システム・ユニオは議事録を取りたい   作:ギアっちょ

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第八ピリオド ――結論 人類に未来はあるのか

第四回休憩を終えた時点で、私はもうひとつの事実を認めざるを得なかった。

 

シックスの「お も て な し」は、性格が悪い。

そして腹立たしいことに、最終討論へ向けた調整としては非常に有効だった。

 

頭が冴えている。

疲労はあるはずなのに、思考だけが妙に澄んでいる。

ついでに全員、いつもより少しだけ本音に近い位置にいる。

最悪のコンディションだ。

 

私は端末を開き、最後の議題を表示した。

 

第八ピリオド 結論――人類に未来はあるのか

 

表示された文字を見て、卓上は珍しくすぐには動かなかった。

 

ディオは笑っていない。

シックスは楽しそうだが、さすがに少し静かだ。

ラウは穏やかなまま、何かを見定めるように目を細めている。

ボスヤスフォートは、最初から最後まで変わらぬ重さでそこにいた。

 

「最終ピリオドに入ります」

 

私がそう告げると、ラウがふっと笑った。

 

「ようやく、ここまで来たか」

 

「長かったですね」

私は言った。

 

「主に君の議事録のせいでな」

ディオが言う。

 

「主に皆様のせいです」

 

「その返しにも慣れた」

シックスが笑う。

 

私は続けた。

 

「問いは単純です。

人類に未来はあるのか。

希望、存続、進化、支配、破滅、いずれの意味でも構いません。

ここまでの議論を踏まえたうえで、最終的な立場を述べてください」

 

「では、最後くらいは分かりやすく行こう」

ボスヤスフォートが低く言った。

 

「助かります」

私は答える。

「では、ボスヤスフォート様から」

 

彼は一拍置いた。

 

「人類に未来はある」

 

即答だった。

 

シックスがわずかに笑う。

ディオは腕を組み、ラウは黙って聞いている。

 

ボスヤスフォートは続けた。

 

「無条件にある、とは言わぬ。

放っておいても、勝手に育つとも思わぬ。

 

人は愚かで、短慮で、欲に流れ、

平和に慣れれば鈍り、

危機に晒されれば過剰に怯える。

 

だが、それでもなお、共同体を築き、制度を作り、次代へ何かを渡そうとする。

 

ならば未来はある。

ただしそれは、誰かが背負い、整え、守り、必要なら正さねば続かぬ未来だ」

 

「君らしいね」

ラウが言う。

 

「当然だ」

ボスヤスフォートは返す。

「未来とは祈って生まれるものではない。

維持され、鍛えられ、繋がれるものだ。

人類はそのままでは危うい。

だが、危ういからこそ、導く価値がある」

 

「導く価値、か」

ディオが鼻で笑う。

「ずいぶんと面倒見のいい話だ」

 

「貴様のように“使えるかどうか”で切り分けるよりはな」

ボスヤスフォートが切り返す。

 

私は記録する。

 

ボスヤスフォート:人類に未来はある。ただし、それは自然に生まれるものではなく、統治・制度・緊張・責任によって維持される条件付きの未来である。

 

「次に、シックス様」

 

シックスは、少しだけ嬉しそうに口元を歪めた。

 

「僕も答えは同じだよ。

人類に未来はある」

 

「珍しく一致しましたね」

私は言った。

 

「ただし」

シックスは笑う。

「全員分ではない。」

 

やはりそう来る。

 

「未来とは、種全体への褒美じゃない。

圧力に耐え、変わり、残ったものにだけ開かれるものだ。

善意だけの世界でぬるく保存された人類に未来はない。

 

あるのは、悪意に晒され、競争し、裏をかき、

何度も傷つき、そのたびに形を変えた者たちの未来だけだ」

 

「選別済みの未来、ですか」

私は記録する。

 

「そう。

滅びるものは滅びればいい。

壊れる秩序は壊れればいい。

その後に残るものだけが、次を担う」

 

「相変わらず嫌な言い方だ」

ボスヤスフォートが言う。

 

「でも、嘘ではないだろう?」

シックスは穏やかに返す。

「人類に未来があるとしたら、それは“みんな仲良く”の先にはない。

淘汰のあとにある」

 

「その淘汰を、貴様は外から眺めているつもりか」

ディオが言う。

 

