自己紹介を終えた時点で、私はすでにひとつの事実を学習していた。
この場において、秩序は自然発生しない。
したがって必要なのは、祈りではなく手順である。
私は記録端末の表示を切り替え、議題欄を開いた。
正式議事録の参加者名は、規則に則って全員フル表記で記載済みだ。
ただし、進行補助用の内部メモでは一部簡略化してある。
ディオ・ブランドー。
ラウ・ル・クルーゼ。
ゾディア・キュービック(シックス)。
そして――ボスやん。
合理的略記である。
それ以上でも以下でもない。
「それでは、議題に入ります」
私は言った。
「本日の討論テーマは、『人類は存続に値するか』。
まずは第一ラウンドとして、皆様それぞれの基本的立場を述べていただきます」
「長いな」
ディオが言った。
「短くすると“人類をどうするか”になりますが」
「それで十分だろう」
「雑になるので却下します」
私は続けた。
「なお、発言中の割り込みはご遠慮ください。まずは一人ずつ、簡潔に」
四人とも、守る気のない顔をしていた。
予想通りである。
「では最初に、ディオ様」
金髪の男は、まるで最初から自分の番が来ると知っていたように、
ゆっくりと脚を組み直した。
「結論から言おう。人類は存続に値する」
珍しく、私は少しだけ意外に思った。
しかし次の一言で、その感想はすぐ撤回された。
「ただし、ぼくに支配される限りにおいてだ」
「はい、来ました」
と、シックスが笑う。
「割り込みです」
私は即座に言った。
ディオは平然と続ける。
「人間とは愚かだ。
脆い。
欲にまみれ、
恐怖に支配され、
自ら秩序を保つこともできん。
だが、だからこそ価値がある。
上に立つ者が導き、縛り、使う対象としてな」
「家畜論ですね」
私は記録した。
「支配論だ」
「記録上は近似です」
ディオの眉がわずかに動いたが、無視した。
「次に、ラウ様」
ラウ・ル・クルーゼは、どこか哀れむような目で卓上を見つめた。
「人類が存続に値するか、か。
美しい問いだ。
だが、その問いには少し罠がある」
嫌な予感がした。
この手の前置きが短く終わった試しがない。
「人はね、値するかどうかを他者に裁かれる以前に、
自らの内に滅びの種を抱えている。
競い、妬み、奪い、夢を見て、望みを重ね、
その果てに自らを食い潰していく。
だから私は思うのだよ。
人類とは、存続の可否を問うまでもなく、滅びへ向かうものなのだと」
数秒、沈黙。
「長いですね」
私は言った。
「なるべく簡潔にはしたつもりだが」
「努力は認めます」
「悲観論か」
ディオが鼻で笑う。
「くだらん。滅びるなら、その前にぼくが支配する」
「それもまた、人の業のひとつだろう」
ラウが涼やかに返す。
「割り込みです」
私は二度目の警告を入れた。
「次。シックス様」
シックス――いや、ゾディア・キュービックは、愉快そうに指を組んだ。
「僕の考えは明快だ。人類すべてが存続する必要はない」
やはり来たか、と思った。
「価値のある個体だけが残ればいい。
悪意に晒され、淘汰され、
それでもなお前へ進める者だけが次の時代に行けばいいんだ。
弱さを抱えたまま群れているだけの人類に、未来など重すぎる」
「選別論」
私は記録する。
「進化論と言ってほしいな」
「議事録では区別しません」
ディオが嗤った。
「回りくどいな。要するに、使えぬ者はいらんということだろう?」
「君の“支配”よりは前向きだよ」
シックスが返す。
「少なくとも、腐ったまま飼うよりはね」
「人を部品のように言う」
ラウが呟く。
「実に現代的だ」
「貴様が言うと妙に芝居がかるな」
ディオが言った。
「三人とも割り込んでいます」
私は言った。
「まだ一周目です」
そして最後に視線を向けた。
「……ボスやん様」
ボスヤスフォートは一瞬だけ私を見た。
たぶん今の呼称に何か言いたかったのだろうが、議題が先だと判断したらしい。
賢明である。
「人類は存続に値する」
その言葉に、今度は誰もすぐには口を挟まなかった。
「ほう?」
ディオが薄く笑う。
ボスヤスフォートは低く続けた。
「無論、愚かではある。
脆く、短慮で、時に度し難い。
だがそれは、切り捨てる理由にはならぬ。
民なくして国は成り立たん。
統べるべき対象がいてこそ、
秩序もまた意味を持つ。
人類とは淘汰し尽くすものでも、
滅びを眺めるものでも、好き放題に壊す玩具でもない。
治めるべきものだ」
「なるほど」
シックスが口元を歪める。
「古いな」
「古くて結構」
「甘い」
ディオが言った。
「人間を治める? あんなもの、恐怖で縛れば十分だ」
「それは統治ではない、雑な支配だ」
ボスヤスフォートが切り返す。
ラウが小さく笑う。
「だが、彼の言う“治める”もまた傲慢だ。
人は誰かの理想通りには並ばない」
「だから治めるのだ」
ボスヤスフォートは一歩も退かなかった。
「貴様のように滅びを詩にして悦に入るだけの男には分かるまい」
「言うね」
「やめたまえ」
と私は言った。
「第一ラウンドです。討論ではなく、立場表明です」
「もう討論になっているぞ」
ディオが言う。
「知っています」
私は端末に視線を落とした。
記録された四人の立場は、実に分かりやすかった。
ディオ。
存続可。ただし支配下に限る。
ラウ。
可否を問う以前に、いずれ滅ぶ。
シックス。
全体の存続は不要。価値ある個体のみ残ればよい。
ボスやん。
愚かでもなお、統治対象として存続に値する。
見事なまでに一致しない。
「第一ピリオドを終了します」
私は告げた。
「早いな」
ラウが言う。
「これ以上続けると第二ピリオドと混線します」
「便利な区切り方だ」
シックスが笑った。
ディオは椅子にもたれたまま、つまらなそうに言った。
「で? ここから何が分かる」
「現時点で判明していることはひとつです」
私は答えた。
「皆様とも、人類を肯定しているようで、その実、人類そのものにはあまり興味がない」
一瞬、空気が止まった。
それはたぶん、少し図星だったのだろう。
ディオが先に口角を上げる。
「面白いことを言う」
ラウは目を細め、シックスは黙って笑った。
ボスヤスフォートだけが、わずかに不服そうだった。
私は淡々と記録を締める。
第一ピリオド終了。結論なし。
ただし、各発言者の人類観は、
いずれも“人類のため”ではなく、
“自らの理念のため”に傾いていると判断される。
そして、その下に小さく内部メモを追加した。
補記:開始十分。すでに全員、自分が一番まともだと思っている。