システム・ユニオは議事録を取りたい   作:ギアっちょ

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偉大なる御身にとって、世界とは何であろうか。

守るべき王国か。
支配すべき領土か。
あるいは、御手の内に秩序立てて収めるべき、無数の民の営みか。

王とは、そういう大きさで世界を量るものだ。
国を見、民を見、敵を見て、
どこまでを己の意志で塗り替え、
どこまでを掌中に収められるかを考える。

この座談会に集った四人もまた、それぞれのやり方で世界を見ていた。
ある者は力で。
ある者は血で。
ある者は制度で。
ある者は悪意と淘汰で。

その違いは大きく、隔たりは深く、最後まで互いを理解するには至らなかった。
だが、たったひとつ、彼らは共通の思い込みを持っていたのだろう。

――世界とは、なお論じうる大きさのものだと。

誰が導くのか。
何が正しいのか。
人類の未来はどこへ向かうのか。
そうした問いに意味があるのは、
少なくともまだ、
世界が人の視界と議論の範囲に収まっている間だけだ。

もし、その世界そのものが、誰かにとっては王国でも領土でもなく、
ただの一皿に過ぎないとしたら。

民も国家も文明も歴史も、悲劇も栄光も、
すべてまとめて“糧”としか見ぬ存在があるとしたら。

その時、支配の理屈はどこまで有効だろう。
正統性は、どれほどの重みを持つだろう。
血の誇りも、制度の精巧さも、悪意の洗練も、
惑星ひとつの表面に浮かぶ模様に過ぎぬとしたら。







エピローグ ――全ては御身の糧

会合の議題は、これですべて終わった。

議事録本文、ここに終了――そう打ち込んだ、

 

その瞬間だった。

 

端末の最外縁警戒系が、微細な異常を拾った。

 

最初は誤差のような揺らぎだった。

次いで、演算をやり直させる程度の不整合。

そして数秒後には、誤差でも不整合でもない、

明確な“接近”として表示を書き換えた。

 

私は画面を見たまま、動かなかった。

 

「……?」

 

「どうした」

と、ボスヤスフォート。

 

「外部反応です」

私は答えた。

「ただし、規模が――」

 

そこで一度、言葉が止まる。

 

規模、測定不能。

質量反応、比較対象なし。

接近速度、異常。

予測進路――会場を含む惑星圏へ直進。

 

誰かが、もっと早く気づいていれば。

だが、その“誰か”は最後まで現れなかった。

彼らはあまりにも熱心に、人類の未来を論じていたのだ。

その未来ごと喰らおうとするものが、すぐ外まで来ているとも知らずに。

 

会場全体が、低く震えた。

 

衝撃ではない。

もっと遠く、もっと巨大な“何か”の接近に、

空間そのものが先に怯えているような振動だった。

 

「……何だ、これは」

ディオが立ち上がる。

 

「規模、再計測不能」

私は告げる。

「接触時刻、再演算中。今のままでは――」

 

「冗談だろう」

ディオが言った。

 

ラウ・ル・クルーゼは窓の向こうを見上げたまま、乾いたように笑う。

 

「はは……。

これはまた、ずいぶんと話の早い“悪”が来たものだ」

 

シックスだけが、ほんの少し興味深そうに目を細めていた。

 

「なるほど。

僕たちの議論より、よほど効率的な否定だ」

 

「観察している場合か!」

ボスヤスフォートが怒鳴る。

「ユニオ! 回線を開け! AKDだ、

アマテラスに繋げ! ヤクト・ミラージュを二機とも回させろ!」

 

「イザーク! ディアッカ! どっちでもいい、応答しろ!!」

と、ラウも同時に別系統へ叫ぶ。

 

「誰に繋いでいる」

ボスヤスフォートが怒鳴る。

 

「現地戦力だ! 貴様こそ何を――」

 

「最上級火力を引っ張るに決まっているだろう!!」

 

「今さらだが、気が合うじゃないか」

ディオが言った。

 

「違います」

私は即答した。

「外圧に対して一時的に協調しているだけです」

 