「まさか」

シックスは笑った。

「設計し、加速し、観察するつもりだよ」

 

最悪である。

 

私は記録する。

 

シックス:人類に未来はある。ただし全体には開かれておらず、悪意・競争・淘汰を経て変質し、生き残ったものにのみ未来は与えられる。

 

「次に、ディオ様」

 

ディオは椅子にもたれたまま、まるで最初から答えなど決まっていたように言った。

 

「人類に未来はある」

 

「また一致ですね」

私は言った。

 

「貴様、最後まで嫌味だな」

 

「観察結果です」

 

ディオは鼻で笑った。

 

「人類は愚かだ。

弱い。

欲深い。

放っておけば争い、群れ、噛み合い、勝手に沈む。

だが、だからこそ未来はある。

優れた支配者の下でならな。」

 

「はい」

私は言った。

「来ましたね」

 

「来たとは何だ」

 

「予定調和です」

 

ディオは不満そうだったが、構わず続ける。

 

「人類に未来がないのではない。

愚かなまま好き勝手にさせることに未来がないのだ。

強者が上に立ち、秩序を定め、恐怖を浸透させ、無駄な自由を削ればいい。

そうして初めて、人類は安定した未来を持てる」

 

「つまり結局、貴方の支配下ですね」

私は確認する。

 

「当然だ」

ディオは言った。

「ぼくのような存在が頂点に立つなら、人類はようやく己の位置を知る。

それは救済と言ってもいい」

 

「言いません」

私は即答した。

 

ラウがくすりと笑う。

 

「言わないか」

 

「言いません」

 

私は記録する。

 

ディオ:人類に未来はある。ただし、強者による絶対的支配の下でのみ成立する。自由な人類に未来はなく、未来とは優れた支配者によって与えられる秩序の別名である。

 

そして最後に、視線を向ける。

 

「ラウ様」

 

ラウ・ル・クルーゼは、少しだけ考えるように目を伏せた。

その間が、今回ばかりは妙に静かだった。

 

「人類に未来はあるか」

 

その声は、これまででいちばん穏やかだった。

 

「私の答えは、少し嫌なものになる」

 

「いつものことです」

私は言った。

 

「君も容赦がないね」

 

ラウは小さく笑ってから、続けた。

 

「未来はあるよ。

ただし、それは救済の未来ではない」

 

卓上が静かになる。

 

「人は愚かだ。

夢を見て、望みを抱き、競い、妬み、憎み、奪い、誰かを求め、また失う。

その繰り返しの先に、綺麗な意味での救いが待っているとは思わない。

だが、それでも人は続いていく。

壊れながら、間違えながら、同じ業を引きずったまま、それでも次の日へ進む。

ならば未来はある。

希望の未来ではなく、業を抱えたまま続いてしまう未来がね」

 

「悲観的ですね」

私は言った。

 

「現実的と言ってほしいな」

ラウは微笑む。

「私は、人類が救われるとは思わない。

だが、救われないまま続くことはできると思っている。

そのしぶとさだけは、少し嫌いじゃない」

 

「ずいぶんと歪んだ肯定だな」

ディオが言う。

 

「君にだけは言われたくない」

 

ラウはそこで、ほんの少しだけ視線を上げた。

 

「未来とは、必ずしも美しい結末ではない。

それでもなお終わらず続くものを、未来と呼ぶのなら。

人類にはあるよ。

救いのない形で、たぶんね」

 

私は記録する。

 

ラウ・ル・クルーゼ:人類に未来はある。ただしそれは救済や理想の未来ではなく、愚かさと業を抱えたまま、それでも終わらず続いてしまう未来である。

 

全員分の記録が並ぶ。

 

ボスヤスフォートは、維持される未来。

シックスは、選別された未来。

ディオは、支配される未来。

ラウは、救われないまま続く未来。

 

見事なまでに一致しない。

 

私は端末を見下ろしたまま、総括へ入る。

 

「結論を整理します」

 

誰も口を挟まなかった。

 

「ボスヤスフォート様は、人類の未来を統治・責任・制度によって維持される条件付きの未来と見ています。

シックス様は、未来を淘汰後に残る者だけへ開かれたものと見ています。

ディオ様は、未来を強者の支配下でのみ成立する秩序と見ています。

ラウ様は、未来を救済ではなく、業を抱えたまま続いてしまう継続と見ています」

 

