬ愉悦を浮かべていた。
私は最後に、短く内部メモを追記した。
補記:最後の休憩にして最後の不信。
だが、最終局面への準備としてはあまりにも有効であり、そこが腹立たしい。
そして端末を閉じる。
いよいよ、結論だ。
もっとも、この面子が結論で綺麗に揃うはずがないことくらい、
今さら誰も期待していなかったが。