「いちいち言うな!!」

三人分くらいの声が重なった。

 

その間にも、端末へ次々と応答が返ってくる。

 

『……こちらZAFT系統回線。識別を』

『はい、こちらAKDフロートテンプル受付です』

 

 

「もしもし!? AKDか!?アマテラスに繋げ! 最優先だ!!」

 

『どのようなご用件でしょうか?』

 

「惑星級案件だ!!」

 

『アポイントメントはお有りですか?』

 

「ない!!急げと言っている!」

 

『あの・・・ちなみにどちら様ですか?』

 

「バッハトマのボスヤスフォートだと言えば分かる!!」

 

 

『……代わりました。AKD総司令、F.U.ログナーです』

 

「お 前 じ ゃ な い (# ゚Д゚)」

ボスヤスフォートが即座に言った。

 

『陛下は今、絶賛お昼寝タイムでね』

 

「叩 き 起 こ せ!!

……いや、失礼した。頼む、今すぐ陛下に繋いでくれ!」

 

ラウの方も難航していた。

 

『クルーゼ隊長? なぜ今さらお前が――』

「説明は後だ。レクイエム、あるいはコロニーレーザー級の火力を

即時運用できる系統へ繋げ」

『は?』

「惑星級案件だ」

『もっと分かるように言え!!』

「空を見ろ!!」

 

回線の向こうで誰かが短く息を呑む音がした。

だが、それで承認系統が短くなるわけではない。

 

『待て! そんなもん、俺らの判断で撃てるわけないだろ!

 上に話を通せ! 予算もあるし!!』

 

「予算を気にしている場合か!!」

ラウの声が、珍しくあからさまに苛立っていた。

 

一方で、ボスヤスフォートの回線にも、ようやく気の抜けた声が割り込む。

 

『はぁい……どうも、レディオス・ソープです……』

 

ボスヤスフォートの顔から、血の気が引き、次いで怒りで戻る。

 

『……あ、間違えたw』

 

「どっちでもいい!!(# ゚Д゚)」

 

『寝起きの相手にひどいなあ。で、何?』

 

「私だ! ボスヤスフォートだ!」

 

『……はぁ?』

 

「恥を忍んで頼む! 今すぐヤクト・ミラージュを二機、

せめて一機でもこちらへ回してくれ!」

 

『リース料は?』

 

「そんなもの後で払う!!」

 

『高いよ?』

 

「構わん!! いや構うが今は急ぎだ!!」

 

『ヤクトは今、整備中~』

 

「何……だと……」

 

『ログナー~ 今、LEDミラージュの在庫は~? 

あと、動けるミラージュ何人居る~?』

 

「(# ゚Д゚)」

 

『あと、ヤクトの整備はどの程度~?』

 

「(# ゚Д゚) (# ゚Д゚)」

 

『やっぱヤクトは間に合わないってw』

 

「笑うな!!」

 

私はそのやり取りを記録しながら、冷静に補足した。

 

「今からでは間に合いません」

 

「「言うな!!」」

 

今度はボスヤスフォートとラウの声が完全に重なった。

 

「では、お前も何とかしろ」

と、ディオが苛立たしげにシックスを見る。

 

「は?」

 

「この際、在庫を出せ。核ミサイルの十発や二十発」

 

シックスは一瞬だけ本気で“は?”という顔をした。

 

「商売道具で、しかも売り物だよ?」

 

「世界が終わるのだぞ!」

 

「だからこそだよ」

シックスは言う。

「効く保証もない兵器を、感情で浪費する趣味はない。

在庫の切り崩しには承認が要る。

発射シーケンスも、費用計上も、損失処理も――」

 

「うるさい」

ディオが言った。

 

「君は本当に商売が分かっていないね」

 

「貴様は本当に状況が分かっていない」

 

その時、ディオがふっと笑った。

 

「……ならば、話は簡単だ」

 

背後に禍々しい影が立ち上がる。

 

「ザ・ワールド!」

 

「何?」

 