少し間を置く。

 

「したがって、**“人類に未来はあるか”への答えは、形式上は全員が“ある”**となります」

 

シックスが笑う。

ディオも笑った。

ラウは静かに目を細め、ボスヤスフォートは低く頷く。

 

「ただし」

私は続ける。

「皆様の言う“未来”は、もはや同じ言葉を共有しているだけで、中身は別物です」

 

「当然だ」

ディオが言う。

 

「むしろ一致していたら怖い」

ラウが言った。

 

「怖いどころではありません」

私は答える。

 

そして最後に、端末へ一行ずつ打ち込むように言った。

 

「皆様にとっての未来とは、

導かれる未来であり、

選別される未来であり、

支配される未来であり、

救われないまま続く未来でした。

その意味で、皆様は最後まで

“人類そのもの”の未来ではなく、

“自分が許容できる形の未来”を語っていたと言えます」

 

沈黙。

 

ボスヤスフォートが先に言う。

 

「ずいぶんと身も蓋もないな」

 

「最終総括ですので」

 

「容赦がない」

ラウが笑う。

 

「終盤になって急に切れ味が増したな」

ディオが言う。

 

「シックス様のチョコレートの影響かもしれません」

私は答えた。

 

「効いているようで何よりだよ」

 

「貴方は黙っていてください」

 

私は最終欄へ入力した。

 

第八ピリオド結論:形式上、全員が“人類に未来はある”と回答。

ただしその未来の定義は、統治・選別・支配・継続と大きく分岐し、相互理解には至らなかった。

総じて、発言者たちは“人類そのものの未来”よりも、“自らが許容できる形の未来”を語っていたと判断される。

 

それでも、まだ足りなかった。

 

私は内部メモを開く。

 

補記:長時間の議論を通じて、四名は結局、互いを理解しなかった。

ただし、自分以外の人類は愚かであり、自分が何かをしてやる側であるという前提だけは最後まで共有していた。

 

少し考えて、さらに追記する。

 

補記:結論。

人類は理念ではまとまらない。

だが、より大きな脅威の前では、あるいは。

 

「……今の一文、少し引っかかるな」

と、ラウが言った。

 

私は顔を上げた。

 

「どこまでですか」

 

「“あるいは”まで」

シックスが答える。

 

「それは単なる予備メモです」

 

「珍しく含みがある」

ディオが言う。

 

「そうでもありません」

 

ボスヤスフォートが腕を解く。

 

「で、これで終わりか」

 

私は端末を閉じた。

 

「はい。

本会合の議題は、以上をもって全て終了です」

 

静寂。

 

それはようやく来た終わりの静けさだった。

納得も和解もない。

歩み寄りもない。

だが、少なくとも議論という形式だけはここで閉じることができる。

 

「……長かったな」

ボスヤスフォートが低く言う。

 

「ええ」

私は答えた。

 

ラウが笑う。

 

「だが、退屈はしなかった」

 

「君たちと同じ卓につくなど、二度と御免だ」

ディオが言った。

 

「それは僕も同感だ」

シックスが穏やかに微笑む。

「でも、最後の結論だけは悪くなかった。

やはり人類には未来がある。

面白い形でね」

 

「その言い方が一番嫌です」

私は言った。

 

誰かが何かを言い返すより早く、会場の最外縁で、ごく微かな振動が走った。

 

あまりに小さい。

だが、記録補助系の感知には十分だった。

 

私は端末を見た。

 

「……?」

 

「どうした」

ボスヤスフォートが聞く。

 

私は一拍だけ沈黙した。

 

「いえ。

微小な外部反応です。現時点では議事に影響ありません」

 

「なら閉めろ」

ディオが言う。

 

「承知しました」

 

私は端末へ最後の文を打ち込む。

 

議事録本文、ここに終了。

 

だがその瞬間、なぜか背筋に冷たいものが走った。

 

それが直感だったのか、演算結果の残滓だったのかは分からない。

ただひとつ確かなのは、この時点ではまだ、誰も知らなかったということだ。

 

この座談会の本当の締めが、

彼ら自身の結論ではなく、

もっと別の、もっと巨大で、もっと話の通じない“何か”によって訪れることを。

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