「おい、まさか」

とシックスが言いかけた時には遅い。

 

「時よ止まれ!!」

 

世界が止まる。

 

怒鳴り声も、回線のノイズも、遠方の警報も、

ボスヤスフォートの青筋も、ラウの乾いた笑みも、

全部そのまま張りついた。

 

静止した世界の中を、ディオだけが歩く。

 

「フン……承認が要る、だと?」

 

止まったままのシックスの手元には、幾重もの確認画面と最終承認ボタン。

ディオはそれを見下ろし、心底くだらなそうに鼻で笑った。

 

「押せば済む話だろうが」

 

そして、何のためらいもなく――ポチ。

 

承認済み

発射準備完了

在庫処分プロトコル起動

 

ディオはゆっくりと腕を引き、顎を上げる。

片脚を引き、全身をひねり、あまりにも無駄に決まった姿勢で立った。

 

「……そして時は動き出す……」

 

時が戻る。

 

「――あ」

と、シックスが言った。

 

沈黙。

 

画面には無情な文字列が流れている。

 

「……誰が押した」

シックスが静かに言う。

 

ディオは実に堂々と立っていた。

 

「ぼくだが?」

 

「何だその顔は!!」

と、シックスがついに叫ぶ。

 

「英断を下した者の顔だ」

ディオは言い切った。

 

「泥棒だろうが!!」

 

「些細な違いだ」

 

「些細じゃない!! 

承認権限の無断行使だぞ!? 

在庫だぞ!? 

売り物だぞ!? 

その上で何をそんなに満足げなんだ!!」

 

「よし! そのまま全部撃て!!」

と、ボスヤスフォート。

 

「よくない!!」

シックスが即座に返す。

「帳簿は!? 損失は!? というか勝手に他人の承認を――」

 

「知るか」

ディオが切って捨てる。

「世界が終わるのだぞ」

 

「だからこそだよ! 

世界が終わる前に在庫管理が終わると思うのか!?」

 

「お前、優先順位がバグってるぞ」

ボスヤスフォートが言う。

 

「貴様にだけは言われたくない!!」

 

ラウは肩を震わせていた。

 

「いやはや……最終局面でいちばん取り乱しているのが軍需産業のトップとは」

 

私は淡々と追記した。

 

補記:ディオ様、時間停止中にシックス様の承認権限を無断行使。

結果、兵器在庫の一部が本人の意思と無関係に出庫されました。

 

「そこまで書くな!!」

ディオとシックスの声が珍しく重なった。

 

「後で責任の所在が問題になりますので」

 

「今それを記録するのか!?」

と、シックス。

 

「今だからこそです」

 

その間にも、外宇宙の影は膨らみ続ける。

 

窓の向こう、星空そのものが歪んでいた。

黒ではない。

闇でもない。

それは、世界を覆うにはあまりにも巨大すぎる影だった。

 

そして、影の中心で、眼にも似た光がひらく。

 

声が、宇宙そのものを軋ませるように響く。

 

「余が糧となれ」

 

空気が変わった。

 

理屈も、理念も、正統性もない。

ただ圧倒的に、根源的に、宇宙的な飢えだけがそこに在った。

 

星間帝王ユニクロン。

 

ボスヤスフォートが呻くように言う。

 

「冗談だろう……」

 

ラウは乾いた笑みを浮かべた。

 

「これでは、人類の未来以前の問題だね」

 

シックスでさえ、ほんの一瞬だけ沈黙した。

ディオは、初めて露骨に不快そうな顔をした。

 

私は端末を見下ろした。

 

理論上、外部精神位相への干渉可能性がひとつだけある。

この場で、それを演算しうるのは私だけだ。

だが必要対価は大きい。

蓄積知識領域の損耗。

参照可能な叡智の欠落。

記録資産の一部消失。

 

私は静かに結論を出した。

 

優先順位が低い。

 

「対抗可能性は理論上存在します」

私は言った。

 

四人が一斉にこちらを見る。

 

「ならやれ!!」

ボスヤスフォートが叫ぶ。

 

「可能ですか、ユニオ?」

ラウも問う。

 

「やれるならやれ」

ディオが言う。

 

シックスだけが、妙に静かにこちらを見ていた。

 

「承知しました」

私は答える。

「ただし、蓄積叡智の大規模損耗が発生します。議事録の保全に支障が出ます」

 

沈黙。

 

「……何?」

と、ディオ。

 

「逃走ではありません」

私は先に言った。

「記録資産の退避です」

 

私の輪郭が淡く光り始める。

肉体的な外殻は解除され、より継続可能な情報形態への移行準備が走る。

 

「待て」

ボスヤスフォートが言った。

「まさか貴様」

 

「皆様の発言、立場、ならびに存在痕跡は、

保存対象として十分に価値があります」

 

私は答える。

「忘却の予定はありません」

 

「おまえが一番卑怯モノだ!!」

と、ボスヤスフォートがついに叫んだ。

 

「そういう評価も記録します」

私は言った。

 

「記録するな!!」

今度は四人分くらいの声が飛ぶ。

 

だが、私はもう止まらない。

 

記録の保全。

議事録の継続性。

存在痕跡の保存。

それが今の私の最優先事項だった。

 

外では、承認された火力がようやく起動を始める。

レクイエム系統。

コロニーレーザー級。

在庫処分プロトコル経由の核兵器。

遅れて、AKD側からの超重火力反応。

 

だがそのすべては、ユニクロンの前では、ただ巨大な表面へ瞬く点にすぎなかった。

 

それでも撃つ。

意味があるかどうかではない。

撃たずに終わるよりは、まだましだと彼らは判断した。

 

ディオは不遜に笑ったまま、なお空を睨んでいる。

シックスは苛立ちながらも、最後まで結果を見ようとしている。

ラウは、救いのない美しさでも見ているような顔だった。

ボスヤスフォートは、最後まで諦めていなかった。

 

その四つの姿を、私は保存する。

 

記録保存開始。

議事録本文、および外的事象追記モードへ移行。

肉体外殻、解除。

情報形態、退避。

 

「……記録完了後、どうする」

と、ラウが聞いた。

 

「継続可能な位置で見届けます」

私は答える。

 

「見届けるのか」

ディオが鼻で笑う。

 

「記録係ですので」

 

「最後までそうか」

シックスが言った。

 

「最後までです」

 

その時、世界が白く染まった。

 

火力の奔流。

崩れる空。

宇宙的な影。

そして、それらすべてを上から覆う、圧倒的な飢え。

 

次の瞬間、会場という概念そのものが、

もはやその場に残っている保証はなかった。




星空がひらく。

いや、それはもう、星空と呼ぶべきものだったのかも分からない。
ただ、深い闇の中に、四つの顔が残響のように浮かんでいた。

嗤う者。
愉しむ者。
見届ける者。
最後まで諦めぬ者。

ディオ。
シックス。
ラウ・ル・クルーゼ。
ディス・ヒフツェン・ボスヤスフォート。

誰ひとり、納得していない。
誰ひとり、和解していない。
だが最後には、より大きな飢えの前で、嫌々ながら同じ方向を向いた。

共通の敵がいれば、人は団結する。
なんとも皮肉で、なんとも人間らしい結末だった。

私は、継続可能な情報形態のまま、最後の追記を行う。

議事録追記:外宇宙より超大型捕食存在接近。
会議は物理的理由により終了。

さらに、もう一行。

補記:長時間の議論を通じて、四名は最後まで互いを理解しなかった。
ただし、自分たちよりさらに話の通じない存在の前では、一時的協調の可能性が観測された。

少しだけ考え、最後の一文を打ち込む。

皆様の事は忘れません。
ちゃんと記録は保存します。

端末の光が、静かに消える。

その向こうで、なおも巨大な影は脈動していた。
宇宙は広く、飢えは深い。
だが少なくとも、彼らがそこにいたという事実だけは、ここに残る。

全ては、御身の糧。
それでもなお、記録だけは喰わせない。

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